関東地方の梅雨入りが宣言されて間もない6月14日。今日は””Mt.富士ヒルクライム”の開催日だ。同大会は富士スバルラインの料金所手前から五合目までの距離25km平均勾配5.2%を駆け登るヒルクライムレースで、”日本一登れない男”には全く無縁の大会でもある。



「今年の富士ヒルは会長に走ってもらう方向で検討しています。痛めてる膝の具合もだいぶ良くなっているようですし、例年の完走率が99%を超える富士ヒルなら会長でも何とか完走できるのではと云うのが私の考えです。」

とある日の編集会議。寝ぼけマナコで机に向かう私たちに対して編集長から驚きの提案が発表される。この突拍子もない言葉を受けた私たちが、全員揃って桂三枝のごとく椅子から転げ落ちた事は言うまでも無い。

編集長の気まぐれな提案に逆らう事が出来ず、メタボ号を万全の状態に仕上げる編集部員たち編集長の気まぐれな提案に逆らう事が出来ず、メタボ号を万全の状態に仕上げる編集部員たち
「会長がヒルクライム?いやいや、あり得ないでしょ!そもそも会長が大嫌いなヒルクライムに出場してくれる訳がない!」これは、普段からメタボ会長がいかに坂道を嫌っているかを知る私たちの共通認識であり編集部内の常識でもある。付け加えるなら、完走率99%以上とは言え、オヤジが残り1%未満に滑り込む実力を有していることもまた事実だ。そんな常識すら理解できていないダメな編集長が言葉を続ける。

「近年のヒルクライム人気は留まる処を知らない一方で、登坂への苦手意識からヒルクライム挑戦にいま一歩踏みきれない読者さんもいます。そんな読者さん達のチャレンジの後押しになればと云うのが今案件の趣旨です。会長が完走できるかどうか?完走できた場合のタイムは?といった要素が、ヒルクライム未経験者のバロメーターとなり、出場決意の後押しにもなる可能性があるから、言い訳できない完璧な機材で走らせてみたいんです。」

やれやれ、その崇高な思想や理念を否定こそしないが今回ばかりは相手が悪過ぎる。そんな私たちの心中を代弁するかのようにフジワラが口を開く。 「ところで編集長、出場に関して会長の承諾は取れてるんですか?」 うむうむ、これは至極まっとうな質問である。そんな問いかけに編集長が応える。

普段は9kg超えのメタボ・シナプス号の総重量は7.37kgに仕上がった。悪くは無い。普段は9kg超えのメタボ・シナプス号の総重量は7.37kgに仕上がった。悪くは無い。
ホイールは飛び道具エンヴィ。タイヤも23cに張り替える。ホイールは飛び道具エンヴィ。タイヤも23cに張り替える。 編集部に常備されるサプリ群。これが事件の引き金に?編集部に常備されるサプリ群。これが事件の引き金に?


「実はまだ切り出せてないんだけど、そこは僕が責任を持って説得するよ。会長が走ってくれれば、そのタイムが読者さんのベンチマークになるから絶対に10秒ルールは無しで!読者さんが会長を押そうとしても阻止して下さい。それと、僕は他案件で同行できないから、君たちで巧く会長をコントロールして下さいね。」あれれ?それってつまり、編集長はドンズラを決め込むってことですか?まったく上司に恵まれない自分がつくづく嫌になる。



こうして迎えた大会当日。前日の取材時には薄日が差していた空からは残念な小雨がパラパラと落ちている。そんな早朝5時過ぎの駐車場に1台のクルマが滑り込んでくる。メタボ会長の登場だ。今大会に全く無縁の男はクルマのドアを開けるなり、取材準備に勤しむ私たちに向かって鼻の穴を膨らませながら意味不明な大声を響かせる。

「おう!おはよう!みんな揃ってっか?今日は今後の自転車界の発展を担う男が来たからもう大丈夫だ!」

なぬ?何を意図してるの?朝っぱらからの”不思議ちゃん”発言に戸惑う私たちではあったが、その発言内容から編集長がどんな説得手法を使ったのかが薄々想像がつくと云うものである。おそらく”ブタもおだてりゃ作戦”が遂行されたに違いない。まんまとその術中にはまり、しっかり木に登ってしまった”黄色のブタ”はせっせと自身の出走準備に取り取り組んでいる。

この大会に全く無縁の男がやってきた!この大会に全く無縁の男がやってきた! 山頂で受取る荷物を自分で預ける。富士ヒルの儀式です。山頂で受取る荷物を自分で預ける。富士ヒルの儀式です。

山頂で受け取る荷物を預ける人の群れ。その荷物を運ぶ4tトラックは10台以上!規模が別格だ。山頂で受け取る荷物を預ける人の群れ。その荷物を運ぶ4tトラックは10台以上!規模が別格だ。
「もちろん俺は主催者選抜クラスだよな?」 当然違いますね。「もちろん俺は主催者選抜クラスだよな?」 当然違いますね。 「え?会長も走るの?」 朝っぱらから仲良しの絹代さんと戯れる。「え?会長も走るの?」 朝っぱらから仲良しの絹代さんと戯れる。


スタート会場に向かい、山頂で受け取る荷物を預け終えた私たちは各々取材に取り掛かる。安岡と私は会長に張り付きで実走取材、磯部はモトの後部座席から撮影取材というまったく理不尽な分担だ。年長者の私を差し置いて若者の磯部を快適かつ楽チンなポジションに就けるという間違った配置を決めたトンズラ編集長に伝えたい。「ここ日本に生き続く”年功序列”という伝統を汚す行為は決して感心できるモノではありませんよ!」

7時過ぎ、”主催者選抜クラス”がスタートを切る。いよいよ”Mt.富士ヒルクライム”の始まりだ。選抜クラスを見送り
女子クラスがスタート準備を始める頃、おもむろにメタボ会長から声が掛かる。「本番に備えてちょっくら軽量化してくるわ!」早い話が便所である。「会長、私たちのスタートは第7組ですから!遅れないでくださいね!」しっかりと念押しはしたのだが・・・。

その後も順次スタートしていくクライマー達を撮影しながら会長の帰還を待つ私ではあったが、待てど暮らせど一向にオヤジが戻ってくる気配が無い。別れてから30分が経過し第7組のスタートが始まった頃、ようやく遅刻オヤジが戻ってきた。「わりぃ~!わりぃ~!軽量化ブースがどこも長蛇の列で!危うく漏らしちゃうとこだったぜ!」

そんな事情は知った事では無い!漏らそうと漏らさまいと遅刻は遅刻である!主催者さんに事情を話し何とか第8組のスタートに混ぜて頂き、事なきを得た私たちであったが、すでにスタート前から波乱の予感が渦巻いている。

次回の参加を検討されている皆さんには、同大会の人数が人数だけに、出走前のお手洗いは早めに済ませる事をお勧めします。

もうすぐ女子クラスのスタートが始まる。この後、オヤジは軽量化に向かったのですが・・・。もうすぐ女子クラスのスタートが始まる。この後、オヤジは軽量化に向かったのですが・・・。
遅刻した私たちは8組のスタートに混ぜてもらいました。遅刻した私たちは8組のスタートに混ぜてもらいました。 いよいよ初挑戦のヒルクライムレースがスタートです。いよいよ初挑戦のヒルクライムレースがスタートです。

「雨止んで良かったな!」 まだまだ笑顔が見えます。「雨止んで良かったな!」 まだまだ笑顔が見えます。 ここから計測開始です。無事完走できるのかな?ここから計測開始です。無事完走できるのかな?


こんなドタバタでようやくスタートを切った私たちだったが、気付けば小雨もすっかり止まっている。富士スバルライン攻略ポイントはスタートから一合目までの区間にあると私は思っている。この区間は何気に勾配がキツく、ここで巧くペースを掴めるか否かで走破タイムに影響が出るのだ。要はここでオーバーペースになると後半がメロメロになるという事だ。ちなみに富士ヒルに於ける私のベストタイムは2時間1分台だ。

普通に考えれば”日本一登れない男”が私の持ち時計の2時間を切ってくる可能性はゼロに等しいのだが、念のためにこの区間で心持ち速いペースを維持し、トドメを差しておくべきか?などと素敵なプランを練りながら伴走を続ける私であったが、そんなプランをブチ壊すかの様に安岡が口を開く。

「会長、今日の目標は完走ですから頑張り過ぎないように行きましょう。会長が苦しくないペースでのんびり登って下さい。特に一合目までは10km/h程度の巡航速度で十分ですから、もう少し速度を落としても大丈夫ですよ。」

おいおい安岡君!そんなアドバイスをするとオヤジがうっかり完走しかねないだろ!全く役立たずの後輩である。ちなみに彼の富士ヒル持ち時計は1時間8分台だから、なおさら始末が悪いと云うもんである。

スタート直後から皆さんに遅れを取っていますよ?スタート直後から皆さんに遅れを取っていますよ? ペースが遅い人は左端を走る。これがマナーですね。ペースが遅い人は左端を走る。これがマナーですね。

スタート前に入れ忘れたボトルの水を私設応援団に分けて頂き、お礼に応援のお手伝いをします。スタート前に入れ忘れたボトルの水を私設応援団に分けて頂き、お礼に応援のお手伝いをします。
 「今日のノルマは応援に変えちゃダメ?」 もちろんダメです。 「今日のノルマは応援に変えちゃダメ?」 もちろんダメです。 「あれ?会長?なんでココに居るの?」 「イジメられてんだよ」「あれ?会長?なんでココに居るの?」 「イジメられてんだよ」


使えない後輩の妨害を受けながら登坂を続ける私たちは、ようやく”一合目”の道標までやってきた。と同時に後ろのメタボ会長から耳を疑うような声が掛かる。「お~い!そろそろ休憩するぞ~!」なぬ?休憩だと?私の過去の経験ではヒルクライムレース中に”休憩”という単語を聞いた記憶は一度も無い。

「会長、いまはヒルクライムのレース中ですよ?本当に休憩するんですか?」意表を突かれ何のヒネリもないまま訊ねる私に、不機嫌そうな表情を浮かべたオヤジが応える。

「何言ってんだよ!本当に休憩だよ!今日のコースには”一合目”から”四合目”までの看板があるから、看板を見つける度に最低でも5分間は休憩を取れって編集長に言われたぞ!君たちは聞いてないのか?」聞いてないも何もそんな突拍子もない発想を持ち合わせるクライマーはこの世にいない。それどころか、レース中に休憩を取るなんて行動は、この日のために、その1秒を削るためにトレーニングを重ねてきた人々に対しての冒涜にも匹敵する。

そんな事はお構いなしに、アスリートの風上にも置けぬ”黄色のブタ”は路肩にバイクを寄せ、流れる汗を拭いながら口を開く。「いやぁ~やっぱりキツいな!やっと”一合目”って事はまだ5分の1しか進んでないってことだよな?」

おっしゃる通り!そんな事は小学生でも判る事である!ただ、ウチの親分が休憩すると言い張っている以上は、たとえ不謹慎を承知のうえでも私には逆らう事はできない。ここは有難く・・いや渋々会長に付き合おう。

新緑に覆われた美しい富士スバルラインを黙々と登ります。かなりお疲れのご様子ですが?新緑に覆われた美しい富士スバルラインを黙々と登ります。かなりお疲れのご様子ですが?
この後姿に覇気は全く感じられません。正直ヤバイかも?この後姿に覇気は全く感じられません。正直ヤバイかも? 「え~?やっと一合目なの?今回は企画に無理があるだろ!」「え~?やっと一合目なの?今回は企画に無理があるだろ!」



結局のところ”一合目”の休憩に10分近くを費やした私たちは再びレースに復帰する。結果的にこの不謹慎な休憩は予定以上に脚を削られていた私にとっては美味しい回復時間となった訳だが、この事実は内緒にしておこう。



メタボ会長連載のバックナンバー こちら です

メタボ会長
身長 : 172cm 体重 : 82kg 自転車歴 : 6年

当サイト運営法人の代表取締役。平成元年に現法人を設立、平成17年に社長を辞し会長職に退くも、平成20年に当サイトが属するメディア事業部の責任者兼務となったことをキッカケに自転車に乗り始める。豊富な筋肉量を生かした瞬発力はかなりのモノだが、こと登坂となるとその能力はべらぼうに低い。日本一登れない男だ。


最新ニュース(全ジャンル)