実業団チームのTacurino.netを率いる中田尚志氏はサラリーマンレーサー。その中田氏が今夏、アメリカ・ボルダーを自転車持参で訪ねた際のレポートを紹介する。「サイクリングカルチャーの首都」で経験したものとは? 今回は現地の自転車事情をお送りする。

アスリートにとって最高の環境が整うボルダーアスリートにとって最高の環境が整うボルダー
現在、男子プロロードに限らず全ての自転車競技でトップレベルにあるアメリカ自転車界。プロ選手の現況に関しては日本に居ながら多くの情報を仕入れる事が出来ますが、果たして彼らがどのような道を通ってプロの世界に到達したのか? プロ以外のサイクリストはどのような生活を送っているのか?などの情報は残念ながらそれほど多く入って来ていません。

ボルダーサイクルスポーツショップ。アメリカらしいビーチクルーザーボルダーサイクルスポーツショップ。アメリカらしいビーチクルーザー 夕日に染まる岩山夕日に染まる岩山


「実際アメリカ国内のレース事情ってどんな感じなんだろう?現地のサラリーマンレーサーってどうしてるんだろう?」という素朴な疑問を胸に8月7日、コロラド州ボルダーに向けて旅立ちました。

コロラド州・ボルダーについて

最初に向かったコロラド州ボルダーは標高約1,600mに位置し、エンデュランスアスリートが多く集まることで有名です。たくさんの日本人ランナーも合宿に訪れているので町の名前をご存知の方も多いのではないでしょうか。自転車に関しては選手のみならずプロチームの本拠地・自転車企業の本社・支社が多く集まっており、米国内では「サイクリングカルチャーの首都」と呼ばれています。


サイクリストのオアシス、カフェ・アマンテ(AMANTE)

ボルダー大通りの北端に店を構えるこのカフェは、多くのボルダー在住のサイクリストがライドの起点にしています。店内には常にライド前後のコーヒーを楽しむサイクリストが居ます。一般のお客さんにとってそれは日常の光景でレーサージャージを着て店内に入ると「どこ行ってきたの?」なんて聞かれたりします。

カフェ・アマンテの店内カフェ・アマンテの店内
カフェ・アマンテの外観カフェ・アマンテの外観 スカイプロサイクリングのジョセフロイド・ドンブロウスキー(左)とイアン・ボスウェル(右)スカイプロサイクリングのジョセフロイド・ドンブロウスキー(左)とイアン・ボスウェル(右)


ある日の昼過ぎにライド後のコーヒーを飲んでいるとUSAプロチャレンジの為の練習を終えたSkyのジョー・ドンブロウスキーとイアン・ボスウェルもお茶をしに来ていました。まだ22歳と若い彼らは「アメリカ自転車界の未来」との呼び声も高く、長く暗いドーピングスキャンダルの時代を越えた後に誕生した新世代のクリーンな選手として期待されています。

既に欧州でも勝ち星を挙げている二人ですが近い将来ツアーコンテンダーとして名前を聞く日が来るかもしれません。店内に居た老夫婦も彼らのファンだったようで「あんたたち頑張りなさいよ。」と優しく声をかけていました。ちなみに彼らは今年のジャパンカップに出場予定との事。2人とも強力な総合系ヒルクライマーなので要チェックですね。

AmanteのHP(英語) http://www.amantecoffee.com/


驚きのWednesday Morning Velo

モーニングヴェロ カフェ・アマンテ店内でモーニングヴェロ カフェ・アマンテ店内で 水曜日の朝にカフェ・アマンテを起点に行なわれるモーニングライドがあると聞き、参加することにしました。まだ薄暗く肌寒いAM6:00に半信半疑でアマンテに到着すると続々とサイクリストが集まって来ます。カーボンディープリム装備のバリバリのレーサーから初心者用ロードバイクに乗った人まで、その数50人以上!

スタート前に簡単にコースやルールが説明されてから走り出します。夜明けの大平原を横目に50人以上のプロトンが進むのは壮観です。走り出しのペースは決して遅くはないものの割とゆったりで初心者や女性を含む集団が崩れるほどではありませんでした。数十分平坦な道を進んだ後、ロッキー山脈国立公園の方へ登って行きます。

モーニングヴェロでたどり着いた地点は標高2000m、8月なのに9.9度!水曜日朝の7時半モーニングヴェロでたどり着いた地点は標高2000m、8月なのに9.9度!水曜日朝の7時半 登りに入るとペースは各自フリーになり50人以上の集団は木っ端微塵に崩れます。薄い空気の中、息を切らせて約20分登り続け標高2,000m程度まで到達した所で一旦ストップし、10分ほど来た道を引き返します。この間、大きく遅れたライダーは集団に合流します。そこからまた別の登りへと向かい標高2,000mの頂上まで登ったら後はボウルダーの町まで一直線に下ってアマンテに戻りました。

8月とはいえ標高2,000mの頂上は気温11℃しかなく、一気に駆け下りると肌寒く感じたのですが、アマンテではモーニングライド参加者には無料でコーヒーが振舞われており暖を取ることが出来ました。早朝から50人以上の集団でロッキーツアーが出来るのはボウルダーならではでしょうが、ライドが終わった後に自転車談義で盛り上がるのは万国共通です。

今日の走りはどうだっただの、このフレームは良く走るだの、最近走りすぎて嫁に怒られただの…。日本のサイクリストと全く同じ話題で盛り上がっているのは何とも可笑しかったです。皆ひとしきり自転車談義を終えると仕事に向かいます。仕事前に一発モガき切るも良し。風景と会話を楽しみに走るも良しといった感じのライドでした。

標高2000m地点に到着標高2000m地点に到着 モーニングヴェロを走り終えてカフェ・アマンテで休憩。彼らはこれから仕事へ向かうモーニングヴェロを走り終えてカフェ・アマンテで休憩。彼らはこれから仕事へ向かう


このライドのオーガナイザーのルッセルさんには「また日本からライダーが来たら参加してよ!」とおっしゃって頂きました。自転車を持ってボルダーに行く機会がある方は、参加されてはいかがでしょうか?
ライドは3月~9月の間行われています。

Wednesday Morning VeloのHP(英語) http://www.wednesdayvelo.com/
Facebook(英語) https://www.facebook.com/wednesdayvelo



最先端のコーチングシステム

カフェ・アマンテと同じブロック内にあるコーチングサービス・ファスキャットコーチングには次週に迫ったコロラドプロチャレンジの為に指導を受けに来るプロ選手から「もうちょっと旦那について行けるようになりたいんだけど」という婦人までがコーチングを受けに訪れます。

ファスキャット外観ファスキャット外観
ちょうど私が訪問した時もサクソバンクに所属するティム・ダッガン(昨年のUSプロチャンピオン)がTTの指導を受けに来ていました。また昨年のツール新人賞のティージェイ・バンガードレンもよくバイクペーサーの為に訪れるとの事でした。ヘッドコーチであり経営者でもあるフランク・オバートン氏は大学で運動生理学を学ぶかたわら長くレーサーとして活動した後、ボルダーでコーチ業を開業しアマチュアサイクリストからプロレーサーまで沢山の指導実績を積まれています。

ファスキャットのオーナーでありヘッドコーチであるフランク・オバートン氏ファスキャットのオーナーでありヘッドコーチであるフランク・オバートン氏 冬期はスピニングクラスが行われる冬期はスピニングクラスが行われる


事務所は生理学的なテストが出来るように最新鋭の呼気ガス分析装置や3Dモーションキャプチャーのペダリング解析装置を備えていて、費用を払えば誰でも測定を受ける事が出来ます。このデータを元にコーチがトレーニングプランを作成し、ライダーはそれを実践します。

ファスキャットでトレーニングの指導を受けに訪れたティモシー・ダッガン(サクソ・ティンコフ)とファスキャットでトレーニングの指導を受けに訪れたティモシー・ダッガン(サクソ・ティンコフ)と ドアを一枚開ければコーチが作ったプランをすぐに実践出来る環境は日本人の私から見れば羨ましい限り。常にコーチと連携を取りながら練習をすすめ、必要とあらばバイクで練習に同行してもらえる環境は特にレースを目指す選手達には非常に有益であると言えるでしょう。

ライダーは実践した練習をパワーメーターとGPSで記録します。選手が持ち帰ったデータはコーチが分析し次のトレーニングプランにフィードバックします。そしてライダーはまた実践しコーチにデータや感想をフィードバックする。コーチのプランとライダーの実践が一つのサイクルとして回っていくこのシステムは、目標に向かって努力するライダーを強力にサポートしています。パワーメーターを使用してのコーチングに関してはまた次回で詳しく述べたいと思います。

ファスキャットコーチング(英語) http://www.fascatcoaching.com/



自転車ショップ・ボルダーサイクルスポーツ

カフェ・アマンテの隣にはボルダー・サイクルスポーツという大きな自転車ショップがあります。ベビー用のトレーラーやサプリメントが充実している以外は品揃えや価格はあまり日本と変わらないような印象を受けましたが、ここでも大きく違うのはライダーをサポートする環境。店内にはリツール(Retul)やBG Fitといったフィッティングツールが設置してあり最適なポジションを提供するサービスがあります。

ボウルダーサイクルスポーツの外観ボウルダーサイクルスポーツの外観 ベビー用トレーラーはアメリカならでは。ボウルダーサイクルスポーツショップにてベビー用トレーラーはアメリカならでは。ボウルダーサイクルスポーツショップにて
ボウルダーサイクルスポーツショップの店員(撮影用に顔作ってます笑)ボウルダーサイクルスポーツショップの店員(撮影用に顔作ってます笑) ボウルダーサイクルスポーツショップ店内ボウルダーサイクルスポーツショップ店内


また同じブロック内に整備専門の店が別にあり、修理・組み付けなどは全てここに居るメカニックにお願いする事ができます。私も輪行中に起きたトラブルでワイヤー交換をお願いしましたが、とても気持ちよく対応してもらえました。

ボルダーサイクルスポーツ(英語) http://www.bouldercyclesport.com/



ボルダーのサイクリストを支える環境

こちらに来て感じるのは、とにかく全てのサイクリストをサポートする環境があると言う事。プロはもとより、学生・社会人・初心者・女性・高齢者…etc 全てのサイクリストが自分に最適なサービスを受ける事が出来ます。ファスキャットでトレーニングプランを受け取りロッキー山脈へと走り出し、帰ってきたらアマンテで仲間とコーヒーを飲んで、ボウルダーサイクリストで整備をしてもらう。そう。ボウルダーの町の一角に来れば、誰でも自転車に関する全ての環境が手に入るのです。自転車競技をするにあたり多くの問題に向かわなければならなかった自分にとっては夢のような場所でした。

次回のPart2はこれらの環境を支える企業について紹介したいと思います。



中田尚志(なかた たかし) 
モーニングヴェロのオルガナイザー、ルッセルさんらとモーニングヴェロのオルガナイザー、ルッセルさんらと 1973年生まれ39歳、京都市在住、会社員
自転車歴:MBK-YAMAHAあづみの、京都岩井商会、ナカガワ、NEX-COLNAGOなどを経てTacurino.netを2007年に立ち上げ

成績など
シマノ鈴鹿チームロードB 表彰台7回
2006年 西日本チャレンジロード マスターの部優勝
日本スポーツマスターズ ロード3位
西日本実業団ポイントレース3位・昨年レース3勝など

今までのアメリカ訪問歴
1994年、学生時代に初めてカリフォルニア州バークレーに自転車留学
その後、数回に渡り渡米し西海岸のPro/1/2クラスを経験


text&photo:Takashi NAKATA
edit:Hideaki TAKAGI