真冬の東京を抜け出し南国を満喫した沖縄取材も今日が最終日。午前中は編集長が依頼を受けているチーム撮影をこなし、午後のフリータイムをメタボ会長のリクエストにお応えすべくツール・ド・おきなわ50kmの下見ツアーに充てるとういうのが本日のスケジュールだ。

当日のチーム撮影に訪れた場所が、偶然にも市民50kmコースのスタート地点である”21世紀の森体育館”のすぐ近くだった事にメタボ会長の引きの強さを感じずにはいられない。昨日に引き続き天候に恵まれた事もあり、チーム撮影はスムーズに終了し、黙々と走行準備を進める3人。

「まだ撮影終わらないの?」笑顔で待ちくたびれる男がひとり。「まだ撮影終わらないの?」笑顔で待ちくたびれる男がひとり。 「今日のサイクリングはレースに役立ちそうな事を勝手に喋りながら走りますので、適当に聞きながら付いて来てください。」編集長のこの言葉を合図に下見ツアーの開始だ。私はパンクやメカトラ等の不測の事態に備えてレンタカーで追走する係だ。

正直な所、いくら平坦基調と言われても、編集長や磯部はおろかメタボ会長のペースにすら付いて行ける可能性はゼロに等しいのがいまの私の悲しい現実である。

スタートから”浦崎”の交差点までは海沿いを走る本部循環道路をひたすら北上する。今日も晴天に恵まれたが南風が強い。この追い風に乗って3人はグングン進んで行く。並走するレンタカーの速度計は40km/hを越えている。ここで早速、編集緒がアドバイスを繰り出す。「当日は50km/h辺りの巡航速度になりますが、集団が大きいので今の感じより楽に追走できるはずです。」この言葉にメタボ会長も笑顔で応える。「やっぱり、碧い海を見ながらのサイクリングは最高だね~!」随分とトンチンカンな返答である。

どこまでもフラットで走りやすい本部循環道路を北上する。どこまでもフラットで走りやすい本部循環道路を北上する。 ちゃっかり編集長の後ろに隠れて40km/hオーバーで進む。ちゃっかり編集長の後ろに隠れて40km/hオーバーで進む。


今日のオヤジはやたら調子が良さそうだ。順調に巡航しながら本部大橋のアップダウンも失速することなくクリア。ここでも編集長がアドバイスを送る。
「50kmコースのポイントはこの先の”浦崎”交差点から今帰仁村役場先の登坂までの15kmの区間だけです。まずは美ら海水族館への登坂ですが、ここはとにかく我慢です。体力を温存しながら集団のペースに合わせて登って下さい。先頭から300m以内をキープできれば十分です。ここで脚を使うと全く勝負に絡めなくなりますからね。」

本部大橋の急坂も難なくクリア。今日のオヤジは調子よさそうだ。本部大橋の急坂も難なくクリア。今日のオヤジは調子よさそうだ。 浦崎の交差点。いよいよここからレースが始まるポイントだ。浦崎の交差点。いよいよここからレースが始まるポイントだ。


「なるほどね!取り敢えず行ける所まで踏んでみるよ!」そう言うや否や重いギアを掛けたままダンシングで登り始めるメタボ会長。このオヤジは編集長のアドバイスを全く聞いてないようだ。500mほど登った所でたちまち電池切れだ。巡航速度は一気に15km/h辺りまで落ち、その表情は苦痛に歪んでいる。

そんな彼に編集長が冷たく言い放つ。「いまの会長の状態では完全にアウトです。」

美ら海水族館へ向けての登坂。5%平均の直登が1km続く。美ら海水族館へ向けての登坂。5%平均の直登が1km続く。 調子に乗ったオヤジが30km/h巡航で一気に駆け上がる。調子に乗ったオヤジが30km/h巡航で一気に駆け上がる。


あっさり終了です!わずか500mで電池が切れました。あっさり終了です!わずか500mで電池が切れました。 美ら海水族館前を力無く通過していく。ヘッポコです。美ら海水族館前を力無く通過していく。ヘッポコです。


なんとか水族館前を通過し、1kmほど下った所で再びアドバイスが入る。「いよいよ此処から今帰仁村役場までの10km区間が最も大事な区間です。ここでは絶対に前と千切れないという固い決意を持って下さい。ここで切れたら挽回は厳しくなりますからね。この10km区間はかなりのアップダウンを繰り返し体力をガッツリ削られますが、勝負はここで決まります!会長は5人以上の集団の後ろに隠れ続けて気合いで追走して下さい。」

並走しながら聞いていた私にとって、このアドバイスは目からウロコである。私が過去に50kmレースに挑戦した際に、重視していたポイントは美ら海坂と今帰仁村役場先の坂、そして有名なジャスコ坂の3か所であり、ここの10km区間はただの繋ぎ程度の意識だった。思い起こすと確かにこの10km区間で何となく集団が伸びていき、いつの間にか取り残されていたような記憶が蘇る。

編集長いわく「最も大切な区間」で大失速をみせるオヤジ。編集長いわく「最も大切な区間」で大失速をみせるオヤジ。 向かい風の中、巡航速度は30km/hを下回り始める。向かい風の中、巡航速度は30km/hを下回り始める。


こんな有難いアドバイスもいまのメタボ会長には全く意味を持たない様子である。美ら海坂で切れた電池は一向に回復する気配を見せず、挙句に「疲れちゃったよ~!レースじゃないんだからのんびり行こうぜ~!」と、お得意の弱音を吐く始末だ。

実際、レンタカーで並走したからこそ判ったのだが、この10km区間は私が感じていた以上に大きなウネリを繰り返している。これでは体力は一方的に削られるだけで回復できる個所はない。だからこそ美ら海坂が我慢なのだと理解できる。おそらく当時の私は目前のメタボ会長と全く同じ状況で走っていたようだ。

一向にペースの上がらないオヤジを気遣い編集長が優しい言葉を掛ける。
「気分転換にお花見でもして行きましょう!」少しだけコースを外れ今帰仁城跡へ向かった私たちの視界に満開の桜が飛び込んでくる。この季節外れのお花見タイムで疲れ果てた男の心は少しだけ癒されたようだ。

抑え気味に前を牽く磯部に、付いて行く事すらままならない。抑え気味に前を牽く磯部に、付いて行く事すらままならない。 今帰仁城跡にちょっと寄り道。けっこうな急坂でした。今帰仁城跡にちょっと寄り道。けっこうな急坂でした。


何とか登りきった先には満開の桜が拡がる。バックの碧い海との美しいコントラストにオヤジの心も少しは癒された?何とか登りきった先には満開の桜が拡がる。バックの碧い海との美しいコントラストにオヤジの心も少しは癒された?

この最も大切とされる区間をサイクリングペースでしか走れなかったメタボ会長が今帰仁村役場を通過する。ここでも意外なアドバイスが飛ぶ。「この先に登坂がありますが、ここも無理する必要はありません。登坂の後は一番楽チンな区間ですから、たとえこの坂で多少離されても集団に隠れてさえいれば追いつけますから落ち着いて登りましょう!」

いやいや、この言葉には私の耳が痛い。この登坂で全ての体力を使い果たし、残りの区間を廃人と化して走った記憶が鮮明に蘇ってくる。私の取った戦略は編集長のアドバイスと真逆であったようだ。もっともいまのメタボ会長にもこのアドバイスは何の意味も持たない様子だ。「落ち着いて登れって言われたってもう脚が上がんないよ。」弱音を吐きながらインナーギアを廻すその姿が悲しく見える。

今帰仁村役場先の登坂。もはや気力も体力もない。今帰仁村役場先の登坂。もはや気力も体力もない。 ここでインナーギアを使うようでは全く勝負にならない。ここでインナーギアを使うようでは全く勝負にならない。


今帰仁登坂を終えた3人が1kmほどの下りをこなすと、目前に羽地内海が拡がる。「当日の風向きにもよりますが、この先はジャスコ坂までが回復区間です。ド平坦が続きますから、とにかく集団に隠れて回復に努めて下さい。」編集長のアドバイスに満面の笑顔でオヤジが応える。

「この海の碧さはたまらんね~!この平坦な海岸線と碧い海こそ沖縄の醍醐味だな!」馬耳東風とはまさにこの事、このオヤジは人のアドバイスに聞く耳を持つつもりは欠片もなさそうだ。沖縄の醍醐味を味わいながら車列は進む。殆どアップダウンを感じる事もなく、有名なジャスコ坂に差し掛かる3人。

羽地内海沿いを走る。追走する磯部はつまらなさそう。羽地内海沿いを走る。追走する磯部はつまらなさそう。 「海の碧さがたまんね~!」すっかりサイクリングモード。「海の碧さがたまんね~!」すっかりサイクリングモード。


「ここが有名なジャスコ坂です。50kmコースに限って言えば、勝負所にはなりません。手前の平坦区間で各々が回復しちゃってますから、集団に紛れて勢いで登っちゃって下さい。ここで先頭が見えていれば会長の場合は本当に勝てる可能性が出てきます。もっとも今日の様子だと此処まで先頭集団に残れる可能性は全くありませんけど。」

この言葉通り、手前の平坦区間で多少の電池回復を果たしたメタボ会長が、そこそこのペースでジャスコ坂を登って行く。追走している磯部にとっては全体のペースがあまりに遅すぎるらしく終始脚が余って仕方ない様子だが、我慢して追走している姿には彼の多少の成長も感じられる(笑)。
すんなりとジャスコ坂をクリアした車列は、いよいよ平坦な街中を抜け、ゴール地点目指してツキ進んでいく。

いよいよ有名なジャスコ坂に差し掛かりました。立ちコギ開始だ。いよいよ有名なジャスコ坂に差し掛かりました。立ちコギ開始だ。 歯を食いしばって重いギアを踏み抜くオヤジ。案外いける?歯を食いしばって重いギアを踏み抜くオヤジ。案外いける?


男のプライドをかけ踏み続ける。磯部の脚は余ってますけど?男のプライドをかけ踏み続ける。磯部の脚は余ってますけど? 名護市内に戻ってきました。気力体力ともにゼロです。名護市内に戻ってきました。気力体力ともにゼロです。


「最後は30人ほどのスプリントになりますから、万が一残れている場合は道路の右端一杯をひたすら突き進みます。ゴール前は毎年ゴチャゴチャになって落車が頻発しますので、前が塞がれても斜行は厳禁です。」このアドバイスにメタボ会長が問い返す。「いつまでも前が塞がれっぱなだったらどうすりゃいいんだ?」

これに編集長が珍しく厳しい口調で返す。「右端ならいずれ前は開けます!万が一塞がれっ放しだった時は、ただ運が悪かっただけと諦めて下さい。それがレースですから!自分のためだけに無理矢理に斜行をかまして落車を誘発するような人はレースに出る資格すらありませんから!会長もこれだけは覚えておいて下さいね!」

急にテンションの上がった編集長に面食らう私たちをよそに「はぁ~い、覚えときま~す!」と人を食ったような返事をしながら、磯部と一緒にゴールスプリントごっこをするメタボ会長。何故この場面で急に編集長のスイッチが入ったのかは知る由もないが、その内容は全くの正論であり、彼なりに思う処があったようだ。

この左カーブを抜けるといよいよゴールはすぐそこです。この左カーブを抜けるといよいよゴールはすぐそこです。 「ギブアップ!」大好きなスプリントごっこも苦痛なだけ。「ギブアップ!」大好きなスプリントごっこも苦痛なだけ。


こうして50km下見ツアーを終えた私たちは駐車場に戻る。疲労困憊のメタボ会長とは対照的に、編集長と磯部の2人は涼しい顔でさっさと片付けを始める。確かに2人ともレース経験者ではあるのだが、メタボ会長と2人の間にここまでの体力差があるとは・・・。新兵器イエロードマーネの片付けを磯部に押し付けたオヤジが呟く。

「いや~疲れちゃったな!君たちのペースは俺にはちょっと早過ぎだったな!今日の結論は苦しみながら走るのはまっぴらゴメンて事だな。やっぱりサイクリングは楽しくなくっちゃ!もっとも、途中で君たちがペースを合わせてくれたから最終的にはバッチリ楽しかったけどな!」そう言いながら缶コーヒーを流し込むメタボ会長の表情はそれなりに満足感が漂っている。

こうして私たちの沖縄取材は全行程を終了した。疲労困憊のメタボ会長とともに、珍しくテンションの上がった編集長や少し走り足りない様子の磯部。各々がそれなりに味わった下見ツアーだったが、案外、今日のツアーで最も実りがあったのは私だったのかも知れない。それほど編集長が要所要所で発したアドバイスは理にかなったモノであり、50kmレース経験のある私の心には響くもの満載だった。

今日学習した攻略法を胸にもう一度、ツール・ド・おきなわ市民50kmレースに挑戦してみたいという衝動が私を襲う。「次回は何だか行けそうな気がする~!」こんな妄想を抱きながら那覇空港へと向かう私であった。


次回ですか?
とりあえず東京に戻ってみないと何も判らないんです。




メタボ会長連載のバックナンバー こちら です

「ポイ捨てはダメだぞ!」「ポイ捨てはダメだぞ!」 メタボ会長
身長 : 172cm 体重 : 82kg 自転車歴 : 3年

当サイト運営法人の代表取締役。平成元年に現法人を設立し平成17年に社長を引退。平成20年よりメディア事業部にて当サイトの運営責任者兼務となったことをキッカケに自転車に乗り始める。ゴルフと暴飲暴食をこよなく愛し、タバコは人生の栄養剤と豪語する根っからの愛煙家。