3週間のツールを締めくくるのは53.5kmの個人TT。前日のステージからの長距離移動もあり、選手たちには過酷な最後の試練だ。厳しいレースがよりいっそう勝者と敗者の違いを際立たせる。

麦畑の広がる中を走る個人タイムトライアルのコース麦畑の広がる中を走る個人タイムトライアルのコース (c)Makoto.AYANO

ステージ45位・5分34秒差 ペーター・サガン(スロバキア、リクイガス・キャノンデール)ステージ45位・5分34秒差 ペーター・サガン(スロバキア、リクイガス・キャノンデール) photo:Makoto Ayano昨ステージのゴールとなったブリヴ・ラ・ガイヤールドからこの日のスタート地点ボンヌヴァルまでは距離400kmあまり、翌日もチームが拠点とするシャルトルまでクルマなら4時間弱の行程だ。大会側の配慮によって総合20位までの選手はヘリコプターで移動することができたが、他の選手たちは昨ステージ終了後にチームバスで移動を強いられた。食事もマッサージの時間も確保することが難しいことに、多くの選手から不評を買った。

ステージ9位・2分50秒差 レイン・ターラマエ(エストニア、コフィディス)ステージ9位・2分50秒差 レイン・ターラマエ(エストニア、コフィディス) photo:Makoto Ayano近年ツールはアルプスやピレネーの山岳でぎりぎりまで大勝負を待ち、その後一気にパリ近郊へと移動するケースが増えている。それは2009年ツールで第20ステージにモンバントゥーを組み入れて以来続いてきた傾向だ。TGV駅や空港が近くにある場合はそれで移動できるが、無いとこういった事態になる。総合上位だけに限った選手の優遇措置というのはフェアじゃない。スペクタクルを終盤に持ってきたいツールがレースの公平性を保つために解消しなくてはいけない問題点だ。

3週間の締めくくりに用意された長距離TT。田舎町ボンヌヴァルから大聖堂の待つシャルトルまで、用意されたコースは53.5km。ツール直前の6月のクリテリウム・デュ・ドーフィネで行われた個人TTもまったく同じ距離。そのとき勝ったウィギンズは1時間3分12秒のタイム。ウィギンズはパリ〜ニースのときにこのコースの試走を済ませ、完璧に自分向き(=平坦基調)であることを確認している。

ステージ4位・2分02秒差 ペーター・ベリトス(スロバキア、オメガファーマ・クイックステップ)ステージ4位・2分02秒差 ペーター・ベリトス(スロバキア、オメガファーマ・クイックステップ) photo:Makoto Ayano3週間のレースを経て尚この個人TTで活躍できる選手はTTスペシャリストとは少し違ってくる。そしてロンドンオリンピックに向けて有力選手をチェックするにはトニ・マルティンもファビアン・カンチェラーラもいない。

最後までしっかり走ったユキヤのステージ57位 総合84位

見晴らしのきく麦畑の広がるフランスらしい風景。昼12時きっかりに第1走者がスタートしてから最終走者がゴールする18時前まで、長い一日だ。
新城幸也(ユーロップカー)は13時34分のスタート。沿道の観客も発音の難しい「アラシロ」(「あがしゃご」のようになるようだ)をすっかり覚えたようだ。

「アラシロ」の声援のなか走る新城幸也(ユーロップカー)「アラシロ」の声援のなか走る新城幸也(ユーロップカー) (c)Makoto.AYANO

連日の仕事をこなし、「疲れているが調子はいい」と話すユキヤ。昨ステージで逃げたにもかかわらず、結果的には6分06秒遅れのステージ57位の好タイムはチーム内2位。総合84位で日本人選手として初めて2桁の総合順位。2009、2010年ツールでは山岳ステージでは必ずグルペット(最終集団)でゴールしていたが、今年はひとつ前の集団でゴールする日が多かった。そしてアタックとアシスト仕事を続け、チームの好成績にも貢献。今日も力を抜かずしっかり走るその姿に、今年のツールでのユキヤの成長ぶりの大きさを感じることができた。

チームカーから音楽をかけながら走るラファエル・バルス(ヴァカンソレイユ・DCM)チームカーから音楽をかけながら走るラファエル・バルス(ヴァカンソレイユ・DCM) photo:Makoto Ayano今日も音楽をかけて走る人気者バルス

ラファエル・バルス(ヴァカンソレイユ・DCM)の順が近づいてくると、観客たちが笑いながら騒ぎ出す。「ほら、あの音楽をかけて走る選手が来るわよ」、と。
第9ステージの個人TTもチームカーのスピーカーからポップミュージックのBGMを流して走ったが、このスペイン人選手の奇妙な習慣はどうやら今ではフランス人ファンにもすっかり知れ渡っているようだ。
そして期待通りバルスは今日もリズムにのって走っていった。麦畑には軽快なリズムの余韻と観客たちの笑いが残った。しかし外見からは楽しそうに走っているようには見えない、ごく普通の走りだったが。

負傷した指で走ったセレンセンに総合敢闘賞 しかし上がる疑問の声

昨ステージで指をホイールに巻き込んで救急車で運ばれたクリスアンケル・セレンセン(サクソバンク・ティンコフ)には拍手と暖かい声援が送られる。ジャパンカップ2010覇者の左手の指には包帯が見えた。セレンセンはツールを去らず、痛みに耐えて走った。

ステージ78位・6分41秒差 クリスアンケル・セレンセン(デンマーク、サクソバンク・ティンコフバンク)ステージ78位・6分41秒差 クリスアンケル・セレンセン(デンマーク、サクソバンク・ティンコフバンク) photo:Makoto Ayano

この日のステージに敢闘賞は設定されていないが、レース後、セレンセンのツール全日程を通じたスーパー敢闘賞に選ばれたことが発表された。
クリスチャン・プリュドム氏がTVインタビューに応えて「連日の素晴らしい走りと、昨日の怪我に負けず走った勇気を讃えたい」とコメント。

ステージ3位・1分50秒差 ルイスレオン・サンチェス(スペイン、ラボバンク)ステージ3位・1分50秒差 ルイスレオン・サンチェス(スペイン、ラボバンク) photo:Makoto Ayanoしかしこの決定には異論を唱える声も挙がる。今日3位になったルイスレオン・サンチェス(ラボバンク)のほうがふさわしい、と。そしてサンチェスも序盤の集団落車の犠牲になり、手首をギプスで固定して走り続けたひとり。選考委員たちはそのことを覚えていないのか?と。
選考委員の一人、レースディレクターのジャン・フランソワペシュー氏は言う「セレンセンは勝つことはできなかったとしても、たくさん逃げた。でも選考は難しかった」。

レキップ紙でレース批評を務めるジャン・フランソワベルナールは反対する。「サンチェスのほうがもっともアグレッシブな選手として賞にふさわしい理由がたくさんある。彼は怪我に負けなかった。そしてステージ優勝したとき以外にも何度もアタックし、いい走りをした。そしてとうとう2回目のTTを3位という素晴らしい走りでツールを締めくくった。何も得られなかったセレンセンよりも彼のほうが絶対にふさわしい。選考委員はステージ優勝を挙げた選手以外にその賞を与えたかったんだろう。その賞がサクソバンクを救ったとしても」。

今日も空っぽだったエヴァンス 

ステージ52位のタイム。ウィギンズから6分遅れ、3分後にスタートしたチームメイトのヴァンガーデレンにも抜かされたエヴァンスは総合もひとつ下げ7位に。調子の悪さは今日も続き、いつものTTで安定した力を発揮するエヴァンスとは別人だった。

今日も大ブレーキがかかったカデル・エヴァンス(BMCレーシング)の走り今日も大ブレーキがかかったカデル・エヴァンス(BMCレーシング)の走り (c)Makoto.AYANO

「今日は総合成績を守るためだけに走ろうと思った。空っぽの状態でスタートして、限界ギリギリのなかでただ走った。なぜかは分からない。何日か前にあった調子は今はない。気持ちの問題じゃないんだ。なぜそうなったかは突き止めなければいけない」。
ゴール後、ガッツポーズするブラドレー・ウィギンズ(イギリス、チームスカイ)ゴール後、ガッツポーズするブラドレー・ウィギンズ(イギリス、チームスカイ) photo:Cor Vosヴァンガーデレンは自身の走りに満足しつつも、リーダーのことを心配する。「カデルはきっとどこか病気なんだ。ツールの期間中、何らかの問題を抱えていた。でも僕は彼がまだツールで総合優勝する力があると思う。来年、彼は復活して勝てると思う。そのとき彼をアシストできれば満足だ」。
エヴァンスはツール終了後すぐに開催されるロンドン・オリンピックに気持ちを切り換えている。
「僕の回りで起きたことには後悔はしていない。ただレースを早く終えたい。そして次の目標のロンドン五輪に向き合いたい。終わってからの日で調子は回復できるだろう」。

報道陣に囲まれるブラドレー・ウィギンズ(イギリス、チームスカイ)報道陣に囲まれるブラドレー・ウィギンズ(イギリス、チームスカイ) photo:Cor Vos2箇所すべての中間タイムを最速で制し、シャルトル大聖堂をバックにゆるい坂を登るゴールに到達したウィギンズは感情を爆発させるかのようなガッツポーズを繰り出した。
あまり感情をゼスチャーで表に出す選手ではない。こういった感情を露わにしたシーンは、昨ステージでカヴェンディッシュを牽引してスプリント勝利に導き、後ろでゴールラインを越えるときに見せたことが挙げられる。

ポディウムでウィギンズと握手するJ SPORTS代表取締役の笹島一樹さんポディウムでウィギンズと握手するJ SPORTS代表取締役の笹島一樹さん (c)Makoto.AYANO総合優勝を決める上では事実上今日がツールの最終日。ポディウムも総合優勝を達成したことを讃える意味合いが強くなる。ウィギンズはマイヨジョーヌを着ると、胸をたくしあげてキッス。ライオンと花束をもった両手を高々と上げると、観客たちに向かって深々と一礼した。
安堵に満ちた表情で喜びをかみしめている。
各賞受賞者たちと握手を交わす両脇のVIPのなかには、日本人の姿。「ムッシュー・ササジマ」J SPORTS代表取締役の笹島一樹さんとのこと。ポディウムに立った日本人は、歴史上初めてだろうか。

ウィギンズの”事実上”総合優勝記者会見

ツール99回の歴史でイギリス人として初の総合制覇。春先からツールにつながる傾向のあるステージレースのパリ〜ニース、ツール・ド・ロマンディ、クリテリウム・ドーフィネのすべてに勝ち、「調子を上げるのが早すぎる」との声をよそにツールに臨み、最大の目標としてきたツールにとうとう勝った。フルームの2位も、つけた2分差はチーム内下克上のゴシップを封じる込める。イギリス人によるイギリスチームでツールに勝つというチームスカイ設立当時からの目標も、ワン・ツーというかたちで3年目にして早くも実現した。今年足りないものを強いてあげるなら、昨年はあったカヴのマイヨ・ヴェールぐらいだろう。

安堵の表情でマイヨジョーヌに袖を通すブラドレー・ウィギンズ(チームスカイ)安堵の表情でマイヨジョーヌに袖を通すブラドレー・ウィギンズ(チームスカイ) (c)Makoto.AYANO

勝利記者会見に臨むブラドレー・ウィギンズ(チームスカイ)勝利記者会見に臨むブラドレー・ウィギンズ(チームスカイ) (c)Makoto.AYANOゴール後しばらくして、事実上の総合優勝記者会見がプレスセンターで行われた。
ここ数日フランク・シュレクのドーピング騒動やフルームに関するゴシップなど、意地悪な質問が続いてきた。「誰も僕によくやったと言わない」と主張したウィギンズの言葉に、記者たちも今日ばかりは英語で「コングラッチュレーション」の言葉を発してから質問に入る。

ゴールラインを越えるときに出たガッツポーズは、今まで多大な犠牲を払って自転車競技だけに打ち込んできた自身をサポートしてくれた人々への感謝の気持、そして走りながら、ここに至るまでのことを思い出し、信じられないほどの感情が沸き起こっていたとウィギンズは言う。

「安っぽく思えるだろうけど、妻と子ども達、祖父や祖母、母のことを考えていた。彼らへの思いが、ペダルを踏む度に僕に刺激を与えてくれた。すべてが本当に彼らのおかげだ。
自分の人生にこの瞬間が訪れた——つまり、人生における決定的な瞬間だ。子どもの頃に自転車を乗り始めた瞬間からのすべてが、今日のこの日に集約された」。

アンディもコンタドールもいなかった今年のツール。『今年は退屈なツールとして記憶されるだろう』と言われることに対してどう思う?と聞かれると、今度はウィギンズ自身からドーピングを例に挙げたコメントが(皮肉を込めて)出た。
「ツールは今もっと人間的になったんだ。もし観客たちが山岳で220kmの一人逃げを見たかったとしても、それはもはや現実的じゃないんだ。どんなに素晴らしく、どんなに魔法のようなものでも。皆が見た90年の(リシャール・)ヴィランクのことを覚えている。でも多分このスポーツは変わったんだ。
僕らが集団の前で450ワット(仕事量)で逃げているときに誰かがアタックスしたとする。するとミック(マイケル・)ロジャースが言うんだ。『放っておけ、もつわけない』と。誰かが500ワットで20分上りを逃げ続けるなら、それは何リットルか余計に血液が必要だってことだ。それが現実だ。本当に。
記者たちにも感謝の言葉をかけるブラドレー・ウィギンズ(チームスカイ)記者たちにも感謝の言葉をかけるブラドレー・ウィギンズ(チームスカイ) (c)Makoto.AYANO『このスポーツではほんの数%の違いが差を生み出す』というのがチームスカイでの我々のフィロソフィーだ。初めは笑いを買った、僕らが始めた”ウォーミングダウン”(レース後にローラー台でクールダウンすること)のようにね」。

そしてフルームとの関係についての質問も繰り返された。「皆それを書きたがるのはレース以外に書くことがなかったからなんじゃないかな。真実は、今日僕らはタイムトライアルの前にランチを一緒にとった。そこには特に何もない。何も問題はないよ。来年、クリスがリーダーになるかもしれない。本当に何もなかった。

記者会見を終えるとき、席をたってマイクを再び握ったウィギンズ。「3週間の間どうもありがとう。僕はメディア対応に慣れてなかった。でも感謝している。いろいろありがとう」。柔らかい笑顔でそう言われると、何の皮肉にも聞こえなかった。


photo&text:Makoto.AYANO