最終山岳ステージは、マイヨジョーヌとマイヨアポアを決する闘いになった。ヴォクレールのアタックに諦めないケシアコフ。ウィギンズとフルームのゴシップにも決着がつく日だ。

霧雨のマント峠 ヴォクレールの逃げ

緑深いバスク地方の山間部へと入ってく最終山岳ステージ。山でアタックするにはこの日が最後。朝から曇り空が覆う。気温も低く、昨ステージの暑さに苦しめられた選手たちの多くは、この天気を好ましく思っているだろう。

スタート前に談笑するアレハンドロ・バルベルデ(スペイン、モビスター)とルイスレオン・サンチェス(スペイン、ラボバンク)スタート前に談笑するアレハンドロ・バルベルデ(スペイン、モビスター)とルイスレオン・サンチェス(スペイン、ラボバンク) photo:Makoto.Ayanoフィリップ・ジルベール(ベルギー、BMCレーシングチーム)のシューズは特別カラーフィリップ・ジルベール(ベルギー、BMCレーシングチーム)のシューズは特別カラー photo:Makoto.Ayano


この日もユーロップカーはチームバスの中で長い長い作戦会議を行なっていた。ヴォクレールのマイヨ・アポアの闘いは今日決する。ケシアコフは逆転可能な位置にいるが、ツールのマイヨをやすやすと譲るヴォクレールではない。

スタートしてすぐにアタックが戦が始まる。最初の上り、1級山岳マンテ峠でユーロップカーはロランとヴォクレールを逃げ集団に送り込むことに成功した。登りが始まってすぐ、集団は分解。遅れだす選手が続出する。ラジオが次々と遅れる選手の名前を読み上げるなか、「アラシロ、ディスタンセ(遅れた)」の一言も加わった。

霧の1級山岳マンテ峠を登る選手たち霧の1級山岳マンテ峠を登る選手たち photo:Makoto Ayano
降りだす霧雨。涼しいコンディションだが、視界が効かない。ユキヤは分解したグループの後方で苦しそうに登ってきた。おそらくここまでの平坦路でエース二人を逃げに乗せるための仕事をしたのだろう。昨日の疲れがあるなかで、今日のステージが乗りきれるかを心配した。距離が短く山がちなステージは、タイムアウトの危険に満ちているからだ。


山岳ポイントを巡るトマ・ヴォクレール(フランス、ユーロップカー)とフレデリック・ケシアコフ(スウェーデン、アスタナ)の闘い山岳ポイントを巡るトマ・ヴォクレール(フランス、ユーロップカー)とフレデリック・ケシアコフ(スウェーデン、アスタナ)の闘い photo:Makoto Ayano戻されたニーバリのアタック 徹底的にポイントを獲るヴォクレール

雨に濡れた路面が危険なマンテ峠の下りでは、メイン集団からニーバリが飛び出し、前の逃げグループに加わった。濡れた路面をものともしないダウンヒラー。しかしニーバリがいると逃げが成り立たないのは明らか。ウィギンズのいる集団に戻るように交渉したのはバルベルデだった。

序盤の1級、2級、3級の山岳ポイントを争ったヴォクレールとケシアコフ。山岳賞地点通過前の駆け引きに満ちたスプリントは見応えがあった。ロランにアシストされ、ヴォクレールはケシアコフの後輪を完全にマーク。Sommet(頂上ポイント)のバナーが近づくと得意のパンチ力のあるダッシュを繰り出し、ケシアコフを封じた。


ペイラギュード峠のノルウェーコーナー

ゴール地点となったツール初登場のペイラギュード峠は、ペイルルスルドの頂上から脇道を入った先にあるスキーリゾートへの細い道だった。ツールが通ることで、コースになる道路は舗装し直されたという。

ノルウェー国旗を纏ったエドヴァルド・ボアッソンハーゲンの応援団ノルウェー国旗を纏ったエドヴァルド・ボアッソンハーゲンの応援団 photo:Makoto.Ayano1級山岳ペイラギュードで盛り上がる観客たち1級山岳ペイラギュードで盛り上がる観客たち photo:Makoto Ayano


バルベルデの独走が伝えられても反応がイマイチのバスクの応援団よりも、ノルウェーの応援団が大挙して詰めかけたコーナーがもっとも盛り上がりを見せていた。ノルウェー人出場選手はボアッソンハーゲンひとり。しかしこの応援団の数はあまりにすごい。それは昨年のフースホフトとボアッソンハーゲンの活躍があってのことだ。アルコールが入り、ややラフながらもフーリガンではない。エディの歌を歌いながら集団の到着を待った。

1級山岳ペイラギュードを先頭で駆け上がるアレハンドロ・バルベルデ(スペイン、モビスター)1級山岳ペイラギュードを先頭で駆け上がるアレハンドロ・バルベルデ(スペイン、モビスター) photo:Makoto Ayano1級山岳ペイラギュードで遅れるアイマル・スベルディア(スペイン、レディオシャック・ニッサン)1級山岳ペイラギュードで遅れるアイマル・スベルディア(スペイン、レディオシャック・ニッサン) photo:Makoto Ayano


バレス峠からの独走を続けたバルベルデが通過。そしてウィギンズとフルームが続く。フルームは何度もウィギンズの方を振り返りながら、ペースをあわせて走っている。ニーバリも遅れた。しかし、精細を欠いたウィギンズの顔はどうみてもライバルたちをリードしている顔でない。どちらかといえば遅れた敗者の顔。その理由はゴール後に分かる。

ユキヤはグルペットでなくひとつ前のいい位置で登ってきた。2010年ツールはこういった山岳ステージではグルペット最後尾がほとんど定位置だったのに。「走れている」という言葉はそんなところでも実証できている。

観客が詰めかけた1級山岳ペイラギュードを登るグルペット観客が詰めかけた1級山岳ペイラギュードを登るグルペット photo:Makoto Ayano
カヴェンディッシュはノルウェーコーナーの手前でメディカルカーから何かの治療を受け、シューズを履きなおして再スタート。アイゼルはその間少し前でスタンディングしてカヴが戻るのを待つと、ふたりして再スタートしていった。タイムリミットは大丈夫。


1級山岳ペイラギュードの頂上でゴールするアレハンドロ・バルベルデ(スペイン、モビスター)1級山岳ペイラギュードの頂上でゴールするアレハンドロ・バルベルデ(スペイン、モビスター) photo:Cor Vos3年の空白を経てツールに帰ってきたバルベルデ

バルベルデはオペラシオン・プエルトへの関与を疑われ、2009年はイタリアを通るツールに、CONI(イタリアオリンピック委員会)の規定で出場することができなかった。そして2年の出場停止処分を受け2010、2011シーズンを棒に振った。

表彰台に立つアレハンドロ・バルベルデ(スペイン、モビスター)表彰台に立つアレハンドロ・バルベルデ(スペイン、モビスター) (c)CorVosレースを走れなかった2年間、ハードトレーニングを止めることはなかった。すでに1月のツアー・ダウンアンダーので勝利で復調は立証していた。

総合を狙ってモビスターのエースナンバーをつけたバルベルデ。しかしこのツールでは不運が続いた。第1週の落車と、第7ステージの山頂ゴールに向かう直前のパンクがタイムを大きく失う原因になった。しかしその不運をステージ優勝が救ってくれた。

「僕は時間という制裁を受けた。2年間レース無しでハードなトレーニングに打ち込んだ。今シーズンは5勝を挙げたけれど、ツールの勝利は特別。ここに戻ることができて嬉しい。これですべて報われる。今までに捧げてきたものを考えると、感慨深いよ。」


ツール総合ワン・ツーを決めたウィギンズとフルーム

ウィギンズを見ながら1級山岳ペイラギュードを登るクリス・フルーム(イギリス、チームスカイ)ウィギンズを見ながら1級山岳ペイラギュードを登るクリス・フルーム(イギリス、チームスカイ) photo:Makoto Ayanoペイルスルド峠でニーバリが遅れ、他のライバルたちも振り落としてウィギンズとフルームは2人でペイラギュード峠を登った。もはやツールの総合ワン・ツーは確定。しかし、何度もウィギンズを振り返るフルームの執拗な仕草からは、ウィギンズを置いてバルベルデに追いつき、ステージ優勝をしたいという意志も感じた。

その仕草は、ラジオ実況の解説を務めるローラン・ジャラベールから「リスペクトに欠ける行動で、ウィギンズの勝利の価値を下げる」と揶揄された。

ウィギンズから遅れて1級山岳ペイラギュードを登るヴィンチェンツォ・ニーバリ(イタリア、リクイガス・キャノンデール)ウィギンズから遅れて1級山岳ペイラギュードを登るヴィンチェンツォ・ニーバリ(イタリア、リクイガス・キャノンデール) photo:Makoto Ayanoウィギンズは言う。「恐れていたのは最後の山岳でのニーバリのアタック。僕らはニーバリがステージ優勝したいだろうと話していた。そしてフルームもステージを勝ちたかった。僕はツールに勝つことを考えていた。
ペイルスルードでニーバリが遅れた時、初めて、多分ツールに勝てると思い始めた」。

フルームがステージ優勝をしたいとウィギンズに告げるが、ウィギンズはニーバリを打倒したことでツールに勝利できる安堵感に包まれ、そのことを聞き入れることが出来る状態ではなかったようだ。「先行してステージを取りたい」と言うフルームに対するウィギンズの返事は「ふーん…そう…」。ウィギンズはバルベルデの位置さえ気にしていなかった。

今日も忠実にウィギンズに仕えるアシスト仕事を果たしたフルーム。ステージ優勝できなかったことを残念に思うコメントは発しなかった。

「後悔はしていない。僕は毎日、持てる力の限り自分の仕事をするだけだ。ブラッドは今日ファンタスティックな走りをした。僕らは欲しかったものを手に入れた。僕らはチームスカイのマイヨジョーヌが欲しかったんだ。そして手に入れた。僕らは思い描いた通りのことをやったんだ」。

ゴール後、肩を組むブラドレー・ウィギンズ(イギリス、チームスカイ)とクリス・フルーム(イギリス、チームスカイ)ゴール後、肩を組むブラドレー・ウィギンズ(イギリス、チームスカイ)とクリス・フルーム(イギリス、チームスカイ) photo:Cor Vos表彰式でマイヨジョーヌを受け取るブラドレー・ウィギンズ(イギリス、チームスカイ)表彰式でマイヨジョーヌを受け取るブラドレー・ウィギンズ(イギリス、チームスカイ) (c)CorVos


「ウィギンズは僕よりずっとタイムトライアルが強い。僕はこの仕事をブエルタでもした。それが僕の仕事である限り、僕はそれをする。もしチームが僕に勝ちを狙うよう求めれば僕はそれもする。ウィギンズが望むならそうする。チームが望むならそうする。それがチームの走りだ」


マイヨ・アポアを確定させたヴォクレール

序盤の1級山岳マンテ峠を駆け上がるトマ・ヴォクレール(フランス、ユーロップカー)序盤の1級山岳マンテ峠を駆け上がるトマ・ヴォクレール(フランス、ユーロップカー) photo:Makoto Ayanoヴォクレールは超級山岳バレス峠でもケシアコフを完全マークし、ペイラギュードの頂上の上りでケシアコフが遅れるとスローダウンして頂上を目指した。ポイント2位のライバルを打倒し、マイヨを獲得するという強い意志に突き動かされた徹底した走り。山岳ジャージは好走の結果として転がり込むものではなく、計算し、自らの意志で穫りに行くものだ。

ヴォクレールは言う「今日は頭の中に計算機を仕込んで闘った。最後の上りではスローダウンして今日果たしたことを喜んだ。それは美しいと言えないかもしれない。なぜなら今日僕はケシアコフの後輪にずっとついていた。それはいつもの僕のスタイルじゃない。でもこの場合は他に選択肢はなかった。パナシェ(華のある走り)を披露するより、計算づくではしる必要があった。ライバルは決して諦めなかった。彼は最後までしっかりと食らいついて、ゴールするまで果敢に戦った」。

昨年はマイヨジョーヌを10日間着た。そして今年はマイヨアポアに身を包んでシャンゼリゼのポディウムに立てそうだ。ヴォクレールはツールの特別賞ジャージ、マイヨの重要性を説く。

山岳ポイントを巡るトマ・ヴォクレール(フランス、ユーロップカー)とフレデリック・ケシアコフ(スウェーデン、アスタナ)の闘い山岳ポイントを巡るトマ・ヴォクレール(フランス、ユーロップカー)とフレデリック・ケシアコフ(スウェーデン、アスタナ)の闘い photo:Makoto Ayanoフレデリック・ケシアコフ(スウェーデン、アスタナ)に先行するトマ・ヴォクレール(フランス、ユーロップカー)フレデリック・ケシアコフ(スウェーデン、アスタナ)に先行するトマ・ヴォクレール(フランス、ユーロップカー) photo:Makoto.Ayano


「他のレースでは、山岳賞は……たとえば(表彰式の)予定の1項目に過ぎないこともある。でも、このツール・ド・フランスの赤い水玉のジャージは計り知れないほど貴重だ」

マイヨアポワのトマ・ヴォクレール(フランス、ユーロップカー)がゴールを目指すマイヨアポワのトマ・ヴォクレール(フランス、ユーロップカー)がゴールを目指す photo:Makoto Ayano「この山岳賞の哲学は、僕が自転車レースで心がけていることを反映している。勇気、大胆さ、アタックへの情熱だ。ツールの定義では、僕はベストなクライマーに当てはまらないかもしれない。昨年、僕はシャンゼリゼで表彰台に立つチャンスを逃してしまい、総合4位に終わった。山岳賞ジャージを着て、僕は表彰台に立つことになるだろう。ただしパリまで走り終える必要がある……でも、その瞬間はとても素晴らしいものになるだろう」。

山岳ジャージは確定。ステージ2勝と山岳賞。これでヴォクレールのツールのハッピーエンドは確約された。加えてフランスナショナルチームのメンバーとして五輪ロードにも出場することになりそうだ。


ホイールに指をはさみ、深いキズを負ったクリスアンケル・セレンセン(デンマーク、サクソバンク・ティンコフ)ホイールに指をはさみ、深いキズを負ったクリスアンケル・セレンセン(デンマーク、サクソバンク・ティンコフ) photo:Makoto.Ayanoスポークで指を切ったクリスアンケル・セレンセン

レース後半、ジャパンカップ覇者であるクリスアンケル・セレンセン(デンマーク、サクソバンク・ティンコフ)が絡まった新聞紙を取ろうとしてホイールに手を挟んで指を切り、救急車で運ばれた。治療はうまくいき、第18ステージの出走はできるということだ。





photo&text:Makoto.AYANO