ジェノヴァの南方、リグーリア海に面した世界遺産チンクエテッレで、ジロ・デ・イタリアの総合争いに大きな影響を及ぼす60kmオーバーの個人タイムトライアルが行なわれた。イタリアファンに覆われたコースを最速で駆け抜けたデニス・メンショフ(ロシア、ラボバンク)がマリアローザを獲得した。

美しいチンクエテッレを駆ける

チンクエテッレ随一のマナローラ村をコース上から望むチンクエテッレ随一のマナローラ村をコース上から望む photo:Kei Tsujiチンクエテッレの美しさは筆舌に尽くし難い。急峻な陸地が海岸線までせり出し、その谷や岬、山肌にいくつもの街が点在している。フランスのコートダジュールからこのチンクエテッレに至るリグーリア海沿いはリゾートに打ってつけで、シーズンになればヨーロッパ各地からリゾート客が集まるという。

時間があればじっくり街を歩き回りたいところだが、今回は生憎そんな余裕を持ち合わせていない。でもいつか家族で訪れたいと真剣に思う。

リグーリア海と山々に挟まれた一帯がレースの舞台だリグーリア海と山々に挟まれた一帯がレースの舞台だ photo:Kei Tsujiスタート地点のセストリ・レヴァンテは、そんなチンクエテッレゾーンの玄関口だ。「鬼気迫るような表情を撮るなら終盤の上りだ」と思い、いい撮影ポイントを探すためにスタート地点はパス。プレスルームに駐車してゴール付近で撮ることも考えたが、詳細地図を見るとプレスルームはゴールから4500mも離れているため断念した。

イタリア半島西岸、ジェノヴァとリヴォルノを結ぶ高速道路は、長いトンネルを駆使して内陸を走っている。その高速道路でさえ、穏やかなカーブに慣れた日本人ドライバーには驚きの急カーブや急勾配が連続する。今回のTTコースは、高速道路が開通するまでメイン道路だったであろう、曲がりくねった2車線道路だ。

長い、きつい、テクニカル

選手たちの到着を日陰で待つ選手たちの到着を日陰で待つ photo:Kei Tsujiジロ歓迎ムードのセストリ・レヴァンテを抜けるといきなり上りが始まった。レース開始の3時間前だというのに、多くのサイクリストがコースに繰り出す。六甲山や生駒山のドライブウェイを進んでいるような錯覚に陥りながら(例が京阪神限定ですいません)、ワインディングを繰り返して上りを進むとようやく最初の3級山岳ブラッコ峠頂上に到着した。

木々に覆われた下りを進むとそこはレヴァントの街。普段は観光客で溢れるこの街で、選手たちは補給食を受け取る。レースはまだ半分だ。続く2級山岳テルミネ峠は勾配がきつく、体感的に8%を越える上りが山肌を縫っていく。

約1分ごとにやってくる選手たちを3時間以上観戦約1分ごとにやってくる選手たちを3時間以上観戦 photo:Kei Tsuji上りと下り、コーナリングを果てしなく繰り返す。気の抜けるポイントや脚を休めるポイントが皆無に等しい。1時間半に渡って選手たちは集中力を絶やすことが出来ない。身体能力だけでなく強靭な精神力も問われるコースだと感じた。

結局2級山岳の頂上手前1km地点に駐車し、少し歩いて木漏れ日がコースを照らす上りに撮影ポイントを決めた。しかし後々判明したのは、頂上を越えれば左に山、右に海の絶景が広がっていたこと。幾分“普通の山”の風景で撮影してしまった。

好天続きのイタリア

ポータブルテレビに観客が群がるポータブルテレビに観客が群がる photo:Kei Tsujiそれにしても天気がいい。昨晩も天気予報士は「明日もイタリアは全国的に晴天が続くでしょう」とハツラツと伝えてくれる。もし今日雨が降っていたら、ただでさえテクニカルな下りで大きなタイム差がついただろう。

連日の暑さは記録的なものだそうで、例年の平均気温を6〜7度上回っているという。サルデーニャ島では昨日37度を記録したとニュースは伝えた。ドロミテ山岳での数日を除いて、現地はずっと半袖でOKだ。

最初の選手の到着まで2時間以上あったので観客と話していると、ランス・アームストロング(アメリカ)とリーヴァイ・ライプハイマー(アメリカ)のアスタナコンビがチームカーを引き連れて走ってきた。不覚にもカメラを置いていたので撮影を逃したが、黄色いリブストロングジャージを着るランスの表情は真剣そのもの。逆にリーヴァイは楽しそうだ。

休息日にチームホテルを訪れた際、数チームのメカニックに「チンクエテッレのTTはノーマルに近いバイクを使う。カーボンのディームリムホイールを使うことになるだろう」と言われていた。登坂でのアドバンテージとダウンヒルでの操舵性を考えると軽量ホイールがベストチョイスなのだろう。撮影データをザッと確認すると、ラルスイティング・バク(デンマーク、サクソバンク)だけがディスクホイールを履いていた。

ロシア人の飛躍、イタリア人のため息

1時間34分29秒でステージ優勝&マリアローザ獲得を果たしたデニス・メンショフ(ロシア、ラボバンク)1時間34分29秒でステージ優勝&マリアローザ獲得を果たしたデニス・メンショフ(ロシア、ラボバンク) photo:Kei Tsujiコース沿道に集まった観客の98%はイタリア人。“押し寄せる観客をかき分ける”ような人の入りではないが、平日であることを考えると観客は多め。今日は仕事が休みなのか聞くと「仕事は休んだ」「ジロがあるのに仕事に行けるか」「これが仕事みたいなもんだ」という元気な返事が返ってきた。

イタリア人選手の中でも特に歓声が大きかったのはマルツィオ・ブルセギン(イタリア、ランプレ)だ。お馴染みのロバの帽子をかぶったファンは至る所にいる。アレッサンドロ・ペタッキ(イタリア、LPRブレークス)は完全にマイペース走行だったが、地元ラ・スペッツィアが近いだけに熱い声援を受けていた。

ステージ6位・1分54秒遅れのダニーロ・ディルーカ(イタリア、LPRブレークス)ステージ6位・1分54秒遅れのダニーロ・ディルーカ(イタリア、LPRブレークス) photo:Kei Tsuji情報に乏しいコース上で、ポータブルテレビかラジオを持っていれば一躍ヒーローになれる。現場では「ガルゼッリが暫定トップだ!」「だめだ!スカルポーニが伸びていない!」といったふうに、イタリア贔屓の即席実況が行なわれる。

レースが終盤に入ると、ラジオのイヤホンを耳に突っ込んだ自信満々の実況者が「中盤の計測でメンショフがディルーカを1分リードしている!」と吠えた。

ステージ13位・2分26秒遅れのランス・アームストロング(アメリカ、アスタナ)ステージ13位・2分26秒遅れのランス・アームストロング(アメリカ、アスタナ) photo:Kei Tsuji前日までの総合成績でマリアローザのダニーロ・ディルーカ(イタリア、LPRブレークス)と総合2位デニス・メンショフ(ロシア、ラボバンク)のタイム差は1分20秒。総合上位20名は3分ごとにスタートしているので、メンショフの通過から4分20秒以内にディルーカがやってこないと、マリアローザはメンショフに移る。

メンショフにライバル心を燃やすイタリア人の観客たち。しかし。いざメンショフがやってくると「ヴァイ(行け)!メンチョ〜フ!」と叫んでいた。どっちやねん。

ステージ3位・1分03秒遅れのステファノ・ガルゼッリ(イタリア、アックア・エ・サポーネ)ステージ3位・1分03秒遅れのステファノ・ガルゼッリ(イタリア、アックア・エ・サポーネ) photo:Kei Tsujiやがてメンショフの通過から1分、2分、3分が経過。周りのイタリア人がそわそわし始める。4分が経過した時点で、中継ヘリの音が近づいてくる。しかしディルーカの姿は見えない。タイムリミットの4分20秒が経過して、ようやく先導バイクが見えてきた。周りのイタリア人は悲鳴にも似た声でマリアローザに喝を入れるが、ディルーカの表情は冴えない。

結局ディルーカはメンショフから1分54秒遅れ、第5ステージから着続けていたマリアローザを失った。最終走者ディルーカの通過後、現場がドンヨリとしていたことは言うまでもない。

重要な個人TTを終えたジロは、平坦ステージを経て中南部の山岳地帯に舞台を移す。