朝、カラブリア州の凸凹の高速道路を通ってヴィッラ・サンジョヴァンニを目指す。そこからフェリーに乗り、20分かけて海峡を挟んだシチリア島のメッシーナへ。大型フェリーが何隻も停泊する港に着くと、すぐにジロ・デ・イタリアのそれと分かる大音量のキャラバン隊が目に入った。

関係車両がフェリーでシチリア島に渡る関係車両がフェリーでシチリア島に渡る photo:Kei Tsujiシチリア島の海の玄関口として知られるメッシーナ。イタリア本土とシチリア島を分つメッシーナ海峡には、現在、明石海峡大橋を上回る世界最長の橋が計画中だ。

でもそんな世界最長の橋よりも、高速道路を整備するのが先だと、前日に泊まったカラブリアのホテルの主は語っていた。確かに南イタリアの道は酷く凸凹で、サスペンションが破壊されるんじゃないかと思うほどの穴が至る所にガッポリと口を開いていて、クルマが勢い良く上下に揺れる。高速道路はずっと工事中で、上下線のどちらかがクローズ。片側の2車線を上りと下りで分け合っているのが実状。

出走サインを終えた別府史之(日本、レディオシャック)出走サインを終えた別府史之(日本、レディオシャック) photo:Kei Tsuji地元の人と話しているとすぐに東日本大震災の話になるのだが、今日メッシーナで会った男性は「震災後、日本はわずか1週間で高速道路を復元させた。でも南イタリアでは40年かかっても高速が完成しない。一般道も一緒で、凸凹の道が整備されるのは、ジロが通る時か、ローマ法王が訪れる時だけだ」と嘆いている。その裏には深刻な南北問題があるのだが、書き始めるとキリが無いので、話をレースに戻します。

メッシーナと言えば、過去に柳沢敦と小笠原満男が所属していたFCメッシーナがある(当時はセリエAだったが、八百長問題などのゴタゴタで現在はセリエD)。

前日のプロノスティコで優勝したグレゴー・ブラウン前日のプロノスティコで優勝したグレゴー・ブラウン photo:Kei Tsuji澄み渡る青空の下、選手たちの出走サインを待っていると、いつもシクロワイアードに寄稿しているジャーナリストのグレゴー・ブラウンがステージに上がった。何事かと思ったら、前日のプロノスティコで1位を獲得したという。

プロノスティコとは、メディア関係者によるステージ優勝者当てクイズ。3週間に渡ってジロに帯同するメディア関係者が参加権をもっていて、ステージ優勝予想5名の名前を書いた紙をスタート前に応募箱に入れる仕組み。もちろん自分も毎朝その日の優勝予想5名を記して応募している。ゲンを担いでいつも一番上にBEPPUと書いているが、まだステージに呼ばれたことはない。

ピンクの花を配り歩くピンクの花を配り歩く photo:Kei Tsuji総合優勝に与えられるトロフェオ・センツァ・フィーネ総合優勝に与えられるトロフェオ・センツァ・フィーネ photo:Kei Tsuji応援団を引き連れて登場したヴィンチェンツォ・ニーバリ(イタリア、リクイガス・キャノンデール)応援団を引き連れて登場したヴィンチェンツォ・ニーバリ(イタリア、リクイガス・キャノンデール) photo:Kei Tsuji

タオルミーナの街を駆け抜けるタオルミーナの街を駆け抜ける photo:Kei Tsujiスタート地点に翻るのは「メッシーナの鮫」ことヴィンチェンツォ・ニーバリ(イタリア、リクイガス・キャノンデール)の応援フラッグだ。今年のジロには5名のシチリア人が出場しているが、ニーバリの注目度が群を抜いて高い。

ガゼッタ紙も「今日はニーバリ・デー」と題した特集を1ページ半に渡って組み、昨年エトナ火山を試走したニーバリの様子などを紹介している。否が応でもニーバリに注目が集まる。応援団を引き連れて出走サインに登場したニーバリは慌ただしくインタビューを受け、ファンの手荒い激励を受けながらスタートして行った。

風が吹き付ける1級山岳エトナ火山風が吹き付ける1級山岳エトナ火山 photo:Kei Tsujiエトナ火山はヨーロッパ最大の活火山として知られている。標高は富士山よりも低い3326m。常に噴煙が上がっていて、数年、もしくは数十年に一度、大噴火が起きる。1669年の大噴火では、10000人を超える死者が出たという。

地震や火山活動が起こる点では、日本とイタリアは似ている。それだけに、東日本大震災について詳しく状況を聞いてくるイタリア人は多い。

先頭でエトナ火山のゴールを目指すアルベルト・コンタドール(スペイン、サクソバンク・サンガード)とホセ・ルハノ(ベネズエラ、アンドローニ・ジョカトリ)先頭でエトナ火山のゴールを目指すアルベルト・コンタドール(スペイン、サクソバンク・サンガード)とホセ・ルハノ(ベネズエラ、アンドローニ・ジョカトリ) photo:Kei Tsujiエトナ火山の活動は今年1月に再び活発化し、レース3日前の木曜日にも噴火。火山灰がコースに降り積もったが、地元の作業員100人によってコースの安全が確保されたのはすでに現地レポートでお伝えした通り。実際にコースを走ってみると、火山活動を感じさせないほどキレイに整備された道だった。

第9ステージは、まずエトナ火山の北側から標高1631mまで登り、一旦海に向かってダウンヒル。続いて南側から標高1892mまで駆け上がる。ゴール地点はサピエンツァ避難所。「避難所」と聞いて身構えて行ったが、実際は観光地化されていて、山頂に向かって伸びる観光用ゴンドラも稼働中。土産物屋やレストランが並んでいる光景に拍子抜けした。

先頭でエトナ火山のゴールを目指すアルベルト・コンタドール(スペイン、サクソバンク・サンガード)とホセ・ルハノ(ベネズエラ、アンドローニ・ジョカトリ)先頭でエトナ火山のゴールを目指すアルベルト・コンタドール(スペイン、サクソバンク・サンガード)とホセ・ルハノ(ベネズエラ、アンドローニ・ジョカトリ) photo:Kei Tsujiコースの両側は黒い火山粉砕物に埋まっている。「魔の山」と呼ばれるモンヴァントゥーとはまた印象の異なる荒涼とした光景。そしてとにかく風が強い。細かい火山灰が風に乗って舞っていたのか、このレポートを書いている今、目がイガイガして痛い。

風の強さはレース展開に影響を及ぼすと予想していた。早めのアタックは、ひとりで長時間に渡って風にさらされることになるためリスクを伴う。登りと言えども、人数を揃えた集団が有利になりうる。しかしそんな予想は、3度のマイヨジョーヌ獲得者に打ち砕かれた。

黒い火山粉砕物に覆われたエトナ火山を登る黒い火山粉砕物に覆われたエトナ火山を登る photo:Kei Tsujiゴールまで距離を残して飛び立ったアルベルト・コンタドール(スペイン、サクソバンク・サンガード)は、全長19.4kmの最後の登りを僅か49分17秒で登り切った。平均スピードになおすと23.6km/h。1時間あたり標高差1467mを登ったことになる。

ちなみにコンタドールが集団からアタックした時のギアは53x17T。ホセ・ルハノ(ベネズエラ、アンドローニ・ジョカトリ)とともに集団から抜け出し、100rpmほどの高いケイデンスを維持して登りを突き進む姿は、一時代を築いたランス・アームストロング(アメリカ)を彷彿とさせる。

24分46秒遅れでエトナ火山のゴールに向かう別府史之(日本、レディオシャック)24分46秒遅れでエトナ火山のゴールに向かう別府史之(日本、レディオシャック) photo:Kei Tsuji地元の期待を背負ったニーバリやミケーレ・スカルポーニ(イタリア、ランプレ・ISD)は、全くと言っていいほど歯が立たなかった。前日の第8ステージのゴール前アタックで好調さを証明済みだったとは言え、ここまでコンタドールが強いとは。

1週目の最後に圧倒的な力を誇示したコンタドール。ニーバリとの総合タイム差は1分21秒、スカルポーニとの総合タイム差は1分28秒まで広がっている。

観客の要求に応じて選手がボトルを投げる観客の要求に応じて選手がボトルを投げる photo:Kei Tsujiイタリア人が大半を占めるプレスセンターは沈黙。「はい、今日でジロは終わり。コンタドールの勝ち。おめでとう。お疲れ様でした。また来年」なんて言うフォトグラファーもいるが、まだまだジロは先が長い(先が長い分だけタイム差が広がりそうな気もするが・・・)。エトナ火山を終えて、コンタドールvsイタリア勢の様相がより一層濃くなった。ドロミテ山塊でイタリア勢は総攻撃を仕掛けてくるだろう。

アレッサンドロ・ペタッキ(イタリア、ランプレ・ISD)を含むグルペットが通過して数分後、別府史之(レディオシャック)のいる第2グルペットがやってきた。フミは「今日は登りで脚を止めるのが早すぎて、タイムオーバーまでの時間をぎりぎりまで使ってゴール。もう少し集団で粘ってからグルペットに入るべきでした」と、慣れないジロの本格山岳に苦戦した様子だ。

第9ステージ終了後、すぐに選手たちはエトナ火山近くのカターニア空港に直行。フミのレディオシャックは21時30分発のフライトで、休息日を過ごすことになるテルモリに飛んだ。

大会関係者にとって、このエトナ火山からテルモリの移動が今年のジロの最大のネックだ。自走だと約800km。しかもカラブリア州の凸凹高速を通過しなければならない。ということで自分は、エトナ火山からメッシーナに向かい、フェリーでサレルノに渡り、そしてテルモリまで走ることに。

あくまでイメージだが、阿蘇山から別府に向かい、フェリーで大阪に渡り、そして福井まで走る感じ。500km近く走行距離が減るし、何よりフェリーで寝ることができる。とにかく関係者にとっては休息日という名の移動日になりそうだ(記事掲載時には無事テルモリに到着しています)。

text&photo:Kei Tsuji in Messina, Italy