ジルベールが勝った。地元ベルギー人のファンでさえ、躊躇うことなく優勝候補にコンタドールやロドリゲスの名前を挙げる激坂レースで、ジルベールが悠々と勝利した。その爆発力は、ワンデークラシックで一時代を築いたパオロ・ベッティーニ(イタリア)を凌駕する雰囲気すらある。

教会へと続くユイの壁

ユイの街並を抜けるとラスト1kmアーチが登場ユイの街並を抜けるとラスト1kmアーチが登場 photo:Kei Tsujiレンガ作りの建物が並ぶユイの街を抜けると、いよいよ「ユイの壁」が始まる。登り始めから頂上まで「Huy」の路上ペイントが導いてくれる。

公式レースブックには「勾配が19%に達する登り」と記されている。でも実際はそんなもんじゃない。特にラスト800mを切って脇道に入ったあたりで勾配がガクンと増し、頂上まで400mを残した鋭い左コーナー前後は確実に25%ある。いや、それ以上だと思う。

ユイのペイントが頂上まで続くユイのペイントが頂上まで続く photo:Kei Tsuji日本ではあまり知られていない(というか自分が知らなかった)のだが、「ユイの壁」の頂上には教会がある。登りの沿道には祠のような白い建物が等間隔に並んでいて、それぞれ十字架にかけられたキリストが奉られている。「ユイの壁」の正式な通り名は「Chemin des Chapelles(シュマン・デ・シャペル)」。つまり、教会に続く小径、だ。

路面は比較的キレイなアスファルト。「北のクラシック」に登場する石畳坂ではない。要求されるのはテクニックではなく登坂力。登りの長さは1300m以上で、歩いて登っていると脹ら脛がパンパンになる。数百メートルの移動が億劫になる勾配。

レース前日にこの「壁」に挑んでいたアマチュアサイクリストの多くは、BBやらクランクやら、バイクの色んな箇所からギシギシ異音を放ちながら、ダンシングで辛うじて前に進んでいる。“撮る側”としてポイントを確認し、ワクワクして「壁」をあとにした。

1回目のユイを登るメイン集団1回目のユイを登るメイン集団 photo:Kei Tsuji

欠場の土井雪広「右脚は絶好調。でも左脚がダメ」

自らクルマを運転して病院へと向かう土井雪広(日本、スキル・シマノ)自らクルマを運転して病院へと向かう土井雪広(日本、スキル・シマノ) photo:Kei Tsuji今年のフレーシュ・ワロンヌには日本人選手が一名エントリーしていた。スキル・シマノの土井雪広だ。土井は過去に2度出場し、2009年に完走している。

今シーズンは前半から好調で、2月のブエルタ・ア・アンダルシアではスプリントに絡んで2度トップ10フィニッシュ。さらに4月2日のヘル・ファン・ヘット・メルヘラントでは、最後まで集団に残り、チームメイトをアシストして17位に入った。

「アルデンヌを見据えて極限までカラダを絞っていたので、メルヘラントは最後まで踏めていた」。土井は好調時の感触を思い出すように語る。

しかし4月13日のブラバンツ・ペイルで事態は急変。前走者とともに路面の穴にハマって落車してしまう。バイクに顔面を打ち付け、更に左膝を地面に打ち付けた。当初はフレーシュ・ワロンヌ出場の姿勢を崩さないでいたが、落車から日を追う毎に症状は悪化。「左脚で重心を支えられない。パワーメーターの数値を見ても、右脚は好調なのに、左脚が全然ダメ」。

土井はその左脚を引きづりながら4月18日に病院へ。MRI検査で膝蓋骨骨折が判明した。バイクトレーニングから2週間遠ざかり、レース復帰は9〜10週間後。当然フレーシュ・ワロンヌは欠場。昨年総合6位に入ったツアー・オブ・ターキーの欠場も決まった。

再起を懸けてリハビリに励む土井のインタビューは後日お伝えします。

ベルギーファンの前で最高の走りを見せたジルベール

ASOのクリスティアン・プリュドム氏と談笑するフィリップ・ジルベール(ベルギー、オメガファーマ・ロット)ASOのクリスティアン・プリュドム氏と談笑するフィリップ・ジルベール(ベルギー、オメガファーマ・ロット) photo:Kei Tsujiジルベールが先頭で「ユイの壁」を駆け上がり、ラスト100m地点でカメラを構える自分の前に単独でやってきたとき、あまりの声援の大きさと、あまりのかっこよさに、鳥肌が立った。

アムステル・ゴールドレースを制したジルベールは、ワロン地方を代表する選手としてシャルルロワのスタート地点に登場した。今年のグランツールで総合優勝を争うであろうコンタドールやバッソ、シュレク兄弟、ヘーシンクなんて足元に及ばないぐらいの歓声がジルベールを包み込む。しかし本人は「ユイがある限り、フレーシュ・ワロンヌは完全にクライマー向き」と繰り返す。

フィリップ・ジルベール(ベルギー、オメガファーマ・ロット)の決戦バイクフィリップ・ジルベール(ベルギー、オメガファーマ・ロット)の決戦バイク photo:Kei Tsujiシャルルロワのスタジアム前で出走サインする選手たちを見届けて、スタート地点から高速道路の入り口に向けてクルマを走らせた。ラジオツール(競技無線)は予定通りレースが11時20分にスタートしたことを告げる。

高速入り口手前、5km地点の直線道路でカメラを構えていると、ちょうど目の前の長い緩やかな登りでマチェイ・パテルスキー(ポーランド、リクイガス・キャノンデール)のアタック。ゴールスプリントさながらの気迫ある走りで飛び出したパテルスキーに3名が合流し、タイム差が広がり始めたとラジオツールが告げたとき、自分はチームカーの隊列に混ざって高速道路に飛び乗り、ユイに向かっていた。

沿道にはルクセンブルクのフラッグが目立つ沿道にはルクセンブルクのフラッグが目立つ photo:Kei Tsuji選手より1時間早く、観客が詰めかけた「ユイの壁」に到着。頂上のゴール横にあるプレスセンターに余計な機材を置いて、夏のような日射しの中、急勾配の登りを下っていく。

濃厚なベルギービールの芳香と、クラッチが焼けた独特の臭いがあたりに立ち込める。沿道の茂みの奥には即席のビール売り場もあって、ユーロ札を握りしめた老若男女が列を作っている。1カップ1.8ユーロで売られていたが、ぐっっっと我慢した。

合計3回通過する「ユイの壁」。最初の通過では当然誰も動きを見せない。メイン集団が一通り通過したところで大歓声が起きたので振り返ると、集団の最後尾にジルベールの姿があった。

観客が詰めかけたユイの壁を進む観客が詰めかけたユイの壁を進む photo:Kei Tsuji

集団前方でユイの壁をクリアするフィリップ・ジルベール(ベルギー、オメガファーマ・ロット)集団前方でユイの壁をクリアするフィリップ・ジルベール(ベルギー、オメガファーマ・ロット) photo:Kei Tsujiジルベールは別に苦しくてポジションを下げているわけじゃない。涼しい顔で急勾配区間をダンシングでクリアしている。周りの選手はハンドルにしがみつき、歯を食いしばっているというのに、ジルベールは軽快なダンシング(実際は他の選手よりずっと重いギアを踏んでいる)でスイスイ登る。

身体のラインを絶妙なリズムでたわませて、ヘルメットの天辺からコンチネンタルタイヤの接地面まで、一つの完璧な構造物を成している感じ。

ゴール前に先頭で姿を現したフィリップ・ジルベール(ベルギー、オメガファーマ・ロット)ゴール前に先頭で姿を現したフィリップ・ジルベール(ベルギー、オメガファーマ・ロット) photo:Kei Tsuji2回目の「ユイの壁」でジルベールは集団の前方に位置。ライバルたちの動きに目を光らせていた。歩いて登るだけでも心拍が上がるのに、ジルベールは鼻呼吸でライバルチームのペースアップに対処している。

「2回目のユイを越えた後、チームは逃げグループに選手を送り込む作戦だった。でもチームメイトは誰も逃げに乗ることができず。その時はかなり苛立ってしまった。でもそれがいつも以上の力を生んだのかもしれない」。

ゴールに向かって踏み直すフィリップ・ジルベール(ベルギー、オメガファーマ・ロット)ゴールに向かって踏み直すフィリップ・ジルベール(ベルギー、オメガファーマ・ロット) photo:Kei Tsujiそして迎えた3回目の「ユイの壁」、つまりゴールへの登り。前述の通り、ジルベールが先頭で目の前に飛び込んできた。

「よく無鉄砲だなんて言われるけど、自分の動きに自信があった。良い位置でユイに突入して、300mで飛び出したんだ。その前の一番勾配のある区間で、コンタドールやロドリゲスは位置取りが悪かった。僕は良い位置から、良いタイミングで飛び出せた」。

晴れ渡った空を見上げるフィリップ・ジルベール(ベルギー、オメガファーマ・ロット)晴れ渡った空を見上げるフィリップ・ジルベール(ベルギー、オメガファーマ・ロット) photo:Kei Tsuji個人的にはジルベールのような闘志溢れる走りが大好きだ。バイシクルクラブ2010年1月号で初めて「レンズトーク」のページを担当させていただく際に、迷わずジルベールを題材に選んでいる。彼のアタックほど刺激的なものはない。彼の爆発力が世界を驚かす。無線の使用によってサプライズが減っていると言われる現在のロードレース界が、ジルベールの脚にひれ伏す。

「爆発的なアタックを決めるのが自分のスタイル。その爆発力で一気に後続を引き離すことで、ライバルたちのやる気を削ぐことができる。精神的にダメージを与えることができるんだ。アタックで大きなアドバンテージを得たので、周りの雰囲気を堪能しながらゴールの瞬間を迎えた。まるでサッカー競技場の中のようだった」。

レース後の記者会見 フィリップ・ジルベール(ベルギー、オメガファーマ・ロット)レース後の記者会見 フィリップ・ジルベール(ベルギー、オメガファーマ・ロット) photo:Kei Tsujiジルベールはレース後の記者会見で英語の質問には英語で、フランス語の質問にはフランス語で返す。

アムステル・ゴールドレースに続いて、フレーシュ・ワロンヌ制覇。いよいよ2004年のダヴィデ・レベッリン(イタリア)に続く史上2人目の「アルデンヌ完全制覇」が現実味を帯びてきた。ジルベールがシーズン最大の目標に掲げるリエージュ〜バストーニュ〜リエージュが日曜日に迫る。

ジルベール擁するオメガファーマ・ロットは、アルデンヌ3連戦の期間中、ベルギー国境にほど近いオランダ南部のマーストリヒトに宿泊している。そこでジルベールは英気を養い、来るべき決戦に備える。「日曜日に勝てることができればファンタスティックだ。でもまだそれは先の話。リエージュという観念に囚われたくない」。

「このフレーシュで勝とうが、10位だろうが、リエージュの優勝候補であることに変わりはない。リエージュでは強い者が勝つんだ」。ジルベールは会見の最後にそう念を押した。

text&photo:Kei Tsuji in Huy, Belgium

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