トレックのロードバイクの魅力を語るにはカーボンを避けて通ることは出来ない。アルミが主流の時代からカーボンにこだわり続けてきた結果、規模、性能共に世界トップクラスのメーカーとなった。2011年は従来からのレディオシャックに加え、シュレク兄弟が中心となり新たに誕生したチームのレオパード・トレックにも供給が決定している。

トレック マドン3.1トレック マドン3.1 (c)Makoto.AYANO/cyclowired.jp

マドンシリーズの末弟となるマドン3.1は、4~6シリーズまでのマドンとは立ち位置が異なる。4以上があくまでレースユースを目的としているのに対して、3シリーズはスポーツライドという位置づけだ。上級モデルの優れたジオメトリーや技術を受け継ぎつつ、一般のライダーの手に届きやすく、乗りこなしやすいように配慮がなされている。

3シリーズに採用されるTCTカーボンは「トレック・カーボン・テクノロジー」の頭文字を取ったもの。最上級モデル6シリーズにはトレックが社外秘としているOCLVの最新形、OCLV2カーボンが使われているが、5シリーズ以下はTCTカーボン製。OCLV2はその高い技術のためブラックボックス化され、アメリカ国外では生産していない。超がつくほど高性能だが、価格もハイエンドモデルとしては比較的リーズナブルな範囲に収めているのはさすがトレックだ。

正面から見るとヘッドチューブの上側が太くなっているのがわかる。トップチューブで支えるのが目的だろう正面から見るとヘッドチューブの上側が太くなっているのがわかる。トップチューブで支えるのが目的だろう トレックではすっかりおなじみのボントレガーブランドのフロントフォーク。細身にもかかわらず十分な剛性を持つトレックではすっかりおなじみのボントレガーブランドのフロントフォーク。細身にもかかわらず十分な剛性を持つ BBとの接合面で急速に広がるシートチューブ。剛性重視というより、しなりをうまくコントロールするためと思われるBBとの接合面で急速に広がるシートチューブ。剛性重視というより、しなりをうまくコントロールするためと思われる


カーボン製造における技術的な壁を克服すべく努力が行われ、OCLVに限りなく近い性能がトレック本社以外でも生産できるようになり、TCTトレックカーボンフレームはアメリカ国外で生産されることになった。もちろんTCTといっても内容がすべて同じという訳ではない。カーボンのグレード、積層などを各バイクのコンセプトごとに調整しており、マドン3.1もスポーツユースのために最適化されている。

ちょっと驚きなのは、BBはトレック独自のBB90ではない。近年多くのメーカーが採用しBB30と双璧をなしつつある、いわゆるプレスフィットタイプ・BB86を採用しているのだ。どちらでもメジャーメーカーのクランクも使用することが出来るが、こちらの方がより互換性のある製品が多いための採用だと思われる。脚力を逃がさない最新設計のオーバーサイズBBを味わうことが出来つつ、整備性にも配慮したユーザーの立場に立った仕様といえる。

エントリーモデルとはいえ、カラーリングやグラフィックに手抜きはなく、高級感さえ漂うエントリーモデルとはいえ、カラーリングやグラフィックに手抜きはなく、高級感さえ漂う とても意外な共通規格プレスフィットBBの採用。シャフト径が同じなので性能的にはBB90とあまり違いはないはずとても意外な共通規格プレスフィットBBの採用。シャフト径が同じなので性能的にはBB90とあまり違いはないはず


シートポストもインテグラルタイプの「シートマスト」ではなく、通常のノーマル丸ポストを採用している。このバイクを選択するユーザー層を考えれば、シート高やサドル、ペダル、シューズなどに悩むことは明白であり、調整の効くノーマルタイプの採用はメリットが多いだろう。フロントフォークのコラム部もオーソドックスなオーバーサイズ仕様。敢えてテーパーコラムにしないで剛性を落としたと想像するに難くない。

ワイヤルーティングも外回しのオーソドックスなもの。内装式に比べて明らかにメンテナンス性は高く、初心者にもわかりやすい。ジオメトリーは前傾姿勢がレーサーほどキツくない、H2フィットで、まさに初~中級者にジャストミートの設計だ。

通常の外回しタイプのケーブルルーティング。チューブの陰に隠れているので乗り手との干渉も少ない通常の外回しタイプのケーブルルーティング。チューブの陰に隠れているので乗り手との干渉も少ない 走りを左右するダウンチューブ。トレックは流行の角断面ではなく、伝統的な丸断面を選んでいる走りを左右するダウンチューブ。トレックは流行の角断面ではなく、伝統的な丸断面を選んでいる シートチューブの横を通り、トップチューブとつながっているシートステー。急制動もしっかり受け止める剛性を実現シートチューブの横を通り、トップチューブとつながっているシートステー。急制動もしっかり受け止める剛性を実現



リヤエンドには他のロードバイクにはあまり見られない仕掛けが伺える。なんとキャリヤとフェンダー用のダボが2つ設けられており、トレックが考える使用方法が多岐にわたることが推察できる。

パーツはメインにシマノ・105を使用するが、クランクにはスラムAPEX、ブレーキキャリパーにはテクトロ・R540といういわゆるミックスコンポ。作りと価格を見ると妥当とも言えるが、走りにどのような影響をもたらすか興味深いところだ。

何より素晴らしいのがサイズ設定。50~62センチまで2センチ刻みをカーボンで揃えることはなかなか出来ることではない。世界有数の自転車ブランドとしてのプライドと責任が垣間見られる。

ボントレガー製のアフィニティーは人体工学に基づいて設計された座りやすいサドルだボントレガー製のアフィニティーは人体工学に基づいて設計された座りやすいサドルだ リヤエンドに設けられた2つのダボ。ついにカーボン製ロードバイクにもリヤキャリアを取り付ける時代がやって来たリヤエンドに設けられた2つのダボ。ついにカーボン製ロードバイクにもリヤキャリアを取り付ける時代がやって来た


すべてが新しい3シリーズは、いわば最新のマドン。今のロードバイクで最も激戦区となっている、「フルカーボンフレーム×シマノ・105装備、価格20万円台」近辺に落とされた核爆弾的存在と言えるだろう。それではインプレッションに入ろう。





―インプレッション

「豊富な経験を元に初心者に最適化されたカーボン性能」
戸津井俊介(OVER-DOバイカーズサポート)


「豊富な経験を元に初心者に最適化されたカーボン性能」戸津井俊介「豊富な経験を元に初心者に最適化されたカーボン性能」戸津井俊介 以前乗った最上位シリーズはヘッド付近やフォークが硬く、バックで柔らかさを出していました。それに対してこの3シリーズは、フォークもとてもソフト。ロードバイクであることは間違いないのですが、まるでシクロクロスバイクのようなライディングフィールも持ち合わせています。

サスペンション効果がとても高く、大きなバンプもしっかり吸収してくれるし、直進走行時に突き上げがあれば、前後揃ってサスペンションとして働いてくれる。基本的には乗り心地が良くて、ハンドリングも安定志向。かといってダルくはありません。サドルはとても柔らかく、初心者が体重を掛けてどっかりと座っても快適でしょう。

ポジションが楽だったためか、脚にストレスが少ないという印象があります。しかし坂道などでスピードを上げる時は、ちょっとダルさを感じるかもしれませんね。緩急をつけるのは苦手というか、時速25kmほどのマイペースで坂を淡々と上るのは良いと思います。

ブレーキ本体はアーチ剛性が少ないのでよれる感覚はあるものの、リムが柔らかいせいか両者の相性は良く、性能の不足はそれほど気になりませんでした。

上り坂での急発進は、車重というか車輪の重さを感じます。落ち葉があってふかふかなところや砂利が浮いているコーナーなどは、フォークが柔らかいせいか少し滑るような掴みづらい面もありました。でも直進安定性はすごく高いし、高速の下り坂も怖くありません。挙動も掴みやすく、ハンドリングは体だけ倒していけばその動きを自然にトレースして曲がってくれました。

レース指向ではないユーザーには「ランス・アームストロングという選手がツール・ド・フランスで勝っているメーカーのバイクですよ」と言っても、売り文句になりません。だからこういったインプレッションなどに掲載される「このバイクは初心者向け」というような情報はとても大切にされています。レーシングバイクの性能は極端なところまで行きついている面もあるので、それをそのまま初心者の人の1台目とか、セカンドバイクなどにするというのは厳しい部分もあります。

このバイクには、今まで色々な製品を作ってきたというトレックの経験が生きています。ヘッドパーツの下ワンなどは、剛性重視の方向でテクノロジーが投入されてきたのですが、その過程で初心者の方にはこれくらいが適しているという経験値も得てきたのでしょう。それらがあるからこそ、このマドン3.1は良いのだと思います。

見た目も価格以上の高級感がありますし、フレームだけで見ると相当よく出来ていると思いますね。一時期ならフレーム単体しか買えなかった値段ですから。



「マドンの素性の良さをロングライド、ツーリング用に上手にアレンジ」
吉本 司(バイクジャーナリスト)


「マドンの素性の良さをロングライド、ツーリング用に上手にアレンジ」吉本 司「マドンの素性の良さをロングライド、ツーリング用に上手にアレンジ」吉本 司 以前、現行車種のマドン6シリーズに乗った時にも感じたのだが、その素晴らしさはバランスに優れる性能だろう。このマドン3.1も上位機種と同じ素性が感じられる。正直なところ、エントリーグレードというので、さほど性能に期待はしていなかったのだが、購買層に対してというのは言うに及ばず、全体のパッケージはとてもよくまとまっている。

まず、優れているのが乗車時の重心位置だ。基本的なジオメトリーが上位機種である6シリーズとほとんど変わらないので当然とも言えるが、重心位置が低くて安定感がある。

実際の数値よりもホイールベースが長く、BBハイトが低いような印象を受ける。バイクの中心に乗っている感覚が強いので、コーナリング全般、荒れた路面でもライダーがしっかりと自転車の上で“乗れている”感がある。スリッピーな路面で少々バイクコントロールが乱れても、落ち着いて挙動を修正できる。

マドン3.1の価格帯を考えれば入門者の購入も多いと考えられる。それだけに、こうした挙動の扱いやすさは、加速性能の追求よりもライディングを快適にする上で重要だ。
ハンドリングも上位機種に比べると少し落ち着いたフィーリングだ。かといってダルさや、パタパタと切れ込むような感覚はなく、いたってスムーズ。しかも直進安定性も十分なので扱いやすい。

おそらく、ヘッドのベアリング径を上下オーバーサイズにしていることで、入門者のスキルに合わせてデチューンされているのだろう。上位機種と同じ金型を使えばコストを大幅に削減できるが、おそらくマドン3.1専用の金型を用意しているのだろう。こうした部分に資金を惜しまず投じることができるのは、ビッグメーカーならではだ。

廉価グレードのホイールが装備されているので、低速での加速や上り勾配が急になると重量を感じる。しかしフレームの動的性能は、入門者を照準とするモデルとして不足はない。軽量・高剛性モデルのようなパリッとした軽さはないが、剛性も適度なしなやかさを持ち、ウイップも不快のないレベルに制御されているのでペダリングは心地よい。脚へのタッチも軽いので長距離を乗っても疲れにくいはずだ。

クリテリウムのような激しいスピードの上下を求められると、もう少し剛性が高い方がペダリングに気を遣わず乗れるが、このバイクのヘビーターゲットである、ロングライドやツーリング的な巡航速度を重視する走りでは、ウイップが上手く抑制されたしなやかさによって軽く走ることができるだろう。

さらに一体感のあるショック吸収性によって、乗り心地はとても高いレベルが実現されている。路面の荒れた下りでもフレームがポコポコっといった感覚で振動を上手にいなしてくれ、前記したように重心位置も適切なので、こういうバイクに乗ると入門者でも下りでの恐怖心はかなり取り除かれるはずだ。そしてタイヤに高級モデルの25Cサイズを組み合わせたら、さらに極上の快適性と安心感が得られる。

フレームの前後にフェンダー取り付けダボも装備されているので、ツーリングや通勤用などの日常使いも照準とするモデルだが、マドンの基本性能が上手にアレンジされている。上位機種の廉価版という位置づけではあるものの、マドンの別カテゴリーといってもいいだろう。

バランスに優れたコンフォート性能は、ロングライドやツーリング的な使い方をメインとする入門者にとても適したモデルであることは間違いない。ホイールやブレーキといった部分にカスタムを加えれば、上級者のツーリングやロングライドも許容してくれるだろう。




トレック マドン3.1トレック マドン3.1 (c)Makoto.AYANO/cyclowired.jp

トレック マドン3.1
フレーム:TCTカーボン
フォーク:ボントレガー・レースカーボン
サイズ:50、52、54 、56、58、60、62
カラー:グロスブラック×ホワイト×CHIレッド
ヘッドセット:1-1/8インチ インテグレイテッドセミカートリッジベアリング
コンポーネント:シマノ・105
シートポスト:ボントレガー・カーボン20mmオフセット
フレームセット重量:NA
価格:22万円(完成車)





インプレライダーのプロフィール

戸津井俊介(OVER-DOバイカーズサポート)戸津井俊介(OVER-DOバイカーズサポート) 戸津井俊介(OVER-DOバイカーズサポート)

1990年代から2000年代にかけて、日本を代表するマウンテンバイクライダーとして世界を舞台に活躍した経歴を持つ。1999年アジア大陸マウンテンバイク選手権チャンピオン。MTBレースと並行してロードでも活躍しており、2002年の3DAY CYCLE ROAD熊野BR-2 第3ステージ優勝など、数多くの優勝・入賞経験を持つ。現在はOVER-DOバイカーズサポート代表。ショップ経営のかたわら、お客さんとのトレーニングやツーリングなどで飛び回り、忙しい毎日を送っている。09年からは「キャノンデール・ジャパンMTBチーム」のメカニカルディレクターも務める。
最近埼玉県所沢市北秋津に2店舗目となるOVER DO所沢店を開店した(日常勤務も所沢店)。
OVER-DOバイカーズサポート


吉本 司(バイクジャーナリスト)吉本 司(バイクジャーナリスト) 吉本 司(バイクジャーナリスト)

71年生まれ。スポーツサイクル歴は25年。自転車専門誌の編集者を経てフリーランスの自転車ライターとなる。主にロードバイク関連の執筆が多いが、MTBから電動アシスト自転車まで幅広いジャンルのバイクに造詣が深い。これまで30台を上回るロードバイクを所有してきた。身長187センチ、体重71㎏。



ウェア協力:B・EMME(フォーチュン) 

photo:Makoto.AYANO
text:Tsukasa.YOSHIMOTO