13年に渡るイタリアでの活動を経て、中野喜文マッサーが日本での活動を開始する。ノウハウを生かしたスポーツマッサージの施術やセミナーを開催する。イタリアで話題の施術「テカールセラピー」についても語ってもらった。

ファッサボルトロ時代のヒトコマ。イタリアでは13年に渡ってマッサ—として活躍したファッサボルトロ時代のヒトコマ。イタリアでは13年に渡ってマッサ—として活躍した photo:Makoto Ayanoリクイガスやファッサボルトロなどの欧州トップチームでマッサージャーとして活躍してきた中野喜文さん。ヨーロッパでの活動は13年を数える、本場のロードレースシーンを知る数少ない日本人の一人だ。

その中野マッサーは、5年在籍したリクイガスを離れ、来期はロマン・クロイツィゲル(チェコ、来期よりアスタナ)の専属マッサーという立場に活躍の場を移す。クロイツィゲルはリクイガスの4エースの1人としてツール・ド・スイスやロマンディといったステージレースで勝利した逸材。若干24歳ながら、将来はツール・ド・フランスを制すとも目される才能だ。

今シーズンまでリクイガスで中野マッサーのマッサージを受けてきたクロイツィゲル。新天地アスタナでエースとして走るにあたり、中野さんの存在が不可欠として来シーズンを共に戦うことを選んだ。

按摩指圧など東洋の方法と西洋式のマッサージをミックスした施術が、本場ヨーロッパで高い評価を受けているという事実がありのままに証明している。
クロイツィゲルにサコッシュを渡す中野さんクロイツィゲルにサコッシュを渡す中野さん photo:Makoto Ayanoクロイツィゲルの専属という立場になったことで、中野さんは来期よりシーズン中は日本とヨーロッパを年に数回往復するスケジュールを得た。これまでヨーロッパに居住し日本に帰らない生活をしていた中野さんにとって、日本での時間は彼の経験や技術を母国にフィードバックする恰好の機会となる。

その中野さんが日本での活動の拠点とするのが、東京都目黒区の碑文谷にあるテカールジャパン併設の治療院。そこでマッサージャーとして腕を振るうとのことだが、テカールとは?中野さんの今後の活動内容は?とわからないことがたくさん。そこで中野さん本人に直接聞くために、オフィスへとお邪魔することに。

元気そうな顔を見せてくれた中野マッサー

東急東横線都立大学駅から大通りを歩くこと10分、モダンで真新しいテカールジャパンの治療院にやってきた。ガラスには大きく「SPORTS THERAPY」の文字。スポーツセラピー、つまりアスリートのための療法、ということだろうか。木製のドアには「Tecar®」のプレート。ここが中野さんの活動拠点だ。

テカール・ジャパンに併設の治療院。ここが中野さんの活動拠点だテカール・ジャパンに併設の治療院。ここが中野さんの活動拠点だ photo:Yufta Omata3つのベッドが置かれた治療院は清潔で、リラックスできる香りがただよう3つのベッドが置かれた治療院は清潔で、リラックスできる香りがただよう photo:Yufta Omata


ドアを開けると、中野マッサーが出迎えてくれた。ジロやツールの折々に日本の自転車メディアが伝えるとおりの柔和な表情だ。記者個人はかつてツールで中野さんと会ったこともあり、中野さんが日本にいることを嬉しく実感した。

日本での活動を開始する中野喜文マッサー日本での活動を開始する中野喜文マッサー photo:Yufta Omata

清潔で広々とした治療院内には3つのベッドがあり、そのいずれも枕元にはケーブルの伸びた機械が設置されている。中野さん曰く、それが「テカール」の機材だという。もちろん機械だけでは何がなんだかわからない。すると「まずは体験してみてください。話はそれからしましょう」とテカールを身をもって体験することに。

体が中から温まる気持ち良さ

背中が太ももが開くようになっている施術用の服に着替えると、「では背中から始めましょう」と中野さん。ベッドにうつ伏せになる前に、お腹に金属板を挟むように指示される。ひんやりとした板をお腹に密着させてうつ伏せになると、背中にジェルを塗り塗りされ、準備は完了。いよいよテカールセラピーの開始だ。

枕元に置かれた機械がテカールだ枕元に置かれた機械がテカールだ photo:Yufta Omataテカールの本体テカールの本体 photo:Yufta Omata


中野さんが手に取ったのはテカールの機械からケーブルで伸びる聴診器ようなデバイス。エレクトロードという名前だという。先端の500円玉をふたまわり大きくしたサイズの樹脂製の円盤が、ジェルの塗られた背中をゆっくりと滑るように動いていく。すると撫でられているところがジワジワと温かくなってきた。

あぁ、気持ちいいナァ…。とろんとしていると、中野さんが「これ気持ちいいでしょう?あまり熱くなりすぎていないかな」と聞く。いや本当に気持ちいいですぅう、と声になっているのかわからないまま返答をした。

中野さんからテカールセラピーを実際に施術していただいた中野さんからテカールセラピーを実際に施術していただいた photo:Yufta Omataエレクトロードは樹脂製、金属製の2種類あり、温めの部位の深さによって使い分けるエレクトロードは樹脂製、金属製の2種類あり、温めの部位の深さによって使い分ける photo:Yufta Omata


この温かい気持ち良さがテカールのポイント。その秘密はお腹に敷いた電極板(戻し電極)と、エレクトロード。エレクトロードと電極板に挟むことで電流の回路が体の中に生まれ、体の内側から熱が生まれる仕組みになっている。ポカポカ感じていたのは背中の表面ではなくて、もっと体の内側だったということだ。

体の中に電流を通らせるというと、超音波法のようになんだか人体への影響が気になってしまうが、テカールにはその心配はご無用。エレクトロードが生み出す電流刺激は微弱なもので、生体適合性のある高周波(中波)エネルギーを利用しているという。平たくいえば、電流そのものではなく、弱い電流によって細胞を活性化させて細胞自身の代謝や組織再生を促すシステムなのだ。

テカール本体、エレクトロード、戻し電極テカール本体、エレクトロード、戻し電極 photo:Yufta Omataエレクトロードは用途や使用範囲によって様々な大きさのアタッチメントが用意されているエレクトロードは用途や使用範囲によって様々な大きさのアタッチメントが用意されている photo:Yufta Omata


つまり、ちょっとした刺激を加えることで細胞が本来持つ自然治癒力を最大限に発揮させる、「内側」からの施術ということ。ケガの予防やとう痛の除去、疲労の回復などに効果があるのだという。

でもなぜ、中野さんはこのテカールセラピーに詳しいのだろう?

中野マッサ—とテカールセラピーとの出会い

サッカーのトップチーム、バルセロナもテカールを導入している。選手のサイン入りユニフォームが飾られていたサッカーのトップチーム、バルセロナもテカールを導入している。選手のサイン入りユニフォームが飾られていた photo:Yufta Omata「ぼくはこのテカールが大好きで」と語る中野さん。テカールはもともとスペインで電子メスとして発明されガン治療に使用されていたが、イタリアでそのシステムがスポーツ医療の場面に持ち込まれ発展。現在、イタリアのスポーツ界では種目を問わず常識的に用いられているという。

「イタリアにはセリエAという世界最高のサッカー組織があるので、スポーツ医療もすごく進んでいます。自転車界では、イタリアナショナルチームのチーフマッサーを務めたルイジーノ・モーロが持ち込んだのが始まりです。それでモーロが02年にファッサボルトロに加入して僕もテカールを知ったのだけど、当時はあまり興味がなくて。でも06年にリクイガスに入った時にもテカールがあって。そこで使い方を勉強していたらこの機械の面白さに気づきましたね。体内から温熱が発生するという機械はいままでになかったから。」

リクイガスでのこんな興味深いエピソードも。

「イヴァン・バッソはすごくテカールを気に入っていて、これだけで1時間を必ず週に一回やってましたよ。コンディショニングとして、悪いところがなくても治療台で施術を受けてましたね。バッソ曰く、これをするとが練習後の筋肉の張り方が、マッサージでとれたものとは違うものがとれるということでしたね。合宿中でもコレをやると疲れ方が違うって。」

2度のジロ・デ・イタリア覇者イヴァン・バッソ(イタリア、リクイガス)もテカールが手放せないという2度のジロ・デ・イタリア覇者イヴァン・バッソ(イタリア、リクイガス)もテカールが手放せないという photo:Kei Tsuji

使い手を選ぶが、使い方は無限にある

「狙った部位を温めるのにはエレクトロードの位置を考えなきゃいけないし、なかなか難しい。それだけ使う人を選ぶんだけど、戦略的に使えるということ。施術者の意図と技術が大事になります。」

「テカールを使うと、筋肉が『ゆるむ』ということに驚いた。これまで鍼を使っていた場面でもテカールでいいじゃないかと。他にも、例えば回路ができればいいので、こうやって僕の手にエレクトロードを当てれば手でのマッサージにも使えるんですよ。」

手に通電させることで、手を直接使ってのマッサージもできる。曰く「気が入る」手に通電させることで、手を直接使ってのマッサージもできる。曰く「気が入る」 photo:Yufta Omataと、エレクトロードを当てた中野さんの手が直に肌に触れると、これが温かい。熱をもった手でのマッサージがこれほど気持ちいいとは。

「やはり手を使っての施術というのは大切ですよね。『気が入る』というか。マッサージは古くは中国から入ってきたとか、江戸時代からあると言われているけれど、手を温めることを重要視していて、古い文献を見ると最初に火鉢で手を温めてからやっていたらしいです」

となると、こうした使い方はある意味で伝統的なマッサージの方法を踏襲するものとも言えそうだ。最先端の機械が伝統的な方法に使えるというのが興味深い。

「テカールにはまだまだいろんな使い方があると思います。これからもっと使い手が勉強していくことでどんどんその方法が開発・発展していきますよ。」

今後の中野さんの活動について レースの現場を伝えるセミナーも開催

来期はアスタナ・チームでクロイツィゲルを主に看る中野マッサー。ヨーロッパ滞在は100日ほどとなり、それ以外の活動拠点はここ目黒区碑文谷のテカールジャパン併設治療院となる。

ここで中野さんは、施術者としてプロから一般の人まで誰でもマッサージをしていくという。なまじヨーロッパでの活躍が知られているだけに、プロのスポーツ選手だけを看るのかと思いきや、あらゆるレベルのスポーツ愛好家に来てもらいたいとのこと。

どんな人にでも気軽に治療院へ訪れてほしいと中野マッサーどんな人にでも気軽に治療院へ訪れてほしいと中野マッサー photo:Yufta Omata

これはシリアスアスリートでなくとも、世界の脚を揉んできた中野さんにマッサージをしてもらえるまたとない機会だ。中野さん曰く、「もし興味があれば、ロードレースのことについてお喋りしながらマッサージもしますよ」とのこと。中野さんと話すだけでも行く価値は充分にある。基本料金は6,000円/60分。

メインはマッサージで、要望があれば先のテカールセラピーも体験できる。どんな施術になるかは、中野さんとの話し合いの中で最適なものがチョイスされる。

施療やマッサージについては中野さんのウェブサイトに詳しい案内が出ているので、そちらを参照してほしい。治療院の住所やマッサージの予約などはこのページから。施療およびマッサージのご案内

セミナーでは13年の中野さんのプロマッサーとしての活動が語られるセミナーでは13年の中野さんのプロマッサーとしての活動が語られる photo:Makoto Ayanoその中野さん、テカールジャパンではこれまでの経験を活かしたセミナーも開催予定だ。セミナーは施術のことに限らず、自転車愛好家や競技関係者、欧州で活躍したいと願う若い人材へ向けたものなど様々なテーマで行われるそう。

第1回のセミナーは12月17日(金)19:30よりテカールジャパン本部にて、「13年間のイタリアにおける活動報告」、「サイクルロード、ステージレースのサポートの実際」と題して開催される。題目からわかるように、今回は中野さんが見た欧州自転車界を余すところ無く伝えるものとなっている。

チームスタッフとも信頼で結ばれ、リクイガスでは5シーズンに渡って活躍した中野マッサーチームスタッフとも信頼で結ばれ、リクイガスでは5シーズンに渡って活躍した中野マッサー photo:Makoto Ayano対象はサイクルロードレース競技関係者と、一般の愛好者。つまりいち欧州ロードレースにとっては中野さんの話が聞けるまたとない機会だ。定員は30名、参加費は無料。貴重な話が盛りだくさんなこと間違い無し!なので希望者は早めに申し込むのがよさそうだ。

第1回中野喜文セミナーの参加申し込みはテカールジャパンの申し込みページから行える。

日本における後進の育成や、ロードレース競技理解の深まりをマッサーという立場から行っていきたいと語る中野さん。その活動のひとつにこのセミナーがある。ロードレースに対して冷静でありながら情熱のある中野さんの語りをぜひ聞いてみてはいかがだろうか。

世界の脚を揉んできた中野マッサージを体験

一般人でもOKとのことだったので、厚かましくも中野さんに脚のマッサージをお願いした。世界のトッププロを看てきたマッサーに揉んでもらえるとはなんという役得!

今回中野さんがしてくれたのはオイルマッサージ。ヨーロッパのレースシーンでは基本となる方法で、手早く筋肉をほぐすことができるという。右脚からマッサージが始まった。

記者はシクロクロスのレースを趣味で楽しむホビーライダー。体幹が弱く、脚に不自然な負荷をかけてギアを踏むクセが悩み。そのせいか左膝がたまに痛むことがあるのだが…

「右脚のほうが筋肉がついていますね。左は違うところの筋肉が発達してる」と、すぐに見抜かれてしまった。さすがは数多くのプロを看てきた手。私のような一般人の筋肉のクセもすぐにわかるのだ。

イタリアで活動を始めた頃。トップスプリンターのニコラ・ミナーリ(イタリア)をマッサージする中野さん。それからの10年以上の経験が今に生きるイタリアで活動を始めた頃。トップスプリンターのニコラ・ミナーリ(イタリア)をマッサージする中野さん。それからの10年以上の経験が今に生きる photo:Makoto Ayano

話さずともわかってくれるマッサーがいるということは、毎日走るプロ選手にとってはかけがえのない存在なんだ、とこの時実感した。13年に及ぶヨーロッパでの活動の成果は、施術を受ければ誰だって感じることができると思う。それだけ的確かつ、手際のよい仕事。

今日はマッサージ体験ということで15分ほどの施術だったが、終わってみればふくらはぎと太ももが柔らかくなっているのがわかる。ぷるぷる、たぷたぷといった感じで、まるで自分が上質の柔らかな筋肉を得たと錯覚するほど。これには驚いた。

中野さん曰く、欧州では常識のオイルマッサージも日本ではほとんど普及していないという。ロードレースシーンでのその有効性や利用価値などもセミナーやこうした施術を通じて広めていきたいという。

中野さんが日本で目指すもの

中野さんの言葉が印象的だ。

「イタリアがこんなにすごいんだぞ、って言う気は全くない。なぜならイタリアのだめな所もたくさん知ってるから(笑)日本のいいところもありますし。問題はサイクルロードレースのメジャー度の差で、向こうのプロチームにはプロのマッサーがつくけれど、コンチネンタルのチームでは資格のない人がマッサーとして仕事をしていたりする。

それで同じレースを走るのだから、やはりプロチームの方が選手も結果を残せるに決まってますよね。そういうプロ意識の必要さを、うまく噛み砕くことで日本のレースシーンに浸透させることができたら、と思っています。メジャースポーツなのだから、やはり評価されるプロとしての意識がないと。」

選手の栄光の影にはマッサージャーの努力が欠かせない選手の栄光の影にはマッサージャーの努力が欠かせない photo:Makoto Ayano

ヨーロッパでレースに帯同しながら、日本でプロのマッサーとしての経験を活かした普及活動を行うという中野喜文マッサー。彼の新しい挑戦はこれから始まる。



text&photo:Yufta Omata
photo:Makoto Ayano