スイス国境にほど近いベルフォールで、元スイス王者シュミットがツール初勝利を挙げた。今大会通して3度目の逃げ切り、不振のジェイコにとって今季初のワールドツアー勝利。昨年、ガーミンにコースを入れ忘れ、約20m早く仕掛けて逃した勝利を、1年越しに取り戻した。

この日の出発地点となったドール。ヴィンゲゴーには大きな歓声が上がる photo:Sotaro.Arakawa

この日の中間スプリント地点であるメリゼで農場を営むティボー・ピノが、この日パドックに来た photo:Syunsuke FUKUMITSU 
チームプレゼンに向かう直前、即席のサイン会に応じるエヴェネプール photo:Sotaro.Arakawa
フランスを車で走っていると、外国車のなかでもスイスのナンバープレートだけは比較的見分けやすい。EU加盟国はナンバープレート左端の青帯に星と「F(フランス)」や「D(ドイツ)」といった国記号を置く一方、スイス車の後部ナンバーには、赤地に白十字のスイス国章が添えられているからだ。
この日のスタート地点ドールから、フィニッシュ地点ベルフォールへ向かう道中では、多くのスイスナンバーの車を見つけることができた。それもそのはず、ベルフォールはスイス国境までおよそ25kmの場所にある街だ。そんなスイスにほど近い街で、かつて白十字を胸に刻んだ元スイス王者マウロ・シュミット(ジェイコ・アルウラー)が、ツール・ド・フランス初勝利を挙げた。
この日は、2つの「意外と少ない」を紹介したい。

57名にまで膨れ上がった先頭グループをジョシュア・ターリング(イギリス、ピナレロQ36.5プロサイクリング)が牽く photo:CorVos
1つ目は、第13ステージにして、これが今大会わずか3度目の逃げ切り勝利だということ。
第4ステージのマッズ・ピーダスン、第9ステージのマチュー・ファンデルプールに続く3度目。初日のチームタイムトライアルをヴィスマ・リースアバイクが制して以降、ここまでタデイ・ポガチャルとティム・メルリールがそれぞれ3勝を挙げるなど、有力選手らが勝利を重ねてきた。
平坦ステージではスプリンターチームが逃げ切りを許さないよう、早い段階からハイペースを刻む。そのため第11ステージでは、平均時速50.9kmというツール史上最速のロードステージが記録された。逃げ切りの可能性もあった第10ステージでは、UAEチームエミレーツXRGが集団を高速で牽引。最後はポガチャルがリチャル・カラパスを捉え、自ら勝利を奪い取った。
つまり今大会は、逃げに入っただけでは勝利に近づけない。逃げたあとも、後方から追ってくるスプリンターチームや、ポガチャルを擁するUAEの力を振り切らなければならない。今大会は、例年以上に逃げ切りが難しいツールになっている。
しかし逆に考えれば、それだけ逃げ切り勝利の価値が高まっているということでもある。

この日積極策を成功させるジェイコ・アルウラー photo:A.S.O.
もう1つの「意外と少ない」は、これがジェイコ・アルウラーにとって、今季初のワールドツアー勝利だったことだ。
昨年は19勝を挙げ、そのうち7勝がワールドツアーでのものだったジェイコ。一方、今季はこの日の勝利を含めても8勝で、そのうち5勝をシュミットが挙げており、スイス王者に大きく頼っている状態だ。
ツールではベン・オコーナーで総合を、今季加入したパスカル・アッカーマンでスプリントを狙っていた。しかしオコーナーは初日のチームタイムトライアルで早々に隊列から遅れ、4分33秒を失った。アッカーマンも第8ステージの7位がここまでの最高位と、勝利に絡むことすら難しい状況が続いていた。
だからこそシュミットが語った通り、ジェイコは「チームとして、ぜひ逃げに乗りたい」と、是が非でもステージ優勝を狙いにいった。

ラスト15kmで抜け出すマウロ・シュミット(スイス、ジェイコ・アルウラー)とアロルド・テハダ(コロンビア、XDSアスタナ)
逃げを巡る攻防は、スタート直後から激しかった。
レース序盤に37名が先行すると、55km地点ではさらに20名が追走。114km地点で合流し、先頭には57名という巨大な集団が形成された。ジェイコはシュミットに加えてルーク・プラップにマイケル・マシューズ、オコーナーと主力選手たちを逃げに送り込み、そして残り16km地点で、シュミットがアロルド・テハダ(XDSアスタナ)とともに飛び出す。約20秒のリードを得た2名は協力して進み、後続を振り切り、ベルフォールへ。残り200mから踏み込んだシュミットがテハダを振り切り、勝利した。

テハダとの一騎打ちを制したマウロ・シュミット(スイス、ジェイコ・アルウラー) photo:CorVos
レース直後、そして記者会見の場で何度も聞かれたのは「昨年のことが頭をよぎったか」という質問だった。なぜなら、シュミットは1年前のツールでも、逃げ切り勝利まであとわずかなところまで迫っていたからだ。
2025年の第11ステージ。トゥールーズを発着する156.8kmのコースで、シュミットは5名の逃げに乗った。そして終盤の4級山岳コート・ド・ペッシュ・ダヴィッドで仕掛けると、ヨナス・アブラハムセンが合流。頂上を越え、先頭の2人はそのままトゥールーズへなだれ込み、ともにハンドルを投げる大接戦を演じ、わずかな差で先着したのは、アブラハムセンだった。
この敗北について、シュミットは後に自らが冒した大きなミスをスイスメディアに明かしている。それはその日、ハンドルに取り付けるサイクルコンピューター、ガーミンにコースデータを入れるのを忘れていたのだ。
終盤のレイアウトは複雑で、コーナーも多かった。さらに沿道の大歓声によって無線も聞き取りづらく、シュミットは次の登りやコーナー、フィニッシュまでの正確な距離を把握できなかった。最後は大きすぎるギヤを選び、本人の分析では「スプリントの開始が約20m早すぎた」という。

インタビューに答えるマウロ・シュミット(スイス、ジェイコ・アルウラー) photo:A.S.O.
このエピソードを思い出し、筆者は記者会見で、まずこの話が本当なのかを確認した。するとシュミットは苦笑いを浮かべながら答えてくれた。
「本当だよ(笑)。あれは昨年、僕が犯した最大のミスだった。普段は休息日に、残りのステージのコースデータをすべてガーミンに入れている。でもコース変更もあるから、アップロードするのが早すぎてもいけないんだ。あのときは1ステージだけ入れ忘れてしまい、しかもその日に逃げに乗ってしまった。だから終盤のコースが分からなかったんだ」。
そして続けて、「今日はアップロードを忘れなかったか?」と尋ねた。
「今年はその失敗から学び、ステージ前のダブルチェックを欠かさないようになった(笑)。だから今日はちゃんとコースデータを見ながら走ることができたし、すべてがうまくいったよ」。
元自動車整備士で、車のタイヤ交換はお手のもの。自転車ロードレースの世界へと本格的に進む前には、ガレージで働いてからトレーニングへ向かう生活を送っていたシュミット。それでも昨年は、ハンドル上にある小さな端末へのアップロードをたった1日だけ忘れ、フィニッシュまでの距離を見誤って20m早くスプリントを始めた。
しかし今年は残り200mまで待った。
シュミットは最初の50mを踏み込んだとき、「また昨年と同じことになるのではないか」と思ったという。それでもフィニッシュラインが視界に入ると、もう一度脚に力を込め、テハダより先に自転車を投げ込んだ。 スイスに近いベルフォールで、1年前に早すぎた、あの20mを取り戻したのだ。
text:Sotaro.Arakawa in Colmar, France
photo:CorVos, A.S.O.



フランスを車で走っていると、外国車のなかでもスイスのナンバープレートだけは比較的見分けやすい。EU加盟国はナンバープレート左端の青帯に星と「F(フランス)」や「D(ドイツ)」といった国記号を置く一方、スイス車の後部ナンバーには、赤地に白十字のスイス国章が添えられているからだ。
この日のスタート地点ドールから、フィニッシュ地点ベルフォールへ向かう道中では、多くのスイスナンバーの車を見つけることができた。それもそのはず、ベルフォールはスイス国境までおよそ25kmの場所にある街だ。そんなスイスにほど近い街で、かつて白十字を胸に刻んだ元スイス王者マウロ・シュミット(ジェイコ・アルウラー)が、ツール・ド・フランス初勝利を挙げた。
この日は、2つの「意外と少ない」を紹介したい。

1つ目は、第13ステージにして、これが今大会わずか3度目の逃げ切り勝利だということ。
第4ステージのマッズ・ピーダスン、第9ステージのマチュー・ファンデルプールに続く3度目。初日のチームタイムトライアルをヴィスマ・リースアバイクが制して以降、ここまでタデイ・ポガチャルとティム・メルリールがそれぞれ3勝を挙げるなど、有力選手らが勝利を重ねてきた。
平坦ステージではスプリンターチームが逃げ切りを許さないよう、早い段階からハイペースを刻む。そのため第11ステージでは、平均時速50.9kmというツール史上最速のロードステージが記録された。逃げ切りの可能性もあった第10ステージでは、UAEチームエミレーツXRGが集団を高速で牽引。最後はポガチャルがリチャル・カラパスを捉え、自ら勝利を奪い取った。
つまり今大会は、逃げに入っただけでは勝利に近づけない。逃げたあとも、後方から追ってくるスプリンターチームや、ポガチャルを擁するUAEの力を振り切らなければならない。今大会は、例年以上に逃げ切りが難しいツールになっている。
しかし逆に考えれば、それだけ逃げ切り勝利の価値が高まっているということでもある。

もう1つの「意外と少ない」は、これがジェイコ・アルウラーにとって、今季初のワールドツアー勝利だったことだ。
昨年は19勝を挙げ、そのうち7勝がワールドツアーでのものだったジェイコ。一方、今季はこの日の勝利を含めても8勝で、そのうち5勝をシュミットが挙げており、スイス王者に大きく頼っている状態だ。
ツールではベン・オコーナーで総合を、今季加入したパスカル・アッカーマンでスプリントを狙っていた。しかしオコーナーは初日のチームタイムトライアルで早々に隊列から遅れ、4分33秒を失った。アッカーマンも第8ステージの7位がここまでの最高位と、勝利に絡むことすら難しい状況が続いていた。
だからこそシュミットが語った通り、ジェイコは「チームとして、ぜひ逃げに乗りたい」と、是が非でもステージ優勝を狙いにいった。

逃げを巡る攻防は、スタート直後から激しかった。
レース序盤に37名が先行すると、55km地点ではさらに20名が追走。114km地点で合流し、先頭には57名という巨大な集団が形成された。ジェイコはシュミットに加えてルーク・プラップにマイケル・マシューズ、オコーナーと主力選手たちを逃げに送り込み、そして残り16km地点で、シュミットがアロルド・テハダ(XDSアスタナ)とともに飛び出す。約20秒のリードを得た2名は協力して進み、後続を振り切り、ベルフォールへ。残り200mから踏み込んだシュミットがテハダを振り切り、勝利した。

レース直後、そして記者会見の場で何度も聞かれたのは「昨年のことが頭をよぎったか」という質問だった。なぜなら、シュミットは1年前のツールでも、逃げ切り勝利まであとわずかなところまで迫っていたからだ。
2025年の第11ステージ。トゥールーズを発着する156.8kmのコースで、シュミットは5名の逃げに乗った。そして終盤の4級山岳コート・ド・ペッシュ・ダヴィッドで仕掛けると、ヨナス・アブラハムセンが合流。頂上を越え、先頭の2人はそのままトゥールーズへなだれ込み、ともにハンドルを投げる大接戦を演じ、わずかな差で先着したのは、アブラハムセンだった。
この敗北について、シュミットは後に自らが冒した大きなミスをスイスメディアに明かしている。それはその日、ハンドルに取り付けるサイクルコンピューター、ガーミンにコースデータを入れるのを忘れていたのだ。
終盤のレイアウトは複雑で、コーナーも多かった。さらに沿道の大歓声によって無線も聞き取りづらく、シュミットは次の登りやコーナー、フィニッシュまでの正確な距離を把握できなかった。最後は大きすぎるギヤを選び、本人の分析では「スプリントの開始が約20m早すぎた」という。

このエピソードを思い出し、筆者は記者会見で、まずこの話が本当なのかを確認した。するとシュミットは苦笑いを浮かべながら答えてくれた。
「本当だよ(笑)。あれは昨年、僕が犯した最大のミスだった。普段は休息日に、残りのステージのコースデータをすべてガーミンに入れている。でもコース変更もあるから、アップロードするのが早すぎてもいけないんだ。あのときは1ステージだけ入れ忘れてしまい、しかもその日に逃げに乗ってしまった。だから終盤のコースが分からなかったんだ」。
そして続けて、「今日はアップロードを忘れなかったか?」と尋ねた。
「今年はその失敗から学び、ステージ前のダブルチェックを欠かさないようになった(笑)。だから今日はちゃんとコースデータを見ながら走ることができたし、すべてがうまくいったよ」。
元自動車整備士で、車のタイヤ交換はお手のもの。自転車ロードレースの世界へと本格的に進む前には、ガレージで働いてからトレーニングへ向かう生活を送っていたシュミット。それでも昨年は、ハンドル上にある小さな端末へのアップロードをたった1日だけ忘れ、フィニッシュまでの距離を見誤って20m早くスプリントを始めた。
しかし今年は残り200mまで待った。
シュミットは最初の50mを踏み込んだとき、「また昨年と同じことになるのではないか」と思ったという。それでもフィニッシュラインが視界に入ると、もう一度脚に力を込め、テハダより先に自転車を投げ込んだ。 スイスに近いベルフォールで、1年前に早すぎた、あの20mを取り戻したのだ。
text:Sotaro.Arakawa in Colmar, France
photo:CorVos, A.S.O.
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