ツール2度目のスプリントで勝敗を分けたのは、踏み込まない我慢だった。不発に終わったフィリプセンと、最後の100mまで待ったメルリール。混沌のスプリントを、本人の言葉と共に読み解く。

スタート地点となったアジェモーに現れたスーダル・クイックステップ photo:Sotaro.Arakawa

コロンビアやメキシコほどではないが、スタート地点ではノルウェー国旗も比較的多く見かける photo:Sotaro.Arakawa 
ファンデルプールはいつどんな瞬間にシャッターを切っても、絵になるのはどういう理由だろうか photo:Sotaro.Arakawa
ファンデルプールが先頭に立ったのは残り700mからだった。これまでツール・ド・フランスで幾度となく披露されてきた、マチュー・ファンデルプール(オランダ)とヤスペル・フィリプセン(ベルギー)によるコンビネーション。しかし今回は向かい風に威力が削がれる。最終リードアウトは残り250mで役目を終え、フィリプセンは想定よりも早くスプリントを強いられることになったのだ。
踏み込んだフィリプセンは、右側から迫るフェルナンド・ガビリア(コロンビア)の進路を締めながらスプリントを続ける。しかし、早く脚を使わされたこの2人は、最後までスピードを伸ばしきることができなかった。

残り500m地点。この直後にギルマイの背後に入ったメルリール photo:Sotaro.Arakawa
ここで勝利したティム・メルリール(ベルギー、スーダル・クイックステップ)の動きを追ってみよう。
ファンデルプールが先頭に立った時、メルリールはフィリプセンの背後に入ろうとしていた。しかし右から上がってきたガビリアによって、左側に弾かれてしまう。そのためガビリアの背後もビニヤム・ギルマイ(エリトリア、NSNサイクリングチーム)に取られ、メルリールは一時的に行き場を失った。
前に入れず、風を受ける。本人も言うように「完璧なスプリントからは程遠い状況」だった。
それでもメルリールは諦めない。腰を上げたファンデルプールの加速によって隊列が縦長になると、すかさずギルマイの背後に入り込む。この時点で5番手。背後には、2位となるソーレン・ヴァーレンショルト(ノルウェー、ウノエックス・モビリティ)がいた。
この5番手と、その背後の6番手が最終的に1位、2位を争った理由は明らかだ。先頭に立ったフィリプセンとガビリアのスピードが伸び悩むなか、メルリールが最後の最後まで踏み込むのを待ったからだ。
上空からの映像を見ると、いかにメルリールが飛び出しを我慢していたかがよく分かる。本人は「残り距離を把握していなかった」と語るが、先に行かないと間に合わないと痺れを切らしたヴァーレンショルトが隊列を離れ、左側から踏み込んだ瞬間も、メルリールはまだギルマイの後ろに残っていた。残り200mの時点でも5番手。そしていよいよ、メルリールが動き出す。

ツール4回目の区間勝利を挙げたティム・メルリール(ベルギー、スーダル・クイックステップ) photo:CorVos
真横にいたドリアン・ゴドン(フランス、ネットカンパニー・イネオス)が左によろけたことで、外側にわずかなスペースが開く。そこを突いたメルリールは、大外からまくって先頭に立つ。踏み込んでから、その間わずか100m。時速70kmだったと仮定すれば、わずか5秒ほどの出来事だ。
そして本人が「おそらく56T」と証言するフロントギヤを全力で踏み込み、ヴァーレンショルト以下、誰にも並ばせることなくフィニッシュに飛び込んだ。

「プレッシャーを振り払う」ポーズでフィニッシュするティム・メルリール(ベルギー、スーダル・クイックステップ) photo:CorVos
メルリールがこれまで出場したツールは3度。そして、そのすべての大会でステージ優勝を挙げたことになる。常に冷静で、常に勝機を逃さない。33歳ながら老獪な立ち回りから、豪快な踏み込みへ。涼しい顔で勝利を飾ったように見えたメルリールだが、記者会見では意外な言葉を口にした。
「最初のスプリントは3位だった。あと4、5回しかスプリントチャンスがないことも分かっていたし、誰かが1勝すると、その選手が2勝目も挙げる場合が多い。だから今回のスプリントに向けて、恐怖心も確かに感じていた」。
冷静な裏には、感情の機微が確かにあった。残り600mで囲まれた時も、ネガティブな気持ちに引っ張られながら、「フィニッシュまで戦い抜く」と自分に気合を入れ直したという。そして付け足すように、「そんな状況から勝てて本当に嬉しい」と、ぼそっと辛うじてマイクが拾える声量でつぶやいた。

チームメイトと勝利を喜ぶティム・メルリール(ベルギー、スーダル・クイックステップ) photo:CorVos

今大会初勝利を挙げたティム・メルリール(ベルギー、スーダル・クイックステップ) photo:A.S.O.
そのプレッシャーを象徴する動きが、フィニッシュ直後にあった。メルリールは両肩の埃を払うようなパフォーマンスを見せたのだ。その意図を問われると、こう答えた。
「大会初日のチームタイムトライアルの直前、チームバスでのミーティングで、チームCEOのユルゲン・フォレから少しプレッシャーをかけられすぎたんだ。だから今回勝つことができ、その肩にかかっていたプレッシャーを振り払ったのさ」。
メルリールの肩にのしかかっていたプレッシャーの正体は、コーイという新星の存在だけではない。近年のツールにおけるスプリントステージの少なさも、その一つだった。
昨年は7つの平坦ステージで、集団スプリントになったのは5回。そして今年も平坦ステージは7つに対し、集団スプリントと目されるのは5つ。そのうち1つはすでに終わっていた。残された機会は、決して多くない。

街よりも都市と呼ぶべきボルドーには多くの観客が集った photo:Sotaro.Arakawa
「僕が小さい頃、ツールにはより多くのスプリントステージがあった。新聞を読むと、今大会はスプリンターにとって近年で最も厳しいツールだと書かれている。ここにいるスプリンターなら誰しも、とても厳しい3週間だと思うはずだ」。
残り600mで囲まれ、残り200mでもなお5番手。それでもメルリールは、最後の100mまで待ち続けた。勝負を決めたのは踏み込んだ5秒間だけではなく、その前に踏み込まなかった数秒間こそが、ボルドーでの勝利をもたらした。
text&photo:Sotaro.Arakawa in Bordeaux, France



ファンデルプールが先頭に立ったのは残り700mからだった。これまでツール・ド・フランスで幾度となく披露されてきた、マチュー・ファンデルプール(オランダ)とヤスペル・フィリプセン(ベルギー)によるコンビネーション。しかし今回は向かい風に威力が削がれる。最終リードアウトは残り250mで役目を終え、フィリプセンは想定よりも早くスプリントを強いられることになったのだ。
踏み込んだフィリプセンは、右側から迫るフェルナンド・ガビリア(コロンビア)の進路を締めながらスプリントを続ける。しかし、早く脚を使わされたこの2人は、最後までスピードを伸ばしきることができなかった。

ここで勝利したティム・メルリール(ベルギー、スーダル・クイックステップ)の動きを追ってみよう。
ファンデルプールが先頭に立った時、メルリールはフィリプセンの背後に入ろうとしていた。しかし右から上がってきたガビリアによって、左側に弾かれてしまう。そのためガビリアの背後もビニヤム・ギルマイ(エリトリア、NSNサイクリングチーム)に取られ、メルリールは一時的に行き場を失った。
前に入れず、風を受ける。本人も言うように「完璧なスプリントからは程遠い状況」だった。
それでもメルリールは諦めない。腰を上げたファンデルプールの加速によって隊列が縦長になると、すかさずギルマイの背後に入り込む。この時点で5番手。背後には、2位となるソーレン・ヴァーレンショルト(ノルウェー、ウノエックス・モビリティ)がいた。
この5番手と、その背後の6番手が最終的に1位、2位を争った理由は明らかだ。先頭に立ったフィリプセンとガビリアのスピードが伸び悩むなか、メルリールが最後の最後まで踏み込むのを待ったからだ。
上空からの映像を見ると、いかにメルリールが飛び出しを我慢していたかがよく分かる。本人は「残り距離を把握していなかった」と語るが、先に行かないと間に合わないと痺れを切らしたヴァーレンショルトが隊列を離れ、左側から踏み込んだ瞬間も、メルリールはまだギルマイの後ろに残っていた。残り200mの時点でも5番手。そしていよいよ、メルリールが動き出す。

真横にいたドリアン・ゴドン(フランス、ネットカンパニー・イネオス)が左によろけたことで、外側にわずかなスペースが開く。そこを突いたメルリールは、大外からまくって先頭に立つ。踏み込んでから、その間わずか100m。時速70kmだったと仮定すれば、わずか5秒ほどの出来事だ。
そして本人が「おそらく56T」と証言するフロントギヤを全力で踏み込み、ヴァーレンショルト以下、誰にも並ばせることなくフィニッシュに飛び込んだ。

メルリールがこれまで出場したツールは3度。そして、そのすべての大会でステージ優勝を挙げたことになる。常に冷静で、常に勝機を逃さない。33歳ながら老獪な立ち回りから、豪快な踏み込みへ。涼しい顔で勝利を飾ったように見えたメルリールだが、記者会見では意外な言葉を口にした。
「最初のスプリントは3位だった。あと4、5回しかスプリントチャンスがないことも分かっていたし、誰かが1勝すると、その選手が2勝目も挙げる場合が多い。だから今回のスプリントに向けて、恐怖心も確かに感じていた」。
冷静な裏には、感情の機微が確かにあった。残り600mで囲まれた時も、ネガティブな気持ちに引っ張られながら、「フィニッシュまで戦い抜く」と自分に気合を入れ直したという。そして付け足すように、「そんな状況から勝てて本当に嬉しい」と、ぼそっと辛うじてマイクが拾える声量でつぶやいた。


そのプレッシャーを象徴する動きが、フィニッシュ直後にあった。メルリールは両肩の埃を払うようなパフォーマンスを見せたのだ。その意図を問われると、こう答えた。
「大会初日のチームタイムトライアルの直前、チームバスでのミーティングで、チームCEOのユルゲン・フォレから少しプレッシャーをかけられすぎたんだ。だから今回勝つことができ、その肩にかかっていたプレッシャーを振り払ったのさ」。
メルリールの肩にのしかかっていたプレッシャーの正体は、コーイという新星の存在だけではない。近年のツールにおけるスプリントステージの少なさも、その一つだった。
昨年は7つの平坦ステージで、集団スプリントになったのは5回。そして今年も平坦ステージは7つに対し、集団スプリントと目されるのは5つ。そのうち1つはすでに終わっていた。残された機会は、決して多くない。

「僕が小さい頃、ツールにはより多くのスプリントステージがあった。新聞を読むと、今大会はスプリンターにとって近年で最も厳しいツールだと書かれている。ここにいるスプリンターなら誰しも、とても厳しい3週間だと思うはずだ」。
残り600mで囲まれ、残り200mでもなお5番手。それでもメルリールは、最後の100mまで待ち続けた。勝負を決めたのは踏み込んだ5秒間だけではなく、その前に踏み込まなかった数秒間こそが、ボルドーでの勝利をもたらした。
text&photo:Sotaro.Arakawa in Bordeaux, France
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