5月12日から15日まで開催された全日本選手権トラックの期間中、日本代表チームコーチの記者会見が行われた。パリ五輪を翌年に控え、会見の内容を踏まえてトラック種目の出場枠獲得に向けての現状を整理する。



全日本選手権トラック3日目の競技開始前、日本代表チームコーチ陣が出席しての記者会見が伊豆ベロドローム内で行われた。会見には、日本自転車競技連盟の松村会長、同強化委員長の中野浩一氏、ハイパフォーマンスセンター(HPCJC)テクニカルディレクターのブノワ・ベトゥ氏、同短距離ヘッドコーチのジェイソン・ニブレット氏、同中距離ヘッドコーチのダニエル・ギジガー氏が出席した。

右から、JCFの松村正之会長、同強化委員長の中野浩一氏、HPCJCのダニエル・ギジガー氏、ジェイソン・ニブレット氏、ブノワ・ベトゥ氏 photo:Satoru Kato

まず、パリ五輪の出場枠について説明しよう。東京五輪同様に、短距離、中距離共に団体種目での出場枠獲得国に優先的に個人種目の出場枠が割り振られることになっている。詳細は以下表の通り。
パリ五輪トラック競技出場枠獲得条件
種目 1カ国あたり最大参加人数 出場枠獲得条件 総枠数
チームスプリント 1チーム(3名) 五輪ポイント上位8チーム 8チーム(24名)
スプリント 2名 チームスプリント獲得国(2名)+五輪ポイント上位7名+ケイリン枠獲得7カ国 30名
ケイリン 2名 チームスプリント獲得国(2名)+五輪ポイント上位7名+スプリント枠獲得7カ国 30名
チームパーシュート 1チーム(4名 ) 五輪ポイント上位10チーム 10チーム(40名)
マディソン 1チーム(2名) チームパーシュート出場国+五輪ポイント上位5チーム 15チーム(30名)
オムニアム 1名 マディソン出場国(1名)+五輪ポイント上位7名 22名
チームスプリント出場国にはスプリントとケイリンに2名ずつ、チームパーシュート出場国にはマディソンとオムニアムの出場枠が与えられる(オムニアムはマディソンの出場枠に連動)。ケイリン出場国にはスプリント、スプリント出場国にはケイリンと、種目間で連動して出場枠を獲得できるものもあるが、最優先されるのは団体種目の出場枠獲得国であり、各国が力を入れてくる。個別に種目出場を獲得するにはその残り枠を争うことになるため、ハードルは高くなる。

パリ五輪出場枠獲得のためにネーションズカップに出場した日本代表チーム photo:JCF

出場枠獲得には、五輪ポイント対象大会に出場し、ポイントを獲得する必要がある。対象は、今年2月から行われているネーションズカップと、大陸別選手権、世界選手権、さらに来年の大陸別選手権とネーションズカップとなる。

5月9日時点でのオリンピックランキング各種目の日本の順位は以下の通り。
各種目の五輪ランキング(5月9日時点)
種目 男子 女子
チームスプリント 8位 11位
スプリント 6位 11位
ケイリン 8位 3位
チームパーシュート 11位 12位
マディソン 11位 15位
オムニアム 11位 22位
現時点で男子チームスプリントが出場枠獲得ギリギリの8位、男子スプリントと女子ケイリンも出場枠圏内の順位にある。中距離種目は出場枠圏内にある種目はなく、男子チームパーシュートが次点の11位にとどまる。アジア以外の大陸選手権は終了しているため、6月のアジア選手権後に順位が変わる可能性がある。

現状をコーチ陣はどのように捉えているのか?



ブノワ・ベトゥ「短距離はメダル争いが出来る」

ハイパフォーマンスセンター テクニカルディレクター ブノワ・ベトゥ氏 photo:Satoru Kato

「短距離チームは十分メダル争いが出来ると言える。太田海也選手(チーム楽天Kドリームス)は才能があり力もあるが、世界大会はまだ3回しか経験していない。これから経験を積んでの成長に期待したい。

ボート競技から転向したという太田海也(写真中央)は、ネーションズカップで2回表彰台に登った photo:Satoru Kato

中距離は、女子は梶原悠未選手(TEAM Yumi)は世界トップレベルで戦える力を持っている。女子のチームパーシュートは昨年11月に新たにつくったチームなので、出場枠を獲ることが目標。男子も同様だが、窪木一茂選手(チームブリヂストンサイクリング)が世界選手権スクラッチで銀メダルを獲得でき、マディソンにも期待している。技術的にまだ不足するところもあるが、日本チーム全体で言えば世界ランキングを揺るがすことが出来るようになっていると思っている」



短距離ヘッドコーチ ジェイソン・ニブレット「パリ五輪に向けて良いスタートが切れた」

短距離ヘッドコーチのジェイソン・ニブレット氏 photo:Satoru Kato

「パリ五輪に向けてネーションズカップで良いスタートが切れたと思う。男子スプリントは太田海也選手の2回の表彰台でポイントを獲得出来て、太田自身の経験を積むことも出来た。世界に日本を意識すべき国と認識してもらえたと思う。

500mTTで日本記録、スプリント、ケイリンと今大会三冠を達成した佐藤水菜(チーム楽天Kドリームス) photo:Satoru Kato

佐藤水菜選手(チーム楽天Kドリームス)にとっても大きなステップになった。世界選手権ケイリンで2回2位になり、ネーションズカップでの優勝も運ではないことを証明できた。同じ組に入ったライバルが佐藤を意識するようになり、彼女自身もそれに対応することを学んでいる。男子ケイリンでは、第2戦で1位と3位になり、第3戦は1/2決勝に留まったが、経験になったしポイントを獲ることが出来た。

エキシビジョンで行われた女子チームスプリントでは日本新記録が誕生 photo:Satoru Kato
女子500mTT2位の酒井亜樹(写真左)は、スタートダッシュの速さが評価されている photo:Satoru Kato


チームスプリントは今後に期待。特に女子は新たに加入した酒井亜樹選手により、課題だった1走のスピード不足を補って世界トップレベルに入れる可能性ができた。今は酒井のスピードに合わせてチームを再構成しているが、大会初日のエキシビジョンレースでの走りは満足している。アジア選手権と世界選手権に向けてもっと速くなれると思う」



中距離ヘッドコーチ ダニエル・ギジガー「チームを引き継いだ時点でレベルの高さを感じた」

中距離ヘッドコーチのダニエル・ギジガー氏 photo:Satoru Kato

中距離ヘッドコーチに新たに就任したダニエル・ギジガー氏は、2005年までスイスのワールドサイクリングセンターでロードとトラック中距離のヘッドコーチ、2007年から東京五輪まではスイス代表チームの中距離ヘッドコーチを歴任してきた。日本代表チームと合流してまだ数ヶ月しか経っていないというが、現状をどのように見ているのか?

「私が引き継いだ時点でかなりレベルの高いチームだと感じた。昨年の成績からすると五輪の出場枠を獲ることは可能だと思っている。今年のネーションズカップの成績ではまだ難しいが、枠獲得の可能性は証明できている。

代表チームではチームパーシュートのメンバーを組む4名 左から、垣田真穂、内野艶和、池田瑞紀、梶原悠未 photo:Satoru Kato

特に女子は新たに入った垣田真穂選手と池田瑞紀選手(共にチーム楽天Kドリームス/早稲田大学)の可能性を感じていて、今後に期待している。梶原悠未選手は世界トップ選手の1人だと思う。チームパーシュートに対して高いモチベーションを持っていて、新たに入った若手2人も影響を受けているし、内野艶和選手(チーム楽天Kドリームス)も最近レベルが上がってきているので、この組み合わせでいずれは世界トップレベルのチームになれると思う。

日本記録を更新した男子チームパーシュート 窪木一茂は「タイムを出せると思っていなかった」と言うが photo:Satoru Kato

男子は、窪木選手がチームのエンジンとなり、若手の兒島直樹選手や今村駿介選手、橋本英也選手らの組み合わせで期待している。全日本選手権の大会前に負荷のかかるトレーニングをしているので、今回は万全の調子では臨めていないが、良いタイムを出せたと思う」



パリ五輪枠獲得は6月のアジア選手権と8月の世界選手権の結果次第

各コーチの言葉を総括すると、短距離は五輪出場枠を獲得した上でトップ争いも可能、中距離は今後次第で出場枠獲得は可能というところか。

短距離男子は太田海也、女子は佐藤水菜と、東京五輪後に力を伸ばしてきた選手がパリ五輪の中心となるのは間違いない。さらに女子は酒井亜樹の加入でチームスプリントでの出場枠獲得の期待が高まる。

中距離男子のチームパーシュートはあと一歩と感じる反面、ネイションズカップの結果を見る限りでは出場枠獲得のハードルはまだ高いとも感じる。今回の全日本選手権では3分52秒台の日本新記録を出したが、全員がベストな状態でなかったことを考えればまだ伸びしろがあると期待したい。

パリ五輪枠獲得へ正念場を迎える photo:Satoru Kato
対して女子は、東京五輪銀メダリストの梶原悠未が相次ぐ怪我からの復帰途上であることが気がかりだ。今回の全日本選手権では出場5種目全てで優勝したものの、以前のような圧倒的爆発力を感じる場面は少なかった。パリ五輪まであと1年…時間的余裕があるとは言えない。梶原自身はことあるごとに「パリで金メダル」を公言しているが…?。

一方で、垣田真穂、池田瑞紀ら若手2名の加入は女子中距離チームにとって明るい材料で、コーチ陣の期待の大きさを感じる。日本記録ホルダーとなった内野艶和とあわせ、梶原の不足分を補えれば五輪への道も開けるだろうか。

パリ五輪出場枠獲得レースは、6月のアジア選手権、8月の世界選手権で大きな山場を迎える

text:Satoru Kato

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