今年、33年ぶりに開催された女性版ツール「ツール・ド・フランス・ファム・アベック・ズイフト」。UCIのウィメンズワールドツアーレースの拡充やそれに伴うチームの増強など、近年進展著しい女性サイクリングにおけるひとつの到達点といえるだろう。開幕前から多くの注目を集めてきた今大会について、男子ツールに続いて現地で取材した小俣雄風太がレポートする。



シャンゼリゼを走ったツール・ド・フランス ファム アベック ズイフト第1ステージシャンゼリゼを走ったツール・ド・フランス ファム アベック ズイフト第1ステージ
昼下がりのシャンゼリゼ通り。このパリを象徴する石畳の大通りに女性選手だけのプロトンが入ってきたとき、「これは歴史的な瞬間なのだ」という実感が確かにあった。男子レースの最終ステージから2時間ほど前、観客も少しずつ通りの両脇を埋め始めていた。その多くは、ヴィンゲゴーの勝利を見届けようと訪れていたように見えたが、女性選手のプラカードを掲げたファンの姿もちらほらとあった。いずれにしても、歴史に残る瞬間がこの日のシャンゼリゼにはあった。

シャンゼリゼでの第1ステージは、正直に言えばかなり混沌としていた。ツール・ファムの取材にやってきた各国のメディアに加え、ここまで男性のツールを追いかけていたメディアも入り乱れ、プレスセンターはぎゅうぎゅう詰め、女子レースのフィニッシュラインにはこれでもかと報道陣が入り乱れて、フィニッシュ後はカオスでもあった。

しかし、大会のグランデパールとしてはこれ以上ない始まりになった。男子レースの報道陣によるカバレッジもあり、世界各地で大々的に報道され、また走った選手たち自身が、初めての体験と話すほどに、大歓声に包まれて走るレースの注目度の高さを感じたようだ。

グラベルや最長ステージといった取り組みもみられた今大会。その良否が議論されることにもまた意味があるグラベルや最長ステージといった取り組みもみられた今大会。その良否が議論されることにもまた意味がある
スタート前のチームプレゼンテーションに集まる観客の多さは、選手にとっても印象的なものだったスタート前のチームプレゼンテーションに集まる観客の多さは、選手にとっても印象的なものだった
本当の意味で、ツール・ファムを知ることができるのは第2ステージから。パリ・シャンゼリゼで3週間の取材を終えた報道陣がひとしきり帰路につき、この日からはツール・ファムを追いかけるメディアのみが残る。印象的なのは、女性のフォトグラファーやジャーナリストの比率がぐっと上がったことだ。厳密に数を数えたわけではないのでご容赦いただきたいが、男子ツールでメディアの男女比は8:2だったのが、6:4ほどになったと感じる。また、ジャーナリストに関しては男子と女子ツールを連続して追いかける例は少なく、それぞれに分かれている印象だ。

女性の活躍が目立つのは、選手や報道陣だけではない。大会関係者やチームスタッフに女性の割合が増えた。男子ツールでは引退した選手が、VIPカーや関係車両の運転手をしているケースが多いが、ツール・ファムではやはり引退した女性選手がそれを務めているのだった。与太話をしていた相手が、90年代後半のフランスナショナルチャンピオンである、なんてことがままある。また、フランスの自転車専門誌VELO MAGAZINEの車両は、プロトンに先立ってコースを走り、沿道の観客にレースの状況をアナウンスしているが、ツール・ファムではそのアナウンスの声が女性になっていた。

スタート地点に関して。男子ツールで設置される関係者歓待用の「ヴィラージュ」と呼ばれるエリアはなく、招待客用のエリアはスタート付近にこじんまりと設置されるのみ。かわりに誰でもアクセスできる「ファンゾーン」が設けられ、縁日のような賑わいをみせている。また、男子レースでは関係者とメディアのみが入場を許され、期間中にCOVID-19対応としてチーム関係者のみの入場に制限がされたチームバスのエリア「パドック」が、誰でもアクセスできる。人気チームのバスの前では選手の友人や家族、メディア、通りがかりの人までが人垣を作っている。

スタート地点の人出は、レースが終盤に近づくにつれ増えている印象だ。男子ツールほどではないが、選手サインとチームプレゼンテーションには大勢が集まる。その集まり方は、充分に大規模イベントと呼べるものだ。人出は男子の6-7割といったところ。

厳しい山岳ステージにおけるファンの熱狂と応援は男子レースと何ら変わらない厳しい山岳ステージにおけるファンの熱狂と応援は男子レースと何ら変わらない
小さなファンがレースを直に観ることの意義は大きい小さなファンがレースを直に観ることの意義は大きい
沿道の人出も、男子ツールと比べればささやかだ。しかし、ツールを待つ姿は男女いずれも変わらない。わが町にツールが来る喜びは変わらずあるようだ。沿道の人に話を聞いてみても、「女性のツール・ド・フランスが開催されるのは素晴らしいこと」と好意的だ。そして親に連れられた子どもの姿が多く目立つ。男子ツールを3週間取材してみて、フランス人は、人生のどこかでツールを沿道で見たことがあることを多く聞いてきた。その原体験が、年齢を重ねてもツールの沿道に赴くことにつながっているようだ。ツール・ファムの開催は、さらに1週間、多くのフランス人にその機会を提供することになる。その意味でも意義は小さくない。

あるいは観客の数を男子レースの中でも群を抜く観客を集めるツールと比べることは、どうしてもフェアではないかもしれない。ASO主催レースでフィニッシュ周りのゲート設営を担うスタッフ曰く、ツール・ファムの人出は「パリ〜ニースやドーフィネくらい」とのことだ。それでも初開催の女子レースとしては異例な人の入りであることは、走っている選手の言葉からも伺える。

柔和な笑顔とメディア対応でフランス国民のハートを掴む期待の若手選手、マリー・ルネ(フランス、FDJスエズ)は、ツール・ファムの特別さをこう語ってくれた。

マリー・ルネ(フランス、FDJスエズ)マリー・ルネ(フランス、FDJスエズ)
「大勢の人たちからのたくさんの応援をこのツールでは感じています。ものすごく感動していますし、これは他のレースでは無いことです。観客こそがレースの"らしさ”を生み出すものですが、毎日のチームプレゼンテーションにあれだけの人たちが集まることは特別です。それにテレビで生放送されることも大きくて、自転車に興味がない人からも、『あなたをテレビで見たよ!』とメッセージが届くんです(笑)」

ツール・ファムの雰囲気は、外国人選手にとっても特別なようだ。特にそれが、ヨーロッパ外の若手選手であればなおさら。アメリカ籍のチームで昨年からヨーロッパに挑戦している20歳のヘンリエッタ・クリスティ(ニュージーランド、ヒューマンパワードヘルス)はこう語る。

「大会の雰囲気に驚いています。特に観客のみなさんが、走っているすべての選手を応援してくれることを素晴らしく感じます。ニュージーランドでもレースの大半が生放送されていて、自転車をよく知らない人にもレースを観る機会が増えているんです。私にとって、ヨーロッパに行くことは困難な道のりでした。これをすればいいという明確な進路がありませんでしたから。でも今ここにいて、ツール・ファムの第一回大会に出場しているのは、ものすごく特別なことだと感じています」

ヘンリエッタ・クリスティ(ニュージーランド、ヒューマンパワードヘルス)ヘンリエッタ・クリスティ(ニュージーランド、ヒューマンパワードヘルス)
華々しく取り上げられ、注目度が高いからこそ顕在化した問題もある。大会序盤から続出した落車に対して、「女性は自転車に乗るべきではない」というSNSの投稿や、大会ディレクターのマリオン・ルッス氏にも脅迫めいたメッセージが届いたという。ツール・ファムという大会が可視化したこうしたセクシズムだが、多かれ少なかれ女性選手が感じてきた問題でもある。選手側からの反論も相次いだが、女性であることが誹謗中傷の理由になっていいことは断じてない。

私たち自転車ロードレースを愛する者にできることは、今は女性選手たちのレースのピュアなパフォーマンスを楽しむことだろう。大会の公式ハッシュタグが #WatchTheFemmes であるように、まずはレースを観ること。そしてメディアはそれをあらゆる手法を動員して多面的に報じる努力をすること。フランスでは280万人がツール・ファムの1ステージをテレビで観戦したという。選手たちに対して一層のリスペクトを抱き、一人でも多くの女性が自転車に乗りたいと思うような発信をすること。ツール・ファムがその大きな第一歩となることは、成功裏に大会が終わろうとしている今、疑いようがない。

日を追うごとに、スタート地点に集まる観客の数は増えていった日を追うごとに、スタート地点に集まる観客の数は増えていった
前出のルネは第6ステージで逃げに乗り、最後の一人になるまで逃げ続け、敢闘賞を獲得し表彰台に乗った。その走りの根源にあるものは、ツールへの憧れだった。こんな想いを、一人でも多くの少女が抱ける時代が、これからやって来ようとしている。

「ツール・ド・フランスは小さな女の子が抱く夢でした。幼い頃からテレビでレースを観ていたんです。でも今や、私はその一部になっている。毎日のステージ前、私の目には星がいっぱいに輝いているんですよ。だって今、私は夢の中を走っているのですから」

TEXT&PHOTO: Yufta Omata in Planche des Belles Filles,FRANCE

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