スタート前にマイカが不出走に。たった4人での闘いを強いられることになったポガチャルとUAEチームエミレーツはこの日の作戦をステージ優勝に切り替えた。マクナルティが見せた驚きのアシストに応えたポガチャルがステージ勝利。ヴィンゲゴーは孤立したが今日も遅れなかった。



スタートに現れたタデイ・ポガチャル(スロベニア、UAEチームエミレーツ)スタートに現れたタデイ・ポガチャル(スロベニア、UAEチームエミレーツ) photo:Makoto AYANO
決戦の難関山岳ピレネー3連戦の2日目はUAEチームエミレーツにとって思わぬ試練の日となった。昨日は消化器系の不調を抱えたマルク・ソレル(スペイン)がタイムアウトでレースを去ったが、この日の朝の悪い知らせはラファウ・マイカ(ポーランド)の不出走だった。

マイカは昨日レース中にチェーンが切れた際に急に脱力、ハンドルに打ち付けたようになった膝の筋肉が裂傷を起こしてしまったというのだ。マイカはそれでもレース前にはチームウェアに着替えてローラー台でスピニングしてみたが、レースを走ることは諦めたという。

たった4名(ポガチャル、ビョーグ、マクナルティ、ヒルシ)となってしまったUAEチームエミレーツたった4名(ポガチャル、ビョーグ、マクナルティ、ヒルシ)となってしまったUAEチームエミレーツ photo:Makoto AYANO
たった4人でスタート前のポディウムプレゼンに登壇したUAEチームエミレーツ。状況を知らなかった観客からはどよめきが起こり、さすがのポガチャルも失望を隠せない表情。山岳でもっとも頼りにしてきたマイカの欠落はあまりに大きなダメージ。シーズンを通して登りの最終局面までポガチャルをサポートして勝利につなげてきたマイカが居なくなると、ヴィンゲゴーに対して大胆な攻撃を仕掛けることは事実上不可能になった。

チームに残ったのはミッケル・ビョーグ(デンマーク)、ブランドン・マクナルティ(アメリカ)、マルク・ヒルシ(スイス)の3人のアシスト。もっともツール開幕直前でのマッテオ・トレンティンの新型コロナウィルス陽性を受けて急遽メンバー入りしたヒルシ自身も、先月の新型コロナ陽性の影響が今も残って低調が続いており、戦力になっているとは言い難い状態。

スタート前に拳を合わすマイヨブランとマイヨジョーヌスタート前に拳を合わすマイヨブランとマイヨジョーヌ photo:Luca Bettini
「チャンスがあればすべて掴みに行く」と言っていたポガチャルだが、この日はステージ優勝を狙うことに切り替えたようだ。

むしろ「ヴィンゲゴーに逆転の攻勢を仕掛けるよりも、ポガチャルが攻撃を受けて孤立することになるだろう」そんな憶測が出るほどの状況だったが、それをひっくり返すような驚きの走りを見せたのがアメリカ人クライマーのマクナルティだった。

ビョーグ、マクナルティの後ろにタデイ・ポガチャル(スロベニア、UAEチームエミレーツ)とヨナス・ヴィンゲゴー(デンマーク、ユンボ・ヴィスマ)が続くビョーグ、マクナルティの後ろにタデイ・ポガチャル(スロベニア、UAEチームエミレーツ)とヨナス・ヴィンゲゴー(デンマーク、ユンボ・ヴィスマ)が続く photo:CorVos
短い距離に難関山岳が詰め込まれた難しいステージは、序盤から激しい展開となった。しかしレースは制御不能にならず、UAEチームエミレーツはたった4人でレースをコントロールした。ヒルシ、ビョーグからバトンを受け継いだマクナルティは序盤からできた逃げをことごとくたぐり寄せ、ポガチャルのアタックのためのセッティングを着々と進めた。

マイヨジョーヌのヨナス・ヴィンゲゴー(デンマーク、ユンボ・ヴィスマ)が下りを攻めるマイヨジョーヌのヨナス・ヴィンゲゴー(デンマーク、ユンボ・ヴィスマ)が下りを攻める photo:Luca Bettini
気づけばマイヨジョーヌ争いの後方に着けるゲラント・トーマスも、マクナルティの刻むハイペースに脱落してしまった。ヴァル・ルーロン・アゼ峠ではポガチャル、ヴィンゲゴー、マクナルティの3人に。

峠の頂上手前では下りを見据えたアタックでポガチャルが攻撃を仕掛けるが、すかさず反応したヴィンゲゴーは離されることがなかった。そのまま2人でその先へ迎えば先頭を引く必要の無いヴィンゲゴーが有利になる。そのことを知ってかマクナルティは2人に追いつくと、再びポガチャルのステージ優勝のためのアシストを続けた。

ブランドン・マクナルティ(アメリカ、UAEチームエミレーツ)の牽引で一気に人数が減少ブランドン・マクナルティ(アメリカ、UAEチームエミレーツ)の牽引で一気に人数が減少 photo:CorVos
ヴァル・ルーロン・アゼ山頂でアタックするタデイ・ポガチャル(スロベニア、UAEチームエミレーツ)ヴァル・ルーロン・アゼ山頂でアタックするタデイ・ポガチャル(スロベニア、UAEチームエミレーツ) photo:CorVos
そのマクナルティの仕事が、まさかフィニッシュ前の登り直前500mまで続くとは。2対1。そしてアシストが居なくなり、孤立してもなお冷静さを保ち続けたヴィンゲゴーはまったく遅れる気配を見せなかった。対してポガチャルも大きなタイム差をつけるアタックに出るよりも、確実にステージ優勝をとるための走りにシフト。フィニッシュ直前まで駆け引きを続けた。

マクナルティにリードされるタデイ・ポガチャル(スロベニア、UAEチームエミレーツ)とヨナス・ヴィンゲゴー(デンマーク、ユンボ・ヴィスマ)マクナルティにリードされるタデイ・ポガチャル(スロベニア、UAEチームエミレーツ)とヨナス・ヴィンゲゴー(デンマーク、ユンボ・ヴィスマ) photo:Luca Bettini
ペイラギュードの飛行場のフィニッシュは、軽飛行機が短い距離で飛び立つための急勾配の滑走路に設けられる。ポガチャルは先にスプリントして、一度は終わったフリ。ヴィンゲゴーが仕掛ければすぐさま反応し、すぐさま再加速して追いつくと、持ち前の爆発力でフィニッシュまで先行した。このツールでの3勝目。歓喜のポーズでチームメイトの献身的な走りに報いることができた喜びを爆発させた。

残り100mでスプリントを仕掛けるタデイ・ポガチャル(スロベニア、UAEチームエミレーツ)と反応するヨナス・ヴィンゲゴー(デンマーク、ユンボ・ヴィスマ)残り100mでスプリントを仕掛けるタデイ・ポガチャル(スロベニア、UAEチームエミレーツ)と反応するヨナス・ヴィンゲゴー(デンマーク、ユンボ・ヴィスマ) photo:Kei Tsuji
表彰式では屈託のない満面の笑みを浮かべ、ガッツポーズで勝利の喜びを表現したポガチャルは言う。「ステージ優勝できるなんて本当に素晴らしい。チームが4名まで減った中で、これ以上の走りは難しかった。ラファウ(マイカ)やジョージ(ベネット)、ヴェガール(ラエンゲン)、ソレルがいない中、この成果を僕たちは誇りに思うべきだ。明日もチャンスのあるステージだが、いまはこの勝利を喜びたい。明日はまたチャンスがあるから楽しみだ」

ヨナス・ヴィンゲゴー(デンマーク、ユンボ・ヴィスマ)との上りスプリントを制したタデイ・ポガチャル(スロベニア、UAEチームエミレーツ)ヨナス・ヴィンゲゴー(デンマーク、ユンボ・ヴィスマ)との上りスプリントを制したタデイ・ポガチャル(スロベニア、UAEチームエミレーツ) photo:Luca Bettini
「力の限りを尽くしたステージだった。チームの走りに報いるためには勝利するしかなかったんだ。素晴らしかったのはブランドン(マクナルティ)だけでなく、ミッケル(ビョーグ)とヒルシも素晴らしい走りを見せてくれた」。

そして期待以上のアシストを見せたマクナルティの走りを称賛した。「特に今日のミッケルは山岳でまるでクライマーように牽引してくれた。あのペースのおかげで僕は気持ちよく、自信を持って走ることができた。彼自身も自信を持って牽いていたし、それはブランドンも同じだった。本当に信じられない走りだったよ。あのペースが本当に良かった。ブランドンは本当にすごい仕事をしてくれた。彼はこのツール中ずっと良かったけど、今日は本当に特別にすごかった」。

満面の笑顔でステージ表彰を受けるタデイ・ポガチャル(スロベニア、UAEチームエミレーツ)満面の笑顔でステージ表彰を受けるタデイ・ポガチャル(スロベニア、UAEチームエミレーツ) photo:Makoto AYANO
マクナルティも仕事を果たして満足げだ。そして今日のチームの作戦についても話した。

「全力を出しきった。でも格別だ。プランは、ポガチャルは最後から2番目の登りで15分間全開で行ってくれと言ったんだ。頭の中では『15分間ならOK、それならできる』と思っていた。でもそれより少し長かったね。でもうまくいった。ラスト500mまで来たとき、このまま彼ら2人がそのまま後ろに着いてきてくれるだけでフィニッシュしたらいいのにって思ったよ。でもこのスポーツはノーギフト。チームとタデイで勝利したことが嬉しいよ」。

アシストを終え、3位でフィニッシュしたブランドン・マクナルティ(アメリカ、UAEチームエミレーツ)アシストを終え、3位でフィニッシュしたブランドン・マクナルティ(アメリカ、UAEチームエミレーツ) photo:Makoto AYANO
「UAEによるあのペーシングは予想外だった。しかもあれをビョーグがするのはね。僕でさえ遅れそうになるペースを刻んでいた。彼はとんでもない化け方をしたね」とゲラント・トーマスを驚かせる走りを披露したミッケル・ビョーグ。

ビョーグは言う。「タデイは逃げをなるべく近くに留めるように言ってきた。『僕らはステージ優勝が狙える』って。ヨナス(ヴィンゲゴー)はあまりに強くて2分差をつけることなどできないことは分かった。だから今日の最初のゴールはタデイでステージを勝つこと。それをやりきったことがただ誇らしいよ」。

「今日みたいにレースで何ができるかは決断を迫られるし、それができるとも限らない。僕らは明日もトライするよ。でもレースに勝つのは簡単なことじゃない。でもこの先まだ何でも可能だ。タデイは悲しいことにたった一日のバッドデーでイエロージャージを失った。ヨナスにバッドデーが来ないとは限らないから、僕らはプレッシャーを掛け続けることが必要だ。タデイの脚はすごくいいし、支える僕らも皆が自信を持っている。明日また何かができるといい」。

「UAEの働きは驚くべきものだった」と振り返るティシュ・ベノート (ベルギー、ユンボ・ヴィスマ)「UAEの働きは驚くべきものだった」と振り返るティシュ・ベノート (ベルギー、ユンボ・ヴィスマ) photo:Makoto AYANO
出走できずにチームバスに乗って一日を過ごしたマイカも、レース後にメディアのインタビューに応えた。

「バスの中でテレビを見て時間を過ごすのはナイスじゃない。身体の調子自体はいいのに自転車に乗れないなんて。でも今日はチームがステージ優勝することが大事だった。タデイは総合2位だし、彼は本当に強い。こんな僕向きの登りで彼らをレースでサポートできなかったなんて。でもそれがスポーツ。起こったことは今から変えられない。でもチームがたった4人でも素晴らしいレースをして、勝ったことに本当にハッピーだ」。

ポガチャルのステージ優勝を祝うヨナス・ヴィンゲゴー(デンマーク、ユンボ・ヴィスマ)ポガチャルのステージ優勝を祝うヨナス・ヴィンゲゴー(デンマーク、ユンボ・ヴィスマ) photo:Makoto AYANO
フィニッシュの着順で4秒を取り返されたヴィンゲゴーだが、ステージに負けてもマイヨジョーヌ争いにおいては今日は勝ったようなもの。孤立したが、まったく不安な要素を見せること無くジャージを守りきった。

「今日もポガチャルは良いアタックを見せたね。だが僕はそれに対する良い準備ができていた。彼に遅れることなくフィニッシュすることができ、本当に嬉しいよ。今日のようなフィニッシュは爆発力に長ける彼向きだった。僕が勝利を狙うのならば、もっと手前から仕掛けるべきだっただろう。だが、今日の結果には満足しているよ。

もちろん(アシストが遅れ)単独になることは理想的な状況とは言えない。何が問題が発生したらそれで終わりだからね。でも今日も彼らは素晴らしい走りを見せてくれた」。

タイムロスを最小限にとどめたヨナス・ヴィンゲゴー(デンマーク、ユンボ・ヴィスマ)タイムロスを最小限にとどめたヨナス・ヴィンゲゴー(デンマーク、ユンボ・ヴィスマ) photo:Makoto AYANO
マクナルティの牽引の強さに最後までアシストしてくれることを期待したセップ・クスも居なくなり、危機を感じたか?という問いにも落ち着き払って応える。

「(最終盤で)集団には僕含め3人しかおらず、ポガチャルのアシストであるマクナルティはその力を存分に発揮した。だからと言って単独になった状況が最悪だとは思わなかった。また、セップ(クス)も1つ前の山岳(ヴァル・ルーロン・アゼ)では先頭集団の5人のうちに残っていたからね」。

マイヨ・ジョーヌ争いにおいてピレネー山岳での決闘は残り1日、そして最終日前日の個人タイムトライアルを残すのみ。シャンゼリゼが着実にまた一歩近づいたことになる。

「総合優勝についてはまだ考えたくない。一日一日のステージに集中してベストを尽くすのみ。その積み重ねた結果がパリに繋がるからね。明日はもちろん難しく厳しいステージになるだろうが、その翌日の個人タイムトライアルも同じこと。しっかりと眠って回復に努め、万全の準備で臨みたい」。

オタカムへとフィニッシュするピレネー最終日はヴィンゲゴーにとってマイヨジョーヌを守りきる自信があるプロフィールのようだ。「ステージ優勝できなかったことは残念だけど、今日の爆発的な登りフィニッシュはポガチャル向きだった。明日のステージは僕の得意な長い登りだ。不安は感じていない」と、平静そのものの表情で応えた。

text&photo:Makoto AYANO in France

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