短く鋭く登る「ジャラベール山」でアタックを決めてツールでの5年ぶりのステージ勝利を掴んだのはマイケル・マシューズだった。スタート10kmでのポガチャルのサプライズなアタックに冷静に反応したヴィンゲゴー。マイヨジョーヌを巡る争いは今日もタイム差はつかなかった。



氷嚢を用意するUAEチームエミレーツのスタッフたち氷嚢を用意するUAEチームエミレーツのスタッフたち photo:Makoto AYANO
気象庁から高温注意報が出ているフランス。とくに南フランスが近づくに連れ気温は40℃に迫ることが予想されている。スタートの用意をするチームピットではレース中に選手に渡す氷とドリンクの用意が進められていた。どのチームカーの後部も大きなクーラーボックスで占められている。

チームパドックには2日遅れで「マスク必須」の看板が掲げられたチームパドックには2日遅れで「マスク必須」の看板が掲げられた photo:Makoto AYANO「グルパマ!」の掛け声に「エフデジ!」と観客が応えるやりとりは毎朝の風物詩に「グルパマ!」の掛け声に「エフデジ!」と観客が応えるやりとりは毎朝の風物詩に photo:Makoto AYANO


ユンボ・ヴィスマは今日もアイスベスト着用でスタート前までの時間を過ごす。マイヨジョーヌのヴィンゲゴーもただ補水するよりも、と凍らせたアイス状スティックを口に含ませる。

選手たちはボトルの水を頭や体中にかけるほかに、網状の袋(多くはストッキングを加工したもの)にキューブアイスを詰めたものをジャージの背中に入れ、首筋から背中にかけてを冷やす。それも走り出す前から。

ヨナス・ヴィンゲゴーとワウト・ファンアールト(ユンボ・ヴィスマ)はアイスベストを着てスタートを待つヨナス・ヴィンゲゴーとワウト・ファンアールト(ユンボ・ヴィスマ)はアイスベストを着てスタートを待つ photo:CorVos
スタート前に氷を食べるヨナス・ヴィンゲゴー(デンマーク、ユンボ・ヴィスマ)スタート前に氷を食べるヨナス・ヴィンゲゴー(デンマーク、ユンボ・ヴィスマ) photo:CorVos不吉な13番ゼッケンは両方をひっくり返して...不吉な13番ゼッケンは両方をひっくり返して... photo:CorVos


レースが南仏カルカッソンヌへ向けて南下するに従い、気温がさらに上がることは確実。すでに暑さが予想されたステージではレースの通過する数時間前には散水車が路面の温度を下げるためにコース上に水を撒くなどしているが、レース主催者A.S.O.の競技役員とUCI審判団も話し合いをもち、コース上にシャワーを浴びるポイントを設けたり、レース終盤でもボトルを渡せるようにするなどの対策を協議しているようだ。

聖地巡礼の世界遺産ル・ピュイ=アン=ヴレの街をハイペースで駆け抜ける聖地巡礼の世界遺産ル・ピュイ=アン=ヴレの街をハイペースで駆け抜ける photo:Makoto AYANO
獲得標高差は3,400mを超える丘陵ステージ。起伏に富んだ中央山塊を越えた先の、マンドの街から2級山岳コート・ド・ラ・クロワ・ヌーヴを駆け上がるラスト3kmの急勾配の登り、1995年にツールに初登場した際にフランス人のローラン・ジャラベールが逃げ切り勝利を飾ったことで「モンテ・ジャラベール」の愛称がつく山が勝負のポイントだった。

アタックしたタデイ・ポガチャル(UAEチームエミレーツ)をすかさず追走したヨナス・ヴィンゲゴー(ユンボ・ヴィスマ)アタックしたタデイ・ポガチャル(UAEチームエミレーツ)をすかさず追走したヨナス・ヴィンゲゴー(ユンボ・ヴィスマ) photo:Makoto AYANO
マイヨジョーヌ争いのアタックはマンドであるはず、との予想を上回ったのがスタート10kmでのタデイ・ポガチャルの不可解なアタックだった。フィニッシュまで182kmを残しての早すぎるタイミング。真相は逃げグループが形成されようとしているとき、1つ目の山岳ポイントの先のスプリントポイントを狙おうとして動いたマイヨヴェールのワウト・ファンアールトの動きに飛びついたポガチャルのサプライズアタックだった。

集団が割れ、分裂した逃げグループの先頭に立ったポガチャルがスピードを上げたとき、マイヨジョーヌのヴィンゲゴーは後方に居たため自らの力を使って追い上げなくてはならなかった。

逃げを見送ったメイン集団はユンボ・ヴィスマが牽引逃げを見送ったメイン集団はユンボ・ヴィスマが牽引 photo:Makoto AYANO
「最初にワウトが逃げようとする集団に乗ろうとしたんだ。僕は彼の後輪につけていた。大きな差がついていたし、大勢が逃げようとしていた。そこに加わろうとした。それで後ろの選手たちにストレスをかけようと思ったんだ。流れに乗っただけだけど、逃げに居た。そして彼ら(ユンボ・ヴィスマ)は追いかけなければいけなかった。ストレスになったならそれでいい」とポガチャル。

ファンアールトもこの動きに困り、メイン集団に戻ることを選択。逃げが落ち着いたらユンボ・ヴィスマはマイヨジョーヌ保持チームのつとめの集団コントロールに入った。ポガチャルもみすみす逃してもらえるとは思っていない。「彼ら(ユンボ)はすごく強いチームだから僕が逃げることは不可能だ」。

2級山岳コート・ド・ラ・クロワ・ヌーヴで先行したアルベルト・ベッティオル(イタリア、EFエデュケーション・イージーポスト)にマイケル・マシューズ(オーストラリア、バイクエクスチェンジ・ジェイコ)が迫る2級山岳コート・ド・ラ・クロワ・ヌーヴで先行したアルベルト・ベッティオル(イタリア、EFエデュケーション・イージーポスト)にマイケル・マシューズ(オーストラリア、バイクエクスチェンジ・ジェイコ)が迫る photo:Kei Tsuji
逃げグループからの逃げ、アルベルト・ベッティオル(イタリア、EFエデュケーション・イージーポスト)とのデッドヒートの末に「ジャラベール山」ラ・クロワ・ヌーヴ峠を制したのはマイケル・マシューズ(オーストラリア、バイクエクスチェンジ・ジェイコ)だった。

アタックからの先行、しかし短く、急勾配で上り詰める3kmの坂でベッティオルに抜かれ、先行された。しかし頂上近くで追いつくと、観客の人垣が途切れれて勾配が緩んだ区間を利用してアタック。ベッティオルを引き離した。

独走するマイケル・マシューズ(オーストラリア、バイクエクスチェンジ・ジェイコ)独走するマイケル・マシューズ(オーストラリア、バイクエクスチェンジ・ジェイコ) photo:CorVos
「登れるスプリンター」と形容されるマシューズの、ツールのステージ4勝目。前回の勝利からは実に5年の月日を経ていた。そのとき所属したオリカ・グリーンエッジからチームサンウェブへ、そしてまた今の同じチームに戻った。

今日の厳しいレースを、マシューズは思うように勝てない難しい状況が続いた競技人生を重ね合わせ、サポートしてくれる家族に感謝した。「ジェットコースターのような山あり谷ありの、まるで僕の競技人生のような激動のレースだった。何度挫けそうになっても這い上がることができたのは、僕を信じ続けてくれた妻と4歳の娘がいたから。これは彼女たちに捧ぐ勝利だ」。

コート・ド・ラ・クロワ・ヌーヴを登るアルベルト・ベッティオル(イタリア、EFエデュケーション・イージーポスト)とマイケル・マシューズ(オーストラリア、バイクエクスチェンジ・ジェイコ)コート・ド・ラ・クロワ・ヌーヴを登るアルベルト・ベッティオル(イタリア、EFエデュケーション・イージーポスト)とマイケル・マシューズ(オーストラリア、バイクエクスチェンジ・ジェイコ) photo:Makoto AYANO
逃げからのアタック。上り坂スプリントそして平坦路でのゴールスプリントと、多様なレーススタイルを持つマシューズ。しかし逆に言えばその万能さが災いして、近年は勝利にいま一歩結びつかなかった。しかしディラン・フルーネウェーヘンがチームに加入したことで、平坦路のスプリントはフルーネウェーヘンに任せ、自身は得意の上り坂スプリントに磨きをかけるべく集中して調整してきたという。

マイケル・マシューズ(オーストラリア、バイクエクスチェンジ・ジェイコ)がベッティオルをアタックして振り落とすマイケル・マシューズ(オーストラリア、バイクエクスチェンジ・ジェイコ)がベッティオルをアタックして振り落とす photo:Makoto AYANO
「僕は違うライダーになった? そうじゃないと思う。僕は同じままだけど、与えられた役割に応じて適応する必要があるんだ。とくにツールではね。平坦ステージのスプリントではディランが居る。だから僕は平坦スプリントにはフォーカスしずぎず、もっと登れるようになるためのトレーニングで調整したんだ。それでも僕は同じライダーだけど、このツールではチームの勝利のためのサポートと、僕自身にそのチャンスが来た時に何かできるように適応する必要があったんだ」。

大きく手を広げてフィニッシュしたマイケル・マシューズ(オーストラリア、バイクエクスチェンジ・ジェイコ)大きく手を広げてフィニッシュしたマイケル・マシューズ(オーストラリア、バイクエクスチェンジ・ジェイコ) photo:CorVos
「昨年は平坦スプリントステージ、登りステージ、そして逃げることが役割だったけど、そんなのもうたくさん。それでリザルトを求められるプレッシャーが両肩にかかっていたんだ。ディランの第3ステージでの勝利のおかげでそのプレッシャーも無くなった。彼は平坦スプリントに集中して、僕は他のチャンスにかけるよ」。

3位で登ってきたティボー・ピノ(フランス、グルパマ・エフデジ)に沿道が沸く3位で登ってきたティボー・ピノ(フランス、グルパマ・エフデジ)に沿道が沸く photo:Makoto AYANO
この日沿道のフランス人を沸かせたのは3位で登ってきたティボー・ピノ(グルパマ・エフデジ)の走り。シャテルへフィニッシュする第9ステージで逃げたボブ・ユンゲルス(AG2Rシトロエン)を追って4位に終わったピノの、「後悔の40秒」を跳ね返す3位。ステージ優勝でもなく、ひとつ順位を上げただけでフランスの興奮をさらってしまうピノの人気ぶりが伺える。

「すでに登り始めから脚が乳酸で一杯で、調子が良くなかった。力を出し尽くしたけどこれ以上は無理だった。3位で登りきれるとは思っていなかった。失望しているけど、今日は本当に難しい日だった。(今日は)大きな後悔はないよ。今はまだ調子が最高潮ではないんだ。その日が来たらまたトライするよ」とピノ。

総合争いへの期待はすでに無く、しかし愛され続けるピノ。対してもうひとりのフランス人スター、ロマン・バルデ(チームDSM)は今日も暑さにやられて遅れてしまい、順位を落とした。

今日も暑さにやられたロマン・バルデ(フランス、チームDSM)がマンドへと登る今日も暑さにやられたロマン・バルデ(フランス、チームDSM)がマンドへと登る photo:Makoto AYANO
マンドの急坂を駆け上がるもうひとつのレースは総合争い、ポガチャルとヴィンゲゴーのマイヨジョーヌを巡る争いだ。爆発力を持ちパワークライムを得意とするポガチャルと、長く厳しい上り坂を得意とするヴィンゲゴー。登り始めてすぐのポガチャルのアタックに、ヴィンゲゴーは遅れずに着いて登った。勝負は山頂までにつかず、ポガチャルも自身のレッドゾーンまでは追い込まなかったようだ。フィニッシュライン前のポガチャルのスプリントにもヴィンゲゴーは遅れることが無かった。2人の記録した登坂タイムは史上最高のものだった。

タデイ・ポガチャル(スロベニア、UAEチームエミレーツ)とマイヨジョーヌのヨナス・ヴィンゲゴー(デンマーク、ユンボ・ヴィスマ) タデイ・ポガチャル(スロベニア、UAEチームエミレーツ)とマイヨジョーヌのヨナス・ヴィンゲゴー(デンマーク、ユンボ・ヴィスマ) photo:Makoto AYANO
「アタックしたけどこの坂は短すぎた。違いの出せるピレネー山岳にチャンスを見出したい。脚の調子は良く、チームメイトも良い走りを見せてくれた。それらの要素が僕に自信を与えてくれ、残りのステージに向けて前向きにしてくれる」と話すポガチャルは不完全燃焼気味だ。

ラルプデュエズを終えて「ポガチャルのアタックは予想している。彼はこれからも毎日アタックを仕掛けてくる。でも僕の最大のタスクは彼に貼り付くこと。彼を視界から逃さないこと」と話していたヴィンゲゴーは、今日も着実にそのタスクをこなした。アタックに着いていく表情も厳しくなく、余裕さえ見えた。

マイヨジョーヌのヨナス・ヴィンゲゴー(デンマーク、ユンボ・ヴィスマ)がタデイ・ポガチャル(スロベニア、UAEチームエミレーツ)を離さない マイヨジョーヌのヨナス・ヴィンゲゴー(デンマーク、ユンボ・ヴィスマ)がタデイ・ポガチャル(スロベニア、UAEチームエミレーツ)を離さない photo:Makoto AYANO
「ポガチャルはいいアタックをしたけど、今日それは予想していたこと。でも僕はついていけた。ついていけてよかった。イージーだったとは言わないよ。イージーとは200ワット程度で着いていくことだよ。彼がアタックするたびに着いていかなきゃいけなかったし、それができたのは良かった」とヴィンゲゴー。

ポガチャルの180kmを残してのサプライズなアタックについては「彼はチャンスが有ればどこでもアタックしてくると思っていたから、”驚いた”とは言わないけれど、彼に飛びつくにはかなり集団の後ろのほうに居たからできなかった。でも自分で追いつけたし、たくさんのエネルギーを使ったわけじゃない」と話す。

マイヨジョーヌのヨナス・ヴィンゲゴー(デンマーク、ユンボ・ヴィスマ)がタデイ・ポガチャル(スロベニア、UAEチームエミレーツ)を離さない マイヨジョーヌのヨナス・ヴィンゲゴー(デンマーク、ユンボ・ヴィスマ)がタデイ・ポガチャル(スロベニア、UAEチームエミレーツ)を離さない photo:Makoto AYANO
勝負はピレネーと最終日前日の個人タイムトライアルに持ち越すことになる。

「脚次第。調子が良いなら、ただそれだけ。今はタイム差が大きいように感じるだろうけど、最後に長い距離のタイムトライアルもある。何でも起こりうるよ。もし機会があったら僕も彼に対してアタックするよ」とヴィンゲゴー。

記者経験ではポガチャルとの友人度を問う質問が挙がった。どれぐらい話をしているのか?と。

「彼のことは本当にリスペクトしている。タデイは凄い選手だ。このツールは彼に対してのレースだ。でも彼の住所や電話番号は知らない。普段どれだけ話をしているかはそれで察してほしい」。

ポガチャル、ヴィンゲゴーに離されてマンド飛行場へと登るゲラント・トーマス(イネオス・グレナディアーズ)ポガチャル、ヴィンゲゴーに離されてマンド飛行場へと登るゲラント・トーマス(イネオス・グレナディアーズ) photo:Makoto AYANO
ポガチャルとヴィンゲゴーに着いていけず、17秒の遅れを喫したゲラント・トーマス(イネオス・グレナディアーズ)は、ナイロ・キンタナ(アルケア・サムシック)を引き連れ、チームメイトのアダム・イェーツとともにフィニッシュ。総合3位を守っている。イェーツが総合5位、トーマス・ピドコックも総合9位につけ、イネオスはトップ10に3人が残る堅実さ。

「急でパンチの効いた10分程度のこんな種類の登りでは、ペース配分を間違えればラルプデュエズ並みのタイム差を食らうことになるんだ。ヨナスとポギの2人が早々に行ってしまったけど、僕は自分のペースを守った」とトーマス。爆発的な走りもアタックもしないが、脱落しない堅実な走りで総合3位を守っている。

トーマスはポガチャルの10kmアタックにも触れて言う。「ヨナスはパニックにはなっていなかったけど、すぐ追いかけたね。僕は、彼らは一緒に行くけど、僕は行かなくていいよね?と自分に言い聞かせていたんだ。それで他の選手に着いて、人頼みで前を追いかけることにした。それが僕のレース全体を走り切るコツだね。後ろを見ると同じような状況の選手が40人ぐらい居たから、また今日もキツイレースになると思ったけど、調子が良かったから半分は楽しんでいたね」。

序盤から遅れるもチームメイトとともにタイムカット内にフィニッシュしたカレブ・ユアン(オーストラリア、ロット・スーダル)序盤から遅れるもチームメイトとともにタイムカット内にフィニッシュしたカレブ・ユアン(オーストラリア、ロット・スーダル) photo:Makoto AYANO

text&photo:Makoto.AYANO in France