鮮やかなゴールスプリントでライバルたちを圧倒したペタッキ。豪快かつ経験にもとづく円熟のスプリントは、ベテランスプリンターが新たに身につけた戦法だ。ペタッキはまだ終わっていない。

カンブレーの街をスタートしていく集団カンブレーの街をスタートしていく集団 photo:Makoto Ayano

傷に包帯を巻くステージ

過去にランスゴールのステージで優勝しているロビー・マキュアン(オーストラリア、カチューシャ)過去にランスゴールのステージで優勝しているロビー・マキュアン(オーストラリア、カチューシャ) photo:Makoto Ayano快晴に恵まれたカンブレイのスタート地点。13時50分という遅いスタート時間が設定された、153.5kmと短い距離のステージ。起伏に富むとはいえ、山岳ポイントも前半に4級のものがひとつあるだけ。前半戦のハイライトとも言えるパヴェステージを終えての休息的な意味合いもあるステージだ。

コースディレクターのジャン=フランソワ・ペシュー氏は、今日のコースについて「距離が短く、特に難しい箇所もない。この前の3日間は長くてあちこちに難所があるコースを走っている」「傷に包帯を巻くべし」、と公式プログラムに記している。

落車の怪我が痛々しいアレクサンドル・コロブネフ(ロシア、カチューシャ)落車の怪我が痛々しいアレクサンドル・コロブネフ(ロシア、カチューシャ) photo:Makoto Ayano選手たちのストライキまで引き起こした第2ステージ、そしてパヴェと格闘した第3ステージで生き残った選手は傷だらけ。ペシュー氏のコメント通り、身体に包帯を巻いた選手がたくさん見受けられる。

第2ステージで落車の犠牲になったロビー・マキュアンは言う「落車したとき、お尻から地面に激しく落ちた。そして滑りながら腕を削った。傷は今でも痛むし、昨日振動を受けながらパヴェを走っているときはまさに地獄。北の地獄のパヴェ以上に肉体的な地獄だった。今日は(過去にステージ優勝した)幸運の地へのゴールだけれど、もちろん勝利に向けてスプリントするが、このケガの影響はあると思う。体調が順調に仕上がりつつあったのに...」。

カチューシャはロシアチャンピオンジャージに身を包むアレクサンドル・コロブネフ(ロシア)も脚全面を痛め包帯を巻いている。

傷付いた選手たちが、大通りの美しいカンブレイをスタートしていく。スタート1.5kmでアタックが決まると、あとはゴールまで泳がせる平坦ステージの典型的な展開になった。降り注ぐ太陽にうねるような丘が連続する田園風景が続く。逃げグループとのタイム差を測りつつ、メイン集団は休むかのように沈黙を続けた。

ヘリコプターが低空飛行で選手を撮影中ヘリコプターが低空飛行で選手を撮影中 photo:Makoto Ayano
巨大な自転車のオブジェで応援巨大な自転車のオブジェで応援 photo:Makoto Ayanoロビー・マキュアン(オーストラリア、カチューシャ)のサポーターロビー・マキュアン(オーストラリア、カチューシャ)のサポーター photo:Makoto Ayano


列車なしのペタッキ 完璧な勝利

残り3kmまで泳がせた逃げ集団を追い込むのに脚を使ってしまったチームHTC・コロンビアは、いつもより人数を減らした列車でマーク・カヴェンディッシュ(イギリス)をゴールまで牽引する。残り2kmで残ったのはベルンハルト・アイゼルとマーク・レンショー(ともにオーストラリア)。しかし、支配力が足りなかった。

ダニーロ・ホンドとミルコ・ロレンツェットの助けを借り、ラスト200mで飛び出したアレッサンドロ・ペタッキ(イタリア、ランプレ)が、ライバルたちを寄せ付けないスプリントの伸びを見せた。

ロングスプリントを仕掛けたペタッキをマキュアン、ディーンが追うロングスプリントを仕掛けたペタッキをマキュアン、ディーンが追う photo:Makoto Ayano

追いすがったロビー・マキュアン(オーストラリア、カチューシャ)も長すぎるスプリントに失速。
タイラー・ファラー(アメリカ、ガーミン・トランジションズ)が手首の微細骨折が原因でスプリントできないガーミン・トランジションズは、代わりに挑んだジュリアン・ディーン(ニュージーランド)が2位に。

カヴェンディッシュらライバルたちに落車の影響が大きかった第1ステージに比べ、第2ステージのこの勝利は、真にペタッキがプロトンの中で最強であることを認識させた。

ステージ1勝が欲しいガーミン・トランジションズステージ1勝が欲しいガーミン・トランジションズ photo:Makoto Ayanoペタッキは言う「僕は誰かが言うように年老いた選手なんかじゃない。この勝利は僕とチームにとって非常に重要だ。僕はこのツールに勝つために来ている。2度そのことを証明してみせた。でも勝利数を稼ぐことが目的じゃない。

今まで僕は200回以上のスプリントをこなしてきている。カヴェンディッシュら他の選手のほうがスピードはあるかもしれない。しかし僕には経験がある。瞬きする間に、どうスプリントすべきかが分かるんだ。今日早めにスプリントしたのは、そうすべきだと分かったから。すべてのスプリントが違うんだ」。

(「カヴェンディッシュはあなたから学ぶべきだと思いますか?」と訊かれ)
「彼が僕から学ぶことがあるとは思わない。他の誰からもね。彼は昨年6ステージに勝っている。彼はスプリントの仕方を完璧に知っている。しかしそれがスプリントというものだ。僕はここですでに2勝を挙げた。でもだからといって僕が彼より速いことにはならないし、彼が僕より速いことにもならない」。


浮き沈みの多いベテランスプリンター

ペタッキのツールでの勝利は通算6勝目。グランツールでの勝利はこれが46勝目となる。グランツールでの勝利数において、過去にこの数字を上回っているのは64勝のエディ・メルクス(ベルギー)と57勝マリオ・チポッリーニ(イタリア)のふたりだけだ。

ペタッキはファッサボルトロ所属時代、2003年ジロ・デ・イタリア第1ステージでチッポリーニを破ってブレイク、ジロ6勝を挙げた。
2004年ジロではステージ9勝を挙げ、ステージ最多勝記録をマーク。そして続くツールでも序盤で4勝を挙げた。さらにブエルタ・ア・エスパーニャでも4勝を挙げ、2004年はグランツールの年間最多ステージ優勝となる17勝を記録する大活躍をみせた。

ステージ2勝目を飾ったアレッサンドロ・ペタッキ(イタリア、ランプレ・ファルネーゼヴィニ)ステージ2勝目を飾ったアレッサンドロ・ペタッキ(イタリア、ランプレ・ファルネーゼヴィニ) photo:Makoto Ayano

国際的に「アレジェット」という英語のニックネームがつき、最強と言われた2004年から5年の(ツールの)空白を経て、ふたたびツールに帰ってきたペタッキ。その2004年当時の最強時代と大きく違うのは、アシストする列車の有無だ。かつて「シルバートレイン」の愛称で呼ばれたファッサボルトロの列車はペタッキのためにだけ用意され、アレジェットを完璧な体制で牽引し、発射した。

・ペタッキのための体制づくりが急がれるランプレ

ペタッキがもたらしたランプレにとっての2勝目となる成功。ランプレは今季はじめ、UCIプロツアーライセンスの更新が遅れる事態に陥っていた。原因はサブスポンサーの資金が停滞したこと。なんとかそれをクリアし、ツール出場チームにも選ばれたが、それが今やツールでもっとも成功を収めているチームとなった。

しかし今のランプレはペタッキのために構成されたチームではない。チーム内には総合を狙えるダミアーノ・クネゴ(イタリア)がいるし、逃げてステージ勝利を狙うタイプのフランチェスコ・ガヴァッツィ(イタリア)やサイモン・スピラック(スロベニア)など、<多くのチームがそうであるように>タイプの違う選手をミックスした構成だ。
ペタッキのスプリントを助けることができるチームメイトは、ホンドとロレンツェットだ。列車には足りない。しかしそれでもペタッキは勝つことができるようになった。

アレッサンドロ・ペタッキ(イタリア、ランプレ・ファルネーゼヴィニ)が2勝目をアピールアレッサンドロ・ペタッキ(イタリア、ランプレ・ファルネーゼヴィニ)が2勝目をアピール photo:Makoto Ayano

他人を利用し、単独で勝負するマキュアンらと対照的に、かつてペタッキは最強時代、ゴール前の列車がないと勝てないタイプであることを認めていた。実際、ゴール前の列車が崩れると勝利を逃すことがあった。そのスタイルに変化が訪れたのは2009年のジロだった。
ダニーロ・ディルーカの総合優勝狙いのために編成されたチームにあって、ペタッキはほぼ単独でスプリントに挑み、第2・第3ステージで勝利を挙げ、カヴェンディッシュも打倒している。

スプリンターにとっての36歳は、スピードの伸びが止まり、キャリアが終りに近づいていることを意味する年齢だ。しかし必ずしも列車を必要とせず、勝てるスタイルを身に付けたペタッキ。マルコ・ヴェーロやアルベルト・オンガラート、マルツィオ・ブルセギン(ともにイタリア)がリードアウトをつとめたファッサボルトロとペタッキの黄金期のように、支えるチームさえあればさらに勝利数を狙えるだろう。チームを共にする不調のエース クネゴには、クラシックライダーとして専念するべきという声があり、移籍説さえ流れる。ランプレは来季のチーム構成の再考を迫られている。


・6勝の英雄一転、どん底へ。カヴのマイヨベール狙いに赤信号

チームのお膳立てにもかかわらず、カヴは不発に終わりトップ10からも漏れる12位。スプリントを途中でやめてしまう状態だった。9位のトル・フースホフト(サーヴェロ・テストチーム)より3位順位を下げ、ポイントも稼げず。この時点で早くもカヴのマイヨヴェールへの夢はあきらめざるをえない状況になりつつある。

マイヨヴェールはトル・フースホフト(ノルウェー、サーヴェロ・テストチーム)がペタッキの追撃をかわしたマイヨヴェールはトル・フースホフト(ノルウェー、サーヴェロ・テストチーム)がペタッキの追撃をかわした photo:Makoto Ayano

皮肉にもこの日、カヴの存在のおかげでツールメンバーに選ばれなかったもうひとりのスプリンター、アンドレ・グライペル(ドイツ)がツアー・オブ・オーストリアで今季13勝目となるステージ優勝を挙げている。絶好調のグライペルに対し、どん底まで落ちた感のあるカヴ。

カヴはレース後、チームバスに戻ると自転車を捨て、激怒し、バスの外で待つプレスに向けてヘルメットをほうり投げるなど苛立を隠さなかったという。
ロルフ・アルダグ監督は取り囲むプレスにマイクを向けられて説明に窮した。
「彼はもちろん動揺している。私だってもし彼が満面の笑顔でチームカーに戻ってきたら失望するだろう。彼には自信があるが、今は難しい状況だ」。

マイケル・ロジャース(オーストラリア、チームHTCコロンビア)は今年カヴのアシストに回らないマイケル・ロジャース(オーストラリア、チームHTCコロンビア)は今年カヴのアシストに回らない photo:Cor Vos

カヴに6勝を挙げた昨年の調子がないことはもはや隠せない。そしてカヴにも昨年のアシスト体制はない。まずゴール前の秒読みが始まる前までのセッティングを行って来たジョージ・ヒンカピーがBMCレーシングチームへと移籍したこと。そしてアダム・ハンセンが落車でリタイアしてしまったこと。そしてツアー・オブ・カリフォルニアで総合優勝を飾ったマイケル・ロジャースが数年以来の好調を見せていることで、自身の総合狙いのためにアシスト要因としてはカウントされないことなども要因のようだ。

80年代に活躍したジャン=フランソワ・ベルナール(フランス)はこう分析する。
「一見したところ、カヴェンディッシュを引っ張るチームメイトに昨年のようなスピードはない。それが顕著に現れたのはゴールまで1,300m強の地点で、彼を引っ張るチームメイトがアイゼルとレンショーの2人だけになったときだ。
このときレンショーはあまりに長い距離を引かなければならず、その結果カヴェンディッシュが十分なスピードを得られないまま早いタイミングで飛び出すことを余儀なくされた。そして彼の力が昨年よりも劣っているために、これが致命傷になった。
こうした状況は、日曜日に落車してリタイアしたアダム・ハンセンの不在が影響していることは誰の眼にも明らか。また、チーム内ではマイケル・ロジャースが総合順位争いに専念するために、スプリントをアシストする"仕事"を一切免除されているからだ」。


山岳アタッカー、チュルカのリタイア

スタートして30kmで落車し、全身に激しく擦過傷を負って血まみれで走り続けた アメツ・チュルカ(スペイン)が大きく遅れてゴールする。走りきったが結局は鎖骨骨折が判明して、明日はスタートしないことをチームは発表した。

落車で深く傷ついたアメツ・チュルカ(スペイン、エウスカルテル)が4分37秒遅れでゴール落車で深く傷ついたアメツ・チュルカ(スペイン、エウスカルテル)が4分37秒遅れでゴール photo:Makoto Ayano

4月のブエルタ・アル・パイスバスコで落車した際に折った同じ箇所を折ったという。
チュルカはプロ入り5年来勝利には恵まれていないが、アタックを得意とする果敢な走りはツールに欠かせない選手。ツールデビューの2007年にはスーパー敢闘賞(ツール全ステージを通しての敢闘賞の総合)を獲得し、シャンゼリゼで表彰を受けている。


・ユキヤのアタックは第5ステージで?

新城幸也(日本、Bboxブイグテレコム)は第5ステージでの逃げを狙う新城幸也(日本、Bboxブイグテレコム)は第5ステージでの逃げを狙う photo:Makoto Ayano明日第5ステージは再び平坦基調のスプリントステージだ。この日スプリント争いに絡まなかったユキヤだが、Bboxブイグテレコムとしてはニコラ・ボゴンディが序盤に逃げ、セバスティアン・テュルゴー(フランス)が6位に喰い込むなど、十分な成功を収めた。

毎日誰かがアタックに乗ることをチーム方針とするブイグにとって、アタックは日替わり。決まるアタックにタイミングよく乗れるか乗れないかは運も左右するが、ここまでおとなしくしてきたユキヤにとって明日はジロで逃げを成功させた「第5ステージ」の縁起をかついで逃げたいステージだと公言している。

ツール公式プログラムなどの記事も担当するフランス人のベテラン記者ジャン=フランソワ・ケネさんによる記事Arashiro plans to attack during Tour’s stage fiveがサイクリングニュースに掲載された。
ジロでもユキヤを取材したケネさんが、第4ステージのゴール時に「明日は行くんだろう?」とユキヤに確認しての掲載だ。面白いが、CNをチェックしている選手は多いから、これでマークされて逃げにくくなることは確実だ。

コース的にはスプリンターチームがコントロールに入ることが予想され、ジロ第5ステージ以上に逃げ切ることは難しいと断言できる。しかしレースは何が起こるか・何を起こせるか分からない。

アレ・アレ、ユキヤ! 日本からもぜひ声援を送って欲しい。