全日本選手権優勝から3ヶ月。「周りから言われて実感することはあるけれど・・・」と、まだピンときていない様子の植竹海貴。インタビュー後半では、そんな植竹からは想像できない負けず嫌いと自転車好きな一面を垣間見せた。



前半から続き)

負けず嫌いと観察眼

植竹のレースで全日本選手権以上に印象深いのは、2021年の「JBCF群馬CSCロードレース9月」。3日間開催の3日目、54kmのレースは序盤から渡部春雅(明治大学)がアタックを繰り返して人数を絞っていき、2021年シーズンで初めて植竹が遅れる場面が見られた。

群馬CSCロード9月 渡部春雅(明治大学)ら3名から遅れて単独追走する植竹海貴群馬CSCロード9月 渡部春雅(明治大学)ら3名から遅れて単独追走する植竹海貴 photo:Satoru Katoレース終盤、渡部春雅(明治大学)が勝負を決めたかに見えたが・・・レース終盤、渡部春雅(明治大学)が勝負を決めたかに見えたが・・・ photo:Satoru Kato

レース終盤になっても渡部の猛攻は続き、植竹は最終周回を目前に10秒ほどの差をつけられた。にもかかわらず、植竹は残り3kmで渡部に追いつき、JFT11勝目を挙げて年間総合優勝を確実なものにした。まさに「ねじ伏せた」という言葉がぴたりとくる勝ち方だった。

「あの時は『今日は負ける!』と思いながら走ってました。中切れ起こしそうな人がいたら、下りに入る前にその人の前に入っておこうと思うんですが、それを見誤って、渡部さんと川口うらら(日本体育大学)さん、唐見実世子(弱虫ペダルサイクリングチーム)さんに先行されてしまって、追いかけるのに脚を使ってしまいました。

終盤に10秒以上差がついたけれど、それで渡部さんが油断して休んでいてくれないかなと考えながら、一定のペースで淡々と追いかけてました。負けず嫌いが前面に出ていたレースでしたね。みんなが疲れてきた頃に元気になるタイプなんです…性格悪いんですかね(笑)」

群馬CSCロードレース9月 でJFT11勝目を挙げた植竹海貴群馬CSCロードレース9月 でJFT11勝目を挙げた植竹海貴 photo:Nobumichi KOMORI
負けず嫌いは自他共に認めるところ。ワイ・インターナショナルで植竹を担当する鈴木大輔氏は、

「意見交換することがあると、譲れない部分は頑として譲らないんです。普段はそんなふうに見えないんですけど、自転車乗ってる時は人が違ってると思えるくらいですね」と、植竹について話す。

その一方で、植竹の話を聞いていると観察眼の鋭さにも驚かされる。インタビュー前半にある全日本選手権での金子のペダリングのクセを見切ったのもしかり、集団内でのポジショニングもしかり。

「下りが苦手なので、平坦と登りでカバーしてます。そこは課題だと思っていますし、もうちょっとうまくなりたいですね」と言うが、周りが見えているからこそ劣っている部分の差を最小にし、得意な部分で勝負できる。それが植竹の強みでもあろう。
レース中の観察眼も植竹海貴の強みレース中の観察眼も植竹海貴の強み photo:Satoru Kato
そうした観察眼や状況判断は、高校の時にやっていたという剣道の経験が活きているようにも感じる。相手との距離の取り方など、剣道の間合いの取り方に近い気がするが、「どうなんでしょうね?」と、植竹自身は自覚していない様子。

「剣道は猫背を治そうと思って始めたんです。二段まで取りましたが、それほど強くなかったですし、剣道部にあるまじきユルい部活だったので…」



自転車好き

ワイズロード新宿本館に勤務する植竹海貴「お店で男性スタッフに聞きづらい女性はぜひ聞いてほしい」と話すワイズロード新宿本館に勤務する植竹海貴「お店で男性スタッフに聞きづらい女性はぜひ聞いてほしい」と話す photo:Satoru Kato
子供の頃から体を動かすのが好きだったと言う植竹。持久系のスポーツ歴こそ持っていないが、「体力テストの1000m走は4分10秒台で走れました」と言う。中学生、高校生の1000mの平均タイムが4分台後半から5分台だから、それより速い。「一番ではなかったけど、速い方でしたね」と振り返る。

「自転車は普段の足として使っていたので競技を始める前から好きでしたね。学生の時は自宅のある板橋から練馬の友達の家に遊びに行く時も、片道40〜50分かけてママチャリで行きました。電車で行くにも駅まで行く時間を考えたらトータルであまり変わらないし、電車賃かけるならその分美味しいもの食べた方がいい、って考え方でした」という、漫画「弱虫ペダル」を地でいくようなエピソードも。

「自転車は乗るのも好きだけど見るのも好き」と言う植竹にとって、今の自転車店員の仕事は天職に思える。

「自転車の良いことや楽しいことを伝えられるので、この仕事は楽しいです。以前は自分が使いたいものしか興味が無かったので知識が偏っていましたし、興味のないメーカーとか機材はまったく知らなかったです。今も知らないことがまだ多いけれど、カタログとか見て自分で調べて知識をつけるようにしています」

ワイズロードのスタッフ試乗会にて 今シーズン使用するフレームを品定めしていたとか?ワイズロードのスタッフ試乗会にて 今シーズン使用するフレームを品定めしていたとか?
前出の鈴木氏も「知らないことを吸収しようとする力はすごく強いし、自転車のことになると的確にわかりやすく説明が出来るんです」と、植竹の姿勢を評価する。最近は女性のお客さんも増えてきたので、同性としてアドバイスすることもある。

「たとえばパーツのカスタムをするにしても、これから始める人なら最初はそのまま乗ってもらった方が良いかなとか、女性は小柄な人が多いから気に入ったメーカーのフレームでもサイズが無いこともあるので、せめてカラーカスタム出来るメーカーで好きな色に塗ってもらったら…というご案内をしたことがあります」

「でも競技に興味を持ってくれる人は少ないんですよね…」とも。

このオフシーズンは、トレーニングとしてシクロクロスに出場するこのオフシーズンは、トレーニングとしてシクロクロスに出場する photo:Makoto AYANO普段のトレーニングは、パーソナルトレーナーの下で週1回の筋トレと、ワイズロードが主催するズイフトのイベント「ワイズロード・ズイフターズ」で週1回のワークアウトなど、仕事の出勤前・退勤後の時間を使う。週2日の休みには長距離を乗り、最低でも120km、多い時は180kmほど走ることもある。「1人で走るとサイクリングになってしまうから」と、一緒に走ってくれる人を必ず捕まえるようにしている。

「レースも練習も、競る相手がいないとダメなんです。だからタイムトライアルは向いてないと思うんです」と笑う。

片道30分の自転車通勤も、悪天候でない限り乗るようにしているから、自転車に触らない日はほぼ無い。「自転車乗ってないと死んじゃうんじゃないか」と、周囲が心配するほど自転車漬けな毎日だ。2020年7月に、練習中に落車して鎖骨を折った時はさすがに自転車には乗れなかったが、それでも2週間後にはスマートトレーナーでのトレーニングは行ったという。それも、プレート固定が出来ない骨折だったにも関わらず…だ。

「乗れない期間が長かったから、その時は『やっと乗れる!』ってモチベーションは上がりましたね」



引っかかっていること

レース用の全日本チャンピオンジャージは準備中レース用の全日本チャンピオンジャージは準備中 photo:Satoru Kato
レース用の全日本チャンピオンジャージは、3月のJBCF開幕戦(播磨中央公園ロードレース)に向けて準備が進められている。

「開幕戦でチャンピオンジャージを着て、そこで多分全日本チャンピオンになったんだな、と改めて実感するんだろうなと。変な走りをしないように、チャンピオンらしい走りが出来たらと思って練習しています」

とは言え、それは開幕戦だけになってしまうかもしれない。昨年同様に勝てば、植竹はJFTのリーダージャージと重ね着することになる。そうなれば、ルール上JFTリーダージャージの着用が優先されてしまうからだ。「そうなったら、もったいない気もしますね」と思う一方で、ずっと引っかかっていることもある。

「やはり與那嶺恵理さんが出ていないから勝てたと思われていますよね…だから與那嶺さんに勝って、もう1年チャンピオンジャージを着たい。それが今年一番の目標です」

それが簡単な目標ではないことは十分承知している。2019年全日本選手権 圧倒的な強さを見せた與那嶺恵理2019年全日本選手権 圧倒的な強さを見せた與那嶺恵理 photo:Kei Tsuji

「2019年の全日本で言えば、與那嶺さんが1人逃げして数名が追う展開でしたが、今の私は数名の追走なんです。だから今の力じゃ勝てないし、もっと強くならないといけない。どこかで見た與那嶺さんのパワーの数値と比べても、とても勝てなさそうな数字だったし・・・国内レースがつまらなくなるくらい強くならないと、多分勝負にならないかなと思っています」

そんな植竹の意志に応えて、ワイ・インターナショナルは植竹のバックアップをさらに強化することを決めた。

「プレッシャーですね。これだけしてもらってDNFじゃヤバイし…頑張らないと、って思います。でもメンタルは強い方だと自分では思っていて、プレッシャーで力が出ないとか、緊張で食べられなくなったり眠れなくなるってことは無いので。気持ちはソワソワしてますけどね」

さらにその先に目指すものはあるのか?

「ナショナルチームで海外遠征があれば行ってみたいとは思いますが、海外チームで走るとかまでは今は思っていません。今後どう気持ちが変わっていくかわからないけれど、全日本も数年かけて優勝するつもりが昨年勝てたし、行けるところまで行ってみたいです」


text:Satoru Kato

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