「これから苦しむのがわかっているって、イヤだよな〜」。今日変わらずも強烈な日差しが降り注ぐ朝の愛三工業レーシングチームのピットにため息がこぼれた。ツール・ド・シンカラ第3ステージはちょっと変わった山岳ステージで、距離は51.3kmと短いが、「ケロック44」と呼ばれる44コのヘアピンカーブを有する約10kmの上り区間が強烈な印象を選手たちに与えていた。

44コのヘアピンカーブを有するケロック4444コのヘアピンカーブを有するケロック44 photo:Sonoko Tanaka

昨夜のチームホテルが、この上り区間の先に位置していたため、ホテルに向かう途中でコースを下見することができた。湖添いの道を左に折れると、44コの九十九折りが続く。日本の一般的な九十九折りの上り(たとえば日光のいろは坂)よりも、カーブの間隔が短く、ストレートでの勾配はさほどないが、カーブでは20%近くまで勾配がつく。

コースの沿道にはいつも子どもたちが大勢集まっているコースの沿道にはいつも子どもたちが大勢集まっている photo:Sonoko Tanakaこのようなコースはまず日本にはないだろう。クルマで上っていても、1から44の番号が振られた各カーブの看板を追っていくと疲れてしまうほど。

そして、有力チームのイラン2チームは必ず仕掛けてくるため、どこまで彼らに立ち向かえるかが、愛三チームの総合順位を決める大きな要素になる。

湖を横目にKOMへと向かう選手たち湖を横目にKOMへと向かう選手たち photo:Sonoko Tanakaストレートでの勾配が緩い区間があるので、さほどきつくないと考えられるが、なんだか得体の知れぬコースを前に、愛三チームの緊張が高まる。彼らや他の有力選手がどんな表情でスタートしていくか気になったが、一足先にバイクに乗って上り区間へと向かった。

私のドライバーを務めてくれているのは、ロイエンという若い男性。日本で3年間ほど働いていた経験があり、上手な日本語を話す。レースの前日、日本人らしき私をみつけ、嬉しそうに挨拶をしてくれたのがキッカケで、私がドライバーを捜しているのを知って、立候補してくれたのだ。

本来、カメラバイクのドライバーはコミッセールのライセンスが必要だが、インドネシアでは40人のマーシャルがいても、ライセンスどころか、自転車ロードレースのルールを知っている人すら少ない。だから、私と手探りでバイクを走らせているのが現状だ。そして彼の本来の仕事はマーシャルなので、私が写真を撮っているあいだ、彼はコース脇で旗を振っている。

彼をはじめ、インドネシアには日本語を話す人がとても多い。話を聞くと、最近の高校のカリキュラムには、日本語が英語の次に学ぶ第2外国語として組み込まれているのだそう。日本に働きに出る人や、日本の大手企業がインドネシアに子会社を設立するなど、現代の日本とインドネシアとの関係は意外と深い。そのせいか、インドネシアの人たちは日本人を好意的に受け入れてくれ、慣れない土地でも、どこか安心できる雰囲気がある。

私たちは、ロイエンが歌う長渕剛の「乾杯」をBGMに、今日の勝負どころの九十九折りに到着した。私が選んだカーブは「21」。登坂区間のほぼ半分に位置する。そこをトップで通過したのは、インドネシアのアリ・ウスマンだった。そのあと約20秒ほど遅れて、綾部勇成を先頭にした4人のグループが通過。そしてその1分30秒後にイランチームがコントロールするリーダージャージを含む12名ほどのまとまった集団が通過。そのなかには別府匠の姿もあった。

コースの沿道にはいつも子どもたちが大勢集まっているコースの沿道にはいつも子どもたちが大勢集まっている photo:Sonoko Tanakaリーダージャージを含む追走グループ。このあとミズバニがアタックするリーダージャージを含む追走グループ。このあとミズバニがアタックする photo:Sonoko Tanaka

山頂までに、アリが後退し、リーダーグループから、またしてもイランがアタック。山頂のKOMポイントはリーダージャージのミズバニ・ガデールが獲得。さらに彼が51秒の差をつけて、ステージ優勝も獲得した。

今朝、スタートライン横で、リーダージャージを着用しているのに、スターティングセレモニーに参加せず、けだるそうな表情をして座っていたミズバニ。「どうしたの? 疲れているの? きっと今日も勝つんでしょ?」と聞くと答えは「I hope so.」思ったより謙虚な言葉が返ってきた。

アジアのレースを転戦し、2003年のプロデビューより通算60勝(今日のを含めると61勝)挙げている、34才のイラン人選手は、今大会他に圧倒的な力の差をみせつけ、このステージまでに総合優勝を確実なものにした。

スタート前のミズバニスタート前のミズバニ photo:Sonoko Tanakaインドネシアのバナナは美味しい!?インドネシアのバナナは美味しい!? photo:Sonoko Tanaka山頂を2位で通過した綾部勇成。体調不良を訴えていたが、回復している印象山頂を2位で通過した綾部勇成。体調不良を訴えていたが、回復している印象 photo:Sonoko Tanaka

愛三チームのステージ最高位は、「前のほうで上りたい」と言っていた綾部が6位でフィニッシュ。先頭集団に入っていたものの、2つ目の上りで遅れてしまったという綾部の表情に悔しさが滲む。

総合順位で上位につける鈴木謙一は3分35秒遅れの20位でゴールし、総合順位は5分40秒遅れの14位に後退してしまった。かわりに総合順位を上げたのは、今大会好調さをみせる別府匠。5分27秒遅れの12位につけている。

山岳賞を獲得したアリ・ウスマン山岳賞を獲得したアリ・ウスマン photo:Sonoko Tanaka山岳賞2位の綾部勇成山岳賞2位の綾部勇成 photo:Sonoko Tanaka

そして、今日は「こんなに長い50kmはなかった〜!」と言う綾部が2つのKOMポイントを2位で通過。トップと1ポイント差の山岳賞2位でフィニッシュし表彰台に上った。山岳賞1位は、インドネシア最高位のアリ。そのため繰り上がりで明日からは、綾部が山岳賞ジャージを着用する。(この大会のジャージカラーは基本的に、ツール・ド・フランスと同じ。つまり山岳賞もお馴染みの“赤玉ジャージ”だが、赤玉の配置がどこか、ちょっとイケていない……)。

今日のステージでトップとの差が開いてしまったのは事実。明日からは小さな起伏を利用した逃げ切り優勝を狙いたい愛三チーム。タイム差がついている分、逃げに乗れる可能性は高い。毎日暑い炎天下でのレースだが、愛三チームの底力に期待したい。

主催者から配られた氷を細かく砕く田中監督主催者から配られた氷を細かく砕く田中監督 photo:Sonoko Tanakaフィニッシュ後の水分補給は欠かせないフィニッシュ後の水分補給は欠かせない photo:Sonoko Tanaka


text&photo:Sonoko Tanaka

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