感染拡大の止まらないフランスで第4ステージへと駒を進めたツールのパンデミック対策全貌が見えてきた。初めて迎える山頂フィニッシュは観客の動線を大きく制限、しかし同時にマスク配布キャンペーンも展開。世界最大級のスポーツイベントは世界が行方を見守るなか、継続への努力を続けながら進んでいる。



マスクをして観戦。白いマスクはツール主催者が配布したものだマスクをして観戦。白いマスクはツール主催者が配布したものだ photo:Makoto.AYANO
フランスの新型コロナウィルスの新規感染数は開幕時の7千人超から少し減り、8月31日には3,082人、9月1日は4,982人になったが、依然として高い数字が続いている「レッドゾーン」下にある。そして1日からは学校が始まり、11歳以上を対象に中学校や高校でのマスク着用が義務付けられた。 

スタート地点のポディウムに近づける人はわずかだスタート地点のポディウムに近づける人はわずかだ photo:Makoto.AYANO
大会4日目のこの日はツールの風物詩とも言える山頂フィニッシュのステージ。例年なら沿道に何重もの人垣ができ、選手に近い位置で応援する「密」な光景が繰り広げられる状況になる。しかしツール主催者A.S.O(アモリー・スポール・オルガニザシヨン)は山岳への観客の流入を制限した。期間中の全27の峠や山頂フィニッシュへのクルマやキャンピングカーの侵入を禁止した。

例年は何重もの人垣ができるスタート地点も観客はまばらだ例年は何重もの人垣ができるスタート地点も観客はまばらだ photo:Makoto.AYANO
もともと延期した8月29日にスタートした新日程でのツールはバカンス時期を外しているため沿道の潜在的な観客数自体が少ないことが予想されたが、さらに密集が心配される山への入場制限が加わったことで、第4ステージの1級山岳オルシエール・メルレットのフィニッシュ地点への沿道の観客は目に見えて減った。バリケードは例年同様設置され、山岳路の沿道にずらりと連なるキャンピングカーの姿は見られず。「悪魔おじさん」もその姿が見当たらず。

山岳ステージのラスト500mでもこの観客の少なさ山岳ステージのラスト500mでもこの観客の少なさ photo:Makoto.AYANO
しかしそれでも主催者は観客が徒歩や自転車で山頂へ向かうことは許可した。人の数はまばらだが、ファンは沿道でマスクを付けて観戦。総合ディレクターのクリスティアン・プリュドム氏の「ツールは無観客では開催しない」とする大会側の強い意思は現時点でも曲げられていないのだ。

スタート地点やゴール地点沿道での観戦も禁止されてはおらず、ファンは規制の中で動きさえすれば観戦を楽しむことができる。それはメディアも同様で、制限のなか行動することが厳しく定められている。ここでは第4ステージまでに明らかになった、現場で実施されている感染拡大対応策を改めてまとめてみた。

フィニッシュライン脇は観客が多いが全員がマスクを着用フィニッシュライン脇は観客が多いが全員がマスクを着用 photo:Makoto.AYANO
開催の約1ヶ月前の7月中旬、毎年取材している登録メディア向けに配布された書類「最近のヘルス・クライシス(健康を脅かす危機)下におけるワークコンディションルール」に、取材活動時における行動規範、つまりすべてのメディア従事者が守らなくてはいけない行動様式が具体的に提示されていた。ツール従事帯同者は、そもそもその条件に沿って現場入りすべきか否かも判断することが出来たのだ。

その規則に記される「バブル(泡)」の概念について改めて紹介する。選手やチーム関係者、レース統括系統に属する主催関係者を「レースバブル」と呼び、他者との接触を避けるよう制限することでウィルス感染から護るという考え方が基本。「第2のバブル」にメディアやツールに帯同する関係者が属し、大会側の定める衛生規定に沿って行動し、レースバブルに触れない範囲で活動する。これについては詳細を後述する。

大会オリジナルのマスクを配布するキャンペーンカー大会オリジナルのマスクを配布するキャンペーンカー photo:Makoto.AYANO
第3のバブルは「パブリック」、つまり観客だ。主催者は無観客のツールにはしない方針を保持しつつ、クラスターの発生を抑える努力を払わなければならないという責を負う。そのためには観客の密集を防ぐこと、マスク着用なども必須だ。移動するツール・ド・フランスのキャラバンに近い位置で接する観客に向けては、移動する防御チームがソーシャルディスタンスを基本とする感染防止策を呼びかけるべくキャンペーンを展開する。

スタート地点にアクセスするためには消毒とIDチェックを受ける必要があるスタート地点にアクセスするためには消毒とIDチェックを受ける必要がある photo:Makoto.AYANO山岳ステージのラスト500mでもこの観客の少なさ山岳ステージのラスト500mでもこの観客の少なさ photo:Makoto.AYANO


消毒用のサニタリージェルが大量に用意され、かつマスクを無料で配布する。プロトンが通過する前を走るキャンペーンカーが、沿道の観客にマスクを配りながら安全な観戦を呼びかける。マスクをしていない人には拡声器を通じて説得を込めた説明を呼びかけ、すでにマスクをしている人にもマスクを渡す。このキャンペーンカーの脇には2020をもじって、「2=2m以上距離を取る」「0=選手にサインを求めない」「2=ジェルとマスクの2つで自衛を」「0=セルフィーゼロ」のメッセージが記されている。

大会が配布するツールのロゴ入りマスク。沿道やスタートフィニッシュ地点で配られる大会が配布するツールのロゴ入りマスク。沿道やスタートフィニッシュ地点で配られる photo:Hidetaka.Kozuma
スタートやフィニッシュエリア付近でもこのマスクは配布される。配布人が配って歩いていること、関係者にはいつでも手にできるようプレスセンター入り口などで受け取れるよう設置もされている。

大会の指示通り十分な数のマスクを携えて渡仏した筆者もこの「ツールマスク」を手に入れてみたが、ツールの大会ロゴ入りで、使い捨て以上の布マスクで、通気性に優れ、洗濯しての使用にも耐えそうな高品質のものだ。日本で政府から配布されたアベノマスクの残念ぶりを経験した身としては、それとは比較にならないほど素晴らしい出来だった。だから観客たちもキャラバングッズと同様に欲しがって手に入れようとする。

プリモシュ・ログリッチ(スロベニア、ユンボ・ヴィスマ)が勝利。ポガチャル、マルタンが続くプリモシュ・ログリッチ(スロベニア、ユンボ・ヴィスマ)が勝利。ポガチャル、マルタンが続く photo:Makoto.AYANO
第4ステージの山頂への沿道の観客のマスク着用率はほぼ100%に近かったと感じる。山頂付近では警備員による監視の目が光り、レース外バブル属の観客やメディア、ツール帯同関係者が「すり抜けて」選手たちに近づかないように導線が厳しく制限される。フィニッシュ後の選手も、この日からのフランスの全面的マスク義務付けに沿って待機スタッフから渡されるマスクを即座に着け、チームバスへと戻っていた。

フィニッシュした選手がドリンクとマスクを受け取るフィニッシュした選手がドリンクとマスクを受け取る photo:Makoto.AYANO
敢闘賞を獲得したクリスツ・ニーランズ(ラトビア、イスラエル・スタートアップネイション)敢闘賞を獲得したクリスツ・ニーランズ(ラトビア、イスラエル・スタートアップネイション) photo:Makoto.AYANO
表彰式でもマスク着用。敢闘賞スポンサーなら赤いマスクを用意するなど、選手の脇に立つエスコート人も距離を取りつつその色のマスクを着用してポーズを取る。前哨戦クリテリウムドーフィネなどではこのエスコート人の存在さえ無かったが、ツールでは映像に華を添える必要からか、対策した上での登壇が認められたのだ。

医療班の姿が目立つ。感染症対策の特別チームも常駐する医療班の姿が目立つ。感染症対策の特別チームも常駐する photo:Makoto.AYANOスキンシップをとるならグータッチや肘タッチで、手のひら側を避けるスキンシップをとるならグータッチや肘タッチで、手のひら側を避ける photo:Makoto.AYANO


そしてツール期間中にチームが宿泊するホテルの情報はメディアを含む第2バブル属の関係者にも非公開とされ、接触機会をつくらない方針。翌ステージに備えてチームが何処へ向かい、どのホテルに宿泊するかは分からなくなっている。未確認だがチームは複数チームが同一ホテルに泊まらないように配慮されていると聞く。

朝のチームプレゼンテーション。前の広場には空間があく(第3ステージ)朝のチームプレゼンテーション。前の広場には空間があく(第3ステージ) photo:Makoto.AYANO会場の動線は厳しく管理され、出入りのたびに手をサニタリージェルで消毒する会場の動線は厳しく管理され、出入りのたびに手をサニタリージェルで消毒する photo:Makoto.AYANO


以上、ここまでは第4ステージで把握できたことだが、関係者向けに配布された規則のなかから紹介しきれていない主なものを以下に列挙してみよう。なおチーム関係者から2名以上の陽性者が出た場合は大会から除外されるという「ツーストライクルール」が前提だ。

12〜16人の先端医療看護師を含む医療関係者によって構成されるcovid-19対策タスクフォース(特別部隊)が常駐し、ツールのキャラバンを常に安全な状況になるよう対策するために活動する。毎ステージの感染状況を把握し、その時々で最適な対策を講じていく。

当然、もし関係者にウイルス感染の疑いがある症状が出た場合、帯同検査チームによりPCR検査を行うこともできる。他の医療機関を頼ること無く検査を行うことができる。

ツール従事帯同者は「stop-covid」アプリ(日本のcocoaにあたる)をスマホにダウンロードし、陽性者との接触歴があった際に通知を受ける。

家族や友人など、レース関係者以外の「サードパーティ」の人をスタート&フィニッシュエリアに招待することは禁じられている。

家族やファンクラブも柵の外からソーシャルディスタンスをとって選手に面会家族やファンクラブも柵の外からソーシャルディスタンスをとって選手に面会 photo:Makoto.AYANO
スタート地点の脇には関係者やスポンサー、パートナーなどが利用できる「ヴィラージュ」があるが、接触を避けるため第1バブルに属する人(とくに選手)はこの中には入ることができない。また、人が多く来場することが予想されるステージでは、この立ち入りも制限されることがある。

スタート&フィニッシュ地点のミックスゾーンでの取材ルール

ミックスゾーンでのインタビュー(シストロンで)ミックスゾーンでのインタビュー(シストロンで) photo:Makoto.AYANO

「ミックスゾーン」は各国ごとに割り当てられたテレビ、ラジオ、インターネットメディアのジャーナリストのために用意される。IDカードによる立ち入り制限が設けられ、割り当てられた放送局などか、事前に申請して許可されたメディアしか入ることが出来ない。

メディアごとに割り当てられたミックスゾーンメディアごとに割り当てられたミックスゾーン photo:Makoto.AYANO
ミックスゾーンは20〜40の仕切られた「ボックス」によりソーシャルディスタンスを保持し、取材活動することが許される。選手や監督はチームの広報担当者のガイドによりインタビューに応じる。事前のアポイントを受けていない選手はこの前を通り過ぎる。メディアの呼びかけに応じて立ち止まる必要はない。これらは広報担当者がコントロールする。

距離を保つためにブームポールを用いてマイクを差し出す距離を保つためにブームポールを用いてマイクを差し出す photo:Makoto.AYANO
多くのメディアが仕事ができるよう、1メディアあたりの質問は2問までに制限される。レース後のステージ優勝や山岳賞、ポイント賞、新人賞、敢闘賞などの対象者はこのミックスゾーンでの取材には対応せず、インタビューはビデオによる代表取材の映像・音声をプレスセンターに配信、記者たちはビデオで質疑応答することができる。

インタビュー用マイクやICレコーダーはブームポールに取り付けて差し出すインタビュー用マイクやICレコーダーはブームポールに取り付けて差し出す photo:Makoto.AYANOミックスゾーンでメディアインタビューを受けるカレブ・ユアン(オーストラリア、ロット・スーダル)ミックスゾーンでメディアインタビューを受けるカレブ・ユアン(オーストラリア、ロット・スーダル) photo:Makoto.AYANO


インタビュー取材時は最低1メートル以上の距離を取り、マスクは必須。マイクやカメラを差し出すためのブームポール(棒)を使用すること。

マイクは選手の位置で固定し、質問者の声を拾うために戻さないこと(つまり質問者の音声を拾うためにはそれ専用のマイクも用意する必要がある)。マイクにはカバーを取り付け、質問者を変えるごとに交換して使い捨てにすること。

重いマイク機材をポールで差し出すインタビュアーも力技だ重いマイク機材をポールで差し出すインタビュアーも力技だ photo:Makoto.AYANOマイクにもマスクを取り付けて使用するごとに交換するマイクにもマスクを取り付けて使用するごとに交換する photo:Makoto.AYANO


ミックスゾーンに入れる人数の最大人数ルールに従い、そのキャパを超えている場合は妥協すること。メディア指揮担当者の指示に従うこと。

これらのルールは約1ヶ月前に配布された資料に明記してあったため、メディア関係者は十分な準備をしてツール入りしている。各メディアや記者ごとにそれぞれの工夫を凝らして。

ツール・ド・フランスが3週間後にパリに到達すれば、それは関わったすべての人の勝利

「世界の三大スポーツイベント」と言われるツール・ド・フランス。新型コロナ感染拡大防止の観点からは、多くの人を集める一大イベントであること、街から街へ移動する形態自体が危険を孕んでいる。しかしそれでもツールは独自の感染防止策をとりながら進んでいる。

「これまでツールを中止に追い込んだのは2度の世界大戦だけだ。ツール・ド・フランスが開催されなければ非常に深刻な事態となる」と言うプリュドム氏。「フランスは感染の広がりを抑えながらウイルスと共存できるようにすべきだ」というマクロン大統領の考えにも支えられているようだ。

ツール主催者は、自転車レースの特殊な形態に適応した独自の感染拡大防止策を考え、編み出せる柔軟な発想をもって3週間後のパリ到着を目指している。その洗練された組織力と運営力をフルに発揮し、フランススポーツ省など「国」とも協力しあって進んでいるのだ。そんな冒険ができるイベント主催者はA.S.Oの他にあるだろうか。今や世界中のスポーツ関係者や一般メディアまでもがその行方に注目している。

しかし状況が悪くなれば国によってその継続にストップがかかる。熱意や硬い意思だけでは継続は不可能。もし3週間後にパリにツールが到着したら、文字通り奇跡、関わったすべての人の勝利になるだろう。

text&photo:Makoto AYANO in Gap France

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