チームイネオスのバイクスポンサーであるピナレロ社代表ファウスト・ピナレロ氏にインタビュー。チームへのスポンサードで収めた成功の裏にはどんなストーリーがあるのか? 選手からの要望とは? チームや選手との共同開発を掲げる関係について訊いた。



エガン・ベルナルのバイクとファウスト・ピナレロ氏(サイクルモード2019にて)エガン・ベルナルのバイクとファウスト・ピナレロ氏(サイクルモード2019にて) photo:MakotoAYANO
CW(聞き手:綾野 真/シクロワイアード編集長) ピナレロとあなたにとって2019年はどんなシーズンでしたか?

FP(ファウスト・ピナレロ) 私自身の2019年は、落車してお尻の骨を折ってしまい、治療に長くかかってしまいました。グランフォンド八ヶ岳がピナレログランフォンドになったことで日本を走りたかったのですが、また次の楽しみにとっておきます。治療が長引くのは歳のせいですね...笑。(ファウスト氏は先日からバイクライドを再開している)

CW 今日はツール・ド・フランスとチームイネオス、これからのロードバイク像についてのアイデアを聞かせてください。まず、イネオスへのスポンサードで、優勝したツール・ド・フランスでの実際のところと、そこから得られるプロダクツへのフィードバックについて。

ファウスト・ピナレロ氏とツール・ド・フランス2019覇者となったエガン・ベルナル(チームイネオス)ファウスト・ピナレロ氏とツール・ド・フランス2019覇者となったエガン・ベルナル(チームイネオス) photo:Makoto.AYANO
FP 10年前、チームスカイ時代から彼らとともにバイクを作り始めました。世界ナンバーワンのチームへの協力は大変な苦労を伴います。もちろんそれが大いなる喜びでもあるのですが、いつでも全力でベストなプロダクツを提供しなくてはなりません。バイクだけではなく、食事、医療体制、ウェア、サプリメントetc...、あらゆるスポンサー、サプライヤーに対しての彼らの要求は世界一厳しい。常に100%を提供する準備ができていなければそれは務まりません。

昨年のツール・ド・フランスでは2人の選手が優勝に向かっていました。同じチームの2人が!彼らのどちらが強かったのかはわからない。エガン・ベルナルが勝ちましたが、ゲラント・トーマスも本当に強かった。調子がとても良く、たったの数秒で勝利の行方が決まりました。運もあって。

トーマスが「君がリーダーだ」と言って、ベルナルのために仕事をしたのは本当に潔く素晴らしい行為でした。他のチームではあり得ないメンタリティだと思います。そんな素晴らしいチームの一部になれたことは本当に誇らしいのです。我々ピナレロ社はこれからさらに5年間のパートナーシップを延長しました。本当に素晴らしいことです。

お互いを讃えあうゼスチャーでフィニッシュするエガン・ベルナルとゲラント・トーマス(チームイネオス)お互いを讃えあうゼスチャーでフィニッシュするエガン・ベルナルとゲラント・トーマス(チームイネオス) (c)CorVos
CW 本当にスポーツマンシップとチームワークの美しい勝利でしたね。エゴがまったく感じられなかった。

FP そのとおり。普通なら自分が勝ちたくて、仲間であっても憎らしくさえ思ってしまうことだろう。指導者のデイブ・ブレイルスフォードGM、そしてティム・ケリソンコーチほか、素晴らしいスタッフたちに恵まれているからだろうか?。確かに指導陣は誰もが素晴らしい人格者で、選手たちのパフォーマンスを引き出すことができる。どうしてそんなことができるのか、本当にわからないぐらいだ。

実のところチームへの投資額は大きなものです。しかし私は幸せです。そんなチームを愛しているから。チームと新たなプロダクトを一緒に創り上げることができる。世界でベストなライダーたちと、ベストなバイクを創れるんですから。

CW 今年、ピナレロ社は新しいDOGMAF12をリリースしてツールに投入。優勝を納めましたね。それはもちろん大きな成功ですね?

FP F12はラッキーバイクだ。運というのはしばしば思い通りに行かないもの。クリス・フルームはツールに勝つつもりだったが、ドーフィネでクラッシュする悪運に見舞われた。ベルナルも落車してジロの出場を取りやめた。それは悪運だったけれど、そのおかげでベルナルはツールに出場することができ、幸運を掴んだ。本当に何が起こるかわからない。

世界最高のチームと言えど、勝利は約束されたものではなく、運にもてあそばれていたかのようだったね。私も決して安心してみていられなかった。結果だけみればまた我々の成功が続いた、とみてしまうだろうけれど。

凱旋門を通過するエガン・ベルナル(コロンビア、チームイネオス)凱旋門を通過するエガン・ベルナル(コロンビア、チームイネオス) photo:Luca Bettini
CW 新たなDOGMA F12はどのようなプロセスを経て生まれたのですか?

FP F12の開発は2年前に着手し、F10に代わるバイクを創ろうということでスタートした。しかしF10は、私の意見では今でも市場にあるベストバイクの一つだと思っている。それを超えるバイクを創ることなど本当に難しいこと。

4、5年前、DOGMA65.1からDOGMA F8への変化は本当に大きなものだった。完全に生まれ変わったと言ってもいい。F12はそのときと同様に完全にDOGMAを造り替えたと言っていい。それほどの変化でした。

唯一変えなかったことはジオメトリー。イネオスの選手たちがそれを熱望した。そのうえでさらなるエアロダイナミクスを追求し、ケーブルをほとんどすべて内蔵し、しかし整備性は犠牲にせずに、より高いパフォーマンスを目指した。それでデザインはF10とは違うものになっている。もちろんデザインは非常に重要だ。なぜなら私はイタリア人だから。すべてのデザインを自分で見直した。

ゲラント・トーマスに用意されたピナレロ DOGMA F12 X-LIGHTゲラント・トーマスに用意されたピナレロ DOGMA F12 X-LIGHT photo:Makoto.AYANO
CW チームイネオスには3人のツールのチャンピオン、フルーム、トーマス、ベルナルが居ますが、彼らはF12についてどういう意見を持っていますか? 彼らと話したこととは?

FP 彼らはハッピーで居てくれる。「素晴らしい」と。F12を初めて渡したとき、まるで子供が新しいおもちゃを手に入れたときのような感じだったね。モナコでフルームとトーマスのふたりと完成したF12のテストライドに出かけたんだ。一緒に登り、下り、そしてもう一度上りに入ったところで彼らに質問したんだ。「それで、新しいバイクはどうだい?」ってね。

そうしたら彼らは笑ってただこう返事した。G(トーマス)は「ヘイ、ファウスト。いい仕事したな。ハッピーだよ。さぁもう一本走りに行こう」って。クリス(フルーム)は「シンプルにパーフェクトだ」、と。

CW  「エンド・オブ・ディスカッション(議論は終わり)※」そのものですね。
(※#endofdiscussion はドグマのキャッチフレーズになっている)

FP  ただそれだけ。その1週間後、彼らはツアー・オブ・ヨークショーに優勝してくれた。最初のチームで、イネオス社のラドクリフ代表が見守るなか、新ジャージのレースでね。

同じジオメトリーにしたことについては本当に良かったと言う選手は多いね。それは選手たちがこだわるポイントだ。フレームサイズだって13サイズ揃えている。テーラーメイドのようにね。カーボンになったからと言ってS,M,Lから選ぶというのじゃ納得してくれないんだ。

ツール・ド・フランス2019最終ステージ.エガン・ベルナルには新人賞カラーのバイクも用意したツール・ド・フランス2019最終ステージ.エガン・ベルナルには新人賞カラーのバイクも用意した photo:Makoto.AYANO
CW ベルナルはどう言っていますか?

エガンは(ベルナル)はイタリア語が完璧なんだ。「ワォ、F10は良かったけど、F12はそのアップグレードだね、もっと良くなってる」と。彼もそんな一言だけ。もちろん彼らの要求は本当にシビアだが、リアクションはそうしたシンプルなものだった。でもそれは普段からチームと一緒にバイクを創るということに徹しているからなんだと思う。自分たちの考えだけでバイクを造って与えるのではなく、彼らの要求のディテールはすでにすべて盛り込まれているんだ。

CW 常日頃から選手たちの声に耳を傾けているということですね。

FP そう。それが本当に大事なことなんだ。メーカーが与えるバイクを使ってもらうというスタイルのスポンサードがほとんどのようだが、僕らはそうじゃない。チームとピナレロは共同開発者のような関係だ。

彼らが僕たちの開発の仕事を楽にしてくれていると言ってもいい。時々ピナレロが独創的な提案をすると「あんまり色んなことをしないでくれ、本当に勝つために必要なことをしてくれればいいんだ」と諌められるね。例えば「ブレーキ周りを強くして」と言われれば僕らはそれをするんだ。

クリス・フルームのために用意した特別カラーのDOGMA F12クリス・フルームのために用意した特別カラーのDOGMA F12 photo:MakotoAYANO
CW 細部に要望の厳しい選手は居ますか?

FP なかでもクリス(フルーム)は本当にロジカルだよ。僕は新しいプロジェクトに取り掛かるときには、とくにクリスには真っ先に「次はどうしたらいい?アイデアをくれ」と頼むんだ。

例えばタイムトライアルバイクについて「剛性が高いこと」「丈夫なこと」「ハンドリングが重要」だと。提案は大きくてシンプルだが、その要求姿勢はとても強い。クリスは本当にいろいろな要求を出してくれた。それに沿ってバイクを造ってきた。今では多くを要求されないけれど。

CW それが満足している証ということですね。

FP しかしときに細かい要望も出してくる。クリスだけ違うハンドルを使っていることを知っている?

CW ええ、3Dプリンターによる粉体チタニウム製のモノコックハンドルバーですね?レース現場では話題です。ワンオフで、何百万円するんだろう?と。

フルームのリクエストにより3Dプリンタで作られた、粉体チタン溶融結合により製作されたカスタムハンドルフルームのリクエストにより3Dプリンタで作られた、粉体チタン溶融結合により製作されたカスタムハンドル photo:Makoto.AYANO
FP よくみているね。そう、それはクリスの「上は狭くて、下は広いハンドルを」という要求に応えて造ったもの。彼のライディングスタイルはちょっと特殊だけど、それに合わせて数本造ったんだ。彼のと僕のをね。僕も試してみるんだ。幅は上が40で下が42。とっても高価だけど造るのは簡単だ。

ところで君は「これからはディスクブレーキかリムブレーキか?」ってまた訊かないのかい?(昨年ディスクブレーキ特集で質問攻めにした経緯から)

CW では訊きましょう(笑)。チームイネオスはディスクブレーキはまだ使わないのですか?

FP その答えは誰が知ってるのだろう?(大げさな身振りを交えて) 私も知りたい。彼らは軽くて速いバイクを選ぶ。今はそれがリムブレーキだ。ディスクはまだのようだね。私の意見では安全なブレーキなら絶対にディスクを選ぶべきだ。しかし彼らはそうじゃない。DOGMA F12ではダブルピボットのダイレクトマウントブレーキのフレームを用意したが、彼らは満足してくれた。「今までのキャリパーブレーキバイクと同じ軽さで、もっとエアロダイナミックだ」と。

重量とエアロダイナミクスの観点からはまだリムブレーキが優位なんだ。それは確かに彼らの要求であり、選択だ。

エガン・ベルナルのDOGMA F12。フレームのエアロ形状+ダイレクトマウントブレーキにエアロホイールをセットし、ロードレースを戦うにもっとも高いエアロダイナミクスだというエガン・ベルナルのDOGMA F12。フレームのエアロ形状+ダイレクトマウントブレーキにエアロホイールをセットし、ロードレースを戦うにもっとも高いエアロダイナミクスだという photo:Makoto.AYANO
CW ディスクブレーキはエアロダイナミクスでは負けている?

FP そうだ。しかし将来はディスクになるとは思っている。そのためにチームイネオスと我々ピナレロはパートナーであるシマノに要求している。「もっと軽くてエアロダイナミクスに優れたディスクブレーキシステムを!」とね。

CW マーケティングの観点からディスクブレーキのメリットが強調されている面がありますよね。エアロ効果をみればリムブレーキのほうがやはりシンプルで空気抵抗値は小さいと、BMCの開発者なども認めています。イネオスはディスクについてはホイール交換のタイムロスをもっとも問題視していますね。

FP チームイネオスは今年のレースでほとんどリムブレーキを使うだろう。おかげで僕は簡単な生活を送れないんだ! でも彼らだって時にはディスクがいい場合もある。とくに雨のレースではね。そうした場合に使用することはあるだろう。でも、ほとんどはリムブレーキだろうね。変わる可能性は少なくない、とはいえね。

CW スポンサーのあなたの要求も通らないんですね(笑)。他のチームではそうではないようですよ。

FP ロンド・ファン・フラーンデレンやパリ〜ルーベなど石畳のレースでもリムブレーキだろう。それはパンクによるホイール交換を素早く行わなくてはならないからだ。その代わりサスペンション付きのバイクを投入する。電子制御のね。

チームとピナレロの共同開発で生まれたBOLIDE TTチームとピナレロの共同開発で生まれたBOLIDE TT photo:Makoto.AYANO
CW TTバイクのBOLIDE(ボリデ)はどうですか? 新しくなる可能性はそろそろ?

FP それはあるかも知れないね。まだ本当のことは言えない。今でももっとも優れたTTバイクであるけれど、アップグレードの可能性はあるかもしれないね。

CW TTバイクにこそディスクブレーキの可能性があるのではないですか?

FP それはいい着眼点だね。エアロダイナミクスが劣る面をカバーできれば、操縦性が向上するのはメリットだろう。TTバイクが進化できる可能性は大きくあると思う。TTにディスクは非常に興味深いね。雨の日、そしてダウンヒルでのコントロール性の向上は大いに改善の余地が残されているんだ。アグレッシブなTTコースもあるから。トライアスロンユーザーのことも考えるとディスク化の方向性は大いに有り得る。大いに可能性があるね。

BOLIDEのブレーキにはエアロダイナミクスを向上させる効果があるカバーが取り付けられるBOLIDEのブレーキにはエアロダイナミクスを向上させる効果があるカバーが取り付けられる photo:MakotoAYANO
CW 他のアメリカンメーカーなどは、軽量系バイク、エアロ系バイク、エンデュランス系バイク(パヴェ用)など、3種の方向にロードバイクを分化させる流れになっていますが、ピナレロの方針はそれとは異なりますね。そうした流れや考え方には同意できませんか?

FP 実のところ、他のメーカーのやっていることには興味が無いし、自分のピナレロをどう進化させるかばかりを考えているんです。だから他がどうとかはあまり考えない。そしてそんな要求はチームの選手から出た意見ではないだろうね。

軽すぎるフレームはエアロに欠けるだろうし、エアロすぎるフレームは快適性に欠けるだろうし、満足できる部分と同時に不満も出てくるんじゃないかと思う。でも私は100%ピナレロのプロダクツにフォーカスしているから、他がやっていることは良くわからないというのが本当のところ。他と我々とは開発の仕方が違うだけ。

ベルナルのバイクに書き込んだサインとファウスト・ピナレロ氏ベルナルのバイクに書き込んだサインとファウスト・ピナレロ氏 photo:MakotoAYANO
CW 次のバイクの構想はもう練っているのですか?

FP F12ができたその日から次のバイクへのアイデアを考えることは始まっている。ここまで2、3年のサイクルで新モデルを出しているから。すでにF12は数ヶ月が経過した。次が3年だとしても、すぐだね。でも進化させるのはドグマだけじゃないんだ。プリンス、グラベルのグレヴィル、E-Bike、E-MTB...たくさんのバイクがあるからね。

CW 最後に日本のファンにメッセージを下さい。

私の怪我が治ったらまた一緒に走りましょう。イタリアと日本のグランフォンド・ピナレロで!

CW あと最後にもうひとつ。そのiPhoneにもベルナルのバイクにも書き込んだ呪文のようなサインの文字列
「CCC CNC’I」の意味を教えて下さい。

「CCC CNC’I」 (キ チェ チェ キ ノン チェ インセーグエ)「CCC CNC’I」 (キ チェ チェ キ ノン チェ インセーグエ) photo:MakotoAYANO
これは僕のお気に入りの言葉。「Chi C’è C’è Chi Non C’è Insegue(カタカナ読みで キ チェ チェ キ ノン チェ インセーグエ)」の略で「君が遅れても僕は待たないよ! 頑張って追いかけてきて!」「追いかけられている! 常に前へ!」というような意味なんだ。次にロードの上で会ったときには、そう声をかけるよ。

photo&text:Makoto.AYANO

(サイクルモード2019でインタビュー収録)

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