アメリカはウィスコンシン州に居を構えるバイクブランド・トレック。優れたカーボン技術を有すことで知られる同社が初めて「軽さ」にフォーカスしたのが「EMONDA(エモンダ)」だ。トレック史上最軽量をマークした同シリーズから、ミドルグレードの「EMONDA SL6」をインプレッションした。



トレック Emonda SL6トレック Emonda SL6 (c)Makoto.AYANO/cyclowired.jp
世界に数多ある自転車メーカーの中でも、いち早くロードバイクにカーボンを適用したトレック。その技術的なアイコンとなっているのが、軍事技術を投入するなど絶え間なく進化させてきた「OCLVカーボン」だ。強度低下の原因となる空隙をわずか1%未満として、強度、剛性、軽さを高次元でバランスさせることに成功した最先端素材により、同社のバイクはプロ・アマ問わず高い評価を得てきた。

そんなトレックだが、これまで軽さに特化したロードバイクをラインアップしてこなかった。確かにOCLVカーボンを持ってすれば軽量バイクを作ることは簡単かもしれないが、同社は「ライドクオリティ」を第一に開発を行ってきた。その結果、絶対的な安全性、卓越した運動性能、快適な乗り心地のすべてを兼ね備えるトレックのバイクは世界中で人気を集め、レースの現場で認められてきたのである。

重量比剛性に優れたOCLV500カーボンを使用する重量比剛性に優れたOCLV500カーボンを使用する MADONEやDOMANEにも通ずるヘッドチューブの造形MADONEやDOMANEにも通ずるヘッドチューブの造形 シンプルなフォルムなフロントフォークシンプルなフォルムなフロントフォーク


昨年夏にデビューを飾った「EMONDA」も、他に漏れることなくライドクオリティを追求。運動性能や快適性を確保しつつも、フランス語で「剥ぎ取る」「削ぎ落とす」を意味するEmonderをバイクネームの語源としたとおり、無駄を削ぎ落とし、必要なものだけを残すことで、同社史上最軽量を実現するに至った。

約2年に渡ったという開発には、別府史之を始めとしたトレックファクトリーレーシングのライダー達の意見を積極的に導入。高精度な有限要素解析 (FEA)に加え、ひずみゲージを搭載したバイクを用いて身長や体重、脚質が異なる様々なライダーによるテストを実施し、それぞれのサイズごとに専用の設計を施している。

横に薄く扁平したトップチューブとシートステーにより快適性を向上させた横に薄く扁平したトップチューブとシートステーにより快適性を向上させた 下側1.5インチのテーパードデザインを採用したE2ヘッドチューブ下側1.5インチのテーパードデザインを採用したE2ヘッドチューブ

チェーンステーはエンドに向かうに連れてスクエア形状から円形へと変化チェーンステーはエンドに向かうに連れてスクエア形状から円形へと変化 ケーブルはすべて内蔵仕様としているケーブルはすべて内蔵仕様としている


カーボンのグレード別に3グレードがラインアップされる「EMONDA」シリーズの中から今回インプレッションするのがミドルグレードの「EMONDA SL」。プロユースのハイエンド「EMONDA SLR」の血統を色濃く踏襲する一方で、一般的なホビーライダーに合わせて扱いやすさを高めていることが特徴だ。

「SLR」と大きく異なる点は2つのみ、1つは素材だ。SLではサードグレードに位置づけられるカーボン「OCLV500」を採用し、コストを抑えつつも、他社のハイエンドに肉薄する軽量性と走行性能を確保。そしてブレーキはダイレクトマウント方式ではなく、一般的なキャリパーへ変更となった。

質量的な軽さを際立たせるべく、ヘッドからBBにかけてのボトムラインをボリュームある造形とすることで、走りの軽さを実現。ボトムブラケットにはロードバイクとして最もシェル幅が広い独自規格「BB90」を採用。大径ダウンチューブと、ボトムブラケットの幅いっぱいを使って取り付けられたチェーンステーとあわせて、軽量ながらも高いBB剛性を備え、反応性や運動性を高めた。

ボトムブラケットにBB90を採用し、チェーンステー間の幅を広げることで剛性を高めたボトムブラケットにBB90を採用し、チェーンステー間の幅を広げることで剛性を高めた ANT+とBluetoothに対応するシートステー内蔵型スピード/ケイデンスセンサー「DuoTrap S」に対応するANT+とBluetoothに対応するシートステー内蔵型スピード/ケイデンスセンサー「DuoTrap S」に対応する


フロント回りには下側1.5インチの「E2ヘッドチューブ」を採用することで、優れたハンドリング剛性を実現。縦方向と横方向で異なるボリュームを持つE2アシンメトリックデザインのステアリングコラムにより、高い横剛性をそのままに、縦方向への柔軟性を向上させている。

一方で軽量バイクにありがちな乗り心地の悪さを解消したEMONDA SL。横方向に扁平したトップチューブは、シートチューブとの交点で大きく膨らみ、そのままシートステーへと変化するようなシェイプを持つ。非常に細身とされたシートステー、横方向に細いチェーンステー、軽量性とワイドな調整幅を兼ね備える「ライドチューンドシートマスト」とあわせて衝撃吸収性を確保した。

トレックが誇るライドチューンドマストは振動吸収性と軽量性に貢献トレックが誇るライドチューンドマストは振動吸収性と軽量性に貢献 徹底的に無駄を削ぎ落したシンプルデザインのリアトライアングル徹底的に無駄を削ぎ落したシンプルデザインのリアトライアングル マッシブなダウンチューブはライダーのパワーを余すことなく受け止め、推進力へと変換するマッシブなダウンチューブはライダーのパワーを余すことなく受け止め、推進力へと変換する


また、走行性能に直接影響はないものの、扱いやすさを考慮した細部の仕様もEMONDA SLのポイント。フレームと一体とされたチェーンキャッチャー「3Sチェーンキーパー」や、ANT+及びBluetoothに対応するシートステー内蔵型スピード/ケイデンスセンサー「DuoTrap S」といったトレックならではのギミックが搭載されている。

EMONDA SLの販売パッケージは完成車とフレームセットの2種類。完成車はシマノ9000系デュラエース、6800系アルテグラ、5800系105の3種類コンポーネントから選択可能で、今回インプレッションしたのはアルテグラを搭載した「EMONDA SL 6」。ホイールはボントレガー Race Tubeless Ready、タイヤはボントレガー R3 Hard-Case Liteとし、完成車重量としてはクラス最軽量クラスの7.39kgをマークしている。

トレックが初めて「軽さ」を全面に打ち出した意欲作のミドルグレード、EMONDA SL。その乗り味をテストライダーの2名はどう評するのだろうか。早速インプレッションに移ろう。



―― インプレッション

「コンセプトどおりの乗り味 淡々とペダルを回し続けるヒルクライムに適正がある」
鈴木雅彦(サイクルショップDADDY)


軽量ヒルクライムバイクというコンセプトどおりの乗り味というのが第一印象ですね。トップチューブがしなやかである一方、BB周りの剛性感が高く、低速からの急加速というよりも、シッティングかつハイケイデンスで淡々と登ると、背中を押されたかの様にスっと進んでくれます。また、非常に使用用途が明確な1台でもありますね。

「コンセプトどおりの乗り味 淡々とペダルを回し続けるヒルクライムに適正がある」鈴木雅彦(サイクルショップDADDY)「コンセプトどおりの乗り味 淡々とペダルを回し続けるヒルクライムに適正がある」鈴木雅彦(サイクルショップDADDY)
というのも、エンデュランス系バイクが台頭している中にあって、振動吸収性はやや低めですね。自転車全体が振動しているイメージで、特にフロント周りがビビっている様な印象がありますね。ロングライドをするのであれば走破性を高めるために何かしらの工夫が必要になります。ただ、1時間~2時間のヒルクライムを速く走ることにフォーカスしたバイクですから、長距離での快適性には目をつぶっても良いのかもしれません。

運動性能自体は優れており、振動吸収性が悪影響を及ぼしているということはありません。ダウンヒルやコーナリングは至ってニュートラルで安定感があり、確かに硬いのは間違いないのですが、弾んでしまってフロントのトラクションが抜けることはなく、しっかりとグリップしてくれます。また、振動吸収性のかわりに路面状況を把握しやすいというメリットがあるともいえるでしょう。

ホイールを変えることで、大幅な性能の向上が期待できますね。軽いギアで回すとよく進むというバイクの特性上、振動吸収性を狙って剛性に低いホイールを装着するよりも、しっかりと縦剛性のあるホイールが最適。また、ディープリムをあわせる自転車でもないと感じました。

私であれば、マヴィックのKSYRIUM SLSやR-SYSを組み合わせます。タイヤにしてもいたずらに空気圧を落としたり、太いタイヤを履かせるのではなく、チューブラーホイールにしてみたり、クリンチャーであればラテックスチューブを使用すると良いでしょう。

総じて、EMONDA SLは加減速を繰り返すレースやロングライドというよりも、あくまで淡々とペダルを回し続ける登りでこそ真価を発揮してくれる1台です。1台ないし2台と乗り継いできてヒルクライムで結果を出すためのバイクがほしいという方にオススメですね。

「癖のないプレーンな乗り味 ビギナーから競技者までを許容する懐の深い1台」
山添悟志(WALKRIDE コンセプトストア)


アメリカンブランドのバイクは強烈に挙動がクイックだったり、超高剛性だったりと際立って個性的なモデルが多いのですが、EMONDA SLについては癖のないプレーンな乗り味でした。やはりヨーロッパのトッププロのフィードバックを積極的に取り入れたとあってか、扱いやすく懐の深い1台に仕上がっています。

「ビギナーからホビーレーサーまで許容する懐の深さを感じるロードレーサー」山添悟志(WALKRIDE コンセプトストア)「ビギナーからホビーレーサーまで許容する懐の深さを感じるロードレーサー」山添悟志(WALKRIDE コンセプトストア) 絶対的なフレーム剛性は高いレベルにあり、ハイエンド系によくある軽くてパリっとした踏み心地ではなく、カーボンのボリュームで剛性を確保した、このグレードらしい芯が詰まっている様な印象ですね。入力に対しフレームの反発が強く、ゴリゴリと踏み込む様なペダリングをすると脚が負けてしまうこともあるでしょう。ある程度のパワーとペダリングスキルを要求してくるバイクです。

かといって、初心者ライダーが乗れないということもありません。脚力が十分でない場合はギアを軽めにして、ハイケイデンスで漕ぎ続けてあげれば、しっかりと反応してくれます。具体的には100rpmほどのケイデンスで踏んでいくことで、軽いギアでクルクル回すよりもリズミカルにペダリングすることができました。

下りのフィーリングも優れており、やや切れ味鋭い印象ですが、狙ったラインをしっかりとトレースすることができます。フォークとシートステーが比較的華奢ですが、ブレーキはしっかりと効いてくれますね。

ただ、慣れの範疇ではありますが、フロントフォークは横剛性が高すぎるためか、路面が悪いコーナーでは外側へ弾かれてしまうことがありました。また、段差をこえるときにはフォークがフレーム側に押されるような感覚を覚えましたが、乗りこなして行く過程で、そういった不安を感じなくなる程度には抑えこまれています。購入に際しては気にする必要は特段ないでしょう。

完成車のパッケージはバランスがよく、各パーツがボントレガーでまとめられており、個人的にはハンドルの振りが軽かったお陰でダンシングしやすかったことが印象的でした。私ならパーツを変えるとするとホイールからですね。フレームが癖のない乗り味なだけにホイールで味付けができます。バイクの長所を伸ばす方向で、私なら35mmハイトのミッドプロファイルのカーボンホイールを履かせます。

コストパフォーマンスにも優れており、これからロードバイクを始める方でも少し手を伸ばせば届く価格帯ではないでしょうか。長い期間に渡って乗り続けるにも良いモデルだと感じます。登録レースというよりはホビーレースに参加したいというライダーにオススメできる1台ですね。

トレック Emonda SL6トレック Emonda SL6 (c)Makoto.AYANO/cyclowired.jp
トレック Emonda SL6
フレーム:Ultralight 500 Series OCLV Carbon
フォーク:Émonda full carbon
コンポーネント:Shimano Ultegra
ホイール:Bontrager Race Tubeless Ready
重 量:7.39kg(56cm)
サイズ:44、47、50、52、54、56、58、60、62、64cm
価 格:380,000円(税込み)



インプレライダーのプロフィール

鈴木雅彦(サイクルショップDADDY)鈴木雅彦(サイクルショップDADDY) 鈴木雅彦(サイクルショップDADDY)

岐阜県瑞浪市にあるロードバイク専門プロショップ「サイクルショップDADDY」店主。20年間に及ぶ競輪選手としての経験、機材やフィッティングに対するこだわりから特に実走派ライダーからの定評が高い。現在でも積極的にレースに参加しツール・ド・おきなわ市民50kmで2007、09、10年と3度の優勝を誇る。一方で、グランフォンド東濃の実行委員長を努めるなどサイクルスポーツの普及活動にも力を入れている。

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山添悟志(WALKRIDE コンセプトストア)山添悟志(WALKRIDE コンセプトストア) 山添悟志(WALKRIDE コンセプトストア)

神奈川県厚木市に2014年にオープンしたロード系プロショップ、WALKRIDE コンセプトストアの店主。脚質はスプリンターで、過去にいわきクリテリウムBR-2で優勝した経験を持つ。走り系ショップとして有名だが、クラブ員と一緒にグルメツーリングを行うなど、「自転車で走る楽しみ」も同時に追求している。

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WALKRIDE コンセプトストア


ウェア協力:ルコックスポルティフ

text:Gakuto.Fujiwara
edit:Yuya.Yamamoto
photo:Makoto.AYANO
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