遂にデリバリーが開始されたシマノM9050系XTR Di2。電動化のみならず、前後の変速を1つのレバーで司る「シンクロナイズドシフト」や電子制御サスペンションとの連携など、多くの革新的な技術を盛り込んできた。今回はその実力を、斉藤亮、松本駿、門田基志という3名のトップXCレーサーのインプレッションと共に探った。



遂に待望の電動化に踏み切ったMTBコンポーネントの最高峰、XTR。「ライダーが勝利するために本当に求めているものは何か」ということを突き詰めて開発されたM9050系XTR Di2は、単に変速をモーターに任せるだけではなく、システムとしてインテリジェンス化を図ったことに特徴がある。

待望の電動化を果たしたMTBコンポーネントの最高峰「XTR Di2」待望の電動化を果たしたMTBコンポーネントの最高峰「XTR Di2」
その中で最大のトピックスとなるのが、通常は左右両方の手で行う変速操作を片側のみとした「シンクロナイズドシフト」だろう。前後の歯数構成や組み合わせを徹底的に煮詰めることで、システム全体としてのクロスレシオ化を図った「リズムステップデザイン」が、理想とする順序通りに変速を行うというシステムだ。これにより、一回の変速によるギア比の変化をほぼ均等とし、ケイデンスの変化を最小化。アウター×ローやインナー×トップといった、チェーンに大きな負荷がかかるタスキがけ状態を避けることによって、駆動ロスによるライダーの消耗を低減している。

また、チェーンリングの枚数が2枚もしくは3枚であってもフロントシングルの様に取り扱うことが可能となったため、ライダーはペダリングとハンドル操作により集中することが可能になる。なお、ライディングスタイルや好みに合わせて変速順序は変更可能であり、従来通り左右のレバーで変速を行う「マニュアルシフト」モードも選択できる。

その他、E-Tubeプロジェクトによって変速スピードが調整可能になった点や、FOX社製サスペンションと連動して電動スイッチでストロークモードが変更できることなどもXTR Di2の大きな特徴である。それでは、各パーツの詳細を解説していこう。

ジャンクションAとしての機能も持つSC-M9050ジャンクションAとしての機能も持つSC-M9050
チェーンの位置やバッテリー残量、シフトモード、サスペンションの設定(CTD)を確認できるチェーンの位置やバッテリー残量、シフトモード、サスペンションの設定(CTD)を確認できる エルゴノミック回転式スイッチを採用したSW-M9050。カチッとした操作感が特徴だエルゴノミック回転式スイッチを採用したSW-M9050。カチッとした操作感が特徴だ


変速を司るシフトレバー「SW-M9050」は、新開発のエルゴノミック回転式スイッチの採用が大きなトピックスだ。ロード用とは対照的に、XTR Di2では押し込む動作を機械式と同程度のカチッとしたクリック感に仕上げている。これはオフロードでの誤操作を低減するためだ。そして、2つのレバーのストロークを個別に変更可能とし、シフトアップとシフトダウンを入れ替えることができるなどアジャスト機能を充実させたことも大きな特徴である。

変速レバーと前後ディレイラー及びバッテリーを連結するのが「SC-M9050」。ジャンクションAとしての機能を持つ一方で、チェーンの位置やバッテリー残量、シフトモード(シンクロナイズド/マニュアル)の変更、FOX社製電子制御サスペンションの設定(CTD)を確認できるディスプレイを備えるデバイスだ。また、ペンシルバッテリーSM-BTR2を使用する際には充電ポートとして機能。ロード用のジャンクションを流用することも可能だが、シンクロナイズドシフトを使用する際にはSC-M9050が必要となる。

機械式とそん色ないコンパクトなデザインを実現したRD-M9050機械式とそん色ないコンパクトなデザインを実現したRD-M9050 ダウンスイング方式を採用するFD-M9050ダウンスイング方式を採用するFD-M9050


リアディレーラー「RD-M9050」は、チェーンのバタつきを防止するスタビライザーを搭載した「SHADOW RD +」タイプとされ、モーターの小型化によって機械式と遜色ないコンパクトな仕上がりとなっている。また、従来同一線上にあったガイドプーリーの軸とプレートテンション軸をオフセットすることでローギア40Tに対応した点は機械式と共通だ。ラインナップはSGSとGSの2タイプが揃う。

一方、機械式とは大幅に機構を変えたのがフロントディレーラー「FD-M9050/M9070」で、ダウンスイング方式を採用する。コンパクトな仕上がりながら、機械式のM9000系に対して25%、従来型のM980系に対して100%の変速パワー向上を実現し、負荷がかかった状態でもスムーズな変速を可能とした。チェーンガイドは機械式FDとは異なるDi2専用品とされ、コンピューター制御によるオートトリム機能とあわせてチェーンとFDの接触による不要なロスを防止。内部の機構を変えることでロード用Di2のFDに採用されたチェンジサポートボルトを廃し、アダプターを用いることで様々な種類のマウントに取付け可能とした。

外装式バッテリーSM-BTR1外装式バッテリーSM-BTR1 ボトルケージ下やフレーム内に装着できない場合にSM-BTR2をボトルケージ横に取り付けるSM-BTC1ボトルケージ下やフレーム内に装着できない場合にSM-BTR2をボトルケージ横に取り付けるSM-BTC1

シフトレバーと前後ディレイラーの接続部には防水性を高めるプラグカバーが設けられているシフトレバーと前後ディレイラーの接続部には防水性を高めるプラグカバーが設けられている FOX社製サスペンションと連携もXTR Di2の大きなトピックスだFOX社製サスペンションと連携もXTR Di2の大きなトピックスだ


バッテリーはロード用と共通で、外装式のSM-BTR1と内装式のSM-BTR2から選択可能。また、リアショックの位置やドロッパーシートポストによってボトルケージ下やフレーム内に装着できない場合には、SM-BTR2をボトルケージ横に取り付けるアダプター「SM-BTC1」を使用することとなる。なお、SM-BTC1はジャンクションBとして機能し、E-Tubeポートを6つ装備。その他、E-Tubeケーブルはロードと共通だが、シフトレバーと前後ディレイラーの接続部には防水性を高めるプラグカバーが設けられている。

変速の電動化のみならず、シンクロナイズドシフトやサスペンションとの連携など、ライダーをサポートする多くの機能を搭載して誕生したM9050系XTR Di2。早速、斉藤亮、松本駿、門田基志選手という3名の国内トップレベルのXCライダーによるファーストインプレッションをお届けしよう。



ーインプレッション

「変速テクニックが不要になるほど優れた確実性 手が小さく握力の弱い女性ライダーにもおすすめ」
 門田基志(チームジャイアント)


以前よりシクロクロスで使用してきて、機械式のようにワイヤーに影響されずにマッドコンディションでも正確に変速してくれることから、Di2には絶大な信頼感を持っていました。ですから、XTRの電動化を待望していましたし、それだけにM9050系に対する期待度は非常に高いです。

現在マニュアルシフトをテスト中で、将来的にもシンクロナイズドシフトの出番は少ないと考えています。長い間MTBに乗っている私にとっては、フロントが自動的に変速してしまうことにやや違和感を覚えてしまいました。シンクロナイズドシフトについて私と同じ様に感じる方は、マニュアルシフトを選択するといいでしょう。

門田基志(チームジャイアント)門田基志(チームジャイアント) photo:Yuya.Yamamoto
変速スピードは非常に早いですね。加えて正確さも増しており、クランク側も電動メカの強力な変速力に対応できている印象です。操作した瞬間にパシッとダイレクトに変速してくれます。機械が全てを賄ってくれるため、変速テクニックはほぼ必要なくなったといえるでしょう。リアディレイラーのスタビライザーが進化して、よりチェーントラブルが少なくなった分とあわせて、過酷なコンディションにおいてベテランが変速テクニックで稼げたタイム差が少なくなるはず。レースにおいてはより純粋な「走り」で勝負が決するようになりますね。

門田基志(チームジャイアント)とジャイアント XTC ADVANCED SL門田基志(チームジャイアント)とジャイアント XTC ADVANCED SL 変速レバーのフィーリングについては、カッチという感触が良いですね。常にシフトレバーに指をかけているMTBにおいては、ロード用Di2の様にタッチが軽いと、バイクが少しでも暴れると意図せずに変速動作をしてしまい、大幅にタイムをロスしてしまう可能性があります。そのため、機械式XTRと変速動作に要す力が同程度であっても、多くのライダーから受け入れられるはずです。

信頼性について、留意すべき点はほぼありません。CXでも電気系でトラブルを起こすことはほぼ無い上、XTR Di2は防滴処理がしっかりと施されており、安心して走りに集中できます。昨年のJシリーズ雫石の様なマッドコンディションでは大きなアドバンテージになるでしょう。

勝利を欲するレーサーはもちろんのこと、手が小さく握力の弱い女性ライダーにもXTR Di2はおすすめと考えています。その理由はレバーストロークの小ささにあります。対照的に私は手が大きいので、やや小ぶりに感じてしまいます。将来的には、レバーの大きさをサイズで展開して欲しいですね。


「シンクロナイズドシフトの登場によって、様々なシチュエーションをフロントダブルで対応することができる」
 松本駿(チームスコット


メカ好きと選手の両方の立場から、発表された時点からXTR Di2を心待ちにしていました。ただ電動変速になったよりも、フロントシングルやマニュアルシフトの登場、11速化によってセッティングの幅が広がったことが特徴だと捉えています。

初期の段階ではマニュアルシフトで様子を見ていましたが、現在はシンクロナイズドシフトのみを使用しており、左の変速レバーは取り外してしまいました。ただ、プリセットされている変速順序には改善の余地があり、本格的なレースシーズンへ向けてセッティングを煮詰めていく予定です。

松本駿(チームスコット)松本駿(チームスコット) photo:Yuya.Yamamoto
一般のライダーの皆さんは、どの様なシチュエーションでもフロントダブルでカバーすることができると思います。シンクロナイズドシフトはフロントシングルの様に扱うことができ、体感的なギアのレンジは従来のトリプルとほぼ同様というのがその理由です。特にトリプルからダブルに変更という場合には変速トラブルの減少や軽量化というメリットがあります。ロードに慣れているとリア1段ごとのギア比の変化が大きいと頭では感じてしまいますが、実際に乗ってみれば違和感は少ないはず。

松本駿(チームスコット)とスコット SPARK 700松本駿(チームスコット)とスコット SPARK 700 「アッセンブルが洗練されていくのはこれから。今後、改善されることを期待したい」「アッセンブルが洗練されていくのはこれから。今後、改善されることを期待したい」 純粋な変速性能については、従来よりスムーズになった印象がありますね。機械式はレバー側の動作を大きくすることで変速力を高めていたため、親指をグッと押し込んであげる必要がありましたが、電動は少ない力でカチッとひと押しするだけとライトアクションです。変速スピードは機械式と比べると圧倒的に早く、多段変速では従来の1/2程度といったところでしょうか。

リアディレイラーのスタビライザーも改善されており、トレイルでも試しましたが、チェーンが更に跳ねづらくなっているようです。恐らく、変速トラブルが大幅に減ることでしょう。一方で、動きの渋さによるつっかかりが低減されたように感じました。これは電動のみならず、機械式にも当てはまるはずです。とはいっても、チェーンは微動だにしないというわけではなく、リアディレイラーのケーブルをチェーンステーに這わせると干渉する可能性があるため、そのルーティングは悩みどころですね。

ギアポジションがひと目で分かるシステムインフォメーションディスプレイは、取り付け位置こそ手前にありますが、視認性に優れ、各レバーやサイクルコンピュータと干渉しにくいコンパクトな設計なのも良いですね。

実際に自ら組付けを行いましたが、ケーブルを内装させるためにアウター受けを拡幅するなどフレームへの加工が必要でした。また、BB付近の配線にビニールテープを使用するなど、まだまだアッセンブルに関しては洗練されていない部分があり、それはどのメーカーでも共通しているようです。今後、改善されることを期待したいですね。なお、バッテリーの取付位置はそれぞれ好みがあると思いますが、私のバイクではシートポストに内装しています。

スコットでは既に電動対応フレームをリリースしており、私もシーズン途中から使用する予定です。またシマノ、FOX、スコットの3社が共同開発したXTR Di2連動の電子制御サスペンションを投入予定ですので、メカ好きとしては待ち遠しいところですね。


「シンクロナイズドシフトにはフロントシングルとも似た使用感がある」
 斉藤亮(ブリヂストン・アンカー)


まだ使用し始めてから日が浅く、慣れていないというのが現状です。その中でも11速化と電動化の両方の優位性をしっかりと確認することができました。これから距離を重ねると同時にセッティングを煮詰めていけば、より強力な武器になってくれるでしょう。

チェーンリングをダブルとシングルのどちらにするか検討中ですが、現状ではダブルでシンクロシフトを試しています。任意で設定できるという前後ディレーラーの変速順序などのセッティングは標準状態ですが、それでも使いやすいと感じさせてくれるほどの完成度の高さがあります。

斉藤亮(ブリヂストン・アンカー)斉藤亮(ブリヂストン・アンカー) photo:Yuya.Yamamoto
リズムステップデザインによってシステム全体でクロスレシオを実現していることと、変速操作が右手だけで済むことから、フロントシングルと似た使用感ですね。違和感は感じませんし、ハンドリングやペダリングにより集中することが可能になりました。

斉藤亮(ブリヂストン・アンカー)とアンカー XR9斉藤亮(ブリヂストン・アンカー)とアンカー XR9 正直なところ、M9050系を触る前は「ロードのサテライトスイッチをそのまま使ってしまえばよいのでは?」と考えていました。しかし、回転式スイッチは非常に完成度が高く、MTBの使用環境でこそ使いやすさを発揮してくれます。操作感自体は機械式と同じく「押した感」があります。内部のスプリングレートがやや高すぎるかなとも思いましたが、レース終盤の疲労がたまり切った状態でもストレスを感じることはないでしょう。

ロードの電動コンポと同じく多段変速には大きなメリットを感じます。また、レバーストロークが調整可能になったことで、より変速操作の煩わしさを大きく低減してくれますね。

フレームへの装着については、電動ケーブルの配線にテープを用いなくてはならないなど現状は手探りの段階ですね。恐らくXCバイクのバッテリー内装位置は、ロードバイクと同じくシートポストが標準的になるでしょう。ボトルケージの下に取り付けるタイプも試してみましたが、シートポスト内装の方がスマートですし、重心の変化も気になりません。

今後、ケーブルとバッテリーの内装に対応したPROのハンドルバーとステム(タルシスシリーズ)が供給される予定とのことで、よりカッコ良いアッセンブルになるのではと今から期待しています。



M9050系発表時の解説記事はこちらから

photo:Makoto.AYANO, Yuya.Yamamoto
text:Yuya.Yamamoto
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