風雲急を告げる。横風区間が待ち構えるプロバンスへと通じるステージは予測以上の悪天候がプロトンの到着を待ちわびた。逃げた2人の努力は報われず、ゴール寸前で夢は潰えた。



残り3つのチャンスの一つに意気込むスプリンターたち

タラールをスタートしていくプロトンタラールをスタートしていくプロトン photo:Makoto.AYANO
スタートに向かうマルセル・キッテル(ジャイアント・シマノ)スタートに向かうマルセル・キッテル(ジャイアント・シマノ) photo:Makoto.AYANOプロトンはアルプスから急ぐように地中海を目指す。わずか2日間の凝縮されたアルプス山岳ステージを終えた選手たちは蓄積疲労モード。このステージは翌日に2回めの休息日を控えた「移動ステージ」の意味合いが濃い。スプリンターにチャンスのあるステージは、今日と金曜日、そして日曜のシャンゼリゼを残すのみ。数少ないチャンスに備え、スプリンターたちは山岳を乗り切ってきた。

ビャルヌ・リース監督と話し合うダニエーレ・ベンナーティ(ティンコフ・サクソ)ビャルヌ・リース監督と話し合うダニエーレ・ベンナーティ(ティンコフ・サクソ) photo:Makoto.AYANOスタートのタラールの街で意気込むジャイアント・シマノとマルセル・キッテル(ドイツ)。キッテルは第12ステージの序盤で落車しているが、ルディ・ケムナ監督は「すでに回復しているのでまったく影響はない」と言う。そして「デゲンコルブではなく今日もキッテルで行く」と。

ドリス・デヴェナインス(ベルギー)がリタイアして列車要因が一人減ったが、チームの覇気は高い。早い段階の機関車役、ジ・チェン(中国)も「今日も喜んで”苦しむ仕事”をするよ」とニッコリ。「山岳ではまったく後方の目立たないところでの走りだけれど、今日のチャンスに向けてチームは山岳をこなしてきた。勝利に向けてのアシスト仕事はアルプスから続いているんだ」。

ティンコフ・サクソはダニエーレ・ベンナーティ(イタリア)が神妙な表情でビャルネ・リース監督と打ち合わせをしていた。チームはラファル・マイカ(ポーランド)の山岳賞獲得を残りのツールの最大目標に据えた。疲れている(あるいは本調子でない)ホアキン・ロドリゲス(ロシア・カチューシャ)が序盤に逃げて山岳ポイントを積み重ねる戦法なのに対し、マイカのほうが山でずっと強く、山岳ステージを勝てる力がある。ステージと山岳賞のどちらも狙えるなら、みすみすプリートに明け渡す理由はない。マイカへの期待でチームの士気は高まっている。



コンタドールの復帰プログラムのために帰る中野マッサー

ティンコフ・サクソの中野喜文マッサーティンコフ・サクソの中野喜文マッサー photo:Makoto.AYANO中野喜文マッサーのレース帯同は今日まで。翌日の朝の便で引き上げるという。中野さんは落車リタイアしたアルベルト・コンタドール(スペイン)の復帰チームのメンバーの一人になっているため、帰ってコンタドールの自宅に直行し、ブエルタ・ア・エスパーニャ出場に向けてのプログラム作りに参加するのだという。

中野さんによればコンタドールはまだ怪我した右脛を痛がっているそうで、怪我の状態を診てみなければブエルタの出場が可能かどうかもわからないだろうという。しかしコンタドール本人の自国のグランツールでの復帰を望む意思は強固で、ブエルタに出ないという選択肢はほぼ無く、実現可能な方法を探ることになるという。



荒天の待つプロヴァンスへ もうひとりのブレーカウェイ・キラー

今日もマルセル・キッテルのアシストに身を捧げるジ・チェン(ジャイアント・シマノ)今日もマルセル・キッテルのアシストに身を捧げるジ・チェン(ジャイアント・シマノ) photo:Makoto.AYANOスプリンター向けの中継ぎステージは、少し緊張感を伴ってスタートした。ニュートラル区間はわずかに5km。街を出てすぐにアタックは敢行され、マルティン・エルミガー(スイス、IAMサイクリング)にジャック・バウアー(ニュージーランド、ガーミン・シャープ)の2名が飛び出す。たった2名の動きに集団はすぐに見送り、サイクリングモードに入る。

ラルスイティング・バク(ロット・ベリソル)が集団を引き、アンドレ・グライペルの2勝目に向けて意欲を見せるラルスイティング・バク(ロット・ベリソル)が集団を引き、アンドレ・グライペルの2勝目に向けて意欲を見せる photo:Makoto.AYANOアルプスを抜け出て、ドーフィネ地方との境に位置する「プロヴァンスの門」と呼ばれるシストロンの街を通過する2人とプロトン。垂直にそそり立つボーム岩を背にシタデルを走り抜けると、そこから先は熱い大地プロヴァンスへと入っていく。

シストロンの街のユニークな景観はツールが通るたびに脚光を浴びるが、街で合流するビュエック川とデュランス川の色は濁っている。「いつもならもっと輝くような澄んだグリーンなのだけど、山の天気が悪くて色が冴えないんだ」と観戦していた住民は教えてくれた。

中盤にプロトンを引くジ・チェンがツール初出場の中国人だから飛び抜けて有名になったが、今日はラルスイティング・バク(ロット・ベリソル)がもうひとりの”ブレーカウェイ・キラー”としてハードに働いていた。独走力のあるこのデンマーク人は赤いジャージを着たチームの一人にしか見えないから観客には覚えてもらいにくいが、アンドレ・グライペル(ドイツ)の勝利に向けて機関車のように献身的に働く。



荒天と強風のニーム しかし風は止んだ

集団が降り注ぐ太陽のもとでレースを半分消化する頃、ゴールのニームは豪雨に見舞われているという情報が入る。しかも今日ゴールする一帯のゴールへ向けての道は、プロバンス独特の、地中海に向けて吹き下ろす風「ミストラル」が吹くことで知られている。昨年この一帯を通過してモンペリエにゴールした第6ステージこそ風は吹かなかったが、2009年ツールでは強風区間でチームコロンビアが奇襲を仕掛け、集団が分裂。コンタドールらが後方集団に取り残された事実がある。

「プロバンスの門」と呼ばれるシストロンのボーム岩を背景に走り抜けるプロトン「プロバンスの門」と呼ばれるシストロンのボーム岩を背景に走り抜けるプロトン photo:Makoto.AYANO
終盤にメイン集団から飛び出したミカル・クヴィアトコウスキー(ポーランド、オメガファーマ・クイックステップ)終盤にメイン集団から飛び出したミカル・クヴィアトコウスキー(ポーランド、オメガファーマ・クイックステップ) photo:Tim de Waele横風区間といえば北のクラシックを得意とするオメガファーマ・クイックステップが第6ステージ同様に動くことが予想された。昨年のツールで(この一帯ではないが)横風区間を利用してアタックをかけたサクソ・ティンコフの動きも記憶に新しい。集団は「横風区間」に向け警戒を深める。ましてその区間の天気は荒れているという情報。

横風区間を前に集団先頭に立つBMCレーシング横風区間を前に集団先頭に立つBMCレーシング photo:Tim de Waeleそして残り70kmで予測通りオメガファーマ・クイックステップが動く。そしてライバルたちを罠にかけようとするAG2RラモンディアールとBMCも攻撃を仕掛ける。しかし、警戒していた集団は分裂することはなかった。警戒するあまり油断がなかったのだろう。そして何より横風が思ったよりも強くは吹かなかったようだ。

雨雲はまさにニーム近郊に集中して激しく雨を降らせていた。その一帯だけに雨雲が停滞しているという異様な光景だった。ゴールを迎える1時間前までは。しかし、その雨雲は移動し、ゴールを迎える頃には晴れ間がでてきた。「最後に向けてもっと風が吹くことを期待していた。でも、風はどこかへ行ってしまった」とバウク・モレマ(オランダ、ベルキン)は言う。

天候による荒れたフィナーレを心配したが、それは起こらなかった。代わりに集団が手を焼いたのが無数に現れたロンポワン(旋回式交差点)。濡れた滑りやすい路面のまま、繰り返し現れる交差点コーナーでジャイアント・シマノの列車もうまく機能せずに脱線。2人の逃げ切りに可能性がでてきた。二人は自分の勝利に向けてポーカーゲームを始めたが、もう少しそのタイミングを遅らせることができれば、あるいは逃げ切れたのかもしれない。



アルプスでフレッシュさを維持した体重の軽いクリストフの2勝目

大集団スプリントを制したアレクサンダー・クリストフ(ノルウェー、カチューシャ)大集団スプリントを制したアレクサンダー・クリストフ(ノルウェー、カチューシャ) photo:Tim de Waele
濡れた路面のストレート。2人を飲み込んだ集団の先頭を制し、第12ステージに続く2勝目を挙げたアレクサンダー・クリストフアレクサンダー・クリストフ(ノルウェー、カチューシャ)は最終局面を振り返って言う。

カチューシャやジャイアント・シマノが牽引するプロトンがプロヴァンスを行くカチューシャやジャイアント・シマノが牽引するプロトンがプロヴァンスを行く photo:Tim de Waele「逃げた二人には残酷な話だけど、彼らはとても強くて、彼らの今日したことは尊敬に値するよ。最後は交差点が多すぎてうまく走れず、彼らはきっと逃げ切ると思ったんだ。どのチームも組織だった走りができず、逃げているふたりに利点があった。でも最後にはジャイアント・シマノの強い引きがあって追いつけた」。

ステージ2勝目を挙げたアレクサンダー・クリストフ(ノルウェー、カチューシャ)ステージ2勝目を挙げたアレクサンダー・クリストフ(ノルウェー、カチューシャ) photo:Makoto.AYANO「最後の100mまで勝てるとは思っていなかった」とも語るクリストフ。途中は自分の調子に自身が持てず、勝利に向けて戦えるとは思っていなかったようだ。

「今日は全くいい調子じゃなかった。先頭で仕事をしていたサイモン・スピラック(スロベニア)には『今日僕はそんなに良くないから引くのをやめてくれ』と言ったんだ。でも思い直して最後まで闘うことにした。結局はうまくいったのでハッピーだ。ツールでの2勝はすごいね。このツールでこれほどまでにうまくいくとはまったく期待していなかった。たぶん僕はグライペルやキッテルより体重が軽いからアルプスで疲労が少なかったんだろう。それが幸いしたと思う」。

「ここまでのシーズンは、とてもうまく行っている。今までにないベストシーズンと言えるよ。今シーズンの残りもこの調子が続けばいいし、これからの数年、この調子で走れることが楽しみだ。ツールではあと2回チャンスが有る。できればもう一回、金曜、そしてもし日曜のパリで勝てれば完璧なツールにできるね」。



寸前まで逃げたバウアーとエルミガーの「メルトダウン」

ラスト100mまで粘り、ゴールまでに集団に飲み込まれたジャック・バウアーは、ゴールするやいなやカメラマンエリアの前に倒れこみ、しばらく動けなかった。そして目には涙。バウアーは勝利を寸前で逃したその心境を「メルトダウン」「世界の終わり」と表現した。

粘ったジャック・バウアー(ガーミン・シャープ)だが残り100mで集団スプリントに飲み込まれる粘ったジャック・バウアー(ガーミン・シャープ)だが残り100mで集団スプリントに飲み込まれる photo:Makoto.AYANO
ジャック・バウアー(ガーミン・シャープ)とマルティン・エルミガー(IAMサイクリング)がシストロンの街を通過するジャック・バウアー(ガーミン・シャープ)とマルティン・エルミガー(IAMサイクリング)がシストロンの街を通過する photo:Makoto.AYANO「フィニッシュラインでのメルトダウンを見ての通り、僕は最後まで全力を出しきって、空っぽになってゴールした。ツールで勝つことは子供の頃からの夢。とくに僕みたいなアシスト選手は他の選手のために働くからチャンスがない。プロになるチャンス、ツール・ド・フランスをスタートできるチャンスをものにするのさえ一握りの選手のものなのに。今日は僕の最初のチャンスだった。

2度めの敢闘賞を獲得したルティン・エルミガー(IAMサイクリング)2度めの敢闘賞を獲得したルティン・エルミガー(IAMサイクリング) photo:Makoto.AYANO雨と風のなか、最初っから2人きりになるとは思っていなかったけど、マルティン(エルミガー)とはうまくやった。僕はマルティンより強いと思っていたけど、最後まで待ちすぎたと思う。最後は疲れたふりをしていたけど、パンチ力は残してあった。ラスト400mでモノにしたと思ったけど、ラスト50mで何も残らなかった。これが自転車競技だね。でも全力は尽くした。夢はかなわなかったけど、また次のチャンスが来ることを信じているよ」。

最初にアタックしたことが評価されたのか、バウアーが最後に脚のないフリをしたのを見逃さなかったのか、ベルナール・イノーやベテラン記者ら「識者」による審査員たちはエルミガーに2度めの敢闘賞を送ることに決めた。
感情的なバウアーとは対照的に、冷静なエルミガーは言う。「自分が全力を尽くしたことに納得しているなら、最後に集団に捕まったとしてもそんなに悪いもんじゃない。僕にとって3度めの逃げが失敗に終わったわけだけど、いつか自分の望むような向きにホイールが回ることもあるだろう」。

逃げきれなかったジャック・バウアー(ガーミン・シャープ)を慰めるチームメイト逃げきれなかったジャック・バウアー(ガーミン・シャープ)を慰めるチームメイト photo:Makoto.AYANO
IAMサイクリングにとってはハインリッヒ・ハウッスラー(オーストラリア、IAMサイクリング)の2位もあり、勝てないまでも存在を示したステージになった。クラシックライダーのキャラクターを強くするハウッスラーがスプリントでトップ争いに参加したのはメジャーレースでは久々のこと(2013年のバイエルン1周レースでステージ勝利を挙げている)。ハウッスラーは言う。「あと少しだったのに。このレベルのスプリントに勝つにはあと少しの運の後押しも必要だね。調子の良さを感じていた。そして最後は理想的なポジションに居たのに。パリまでにまだチャンスはある」。

レースが後半になると、純スプリンターを差しおいてオールラウンドな力をもつタフなライダーが台頭してくる。まだ活躍していない選手がこの後のステージで何かしたいと狙っている。暑いカルカッソンヌで一日休んだら、ツールは最終章へ。休息日空けからはピレネーの激戦へ突入する。ピレネーはヴォージュよりもアルプスよりも勝負どころが多く詰まっている。

photo&text:Makoto.AYANO in FRANCE
photo:CorVos,TimDeWale,A.S.O
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