ここ近年のツールは、例年、最終日前の個人タイムトライアルで勝者を決めてきた。今年はその個人TTを3日前にもってきて、最終日前日のモンバントゥーとセットでミステリーを演出しようという試みだ。終盤で疲れが蓄積しきった選手も「狙ってやろうか」という気になる短い40.5kmの距離だ。

ちなみに過去のツールでは個人タイムトライアルの合計距離が100km程度はあった。しかし今年はモナコの第1ステージとあわせ55kmしかない。

"アルプスのヴェネツィア"アヌシー

アヌシー湖からバイキング上陸!アヌシー湖からバイキング上陸! photo:Makoto Ayano「アルプスのヴェネツィア」と呼ばれる美しいアヌシー市街と、コバルトブルーとエメラルドグリーンが混じり合ったような色合いの湖面。1万8千年前に大アルプス氷河の融解にともなって形成されたアヌシー湖は魅力的な観光地。そして水上スポーツのメッカだ。

ツールのコース脇まで湖面が迫る東岸では、クルーザーに乗った家族連れが乗り付けて船上から優雅な観戦。コース脇の芝生に寝そべりながら観戦。暑くなったら湖面に飛込む。湖面をバトームーシュが行くな、と思ったらタイムトライアルをするマイヨジョーヌ姿の選手の巨大なハリボテ(?)がついている。その脇を水上スキーならぬ水上サイクリングで通り過ぎる芸人も登場。優雅な湖はなかなか笑わせてくれる。

前半は曇り空。午後からは強烈な日差しが降り注いだ。アヌシー市街で雨が降ったと伝えられたが、そのとき対岸側では曇った程度。アルプスの麓だけに天候は一日じゅう変化が続いた。

大健闘フミ、翌日以降に余力を残したユキヤの走り

ステージ78位の別府史之(日本、スキル・シマノ)ステージ78位の別府史之(日本、スキル・シマノ) photo:Makoto Ayano新ランタンルージュのフタロビッチからの順次スタート。ツールの最終TTは、通常前半スタートの選手に興味はない。でも今年は日本人二人が1時間経過後あたりにスタート順も近く並んでいる。

ユキヤはちょっと流し気味。撮影している自分に気づいてカメラ目線の余裕も。フミは集中して飛ばし気味に感じた。

結果的にはユキヤ112位、そしてフミの「半分以上」の78位は立派だ。2人の勝負で言うなら第1ステージのモナコのTTとは入れ替わった。

中間タイム計測地点前で撮影していると、情報が無くても速そうな選手は明らかに走りが違うから分かる。19番スタートのイグナチエフの走りで目が覚めた。通常、ツールの最終個人TTで早いスタート順の選手のなかにステージを狙ってくる(ような脚が残っている)選手はいない。距離が短いぶん、これにかける選手がいるのだ。

脱力派の理由は明快だ。残りのステージがまだ3つ。モンバントゥーへすべてのエネルギーを注ぎたいサストレやメンショフ。明日の「逃げステージ」にステージ優勝の希望を持っている選手、シャンゼリゼのスプリント制覇を夢見る選手。フミとユキヤも完走がほぼ確実になった今、何か出来ることを狙っている。

ユキヤのツールの終盤の目標はシャンゼリゼのスプリントだ。それに向け力をセーブするのも必要。Jスポーツのインタビュー中継でベルノドー監督がユキヤについて「シャンゼリゼで10位以内に入ることができる」と言ったとか。フミも翌19ステージの逃げを視野に入れつつの走りだったようだ。「ますます調子が良くなっている」とスキル・シマノの現地レポートが伝える。もはや完走への心配などかけらもない。残りのステージで「何が出来るか」だ。


最強ピストルマン、ツールに君臨

トップタイムを叩き出したアルベルト・コンタドール(スペイン、アスタナ)トップタイムを叩き出したアルベルト・コンタドール(スペイン、アスタナ) photo:Makoto Ayanoコンタドールがツールの王者の座をまた確実にした。3つあるすべてのタイム計測地点でトップタイム。"スイスパワー"カンチェラーラを3秒差で下したその走りは王者の風格だ。

マイヨジョーヌの黄色にスペイン風味を足した黄色い弾丸が、アヌシー湖のコバルトブルーの湖面に映えた。

ステージ2位に入ったファビアン・カンチェラーラ(スイス、サクソバンク)ステージ2位に入ったファビアン・カンチェラーラ(スイス、サクソバンク) photo:Makoto Ayano山岳で最強。タイムトライアルでも最強だ。もはやカンチェラーラらTTスペシャリストが勝てるのは、距離が短いときとワンデイレースのときだけ? この2人だけが平均時速50km/hオーバーを達成した。

コンタドールは昨ステージの最後の山岳で、クレーデンが脱落してからのラスト2kmですでに今日のタイムトライアルに備えて余力を残すことを考えていたという。そしてステージ優勝争いのスプリントも(タイムには関係が無いから)しなかった。

圧倒的な力でマイヨジョーヌを守ったアルベルト・コンタドール(スペイン、アスタナ)圧倒的な力でマイヨジョーヌを守ったアルベルト・コンタドール(スペイン、アスタナ) photo:Cor Vosコンタドールはタイムトライアルの強さをフィックスしたことでミゲール・インドゥラインの再来と呼ばれるようになるだろう。記者会見では早くもそのことについて訊かれる。

「ミゲールと比べられるのは名誉なことだけど、彼はまた別。偉大なタイムトライアリストだし、別のクオリティを持っている」とコンタドールは応える。ツール2勝を目の前に、ツール5勝の太陽王に対してはまだ謙虚だ。

ピレネーを制し、アルプスを制し、再びTTを制したコンタドール。残すはモンバントゥーのみだ。優位は揺るがない。どう守り、アームストロングのためにもどうライバルたちを攻略するかだ。

がっかりランス でも表彰台が近づいた

ステージ16位のランス・アームストロング(アメリカ、アスタナ)ステージ16位のランス・アームストロング(アメリカ、アスタナ) photo:Makoto Ayano多く望むのはいけないこと? ランスは最初の中間タイム計測地点で4位の順位だったから、観客たちは騒いだ。しかし撮影していた東湖岸にきたときは、すでに失速気味で、フォームにも精彩を欠いていたように見えた。その後、山岳ポイントから徐々にタイムを落としていく。結果的には16位という、今までにない結果。しかしそれが今のランスの結果だ。

この日ランスは黄色いフレームに睨み付ける子供のイラストが入ったリブストロングバイクで走った。このバイクはクールだけど、走りはクールじゃなかった。絵の子供のひねくれた顔が「勝てるワケないダロ!」と言っているようにも見える。

これは日本のアーチスト、奈良美智(なら・よしとも)さんの作品だ。奈良さんのブログHarappa Tsu-shinの7月8日のエントリーには、この日ランスがこのバイクに乗ることが触れられている。ランスが頼んだという、フレーム下の見えないようなところに書かれてる「2009FSU」とは、何のメッセージだ? 奈良さんもシャンゼリゼに観戦に来ると記されている。

7連覇時代のランスに比べれば冴えない走り。しかし結果的には総合3位へスライド成功。これは「がっかりな成功」? つい往年の走りと比べてしまい、複雑な気分だ。パリのポディウムに上れる可能性がまた出てきた。モンバントゥーではシュレック兄弟に対し、コンタドールと自身の3位の座を守るための走りが要求される。

無難にまとめたシュレッキーズ、魅せれなかったクレーデン

ステージ21位のアンディ・シュレク(ルクセンブルク、サクソバンク)ステージ21位のアンディ・シュレク(ルクセンブルク、サクソバンク) photo:Makoto Ayanoタイムトライアルが得意でないシュレッキーズ。アンディは総合2位の座を守りることに成功。弟よりTTを苦手とする兄フランクは今日順位を落とすことはあらかじめ覚悟していた。総合3位から6位へ。2人とも「想定内」の結果だった。2人の走りは概ね成功だったと言っていい。

ランスがTwitterで期待感を盛り上げたが、輝けなかったのがクレーデンだ。クレーデンは昨ステージでコンタドールに振り切られてしまい、表彰台が遠のいてしまう皮肉な結果になった。このことについてはブリュイネール監督もコンタドールのアタックをレース後にたしなめた。そこで遅れなければ違う可能性が残ったはずだからだ。

ステージ35位に沈んだフランク・シュレク(ルクセンブルク、サクソバンク)ステージ35位に沈んだフランク・シュレク(ルクセンブルク、サクソバンク) photo:Cor Vosクレーデンは再び表彰台の一角を狙うポジションに浮上すべきも、9位に沈む。これでモンバントゥーは犠牲を払うアシストに徹するポジションになりそうだ。

本来はTTのスペシャリスト、ウィギンスはアームストロングから11秒遅れの総合4位に浮上したが、この日狙ったものより低かった結果だろう。しかしもちろん依然として表彰台に浮上できるポジション。通常期より体重を7kg絞っって肉体改造したという"ウィッゴ"も最後のチャンスに掛ける。勝負はモンバントゥーへ。

最後の逃げステージへ

そして明日第19ステージは総合決戦を前にした逃げバトルの総決算だ。選手たちの疲労度は大きいが、足を貯めるべく数日間を遅れて過ごした選手がいる。山岳は少なくともコースは厳しい。タイムアウトの危険は小さくは無い。力を振り絞って逃げるのはいったい誰だ。