ツール・ド・フランス第7ステージは、バルセロナの市街をぐるりと巡ってスタート。ツールでもっとも長いステージは曇り空のバルセロナをスタートした。

バルサ! カタルーニャ!

バルセロナの大観衆の中をスタートしていく選手たちバルセロナの大観衆の中をスタートしていく選手たち photo:Makoto Ayanoバルセロナのコース沿道に詰め掛ける人、人、人...。そのなかにまぎれて撮影することなど不可能なので、道路中央のオベリスクによじ登る。見渡す限り続く人垣は圧巻だ。場所の奪い合いで落っこちそうになったが...。

アンドラ入国までに通過する街々でスペイン風味を味わった。天気は急速に回復し、まばゆい青空が広がる。沿道に振られるのはスペイン国旗でなくカタルーニャ自治州の州旗、青に白星の独立を意味する旗がほとんど。バルサやエスパニョールの競技場で良く目にする旗だ。観客たちの盛り上がりぶりをみていると、ブエルタをはじめ自転車レースは盛んでも、観たことが無いツールは充分に新鮮なようだった。

ツール超級山岳に初挑戦のフミ&ユキヤ

メイン集団内で山岳に向かう別府史之(日本、スキル・シマノ)メイン集団内で山岳に向かう別府史之(日本、スキル・シマノ) photo:Makoto Ayano昨日不調だった別府も、転んだ新城も、プロトン内で順調に走る。アンドラまでの道は長い。

心配なのは新城。落車の打ち身の影響で、お尻から脚の付け根あたりまで痛みが残るようで、それをかばいながら走ることになる。アンドラ・アルカリスを登れるか、文字通り「今日がヤマ」と言い、スタート前にはちょっと歩きにくそうにしていたという話も聞いた。ユキヤはバルセロナをスタートするときもプロトン最後尾で走り出している。もっともこれはユキヤのスタート時の定位置になりかけているが。

2人の日本人が、ツール初体験の超級山岳ステージをいかに乗り切るのか? 総合優勝候補たちの争いとともに、我々日本人ジャーナリストとして注目すべきはそちらも、だ。

異質な兄弟、ロマンの弟ブリスの勝利。

コースのあちこちでカタルーニャの旗が翻るコースのあちこちでカタルーニャの旗が翻る photo:Makoto Ayanoブリス・フェイユらを含んだ逃げは差を開いたままアンドラに達した。メイン集団をコントロールしたアスタナは、ステージとマイヨジョーヌを取る事を重要視せず。詰める計算をしながらもライバルたちの動きに目を光らせ続けた。ゴールまで26km地点で起きたライプハイマーを含む落車もフェイユグループの逃げ切りを助けた。

アンドラ・アルカリスはカテゴリー超級で標高2240mもありながら、頂上に至るコースの勾配は厳しくはなく、緩めだ。空気は乾き、冷たい風が吹く。ラスト5km、思い切った逃げを敢行したフェイユは、勢いのあるまま逃げ切り、ケルヌの追従を寄せ付けなかった。

逃げグループを形成するジェローム・ピノー(フランス、クイックステップ)やリナルド・ノチェンティーニ(イタリア、アージェードゥーゼル)逃げグループを形成するジェローム・ピノー(フランス、クイックステップ)やリナルド・ノチェンティーニ(イタリア、アージェードゥーゼル) photo:Makoto Ayanoすらりとした長身のブリス。ゴールではジャージのジッパーを締めなおすことも気づかずに、上半身をはだけたままゴールしてしまった。今季限りでスポンサーを撤退することが決まっているアグリチュベルは、最後の置き土産を完璧な映像で残したかったに違いない。

ブリスの兄のロマン・フェイユは小柄なスプリンターで、2008年ツール・ド・フランスでマイヨジョーヌを着た。ブリスはこのツールにはアグリチュベルのなかで最後に決まったメンバーとして出場している。
独走で超級山岳アルカリスを駆け上がるブリース・フェイユ(フランス、アグリチュベル)独走で超級山岳アルカリスを駆け上がるブリース・フェイユ(フランス、アグリチュベル) photo:Makoto Ayano
今までの戦績では2008年パリ〜コレーズでのステージ2位が最高のもの。前にも書いたが、清水都貴(梅丹本舗・GDR=エキップ・アサダ)が優勝した際に、ゴール前に離されての2位だった。清水のようなパンチ力は無いのだろうが、一定ペースのクライミングは新たなフランス人クライマーの登場を予感させてくれた。

兄弟同じチームに所属するが、住んでいる処は遠いため、普段一緒にトレーニングをするわけではない。しかし仲はよく、毎日のように電話で話すと言う。

ブリスがパリ〜コレーズで2位になったときに、レキップ紙が見出しつきで大きく取り上げたのは日本人・清水の優勝でなく、ブリスの2位だった。有名な兄のおかげで注目度はすでにそれなりにあったが、ステージ勝利とマイヨ・アポアを着て、明日からの注目度はさらに上昇する。明日の新聞の「ヴィランクの跡継ぎ登場」の見出しが目に浮かぶ。

マイヨジョーヌを着た寡黙なイタリアン、ノチェンティーニ

フェイユを追走するリナルド・ノチェンティーニ(イタリア、アージェードゥーゼル)やエゴイ・マルティネス(スペイン、エウスカルテル)フェイユを追走するリナルド・ノチェンティーニ(イタリア、アージェードゥーゼル)やエゴイ・マルティネス(スペイン、エウスカルテル) photo:Makoto Ayanoマイヨジョーヌはアームストロングでもコンタドールでもなく、ノチェンティーニの手に渡った。イタリア人の手にマイヨジョーヌが渡るのは実に2000年以来のこと。これは発表されて気づくほど意外。当時ドイツテレコムにいたアルベルト・エッリが、当時35歳でマイヨジョーヌを最高齢で着た選手の記録になった記憶がある。(だからもしアームストロングマイヨジョーヌを着ればその記録が更新される)

イタリア人の典型的性格の「陽気さ」を期待すると、ちょっと違う寡黙なノチェンティーニ。このマイヨジョーヌを母と妹に捧げると話した。

マイヨジョーヌに袖を通すリナルド・ノチェンティーニ(イタリア、アージェードゥーゼル)マイヨジョーヌに袖を通すリナルド・ノチェンティーニ(イタリア、アージェードゥーゼル) photo:Cor Vosその妹とは、昨年、2008年ジロ・デ・イタリア期間中に病気で亡くした妹のこと。ノチェンティーニはそのとき、休息日を使って故郷に帰って妹を弔うと、ジロに戻って走り、完走している。勝てる実力のある選手だが、キャラが立つことが人気者の条件になるイタリアでは残念ながらあまり人気が無い。

ノチェンティーニはどちらかといえばワンデイクラシック系のライダーだ。短い上りをスピードでこなすタイプで、スプリント力も有る。難関山岳を得意とはしていないので、明日の第8ステージはマイヨジョーヌマジックがなければ山岳で遅れてしまうと早くも予想が立っている。あるいは今日のように早めに逃げる? それは許してもらえない。

ライバルたちを完全掌握したアスタナ

集団前方に位置取るランス・アームストロング(アメリカ)、アルベルト・コンタドール(スペイン)、アンドレアス・クレーデン(ドイツ)のアスタナ三人衆集団前方に位置取るランス・アームストロング(アメリカ)、アルベルト・コンタドール(スペイン)、アンドレアス・クレーデン(ドイツ)のアスタナ三人衆 photo:Cor Vos最後の上りで早めに動かなくてはならないのはエヴァンスやシュレック、サストレたちだった。しかしアスタナの動きが完全にライバルたちの動きを抑え込んだ。コンタドールがアタックした後は、アームストロングはライバル集団の前につけて睨みを効かせる。シュレク兄弟もエヴァンスも、抜け出すことは出来なかった。

「もしコンタドールがアタックして、だれも着いて行くことが出来なかったら、僕はライバルたちと一緒にいるだけだ」。

有力グループのペースを上げるアンディ・シュレク(ルクセンブルク、サクソバンク)有力グループのペースを上げるアンディ・シュレク(ルクセンブルク、サクソバンク) photo:Makoto Ayanoアームストロングの前日の予告どおり、そのシーンが披露された。一段と絞れたコンタドールの繰り出すアタックは、他のライバルとは異次元。2年前のツールで見せた鋭い走りのままだ。ツールはすでに決まったと思わせるに充分なアタックだった。

4年ぶりにツールの難関山岳を走ったアームストング。ジロの山岳では遅れるシーンを見せたが、ツールでは遅れなかった。どころか、コンタドールがアタックしてからは、前に出る必要が無い。アシストに徹してなお余裕があるように見える。タイムトライアルで見せた走りとあわせ、王者の完全復活と言えそうだ。

コンタドールを追うグループはカデル・エヴァンス(オーストラリア、サイレンス・ロット)がペースアップコンタドールを追うグループはカデル・エヴァンス(オーストラリア、サイレンス・ロット)がペースアップ photo:Cor Vos事前の計算とブリュイネル監督の指示はなかったようだが、コンタドールはアームストロングとのタイム差を逆転してしまった。エースはもちろんコンタドールだが、これでアームスロトングが<途中>マイヨジョーヌを着るというシーンはやや難しくなってしまった。

「久しぶりのツールの山岳は、自分でもどう走れるか分からない。いい走りが出来るようやってみるよ」と前日に話していたが、メディアの次なる興味は、アームストロングが限界まで追い込むなら、かつての走りができるのか? ということだ。

有力グループ内でゴールするランス・アームストロング(アメリカ、アスタナ)有力グループ内でゴールするランス・アームストロング(アメリカ、アスタナ) photo:Cor Vosコンタドールの「早すぎるマイヨジョーヌ」のプレッシャーを取り除くために、また世界の期待に応えるために、まずはランスでマイヨジョーヌを取るというのは余裕満々のアスタナにとって難しい回り道ではないはずだ。ステージ勝利とマイヨジョーヌはリブストロング運動のためにもぜひ実現したいはずだ。

アスタナはノチェンティーニからマイヨをどう譲り受けるか? 次にアタックするのはアームストロングかもしれない。

不調と怪我を乗り越え、走り切ったフミ&ユキヤに拍手

グルペット後方で超級山岳アルカリスを上る新城幸也(日本、Bboxブイグテレコム)グルペット後方で超級山岳アルカリスを上る新城幸也(日本、Bboxブイグテレコム) photo:Makoto Ayanoこの日、心配されたユキヤは28分29秒遅れの174位でフィニッシュ。山岳を苦手をする選手やスプリンターたちが完走のゴールを目指す"グルペット"集団の、その最後尾で登ってきた。

お尻と足の付け根に落車の影響が残ると話していた通り、やや脚をかばいながら走っていることが伺えるフォームの崩れが見て取れた。表情は苦しそうだが、声をかけると反応する余裕はあった。

トップから23分遅れの集団で超級山岳アルカリスを上る別府史之(日本、スキル・シマノ)トップから23分遅れの集団で超級山岳アルカリスを上る別府史之(日本、スキル・シマノ) photo:Makoto Ayanoフミはグルペットよりも前の集団、フェイユから3分32秒遅れの108位でゴールした。充分余裕のある表情で、淡々と登ってきた。いいグループ、いい順位だ。このステージで無理をする必要は無い。疲労しないように、明日に繋げる走りで無難にまとめた。無事調子は戻ったようだ。

下りで止まってくれたユキヤは「つらかったけど、乗り切ったのでヤマは越えました。でもまだ明日も山岳がありますが、一安心。完走出来そうです」とコメント。そのコメントから、耐えた一日だったことがうかがえる。

再び輝けるステージまでは、温存しながらやり過ごすのもツールの走り方だ。総合のタイム差が開けば、逃げは許されやすくなる。それも闘い方のひとつだ。

逃げ集団先頭のバトル、コンタドール含むライバル集団のバトル、後方の日本人2人の健闘...。ツールの難関山岳ステージ初日は、プロトンの前から後ろまで目の離せない濃密な一日になった。おかげでアンドラ・ラ・ヴィーユへ下る道の大渋滞も、深夜越えてのホテル到着も、気にならない一日だった。

text&photo:Makoto Ayano