昨年ロード世界選手権エリートロードレースに6名を送り込んだ日本。しかし今年は出場枠を獲得出来ず、1人も出場できない見込みだ。その背景には一体どんな問題があるのか。JSPORTSなどレース解説でお馴染みのサイクルジャーナリスト別府始氏によるコラムでお届けする。



日本から6名が出場した2012年ロード世界選手権リンブルグ大会日本から6名が出場した2012年ロード世界選手権リンブルグ大会 photo:Kei Tsuji世界選手権は、年に一回、世界チャンピオンを決める大会。優勝者にはアルカンシェルと呼ばれる5色の虹のジャージが与えられ、1年間そのジャージを着用できる。この大会はオリンピックと同じく、普段の所属チームではなく、国別対抗、ナショナルチームで参加することになっている。

日本ナショナルジャージを着て走る新城幸也日本ナショナルジャージを着て走る新城幸也 photo:Kei Tsuji8月15日に発表されたUCIランキングをもとに、今年のロード世界選手権の各国へ割り当てられる出場枠が決まる。正式な出場枠については、まもなくUCIからの正式発表があるはずだ。

日本はUCIアジアツアー国別ランキングで5位なので、エリート男子の出場枠が獲得できない。前回大会で現在の形式(プロアマオープン)になってから過去最高6枠を獲得していたが、今回は0枠とそのギャップは大きい。

でも私は「エリート男子の出場枠が獲得できなかった=日本のロードレース界の危機」だとは思っていない。そもそも世界選手権の出場枠の配分の仕方が、現状の日本のようなレベルの国に取っては不利な点があるからだ。

現在の日本の状況として、世界選の出場枠獲得のためにアジアなど低いカテゴリーでのポイントを稼ぎ、UCIアジアツアーの国別ランキングを上げることが必要になってくる。でも一方で、世界選手権を戦うために必要なのはヨーロッパのトップカテゴリーでの経験だ。

日本はヨーロッパに拠点を持って活動しているトッププロ選手が存在している。彼らは世界選手権で優勝争いをしている選手たちと日々走っている。しかし、昨年世界選手権の出場枠を6つ獲得するためのポイントを稼いだ選手は、アジアツアーを戦っていた選手たちだった。

世界選手権の出場枠を獲得する選手と、走って戦う選手が別の担当になり、代表選手選出の際に違和感が生じる。この矛盾はシステム上生じてしまっているのだ。選手はそれぞれが上のレベルを目指して走っている。だから間違ったことではない。

世界選の出場枠を決めるのはUCIアジアツアーの国別ランキングだ。これはUCIアジアツアーのレースはもちろん、UCIヨーロッパツアーなど他のコンチネンタルサーキットで獲得したポイントが加算される。(ちなみにこのポイントはUCI ProTeam所属の選手には付与されない)。

もちろんヨーロッパのレースでポイントを稼ぐ実力を持っていれば、それで日本のランキングをあげることができるが、そうであれば、きっと日本人のプロ選手はもっと存在しているだろうし、世界選の枠に苦労することはないはずだ。

各国のナショナルジャージを着た選手が闘いを繰り広げる各国のナショナルジャージを着た選手が闘いを繰り広げる photo:Kei Tsuji現状の日本全体の実力をふまえた上で、考えたい。

優勝者には世界チャンピオンの証であるアルカンシェル(レインボージャージ)が与えられる優勝者には世界チャンピオンの証であるアルカンシェル(レインボージャージ)が与えられる photo:Kei Tsuji日本は「参加することに意義が有る」と「優勝目指して戦う」のちょうど狭間にいる。トップカテゴリーの選手を輩出つつも、国としてみると選手の層が薄い。こういう国ではこのような問題が発生する。

では、これから日本が世界選出場枠獲得に向けて目指すにはどうしたら良いか。それはUCI ProTeam所属の選手がUCI WorldTourの個人ランキングで自ら出場枠を獲得する(最大3枠)ことだと思う。そうするとポイントを獲得した選手が世界選手権の代表になるという選出方法でもシンプルになる。

UCI WorldTour個人ランキングでは、1人でも100位以内に選手がいれば、その国には3枠が与えられる。100位以内にいなくてもランキングに入れば、1人につき1枠、最大3枠まで与えられる。ただし、ポイントを獲得できるのはUCI ProTeam所属選手の半分以下。簡単なことでない。

このフェーズに移行しできたら、次に下のカテゴリーで走るチーム、選手がアジアの国別1位を目指して出場枠を6枠に増やして、世界選手権の出場を目指すことになる。

私は間違っても世界選手権の出場枠を獲得するために、選手、チームを格下のカテゴリーを走らせてポイントを取らせるなどのコントロールはするべきでないと思っている。それぞれが「世界と戦うこと」を目標に進んでいるのだから、後戻りはさせたくない。

ちなみに、昨年は先にアジア国別ランキングで日本は1位になり、6人出場した。これは西谷泰治と愛三工業レーシングチームがポイントを大量に稼いだことに起因する。しかし当の西谷は世界選の代表を辞退した。本人としては世界選を走るよりも、アジアツアー個人1位を目指して同日開催の中国のレースに出場。結局は反日デモの影響でレース途中でリタイアを余儀なくされ、ポイントも稼ぐことができず、アジア1位にもなれなかった。

世界選の方は6人が出場したが、6人いてもいなくても同じようなレース内容だった。アジアでポイントを稼ぐのと世界選を走って戦うのとではレベルが違うというのは、去年の世界選でもはっきりしている。

「出場枠を獲得して参加することに意義が有る(経験ができる)」で良いのであればいいが、いまの日本はその先を目指す国になっている。それには日本全体のレベルアップがまだまだ必要だ。現在はヨーロッパでの活動も多くなり、成績を収める選手もいる。そして、国内レースも環境整備が進み、ひとつのシステムができつつある。

日本のロードレース界はいい方向に進んでいる。私は選手、チーム、レース、主催者、コミッセール、メディアそれぞれの立場で、日本のロードレースを取り巻く環境を見てきて、いまそれをすごく実感している。とにかく今は目先のことに捕われず、それぞれのポジションで目標を明確に捉えて、レベルアップに時間を費やす時期だと思う。ファンの方々にも、世界と戦う日本チームを期待して、応援を続けて欲しい。

text:Hajime Beppu
photo:Kei Tsuji



別府 始(べっぷ・はじめ)
1977年9月19日生まれ
J SPORTSのロードレース解説など自転車ロードレースを中心に活動するスポーツジャーナリスト。プロサイクリスト別府史之(オリカ・グリーンエッジ所属)、愛三工業レーシングチーム監督の別府匠の実兄で、スポーツアスリートマネージメント、ロードレース関係のコンサルティング、イベントプロデュースなども手がける有限会社ブルーフォート代表。
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