心配された雨はそれほど降らなかった。マルケ州のテクニカルコースで繰り広げられたマリアローザ争い。ヴィンチェンツォ・ニーバリ(イタリア、アスタナ)のマリアローザ獲得に対して「早過ぎる」という声もあるが、その走りを見る限り、このまま行ってしまうんじゃないかと思うほど勢いがある。

TT用ヘルメットは小型化が進んでいるTT用ヘルメットは小型化が進んでいる photo:Kei Tsuji
もちろんスタート前には検車が義務づけられているもちろんスタート前には検車が義務づけられている photo:Kei Tsujiローラー台で入念にアップするアレックス・ダウセット(イギリス、モビスター)ローラー台で入念にアップするアレックス・ダウセット(イギリス、モビスター) photo:Kei Tsuji

ステージレースの個人タイムトライアルでは、狙っている選手と狙っていない選手にはっきりと二分される。全員が常にアクセル全開120%で走っているかというとそうでもなく、狙っていない選手はタイムリミットを気にしながら流している。

ルールブックによると、個人タイムトライアルとチームタイムトライアルのタイムリミットはステージ優勝者のタイム+30%。つまり、ダウセットのタイムが1時間16分27秒だったので、22分56秒以内にゴールすればOKだ。

現実的にステージ上位に絡めず、総合成績も関係のない多くのスプリンターやアシスト選手とっては身体を休める日。しかし距離が長いだけに、それほど暢気に走るわけにはいかない。マリアロッサを着るマーク・カヴェンディッシュ(イギリス、オメガファーマ・クイックステップ)も「タイムトライアルは休息日のようなもの。でも54kmのアップダウンコースは僕を痛めつける」とツイートする。

ステージ優勝したダウセットの「ニンジン(前走者)を一本ずつ食べながら(追い抜きながら)走った。まぁ他のみんながゆっくり走っていただけだけど」という表現が面白い。ダウセットは遺伝性の血液凝固異常症「血友病」を患っており、世界中の患者に希望を与えたいと言う使命を胸に闘っている。

ピンクの風船はジロ・デ・イタリアの必需品ピンクの風船はジロ・デ・イタリアの必需品 photo:Kei Tsuji
ステージ5位・32秒差 スタフ・クレメント(オランダ、ブランコプロサイクリング) ステージ5位・32秒差 スタフ・クレメント(オランダ、ブランコプロサイクリング)  photo:Kei Tsuji
海鮮物が美味しいマルケ州。いつの間にかジロ・デ・イタリアは半島中部まで北上を完了している。スタート地点ガビッチェ・マーレのすぐ先はもう「北」に属するエミリア=ロマーニャ州だ。

くねくね曲がったコースはリズムが掴みにくい。テクニカルコースだけに、コントロール性を重視してTTバイクで走らなかった選手もチラホラ。DHバーも付けず、完全にノーマル仕様で走った選手は軒並みタイムを伸ばせずに下位に沈んでいるけども。

有名どころのバイクを見ると、ヴィーニファンティーニはチポッリーニのRB1000、ブランコプロサイクリングはジャイアントのプロペルを使用。主にこの2チームは、ハンドルを換装しただけのエアロロードバイクで54.8kmを走った。

天候は相変わらず不安定で、かんかん照りの晴れの時もあれば、積乱雲のような背の高い雲に覆われてザザッと降る時も。丘の上から見渡せば、常にどこかで強い雨が降っているのが見える。晴れていても、遠くから雷鳴が聞こえてくる。

コメントを取った前半スタートの選手数名は「天気が下り坂なので有利。今日はチャンスがあるかも」と意気込んでローラー台でアップしていたが、結果的にそこまで激しく雨は降らず、スタート時間によってコンディションに大きな差が出ることは無かった。長時間暑い太陽に照らされていた路面は、蓄えた熱によって雨を短時間で乾かした。

雨に濡れたパヴェを慎重に走る雨に濡れたパヴェを慎重に走る photo:Kei Tsuji
ゴールに向けてサルターラの中心地を駆け抜けるゴールに向けてサルターラの中心地を駆け抜ける photo:Kei Tsuji
この第8ステージから報道陣と観客の国籍が一気に多様化した。それまで「イタリアのレース」だったジロが一夜にして「国際的なレース」に変貌した。多国籍化は、都会からアクセスの良い地域に達したこと、マリアローザ争いにおける重要なステージが近づいていることを表している。あと、ロードバイクでレースを見にくるアマチュアサイクリストの数も増加した。

そんなグローバル化を象徴するかのようなブラドレー・ウィギンズ(イギリス、スカイプロサイクリング)は、前輪のパンクによってバイク交換を余儀なくされた。ただでさえリズムを掴みにくいコースで、ウィギンズはさらにリズムを失ってしまった。

しかし後半の平坦路でウィゴは盛り返した。「身体的に、今までで最も踏めている」との言葉通りタイムを挽回。ステージ優勝を飾ったダウセットとのタイム差を、ウィギンズはラスト3.3kmの登りだけで50秒も詰めた。他の選手たちがダンシングでクリアした10%オーバーの登りを、DHバーをガッチリと掴んだフォームで駆け上がった。

最後の登りで追い込むブラドレー・ウィギンズ(イギリス、スカイプロサイクリング)ステージ2位・10秒差最後の登りで追い込むブラドレー・ウィギンズ(イギリス、スカイプロサイクリング)ステージ2位・10秒差 photo:Kei Tsuji
ハッピーバースデー!アダム・ハンセン(オーストラリア、ロット・ベリソル)!ハッピーバースデー!アダム・ハンセン(オーストラリア、ロット・ベリソル)! photo:Kei Tsuji
ラスト3.3kmのタイムを計った地元メディアによると、エヴァンスが最も速くて6分55秒。続いてウィギンズ7分00秒、ポッツォヴィーヴォ7分01秒、ニーバリ7分03秒、スカルポーニ7分04秒、マイカ7分08秒、ヘーシンク7分12秒、エナオモントーヤ7分15秒、サンタンブロジオ7分17秒、ヘジダル7分28秒、ウラン7分38秒、ダウセット7分49秒…。マリアローザを着ながら中継にあまり写らなかったインチャウスティは7分26秒。

それまでの平坦区間での追い込み具合がタイム差に影響するとは言え、ヘジダルがエヴァンスよりも30秒以上かかっているのは意外だ。ちなみに、前日にステージ優勝を飾ってこの日誕生日を迎えたハンセンは、路上で撮影していた自分を見つけるなりピースする余裕を見せながらも7分53秒。

当初の予想を覆し、ウィギンズやエヴァンス、ヘジダルがニーバリを追う展開となったマリアローザ争い。「これでマリアローザを手に入れたとは思っていない(ニーバリ)」「まだまだタイム差は小さい。これからの2週間は地獄のようなレースになる(ウィギンズ)」という言葉通り、まだ何も決まったわけじゃない。

翌日の第9ステージは、雨のフィレンツェを見下ろすミケランジェロ広場にゴールする。

text&photo:Kei Tsuji in Saltara, Italy
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