アレッサンドロ・ペタッキがチームウェブサイトで引退を発表した。輝かしい勝利を挙げてきたスプリンターが18年のキャリアに終止符を突然打った。

アレッサンドロ・ペタッキ(ランプレ・メリダ)アレッサンドロ・ペタッキ(ランプレ・メリダ) photo:Bettini(Lampre Merida)

アレッサンドロ・ペタッキ(イタリア)がチームランプレ・メリダ公式サイトで引退を表明した。今ここで止めるという突然の引退宣言だ。

ペタッキは引退宣言にこう綴る。「僕のこれまでのキャリアは、僕のような選手が目指すような重要なレースでの勝利に彩られて、満足感でいっぱいだ。200に達する勝利で、もはや僕の人生は格別なものになった。
次の次元のことを見つけるためのターニングポイントだ。家族とももっと多くの時間を過ごしたい。こういった考えが僕にキャリアを休止させるよう導いた」。

「アレ・ジェット」の愛称をもつペタッキ。身長184cm、体重74kgのイタリアのラ・スペツィア出身の大柄なスプリンターは現在39歳。1986年から自転車レースをはじめ、1996年にプロ入り。ステージレースのスプリントステージで勝利を量産してきた。

2003年はペタッキがその名を世界に知らしめた最初の年と言えるだろう。ジロ・デ・イタリア第1ステージでマリオ・チポッリーニを破り衝撃的なグランツール初優勝を飾ると、立て続けに5勝を追加。ツール・ド・フランスでは4勝、ブエルタ・ア・エスパーニャで5勝し、グランツールの年間最多勝利数記録である15勝を挙げる。
翌年の2004年はジロ・デ・イタリアでは全21ステージ中9ステージに勝利し、ジロにおける一大会あたりのステージ最多勝数を記録。
ペタッキはジロ、ツール、ブエルタの3つのグランツールすべてでポイント賞を獲得し、2005年には春のクラシック、ミラノ〜サンレモでも勝利。ここまでに通算183勝を挙げてきた。

ペタッキのキャリアに陰りが出たのは2006年。ジロで落車により膝のお皿を割る怪我を負って以来、浮き沈みを繰り返すことに。2007年には持病の気管支喘息の治療薬であるサルブタモールの過剰摂取が原因でドーピング検査で陽性となる。CONI(イタリア五輪委員会)とFCI(イタリア自転車連盟)で処分への判断が割れ、CAS(スポーツ仲裁裁判所)の判決が出ないままレースに出場できない日が続いた。その年のジロの勝利とポイント賞が取り消され、所属したミルラムが契約を解除するなどの事態に。

しかし2009年はジロ2勝を挙げて復活。2010年にランプレに移籍し、ツールではステージ2勝とポイント賞のマイヨ・ヴェールを獲得する活躍を見せた。
2011年はカタルーニャ一周とジロでそれぞれステージ一勝づつを挙げる。しかし2012年からは勝利に恵まれていなかった。

39歳という年齢まで一線級の選手として走り続けた偉大なスプリンターはジロの後でもツールの後でもなく、今ここで自転車を降りるという決意をした。

text:Makoto.AYANO
photo:Bettini(Lampre Merida)
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