デビューとともにセンセーションを巻き起こした新型マドン。その前衛的なエアロフォルム開発の裏側には、日本人エンジニア鈴木未央さんの尽力があった。トレックワールドに来日した鈴木さんに、マドンの開発ストーリーや、エアロに関する質問を投げかけてみた。

トレックエアロ開発の中心人物、鈴木未央さん

マドンについて語る鈴木未央さん。トレックワールドが久々の来日だったというマドンについて語る鈴木未央さん。トレックワールドが久々の来日だったという photo:Kei.Tsuji
鈴木未央さん。13歳でアメリカに渡り、カリフォルニア大学に進学し化学工学と核工学を専攻し、そこでの研究課題として空気力学の基礎を学び、同時に空力学の分析をテーマに取り組む。その後、ウィスコンシン大学院にて液体力学の構造学修士号を取得した。

プレゼンテーションでマドンの開発を振り返る鈴木未央氏プレゼンテーションでマドンの開発を振り返る鈴木未央氏 photo:Kei.Tsuji大学院を卒業してからトレックに入社し、そのバックボーンを活かしてCFD(数値流体力学)解析を行う唯一のエンジニアとして、新マドンをはじめ、ホイール、ヘルメット、ハンドルバーなどのバイクおよびパーツ全般のエアロダイナミクス分析を行ない、新製品開発に大きく関わった。風洞実験における最高責任者を務めるなど、マドン誕生の中心部に携わった。

今回のインタビューでは自ら「トレックの自信作」と語るマドンとエアロヘルメットのバリスタについて、様々な角度からインタビューをしてみた。

中途半端なバイクは作りたくない。それがトレック


— 普段はトレック本社でどういったお仕事をされているのでしょうか?

普段はウォータールーのヘッドクォーターにて、CFDの解析と風洞実験のディレクションを担当しています。加えてカリフォルニア州・サンディエゴにある風洞実験施設にも足を運んで実験と検証を行っています。普段はデスクワークなのですが、2014年はイェンス・フォイクトのアワーレコードのために頻繁にサンディエゴへと通っていました。「もう向こうに住んだら良いんじゃないの?」と言われるくらい忙しかったですね。

「社員のほとんどが熱心なバイクフリーク。絶対にナンバーワンのものを作りたいという負けん気が凄い」「社員のほとんどが熱心なバイクフリーク。絶対にナンバーワンのものを作りたいという負けん気が凄い」 photo:Kei.Tsuji「インターン時代に担当したのがアイオロスのクリンチャーホイール」「インターン時代に担当したのがアイオロスのクリンチャーホイール」 photo:Kei.Tsuji— 鈴木さんがトレックに入社した理由とは、何だったのでしょうか?

もともと私はウィスコンシンの大学院で準博士号を取得しました。職を探している段階で、友人が「自転車が好きならトレックという会社がウィスコンシンにあるよ」と教えてくれたんです。それまでトレックというブランドは知っていましたが、それがまさかトウモロコシ畑の真ん中にあるとは(笑)。そして週一回行われている本社見学ツアーに参加し、その環境の良さに惚れ込みました。更に空力に関する研究も盛んに行われていましたし、私にぴったりじゃないかと思ったんですね。そこから担当者にコンタクトし、インターンとして働くことになったんです。

— まさに鈴木さんにとっては巡り合わせだったんですね。今までに携わった製品を教えて頂けますか?

一番最初に携わったのは、インターン時代にデザインしたアイオロスホイール。クリンチャーモデルが私のデザインです。それとスピードコンセプトのデザインにも参加させてもらい、今回のマドンとバリスタ、フォイクトのアワーレコードはメインになって開発しました。でも今はトレック、ボントレガー含め「エアロ」と名の付く全てが私のデスクに回ってきています。

その他はチームからの要求や質問に応えるために実験を行うこともあります。例えばジャージはどの程度タイトフィットならばエアロ効果があるのか?と言った具合ですね。

圧倒的な存在感を誇るマドン。トレックワールドでは来場者からの注目度もナンバーワンだった圧倒的な存在感を誇るマドン。トレックワールドでは来場者からの注目度もナンバーワンだった photo:Kei.Tsuji
— マドンについて伺います。今まで市場にあったエアロロードから大きく前進したフォルムですが、ここまでアイディアを詰め込むには相当に苦労があったのではないでしょうか?

そうですね。でもトレックのエンジニアは、皆本当に真面目で、負けず嫌いで、中途半端ではなく絶対にナンバーワンのものを作りたいという負けん気が凄いんです。それに社員のほとんどが熱心なバイクフリークで、レーサーで、暇が少しでもあればガンガン走りに出かけます。そうすると既存のバイクに対しての改善点や、細かい欲求が次々と見つかるんです。マドンはそういう細かいこだわりまで全て詰め込んだ、トレックらしいバイクだと思いますね。

— 既にマドンは実戦で使われていますが、選手やメカニックからの評判はいかがですか?

どちらからも良いフィードバックを得ています。1年ほど前からプロトタイプを渡していましたが、選手の大多数が気に入ってくれているようで嬉しいですね。特にファビアン(カンチェラーラ)は良い部分、気に入らない部分を丁寧に説明してくれるので、開発陣にとってはとても大切な選手だったりします。プロトタイプを渡してから意見を取り入れて改良を加え、製品化に繋げています。

空力と構造は対極。両立するのは本当に難しい


— 開発には空力とバイクとしての構造、そしてUCIルールなど、様々な兼ね合いが作用しあうと思うのですが、開発上難しかった部分はありますか?

その通りで、空力と構造は対極に位置するもの。だからマドンに関わらず、構造解析チームとはいつも議論を重ねているんです。マドンに関して私個人としては、もっとダウンチューブを薄くしたかったのですが、それでは剛性が落ちてしまうことが分かりました。ですから十分な剛性を維持できる範囲で、ベストな空力性能を発揮できるようデザインには力を入れました。今回のマドンは完全に新しいバイクですから、本当にチャレンジングなものでしたね。

特徴的なIsospeed。画期的なチューブ・イン・チューブ構造を取り入れた特徴的なIsospeed。画期的なチューブ・イン・チューブ構造を取り入れた photo:Kei.Tsuji真後ろから見ればTTバイクのような薄さ。しかし走行性能を重視した設計がなされている真後ろから見ればTTバイクのような薄さ。しかし走行性能を重視した設計がなされている photo:Kei.Tsuji

ブレーキワイヤーの干渉を防ぐ「Vector Wings」ブレーキワイヤーの干渉を防ぐ「Vector Wings」 photo:Kei.Tsujiエアロロードバイクながら、Isospeedを投入し快適性向上を図ったエアロロードバイクながら、Isospeedを投入し快適性向上を図った photo:Kei.Tsuji

— Isospeedの導入も難しい挑戦だったのでは?と思うのですが。

そうですね。本当ならもっとシートチューブを薄く作ることもできたのですが、UCIルールの制約上不可能だったんです。二重のシートチューブも初めてですし、まさにゼロからのチャレンジでした。

— ブレーキに関してはいかがですか?その兼ね合いが大きく影響した部分ではないでしょうか。

アワーレコードに挑戦したイェンス・フォイクトアワーレコードに挑戦したイェンス・フォイクト photo:Ulf Schiller/Trek Factory Racingツール・ド・フランスで使用されたマドン9シリーズツール・ド・フランスで使用されたマドン9シリーズ photo:Makoto.AYANOエンジニアの中にはブレーキを専門に担当している方がいて、私が「フォークとフレームの間にブレーキを落とし込みたい」と伝えると、一ヶ月後には完璧な製品を持ってきました。取り付け位置もたくさん議論しましたが、最終的には一般ユーザーが扱いやすく、メンテナンスも比較的簡単なこの場所に落ち着いたんです。

リアブレーキをBB下からシートステーに戻したのもメンテナンス性とのトレードオフですね。他にボトルも専用品を作ろうかとも考えましたが、レースで使うとなると専用ボトルはやはり無理がありました。

— 空力を追求すると、ブレーキのように全てのコンポーネントが専用品化されるとも思えるのですが、トレックにはそういった考えはありますか?

いえ、それはありません。ユーザーの好みもありますし。「プロトラボ」という試作製作チームがあって、カーボンでもアルミでも、何を頼んでも作ってしまう人達がいるんです。そこでは作ろうと思えば全てのパーツを形にできますが、今のところ全てを専用にする考えは無いですね(笑)。

— ヘルメットのバリスタに関してはどうでしょうか。フォイクトが使用したものがベースになっているのですか?

アワーレコードにはまだ開発中のバリスタをベースにした特別品を用意しました。その段階では既に空力の優位性は証明されていましたから。自分の手がけた製品が世界記録に役立ったので嬉しかったですね。

「外側だけではなく、内部の空気の流れも徹底的にこだわった」「外側だけではなく、内部の空気の流れも徹底的にこだわった」 photo:Kei.Tsuji
— 外側だけでなく、内部の通気性まで良く作り込まれているんですね。

やはり快適性は大事ですし、プロレースとなれば長時間にわたって装着し続けなければなりません。正面から通気孔を通して見た時、ダイレクトに後頭部の通気孔が見えれば、それは通気性の良いヘルメットの証拠。エアロヘルメットではなかなかこうした製品がありませんが、バリスタは内部までとことんこだわっています。トレックとしての自信作ですね。

平坦だけではなく、幅広い場面で使えるレーシングバイク


— ちょっと驚いたのですが、今回のトレックワールドで初めてマドンに試乗されたんですよね。感想を聞かせて下さい。

そうなんです!開発陣が製品を試せるのは本当に最後のほう。私も今回ようやく30分ほどテストできました。過剰な硬さも気になりませんでしたし、思いっきり下りに突っ込んでも不安定感がありません。ブレーキもしっかりと効きますし、自分で開発しておいてなんですが、すごく良いバイクだな、と(笑)。Isospeedもとてもスムーズですし、マドンはエアロだけではなく、様々な場面で使えると実際に感じています。

バリスタもマドンも、開発が終わった時には、本当に満足感と達成感を感じましたね。私はせっかくなら自分が設計したバイクに乗りたくて、まだ先々代のマドンを愛用しているんです。だから今はプロジェクトワンで新しいマドンをオーダーしようかな、と思っているところ。自分のバイクにするのが本当に楽しみで、ワクワクしているんです(笑)。

「これからも進化は止まりません。まだルールの範囲内で改善できることもある」「これからも進化は止まりません。まだルールの範囲内で改善できることもある」 photo:Kei.Tsuji
— マドンの登場によってロードバイク界のエアロ化が俄然進んだように思うのですが、エアロに関する展望を話せる範囲で教えて頂けますか?

新しいマドンは、素材、構造、開発研究などテクノロジーの進歩によって生まれたバイクです。テクノロジーは絶えず進歩していますし、これからも進化は止まりません。まだルールの範囲内で改善できることもありますし、2018年、2019年を見据えたプロジェクトも進めています。頭の中のアイディアをこれから形にしていく段階ですが、是非期待していて欲しいと思います。



次ページでは、マドン9シリーズのインプレッションを紹介します。テストライダーはON THE ROAD 守谷店の色川浩樹店長と、正屋の奥村貴店長の2人。次世代のエアロロードバイク、マドン9の性能はいかに。

提供:トレック・ジャパン photo:Kei Tsuji 制作:シクロワイアード