ジム・フェルト氏ジム・フェルト氏 (c)Makoto.AYANO2013年度からUCIプロツアーチームに昇格したアルゴス・シマノ(オランダ)。この若きチームに機材をスポンサードするのがドイツのバイクメーカー、フェルトだ。創業者で現社長のジム・フェルト氏に、チームへの機材供給から得られるフィードバックを通じた製品開発について話を聞いた。マーケティングの面からだけでない、チームとメーカーのバイク開発の興味深いストーリーだ。

スペインはバレンシア地方でのキャンプで見たアルゴス・シマノのチームバイクは、フェルトのフラッグシップモデルであるF1だった。フェルトのロードバイクにはおもにFシリーズと、エアロダイナミクスを追求したAR、コンフォートバイクのZ、タイムトライアルバイクのDAがある。

ここからはチームバイクの写真などを参照しながらインタビューを読み進めてほしい。


■選手たちと進める製品開発「チームととともに成長したい」



− アルゴス・シマノへの機材サポートは2年目のシーズンに入りますが、チームには満足していますか?

ええ、とても。しかしまず知ってほしいのは、たいていの会社がプロモーション活動として「売るためにはプロチームと契約しなくちゃ」と機材を供給していくなかで、私たちがどの様なスタンスでチームをサポートしているか、どのようなマッチングが良いと考えているのか、多くの人たちが知らないはずです。私達は、プロモーションより一歩進んだ観点で考えています。

私達はチームをサポートするに際し、そこに関わる「人」に重きを置いています。最初にアルゴス・シマノチームと話す時、以前サポートしていたガーミンチーム(当時のスリップストリーム)と話したのと同じことを話しました。
そして「クリーンなチームを使いたい、若いチームを使いたい」という方針にマッチしました。

我々フェルトは「有名なプロチームにお金を払って製品を宣伝してもらう」というスタンスの会社ではありません。私達がしたいのは、チームのスタートから携わり、彼らに最高の機材を提供し、我々も製品の改善を積み重ね、ともに新しいチャンピオンを生み出すことなんです。大きな資金をかけて大きな広告効果を生むこととは違うんです。

もっとも若いUCIプロツアーチームとなったアルゴス・シマノ(オランダ)もっとも若いUCIプロツアーチームとなったアルゴス・シマノ(オランダ) (c)Makoto.AYANO
ガーミンチームのサポートの後、名が知れて大きなチームからも誘いが来ましたが、どうにも自分たちのしたい事とマッチしない。その折、現GMのスペークンブリンク氏と話し、若い選手でチームを作りたい、彼らをチャンピオンに育てたいというビジョン、そして”クリーンレーシングという信条”がまさにフェルトが欲しかったものでした。

去年がサポートをした最初の年だったのですが、最初の年の結果としては信じられないくらい良くて、かなり満足しています。また、もうひとつ自分たちを表す顔として理想的だったのが、このチームが他に例を見ないくらい多くの国籍の選手を迎え入れている事です。
ドイツ人、中国人、オーストラリア人、アメリカ人ほか、みんながファミリーとしてやっていく。これがたまらなく好きなんです。自分たちの家に招待してバーベキューやろう!なんていう気さくな感じ。レースでの関係にとどまらず、私たちは友達なんです。


■アルゴス・シマノのチームバイク、フェルトF1


アルゴス・シマノがブエルタ・ア・エスパーニャ2012で駆った新モデル デュラエース9070Di2を搭載アルゴス・シマノがブエルタ・ア・エスパーニャ2012で駆った新モデル デュラエース9070Di2を搭載 (c)Makoto.AYANO
カーボンレイアップも選手のための特別なものだカーボンレイアップも選手のための特別なものだ (c)Makoto.AYANOデュラエース9070Di2はまだロゴネームのプリントがないプロトタイプデュラエース9070Di2はまだロゴネームのプリントがないプロトタイプ (c)Makoto.AYANO


− 今年チームに期待する事はなんですか? やはり勝利でしょうか。

それはもちろん(笑)。ただ、それも大事ですが、それだけじゃないんです。このキャンプでも話していることなのですが、選手にはもっとソーシャルメディアに力を入れて欲しいと言っています。ツイッターやフェイスブックでレースの事をつぶやいたりするのは、ただ単にレースに勝つよりも価値があったりすることがあります。そのライダーの出身国の人がライダーが世界中を走り回っている間も彼の活動をファンが追いかけているというのは私達にも大事な事です。選手たちにはソーシャルメディアに力を入れて欲しいと言っています。フォロワーにフェルトのこと、シマノのこと、アルゴスのことを知ってもらえるようにして欲しい。

アルゴス・シマノが駆るタイムトライアルバイク フェルトDAアルゴス・シマノが駆るタイムトライアルバイク フェルトDA

■チームと選手たちからの要求を形にするのがバイクメーカーの仕事



フェルトは2008年はガーミン・チポレに機材供給を行った。タイムトライアルを走るデーヴィッド・ミラー(イギリス)フェルトは2008年はガーミン・チポレに機材供給を行った。タイムトライアルを走るデーヴィッド・ミラー(イギリス) (c)Makoto.AYANOもうひとつ、チームをサポートしている大きな理由は選手からのフィードバックです。ご存じのとおり彼らは世界最高レベルで活躍している選手なので、私やフェルトの社の従業員なんかよりも良く自転車に乗れます。最高レベルで負荷をかけられるんです。選手からのフィードバックはバイクを構築するのにとても役立ちます。私達は特にそのフィードバックに真剣です。

他のチームは選手のいう事をそれほど聞いたりしませんし、選手もスポンサーされているがゆえに「これは最高の自転車だ」としか言わなくなるものですが、このチームでは選手も分かっており、極端には「ジム、いままで乗った自転車の中で一番ダメだよ!」なんて言える環境にあります。そう言われればこちらとしてはもっと良いバイクを作る為に尽力するだけです。ただ、今のところは満足してもらえているようで私達も嬉しいですが(笑)。

− 選手たちの乗るバイクは市販品と同じものでしょうか? 選手のバイクを見たところ、プロダクションモデルとは違い、BB30ではなくノーマルBBが採用されていますが?

そうです、よく気づきましたね! BBはシマノ用です。市販品では今一番ポピュラーなBB30を採用しています。ただチームは使うチェーンホイールがシマノ製のものに決まっているので、それに合わせてつくってあります。

BBシェルはシマノのチェーンホイールだけを使うためスペシャルだBBシェルはシマノのチェーンホイールだけを使うためスペシャルだ (c)Makoto.AYANOトップチューブ上には1T4iのメッセージがプリントされるトップチューブ上には1T4iのメッセージがプリントされる (c)Makoto.AYANO


■マーケティングでなく、レースのためだけにフレームをつくることが製品開発につながる



− 違いはそれだけですか?

いいえ、カーボンのレイアップから全部違います。チームのために特別に作っています。
今ここにあるのが1st Wave と呼んでいる2013シーズン用の新しいバイクなのですが、来週届く新しいバイクがもう一つあります。ちょっとシーズン開幕のレースには間に合いそうにないので、次のレースからとなりそうですが。

そのバイクですが、まず新しいUHCナノ・テキストリーム(Nano TeXtreme)素材を使っています。シマノ製カーボンホイールのなどでも使われているスウェーデンのオゼオン社が造るカーボン素材です。
また、新しく特別製のハイモジュラスコンポジット素材も剛性確保、軽量化、振動減少のために加えています。とても高価な素材です。

スペイン、バレンシア地方を走るアルゴス・シマノスペイン、バレンシア地方を走るアルゴス・シマノ (c)Makoto.AYANO
さらにいうと、現行のモデルはメカニカルシフトにも対応するようにダウンチューブの裏にスクリューがあって、ここにケーブルストッパーが取り付けられるんですが、新しい物は失くしています。チームのみの為にDi2用専用としているのです。特定のコンポに絞って自転車を作る際にメリットがあるためです。まずワイヤーの取り回しがきれいに見えますし、ワイヤーが中で干渉するなどの不安も除けます。レースメカニックにとっても、とても整備しやすい、取りまわし易い自転車になります。

− フェルトにはARといったモデルがあります。選手たちはときどきしか使っているように見えません。なぜもっと使わないんですか?

彼らが新しいものを試すというのはある意味難しいことではあります。なぜなら彼らはFの乗り味を、特にチームのスプリンターは気に入っていますので。


■エアロモデル”AR”の開発が進む Fのフィーリングと空気抵抗削減の両立



ガーミン・チポレが2008年ツール・ド・フランスで駆ったフェルトAR このときがARのデビューとなったガーミン・チポレが2008年ツール・ド・フランスで駆ったフェルトAR このときがARのデビューとなった (c)Makoto.AYANOそして、まだ今のところ予定でしかないのですが、新しいARの開発を進めています。プロトタイプの段階のものを4月ごろにチームに持ち込む予定です。

今使われているFシリーズはいわゆる”100%レースマシン”で、とてもクイックで反応の速いバイクで、プロライダーが非常に好むタイプのものです。

新しいモデルのARは登りの性能も良く、エアロダイナミック性能はより高いのですが、もしかしたらスプリントはFのほうが良いかもしれません。

いずれにせよ、プロトタイプなので確かなことはいえませんが。ただ蓄積してきたデータや計測方法があるので、F1の剛性レベルを基準に考えています。新しいARはとてもすごいバイクで、従来のものから大きく進化しているものになっていると思います。

− エーススプリンターのデゲンコルブやキッテルから機材面のリクエストがありますか?

ブエルタ・ア・エスパーニャ2012で5勝を挙げたジョン・デゲンコルブ(ドイツ、アルゴス・シマノ)ブエルタ・ア・エスパーニャ2012で5勝を挙げたジョン・デゲンコルブ(ドイツ、アルゴス・シマノ) (c)Makoto.AYANOもちろん。最終的に彼らがどんなものを求めるか、私から100%の答えは出せませんが、彼らは今のF1にとても満足しています。いま彼らが欲しいのは、現状のF1の性能をそのままに、エアロダイナミクス性能を付け加えること。通常のトラディショナルなロードバイクよりエアロダイナミクスに優れたモデルの方が、10〜12%アドバンテージがあります。低減された空気抵抗のぶん、仕事量が減るので1日が楽になるはずです。

今、私たちは新しいバイクにとても期待しています。私たちが年間を通してつくりあげてきた成果を見て頂くことができるでしょう。チームのためにバイクをつくり上げる過程でアメリカにも来てもらい、風洞実験を重ね、特別なものをつくり上げています。

新しいF1を作り上げた時もそうだったのですが、今までもすべてにおいてその時自分たちが持っていたものを超えるものをつくり上げることが出来ました。これが次のARを作る際の基準になるわけです。さらにDAなどのTTモデルで重ねた風洞実験や実戦でのデータも加えて新しいデザインをつくります。新しいモデルにとても期待していますし、私達はエアロダイナミクスに真剣です。


■ホビーサイクリストにアドバイス



− では、F、AR、Zとおもに3つのロードシリーズがありますが、それぞれの特徴とホビーサイクリストがどの様に選べばよいか、教えてください。

良い質問ですね。私達は3つのカテゴリーのロードバイクシリーズをつくりました。アベレージライダーにそれらが必要だと思ったからです。

まずFシリーズ。これは当時私がハンドメイドで自転車を作っていた頃からジオメトリは変わっていないのですが、ピュアレーサーバイクという位置づけです。アベレージレーサーが気に入って買うことも多くありますが、クイックなバイクで、「とても神経質なバイク」とも私たちは呼んでいます。
ただ、良いハンドリング、スプリント性能を持たせるためにはそうである必要があります。ただそれは、万人のためのものではありません。短いヘッドチューブ、長いトップチューブと、かなり「アグレッシブ」です。

フェルトZシリーズはアップライトポジションと快適な乗り味を加味したコンフォート系スポーツバイクフェルトZシリーズはアップライトポジションと快適な乗り味を加味したコンフォート系スポーツバイク (c)Makoto.AYANOしかし、例えば私の年齢にまでなると、Zシリーズの方がしっくりきます。長めのヘッドチューブ、短めのトップチューブ、長くとったホイールベースは直進安定性が高く、手を離してもまっすぐ進みます。

コンセプトに開きはありますが、Zはさらに強いレースバイクであるという側面も併せ持っています。プロレースでもときどき使われていることはご存知のとおりです。Zは誰でも乗れて、なおかつコンペティティブになれる。好きな乗り方ができるわけです。

このFとZの、2つのシリーズの中間としてARがあります。ジオメトリのバランスがちょうど中間にあたります。そこに、今多くの人が求めているエアロダイナミクス機能が加わります。プロレーサー、アベレージライダーに関わらずです。


■パリ〜ルーベのためだけのスペシャルバイク



− Zシリーズは北のクラシックなどのレース=石畳の過酷な状況の=に適していると思いますが、なぜ使わないのでしょうか? ややコンフォートでアップライト。他チームはそのようなバイクに乗っていますよね?

確かにZは非常に良いルーベバイクになります。快適性や安定性ともに高い性能があります。しかし、選手は常に自分のいつも使っている普段の機材と近しいものが良いんです。

ですので、パリ〜ルーベ仕様として特別に制作したこのモデルには、FにZの要素を取り入れました。ジオメトリーからくるライディングフォームはFと限りなく似たものに、しかしチェーンステイやフォークを長くし、ホイールベース長を稼ぎ、素材からも振動吸収性に優れるバイクに仕立てた。わかりやすく言うと、「部分修正したF」といった感覚です。パリ・ルーベで高い性能を発揮するために。

アルゴス・シマノがパリ〜ルーベで使用したワンオフのスペシャルバイクアルゴス・シマノがパリ〜ルーベで使用したワンオフのスペシャルバイク (c)Makoto.AYANO
長いステーと広いクリアランスでパヴェの泥つまり排除と振動吸収性を向上長いステーと広いクリアランスでパヴェの泥つまり排除と振動吸収性を向上 (c)Makoto.AYANOBBシェルはシマノにあわせてノーマルBBを採用しているスペシャルBBシェルはシマノにあわせてノーマルBBを採用しているスペシャル (c)Makoto.AYANO


ほかに例としては、「新しいARの乗り味がFと違わないようにして欲しい」といったような希望が出ます。選手たちにとってはいつも使っているものですから。

− パリ〜ルーベのためだけに全選手にスペシャルバイクを用意するというのは、とても大変なことですね?

正直、1つのレースにかける労力としてはかなり大きなものでした(笑)。ただ、選手の要求に応えるうえで、いつも使っているものと同じ感覚で使えるというのが一つの大きなポイントということです。ですのでそういった形になりましたし、新しいARもそうなります。


■アルゴス・シマノGM イワン・スペークンブリンク氏のコメント
「レースに必要なバイクをリクエストし、フェルトはそれに全力で応えてくれる関係」



アルゴス・シマノGM イワン・スペークンブリンク氏アルゴス・シマノGM イワン・スペークンブリンク氏 (c)Makoto.AYANOバイク選びで重要なのはイノベーション(革新、進歩)だ。チームには大勢のエキスパートスタッフがいて、機材の進化やアレンジに気を配っている。チームがレースで使うバイクを決めるとき、どのモデルがそのレースに向くかといった視点で選ぶのではなく、そのレースに勝つためにはどういったバイクが必要なのかをジムとは良く話し合う。

レースによって、エアロダイナミクス、スティフネス(剛性)、ウェイト(重量)、そられのどの要素を重視するのか、そしてそれらのバランスを考慮しながら最適な機材を選び、つくり上げていく。タイヤ、ホイール、ポジション、いろいろな要素の組み合わせの最適なバランスによって機材を選び、勝つべくしてレースに投入するんだ。

決してどのモデルのバイクを使う、といったことではなく、ジムとはそういった論点で議論をしていき、彼らはその要求に応えてくれる。決して「この新しいモデルを宣伝したいから、これに乗って欲しい」とは言わない。素晴らしい協力関係なんだ。そういった環境においても我々のチームはプロトンの中で傑出していると思う。



text&photo: Makoto.AYANO