想像を超える厳しいコースと想定以上の寒さよって、厳しい状態に追い込まれた私。いつリタイアを選択しても不思議ではない状況ではあるものの、それでも、まだまだ先を目指さなければならない理由が私にはあるのです。

今回の私のお気楽な挑戦のために事前準備から尽力くださった綾野編集長や、わざわざ何度もコースを走ってアドバイスをしに来てくれた自転車乗りの台湾バトミントン選手たちの友情。

雨は上がったものの厳しい状況は続く雨は上がったものの厳しい状況は続く これらの大きな善意に支えられている以上、私の心が折れようと、私の大切な筋肉たちがストライキを起こそうと脚を止める気にはなれません。

こんな状態でも、走りながら冷静に痙攣部位を数えてしまうのが、トレーナーならではの職業病。叫び声を堪えるあまり、歪んだ笑みに支配された表情。そんな状態でも、坂で自転車から降りるのは、避けたい負けず嫌いの頭と筋肉たちとのせめぎ合い。

太いゴムにあらゆる方向から引っ張られ続けているような感覚の中、スローモーションな動きで、1kmほどなんとか登ると、身体が温まってきたおかげか、痙攣状態をなんとか脱出。未体験の標高で、いまだかつてない筋肉達の悲鳴を聞いたのでした。

ここまでの蓄積した疲労と、標高が高くなり供給できる酸素量が減ってきたことと、直前の休憩ポイントで長い間待ちすぎたことが大きな要因になったと予想されます。休憩ポイントに辿り着く前に、素晴らしい筋肉を身につけたマウンテンバイクの選手を見つけて、しばらく一緒に走っていたのですが、途中離れてしまったため、僕が先に辿り着いた休憩ポイントで待っていたのです。

雲の中を登り続けます雲の中を登り続けます 補給ポイントの笑顔で心が温まります補給ポイントの笑顔で心が温まります


タイムアウトの時間まではかなり余裕があったため、その選手にどんなトレーニングをしているのか聞きたい一心で、凍えながら待っていたのですが、残念ながら会うことはできず。職業病というか、欲張りというか、この行為の結果、身体を冷やしすぎて悲惨な痙攣を招くとは、まだまだ未熟を痛感させられます。『もっと、真面目にレースに取り組みなさい!!』という太魯閣の仙人からのお叱りだったのかもしれません。

なんとか痙攣状態を脱したものの、恐る恐るペダルを踏みつつ、やっとの思いで標高3000m地点を通過。充実感でいっぱいになりつつ、残りの距離と標高を計算して、完走の目処がたって来たところでした。

まさかの下り坂出現にガッカリですまさかの下り坂出現にガッカリです はるか彼方にガッカリするほどの坂が続くはるか彼方にガッカリするほどの坂が続く


まさかの下り坂出現!!レース前に少しだけ聞いてはいましたが、まさかこんなに下るとは・・・。苦労して貯金した標高を、いっきに放出する悲しさはたとえ様もありません。下り坂でますます身に染みる寒さと、CS500+の表示する残酷なまでの正確な標高を表すデータに心が折れそうになりながら、ひたすら進むしかありません。

そして、いよいよ悪名高い最後の10㎞の上り坂に差し掛かります。レース前に言われていたので、ある程度の覚悟はしていたのですが、生半可な覚悟では到底上りきれない坂が続きます。斜度15%は当たり前で、18%や場所によっては20%を越えるところも出現。上半身の力もフルパワーで使って、やっとこさっとこ上り続けます。

大腿四頭筋を休ませようと、後ろ加重のシッティングで登ろうとすると、前輪が浮いてしまうことが何度も。ダンシングは、まるでその場でもがく振り子人形のよう。ほんの僅かな移動距離を必死で稼ぐ状態。ここまでくると完全に自分との戦い、忍耐の世界。

雲を見下ろす標高まで登ってきました雲を見下ろす標高まで登ってきました あの宮澤選手ですらキツそうに見えますあの宮澤選手ですらキツそうに見えます


選手達の走り方もそれぞれ。雄たけびをあげながらもがく者、心折れて自転車を押しながら進む者、涙目になりながら黙々と進む者、蛇行しながらなんとか足をつかずに進もうと頑張る者。こんなコースのレースを設定した主催者の気持ちを考えると、なんだかおかしくなってしまい、僕は薄ら笑いを浮かべながら登り続けていました。極限までいくと、人間少しおかしくなるもんなんだと自分自身で実感。

樹木境界線を越えたあたりで、急に霧が晴れ視界が広がり、素晴らしい景色がひらけてきました。辛うじて景色を楽しむ余裕が残っていることに生命力を感じつつ、フラフラしながら写真を撮ります。

一度足をついてしまうと、二度と跨って再スタートを切ることが難しい斜度なのです。さんざん激坂を登った後は、脚を回復させられる程度に坂の斜度が緩まって欲しいところ。しかし、回復走したい区間も斜度は15%越え。どうやっても回復させる術が見つからず、太魯閣の厳しすぎる仙人から与えられた試練をこなすしかないのです。

一度止まると再スタートすら困難な急坂一度止まると再スタートすら困難な急坂 何も考えずに黙々と登るしかないのです何も考えずに黙々と登るしかないのです


完全に雲を上から見ている状態。この景色どこかで見たことのある景色だなぁと考えていて、思い浮かんだのは、飛行機の上からの景色。しかし、エンジンは筋肉、燃料は食料。人間の力でこんなところまで登ってこれるものなんだと、感動の実感。景色に勇気づけられつつ、あまりの景色に見とれて、油断して転倒しないようにしながら進むと、残り3kmの案内を発見。

もうあと少しで、この地獄の坂道スパイラルから抜け出せると思ったのも束の間、さらに斜度が厳しくなります。太魯閣の仙人は想像以上にサディスティックな様子。残り3kmから先の長いこと長いこと。標識の数字を疑いたくなるくらいのしんどさ。超スローペースで悶えつつ、他の選手と励ましあいつつ、やっとの思いでゴールまで辿り着きました。

最後の坂で意気投合した地元選手と共にゴール!!最後の坂で意気投合した地元選手と共にゴール!! MAXXIS XENITH EQUIPE LEGERE。とても良いタイヤでしたMAXXIS XENITH EQUIPE LEGERE。とても良いタイヤでした


ゴールした瞬間、レースの辛さを忘れるなんて台詞を良く聞きますが、それは勝者だけに許される台詞。サイクリングモードペースだったにも関わらず、心底疲れ果てました。いまだかつてないくらいに身体を酷使した記憶が今もしっかりと残っています。

ご褒美は、ここに辿り着けた充実感と、雲の上からのこの絶景。一般道路のアジア最高地点に自転車で辿り着けた実績は一生ものの経験値です。最後まで頑張ってくれた自身の身体にも、とびきりのご褒美をあげなくてはわりが合いません。

無事にゴールして、感動をかみ締めた後は、ゴールクローズ時間まで頂上で待機。バスの中で休んだり、景色の写真を撮影したり、健闘を讃えあったりと、完走した選手達はそれぞれ思い思いに過ごします。皆が揃ったところで、バスで花蓮とは反対側の台中へと降りて行きます。そこでは表彰式やパーティーが待っているのです。そう、日本から参加された皆さんとは、ここ武嶺でお別れ。

とんでもない高地まで辿り着いたご褒美の景色とんでもない高地まで辿り着いたご褒美の景色 武嶺・標高3275mの碑 ほぼ富士山頂なみ?武嶺・標高3275mの碑 ほぼ富士山頂なみ?


僕は、花蓮に一人また戻らなければならないのです。レース中、この事実から目を背けて、考えないように考えないようにしていたのですが、いざこの現実と直面すると、またおかしな自虐的な笑いがこみ上げてきます。

とりあえず、栄養補給をして、一休み。さて、どうしたものかと考えていたところへ、救世主から声がかかります。審判車を出していた地元のボランティアスタッフの方が、車で花蓮まで戻るから、乗せていってくれるとのこと。花蓮までまた自転車で一人で下る無謀者がいるということを聞きつけて、助けに来てくれたとのこと。言葉では現しきれない感謝です。

完走者は皆勇者、日本から参加した選手の皆さん完走者は皆勇者、日本から参加した選手の皆さん 花蓮まで送り届けてくれた恩人達花蓮まで送り届けてくれた恩人達


こうして、またしても地元の方に助けられる僕。恩返しのつもりが、逆にまた助けてもらうことに・・・。車でも3時間強かかる帰り道、しかも途中また大雨の荒天模様。前がほとんど見えない中、ここを一人で下りて来ようとしていたことを思うと、ぞっとします。

車の中で、大会の感想を話しながら、ありがたく無事に花蓮まで送り届けてもらいました。更に、スタート地点の僕の心拍数を160まで急上昇させた携帯紛失現場にも寄っていただくことに。まず見つからないだろうと諦めかけていたのですが、念のために・・・。探し始めて2~3分、なんと奇跡的に芝生の上に、一日中雨に濡れた携帯電話を発見!!安堵と感謝と運命的なできごとに不思議な力を感じます。

そして、本日最後の集大成。有言実行、夜のバドミントン交流へ。私が"太魯閣ヒルクライム"を知り、事前に何度もコースを走ってアドバイスをしに来てくれた自転車乗りのバトミントン選手たちの温かい笑顔も揃っていました。

夜はまた花蓮高中でバドミントン夜はまた花蓮高中でバドミントン 翌日も台北市で地元のプロ選手と交流試合です翌日も台北市で地元のプロ選手と交流試合です


そんな彼らに感謝の気持ちを込めて、シャトルを叩き込みました。国境を越えた温かい友情に、ただただ感謝です。こうして最後の最後まで欲張って、僕の台湾への恩返しは完成されるのでした。

今回、初めて太魯閣ヒルクライムレースに参戦してみて、自然や気候に対する人間の力というのは、ものすごく小さなものであると改めて実感しました。しかし、どんなに途方もない挑戦でも、諦めずにコツコツと努力を積み重ねていくことの大切さを、教わった気がします。

体力的には非常に厳しいレースであることは間違いないのですが、それをクリアするための準備や挑戦は、それだけで人生を輝かしいものにするのではないかと思います。日本の山を登りつくしたサイクリストの皆さん、台湾太魯閣ヒルクライム、このレースは人生に一度は挑戦する価値があるものだとオススメ致します。

台湾からの帰路、来年は台湾でどんなことに挑戦するか企み中台湾からの帰路、来年は台湾でどんなことに挑戦するか企み中 未曾有の大震災に見舞われた日本に真っ先に救いの手を差し伸べてくれた台湾。対日感情も非常に良く、選手やスタッフの方、地元の方との交流も魅力のひとつです。

自転車を通しての国際交流と恩返しのために、是非来年の太魯閣ヒルクライムに参加する準備を今から始めてみてはいかがでしょうか?

レースの前後、少し長めに滞在して、台北からほど近い九フンへの観光や、有名な温泉地めぐりの自転車旅なども個人的にはオススメです。


text:Masaharu.Okawara
photo:Makoto.Ayano Masaharu.Okawara
edit:Kenji Degawa



大河原 正晴大河原 正晴 大河原 正晴 プロフィール

BICYCLE TRAINERS JAPAN 代表。
JCAサイクリングインストラクターを始め、上級救命技能、高齢者体力づくり支援士などの資格を有し、バドミントンと自転車を武器に日本各地、世界各国を駆け巡り、ウェルネスライフを実践するPERSONAL TRAINER。
都内フィットネスクラブ・自宅・出張にてパーソナルトレーニング指導したり、都内を拠点にパーソナルライド、パーソナルランニングセッションも実施する。
クライアントは運動未経験の女性からトップアスリートまで、年齢も子供から高齢者に至るまで、多岐に渡る。自身の身体能力を引き出すためのトレーニング、コンディショニングアドバイスを中心に、将来長く健康を維持するための生活習慣の見直しや提案、生涯スポーツへの挑戦もサポートもしてくれる。

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