幾多の困難を乗り越えて、どうにかこうにかスタートを切った松野四万十バイクレース。台風でショートカットされたコースだが、過酷なコンディションに難易度はあまり変わらない(ハズ)。編集部ヤスオカの1年越しのリベンジは果たして達成されたのか。限界を超えた未踏領域で栄光を掴もうとあがいた一人の男の戦いの記録。(Vol.1はこちらVol.2はこちらから)



夜明け前の林道の登りを走っていく夜明け前の林道の登りを走っていく (c)MSBR
おさかな館を出てしばらくは舗装路となる。脚も皆さん残っているので、元気のいいことこの上なく、隣のヒルクライマー・ムラタもその勢いに飲まれるようにペースを上げようとする……ところを制止する。「とにかく脚を温存していこう」と伝え、ペースダウン。不満そうな表情をするムラタだが、彼のためでもある。最初からハイペースでつっこみ、すぐに燃え尽きた昨年の苦い経験を無にするわけにはいかない。四万十の山中に散っていった昨年の自分の犠牲を最大限に活かすことが完走への第一歩のはずだ。

最初に現れるのは、距離5km平均斜度6%の若宮隧道へのヒルクライム。ガレてはいるものの舗装林道なので、難易度は高くない。来る目黒林道へ向けて体を温める程度のペースで登っていく。全体の中でもポジションは前の方を維持したまま、若宮隧道をくぐり抜け、目指すは目黒林道だ。

一つ目の林道を超えるとトンネルが待つ一つ目の林道を超えるとトンネルが待つ (c)MSBR
目黒林道は、昨年も最終盤に登場した区間。つまり、志半ばで倒れた私にとっては、初めてとなるコースだ。未舗装区間を登り始るころには、少し空が白み始めてくる。でも、まだライトの明かりを頼りに走らないといけない状況には変わりない。初っ端から一気にきつくなる勾配に逆らわず、ギアを一気に軽くする。隣を見れば苦しそうな表情のムラタ。そりゃそうだ、本格的なオフロードの登りは初めてなのだから。

急勾配でダンシングしようとして、後輪を滑らせ悪戦苦闘しているムラタ、いかにも軽量ヒルクライマーらしい登り方だが、それではかなりのパワーロスになる。落ち着いてギアを落としてシッティングで回すのを心掛けるように伝える。それでも、路面の凹凸に弾かれ気味ではあるが、先ほどよりは大分楽そうだ。勾配がキツくなるとムラタが先行し、緩まると自分が先行する。お互い上げすぎず、ペースで走り続ける。

空が白み始める中、目黒林道の1周目へと突入空が白み始める中、目黒林道の1周目へと突入 (c)MSBR
壮絶な速さを見せた日本代表チーム壮絶な速さを見せた日本代表チーム (c)MSBR昨年に比べるとかなり余裕を見せている昨年に比べるとかなり余裕を見せている


高度を上げていくとともに、だんだんと明るくなってくる。夜明けを迎えても登りは続いているが、路面を把握しやすくなった。強く雨が打ち付ける中、残念ながら景色も見えない。他愛の無い会話で気を紛らわせつつ、ひたすらこぎ続ける。昨年の中盤に登場した林道の様な激坂は無いものの、それでも脚を削り続ける勾配が続く。苦労して取り付けた42Tのラストギアに惜しみなくチェーンを掛けながら登っていくと、開けた広場に飛び出した。

ここがピークだ!という喜びでエイドステーションに駆け込む。水分と糖分を分けてもらい、休憩もそこそこに再スタート。なぜなら、この頂上地点、吹きっさらしで寒いことこの上ないのだ。できればもっと休みたかったけれど、みるみるうちに登りで火照った身体から熱が奪われていくのがわかるほど。それにここからは下り区間。さっさと下りきって、チェックポイントで休憩するべきだろう。

目黒林道の下りをこなしていく目黒林道の下りをこなしていく (c)MSBR
初めてのMTBでの下りが過酷極まりないシチュエーションとなったムラタに、「ゆっくりでいいから!」と言って先に下りだす。だが、自分もメガネに雨がついてしまい、かなり慎重に下っていくためそんなに大きな差にはならない。安全に下りをこなし、チェックポイントとなる松野南小学校へたどり着いた。

朝から降り続ける雨は、もはや気にもならなくなってきたが風がだんだんと強くなってきた。あまり身体を冷やさない方がいい、と結論して補給を受け取ったら再度スタート。もう一度目黒林道へ向かう。あと2回、あの登りをこなせば完走だ。体調的にはまだ余裕がある、ムラタもまだ大丈夫そうだ。2周目の目黒林道の入り口では、1周目にはまだ開いていなかったエイドステーションがオープン。いったん立ち止まり、ゲットしたのは鹿肉ソーセージ。ここまで、いわゆるジェル系の補給食やお菓子など甘いものしか摂取してこなかった舌は、どうやら思った以上に塩気を求めていたようで、ペロリと一本平らげた。塩気もそうだけど、温かいものが体内に入っていくだけで、力をもらった気分になる。さて、この山で育った鹿のパワーで2度目の登坂へ挑もう。

コースを覚えているのもあって、2度目の登坂はすんなりとこなしていける。もちろん、脚は相応に消耗しているのだけれど、残りがどれぐらいなのかという大まかな位置がわかっているのは精神的にとても助かるもの。ただ、一つ気になるのが1周目の時よりも、明らかに路面状況が悪くなっていること。具体的に言えば、山登りではなく河登りになっている……。おかしい、リバークロスはショートカットされたハズなんだけどナー。

ところどころには林業の集積場もところどころには林業の集積場も (c)MSBR寒さに耐えつつ登っていく寒さに耐えつつ登っていく (c)MSBR


林道の横から見える滝も水量が増してきた林道の横から見える滝も水量が増してきた (c)MSBR
ちょっと不安を抱きつつも、登りをこなして再び山頂のエイドに到着した私の目に映ったのは、風に飛ばされそうなエイドテントであった。どうやら台風がどんどん近づいているらしいことを肌で感じつつ、これはいかんと下っていく。下りも川っぷりに拍車がかかり、岩なども見えづらくなっているため、1周目よりも更なる安全運転だ。

2度目のチェックポイントでは、最終周回に向けて気合を入れなおすべく予備のソックスに履き替える。どうせすぐに濡れてしまうけれど、気合いを入れなおすにはもってこいだ。と、思ったらビニール袋に入れていたソックスは完全に水没している。まあ、ドロドロになっている今のよりはマシだ、どうせすぐ濡れるし……、ととりあえず履き替え、さらにはマッサージでもう一度最後の登りに向けて筋肉に喝を入れてもらう。

ムラタもかなり消耗しているよう。自分も相当脚がなくなってきていることが実感できる。できればここで切り上げたいくらいだし、ムラタの目は「もう良くないですか?」と訴えかけてきている。しかし、去年の挫折を乗り越えるためにここに来たのだ、コースが短縮されたとはいえ完走が目の前にぶら下がっているのである。退くわけにはいかない。火が黄金を証明する、この台風は真のMTBerを証明するはずだ。

松野中学校のエイドで、皆と一緒に阿波踊り松野中学校のエイドで、皆と一緒に阿波踊り (c)MSBRチームごとに固まって走っていく チームごとに固まって走っていく  (c)MSBR


仲間で助け合いながらゴールを目指すのがMSBRだ仲間で助け合いながらゴールを目指すのがMSBRだ (c)MSBR
そして、覚悟を決めて最後の周回へと走りだす。2周目の下りで生じた腰の痛みに気づかないふりをしながら、最後の試練へと向かっていく。やっと、1年越しのリベンジが叶うのだ、あと2時間ばかり耐えてやる。と気力を奮い立たせながら、目黒林道の舗装路を走っていく。道沿いを流れる目黒川の濁流具合が増していることも気がかりになりつつも「あと一本だ!」「ですね!」と励ましあいつつ、登っていると後ろから車がやってくる。

ちょっと狭い道だし、いったん先に行ってもらおうということで道路わきによけるとちょっと行った先で車が止まる。なんだなんだと思っていると、手を振りながら「レース中止になりましたー!」という。「えええええー!」なんてこった、ここまで来たというのに、またしても完走というトロフィーが自分の手からすり抜けていくのを感じる。

「いやー残念だなー、でも中止なら仕方ないですね!」うーん、これまでのモノローグをすべて打ち消すような明るい声で返事している奴がいるぞ、どうやらヤスオカっていうらしいんですが。どうやら話を聞くと、先頭を走っていた門田さんたちのチームが小規模な崩落を発見したのだという。流石にそれはリベンジどうこう以前の問題だ。苦痛の先に栄光があるとは言うが、苦痛を感じれなくなったら元も子もない。勇気ある撤退である、ちょっといやかなり腰が痛くなってきたことと、声の明るさに相関はないハズだ。

過酷なレースを終え、フィニッシュ!過酷なレースを終え、フィニッシュ! (c)MSBR
生きて帰ってきたぞ!と喜ぶCWチームの二人生きて帰ってきたぞ!と喜ぶCWチームの二人 (c)MSBRフィニッシュエイドではお茶が振舞われたフィニッシュエイドではお茶が振舞われた


というわけで、3度目の目黒林道に入る前にUターンし、フィニッシュ地点の松野おさかな館へと戻っていく。ここからは一つ小さめの登りがあるものの、基本的には下りのみ。ゆるゆると走っていくが、最後の登りで腰が大爆発。これは3周目カットで本当に助かったかもしれない……、と思いながらだましだまし走りフィニッシュ!2か月前の準備から始まった全行程75kmの冒険はここに幕を下ろしたのだった。

レースが終わった後は、とりあえず記念写真でも……と思いバックパックに入れていたスマホを取り出す。うーん電源が入らない……、これはいわゆる水没というやつか!?というわけで、レース中の写真がすべて消えるという事態に。妙に写真が少ないのはそのためです。

フィニッシュ後にスポーツアロマコンディショニングで悶絶するヤスオカフィニッシュ後にスポーツアロマコンディショニングで悶絶するヤスオカ トロフィーとなったガラス細工の兜トロフィーとなったガラス細工の兜 (c)MSBR

あったかーい汁物で凍えた身体を温めるあったかーい汁物で凍えた身体を温める (c)MSBR圧倒的な力で優勝した門田さん率いるチーム圧倒的な力で優勝した門田さん率いるチーム (c)MSBR


さて、事前の機材準備やら壊れたスマホやら含めると、お高くついたチャレンジとなってしまったし、データに残すことができたのは、GPSログくらいになってしまったけれど、それでもこの2度目の松野四万十バイクレースに挑戦できたのは、きっと一生記憶に残るだろう。迫りくる台風、ギリギリで回復した体調。どうにか走り出すことができた時の安堵と、どんなレースになるのかという期待。普段のライドでは味わえない、まさに”冒険”と呼ぶに相応しい経験ができたのは、松野四万十バイクレースだからこそだろう。

しかし、これは果たして完走と言っていいのだろうか?とりあえず、主催者の指示したコースは走り切ったということで完走でいいのだろうか、いや、しかし所定のコースを走り切るという意味ではDNFかもしれない……。少なくとも、昨年アルティメットを完走したイソベには、「いやいや、それは完走っていわないでしょ」とマウントされてしまった。く、くそう!!これは来年に持ち越しになりそうだ。このレポートもまさかのトリロジーになってしまったわけだが、自分の松野四万十バイクレースへの挑戦も三部作になってしまうというのは予想外である。来年こそは、万全の体調でフルコースを走り切れるよう、今から準備を始めることにしよう。

text:Naoki.Yasuoka

最新ニュース(全ジャンル)