アジア諸国のプロ選手が集まり、賞金と名誉をかけて争うロードレース「ヘルオブマリアナ」。常夏の島サイパンで行われた地獄のレースに、全日本TTチャンプとして有名な中村龍太郎さんが3年連続で出場した。昨年優勝した中村さんは、連覇できるのだろうか。中村さんによるレポート前編をお届けします。



青い海を横目に駆け抜けるヘルオブマリアナ青い海を横目に駆け抜けるヘルオブマリアナ (c)ヘルオブマリアナ2016
今年も行ってきました三年連続の参加となるHOM(Hell of MARIANAS/ヘルオブマリアナ)。無駄に長い文でお送りいたします。

サイパンへ向かうデルタ航空の航空便は一日一便。日本からの観光客が減っている現状を受けて、便数が少ないとのことで非常に寂しい。この記事で少しでも増えてくれれば嬉しく思う。

サイパンに自転車を持ち込むための輸送費は往復300ドル/台。今回は相方のバイクとあわせて2台を持ち込む予定だったので、往復で600ドルになる計算だ。そこで、BIKE SANDのケースにフレーム2台を収め、荷物を減らすことに。ホイールはいつもお世話になっているサイクル・フリーダムで借りたLOOKの二枚入りホイールバッグ2つに4本で行ってみた。

成田空港にて、スポンサーアピール(多分ダメです)成田空港にて、スポンサーアピール(多分ダメです) (c)Ryutaro.Nakamura自転車2台を収めたBIKE SAND(32kg)は超過手荷物として、ホイールバッグ×2は僕と相方の個人受託手荷物扱いとして預けることで、輸送費を往復300ドルに収めることができた。ホイールバックを一つにしたい場合はラップにクルクルする奴が1000円でできるとのこと。

フライト時間は3時間ほど。海外旅行あるあるだけど、飛行機の中はクーラーが効きすぎて寒いので一枚羽織った方が良い。いなり寿司の入った機内食を食べて、本を読んでいるとあっという間につく。

現地に着くとまずは入国審査だ。入国管理官は、強面で無愛想な人しか就職できないのだろうか。両手の指全部を登録される時に威圧感を与えてくる。「RIGHT」と言われ、ビビって間違えて左手を出した僕に対し「RIGHT」とニコリともせずに言う。ヘラヘラ笑っていたら「この国大丈夫か?」と思うので怖い方が良いのだろう。

サイパン国際空港に到着。スコールがあったのか、ムワッとしてますサイパン国際空港に到着。スコールがあったのか、ムワッとしてます (c)Ryutaro.Nakamura日系スーパーの「himawari」では見慣れた日本の食材が買えます日系スーパーの「himawari」では見慣れた日本の食材が買えます (c)Ryutaro.Nakamura次は荷物検査の兄ちゃんたちに昨年のHOMのTシャツを着ていたからか声をかけられる。僕が去年の優勝者だと言うと拳を合わせてくる。拳がやたらとでかい。「レース前は何を食っているんだ」と聞かれ、詳しく話せるほどの英語力は無いので簡単に「パスタにオリーブオイル&ソルト」と言うと、信じられないと首を振られる。「俺は10分も走れば息切れするぜ」とハァハァとジャスチャー交じりで冗談を言ってきた。確かに、乗ったら自転車が折れそうな体型だったから、「ザッツライトだね」と言っといた。

サイパンは相変わらずムワッとした湿気が多く暑い。蒸し暑さは不快ではなくて、寒い日本を飛び出してきたからか、得した気分になる。マリアナ政府観光局の一倉さんが空港まで迎えに来てくださり、ご挨拶。今回はマリアナ政府観光局の全面バックアップでの参戦でした。お世話になります。

ホテルに行く途中で「himawari」という日本系のスーパー(?)に立ち寄る。日本で買えるものがズラリと揃う。相方が「ここで生きていける!」と嬉しそうに言うので、乾いた笑いを返す。ここでは、朝早い翌日の朝食用にお握りを購入した。

お握りはキレイな三角形と言うよりは、ただ両手で圧をかけただけのいびつな形。翌日の朝に食べてみて気がついたのだが、サイズが小さい割にお米の密度が濃くて、3個でお腹一杯に。この時、屈強な男性がhimawariの厨房にいたことを思い出し、高圧がかけられていたことを納得する。同時に、彼らが天から授かった筋肉を総動員し、小さいお握りを握る姿を想像して、萌えた。

himawariで必要なものを買い揃えた後は、大会会場となっているマリアナリゾート&スパで受付を済ますことに。マリアナリゾート&スパは、空港から少し北に離れる海沿いのリゾートホテルだ。スタート/ゴール地点はホテルの目の前なので、部屋でスタートできる準備が出来て、且つレース終了後すぐに部屋に戻れてシャワーを浴びれるのは最高だ。移動の心配が無くていい。昨年もこのホテルに宿泊し、レースに臨んだ。

受付では名前を伝えると、参加賞として大会記念Tシャツとボトルをもらえる。ゴール判定のチップはシールに特殊なICがついている日本では見たことが無い仕様だ。昨年は日の出前で真っ暗なスタート前に、選手自身がつけていたのだが、今年は受付でチップをコミッセールがつけてくれた。

受付会場でケリー美枝子さん(左)と森本誠さん(右)とコースでの注意点などを共有する受付会場でケリー美枝子さん(左)と森本誠さん(右)とコースでの注意点などを共有する 昨年の優勝者である中村さんは、大会関係者からも引っ張りだこだ昨年の優勝者である中村さんは、大会関係者からも引っ張りだこだ

美枝子・ケリーさんはヘルオブマリアナの女王。今年も優勝を狙っている美枝子・ケリーさんはヘルオブマリアナの女王。今年も優勝を狙っている ヘルオブマリアナの計測用チップはシートポストに貼り付ける特殊な仕様だヘルオブマリアナの計測用チップはシートポストに貼り付ける特殊な仕様だ


受付時に変更されたのは、チップをしっかりと貼らないとレース中に剥がれてしまうからだろう。明るいところで貼り付けてくれるのだから、上手につけてくれるのかと思っていたが、少しずれている。相方のバイクに至ってはシートポストの出代が小さいせいか、チップのシールがくちゃくちゃになっていた。

「ヘルメットのLEFTSIDEにシールを貼れ」と言われてもらったシールには"RIGHT"と書いてあったりと、対応が適当。シールは粘着力が無いので、次の日のスタート地点に行く時点でピロピロ剥がれかけることに。

受付を済ませた後は、自転車を組み立てて軽く試走へ。サイパン島北部には景観の綺麗な観光スポットがいくつかある。レースでそのすべての場所を通過するのだが、通過するだけなので眺める時間は無い。

試走へ。半袖半パンで十分。外灯が無いので日の入りとの勝負試走へ。半袖半パンで十分。外灯が無いので日の入りとの勝負 (c)Ryutaro.Nakamura多くの日本兵が「万歳!」と言いながら身を投じたことから名づけられた、バンザイクリフ多くの日本兵が「万歳!」と言いながら身を投じたことから名づけられた、バンザイクリフ (c)Ryutaro.Nakamura

日が暮れても美しいマリアナリゾート&スパは、1日じゅういても飽きなさそうだ日が暮れても美しいマリアナリゾート&スパは、1日じゅういても飽きなさそうだ すっかりクリスマスムードとなったホテルで翌日の大会に先駆け記念撮影すっかりクリスマスムードとなったホテルで翌日の大会に先駆け記念撮影


もちろんロングライドイベントとして参加してる人もいるので、そういう人たちはゆっくり観光できる。スタートは6時15分、完走が認定される最終ゴール時間は13時なので、100kmを6時間45分以内に走ればいい。時速15km/hでOKだ。

僕らの試走では、ラストコマンドポストとバンザイクリフを手短に見て、急ぎ足でホテルに戻る。街灯が無いので日没後は真っ暗になるのだ。なんとか僕らは、日が落ち切る前に帰って来ることができた。

夜はマリアナ政府観光局の局長さんを迎えてディナー。ビュッフェスタイルだったので様々な料理を口にできたが、その中でもパンが一番旨かった。

プロカテゴリーに参戦する森本選手、福本選手、中村選手プロカテゴリーに参戦する森本選手、福本選手、中村選手 日の出前にヘルオブマリアナのレースはスタートする。参加人数は170名とこじんまりしていることが特徴だ日の出前にヘルオブマリアナのレースはスタートする。参加人数は170名とこじんまりしていることが特徴だ

MTBの方はマイペースでサイクリングを楽しんでいるMTBの方はマイペースでサイクリングを楽しんでいる 道路の一部が陥没している部分も通過する道路の一部が陥没している部分も通過する


次の日の起床は5時ちょうど。レーススタートは6時15分だ。前日に出走する準備を済ませておいたので、余裕を持ってお握りを食べる。himawariの屈強なシェフを思い浮かべながら。スタート15分前に部屋を出てスタート地点へ。まだ日が昇っていなくて薄暗い。

今年のエントリー人数は170人ほどだそう。僕が初参加した際の1位のFAST氏(シンハー・インフィニティ)が出場するのに加え、今年はフィリピンのプロ選手2名が参戦。昨年は台湾(3人)VSジャパン(1人)と不利な状態から勝ったディフェンディングチャンピオンの僕ですが、台湾の選手はまだ大学生だった。

今年は日本から森本さん(Mt.富士ヒルクライム優勝の賞品として招待)が来ているのでフィリピン、ロシア、日本の三つ巴の戦い。日本代表みたいな感覚で誇らしい。FAST氏とフィリピンの選手(どっちかはわからん)は、アジアツアーで戦う仲らしく、お互いにライバル視していると地元紙が報じている。その記事の一番下に僕の名前がチョロッと載っていた。

車もヘッドライトを点灯するほど暗い中、早朝のレースは進む車もヘッドライトを点灯するほど暗い中、早朝のレースは進む
レースは相変わらずの適当なスタート。「Are you ready!?」「「yeah!!」」の「yeah!!」の声が小さいのでやり直させるなど、朝6時過ぎにしてはテンションが高すぎる。夜に降った雨の影響で路面は濡れており、気を付けないと滑る。

レースはスタートしてから一時南下する。ファーストアタックはMTBのナップさん。毎年恒例である。ナップさんはすぐに戻ってきて(タレたのではなく、やめた)、先頭はイナーメの2人(僕と森本さん)が牽く。少し南下したところで、折り返すと向かい風になる。ここは先頭交代して流して走る。最初から飛ばす人はいなくて、登りが勝負どころと皆わかっている。

先頭集団の中で落ち着いて走る日本勢(左が中村さん、右が森本さん)先頭集団の中で落ち着いて走る日本勢(左が中村さん、右が森本さん) 日本勢を中心に進んでいく先頭集団日本勢を中心に進んでいく先頭集団 最初のレーダードームに至る登りに入る。キツイ勾配の坂道を直登して、両脇に草の生い茂る道をダラダラ登る。たどり着くのはくたびれてボロボロのレーダードーム。景色もへったくれもあったもんじゃない。

昨年はレースの最後に設定されていたため、非常に苦しくて長い、嫌な思い出しかなかったけど、今年は最初なのであっという間に終わった。この時点で先頭集団は8人に絞られる。レーダードームの登坂の後は、向かい風のなか力を使わないようにローテーションしながら北上していく。

平坦基調の道をしばらく進んだ後は、スーサイドクリフまで一気に駆け上がる。ようやく太陽が顔を出して路面を照らす。スーサイドクリフの頂上で折り返し、下りに入る。ここは何としても先頭で入りたかった。ココからの下りは朝日に照らされた海が一望できる。だから先頭が良い。時間にして5秒くらいしか見れないけど、この景色がHOMのコースで一番美しい。

スーサイドクリフを下り、バードアイランドとサイパンの人気スポットのグロットへ。実際には足早に過ぎていくので景色を見る時間はほぼない。太陽が出てきたものの路面はまだ濡れており、登りでダンシングすると後輪が空転する。

名所を巡っている間も登り下りは頻繁に現れて、何気ないコーナーも気を付けないと滑りそう。グロットからの短く勾配のキツイ登りで、ジャージに見慣れたセブンイレブンのマークが入っているフィリピンの選手(以降セブイレ)がペースアップ。

登りが短いことを知っていた僕は後ろにぴったりついて走る。余裕でついて行ってるように見せるため(実際はキツイ)小さく呼吸をして音を立てずについていき、後ろを振り向いて先頭交代を促されたら、大きく息を吸って時間をかけて息を吐きながら先頭に出る。その時はポーカーフェイス。

スーサイドクリフから眺めるエメラルドグリーンの海は圧巻だスーサイドクリフから眺めるエメラルドグリーンの海は圧巻だ
顔が見えない位置まで先行したら上半身を動かさずにいつも通りの呼吸に戻す。序盤なのでできるだけ強そうに見せたかった。逆にセブイレはレース中ずっときつい顔をしていた。そういう顔なのかもしれないとその時は思った(そんなわけない)。このペースアップでFAST氏が脱落したらしい。どうやら胃腸にトラブルがあったそうな。残念。

転ばないように自分は注意してても、一人で走る競技では無いロードレースにはアクシデントがつきもの。勾配の急な右コーナー、アウト側には何故かちょうどいいところに車が停車している。(サイパンは右側通行)

前を走るフィリピンの選手(以降NAVY)が車を避けようとしてドリフトをかまし、そのまま車の下にダイブ。NAVYの体が僕の前に流れてきて前輪を持っていかれる。左側を下にして落車。森本さんたちが遠くへ去っていってしまう。



夜のスコールによって濡れ、滑りやすくなっていた路面。気をつけていた中村さんだったが、フィリピンから来たプロ選手の落車に巻き込まれしまう。これまでの走行距離約30km、70kmを残し先頭グループから離脱してしまった中村さんは、果たして先頭に復帰できるのか?優勝できるのか?後篇を乞うご期待。

Report&Photo:Ryutaro.Nakamura
Photo:Gakuto.Fujiwara、Hell of Marianas

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