11月5日(木)〜8日(日)、スポーツサイクリングの世界を中心に創作活動を行う画家・山田裕司さんの『Find Your Own Road』展が行われた。2012年の『CYCLO d'ART』展、2013年の『LSD』展に続き、3度目の個展となる。山田さんの談を通し、過去の作品の変遷をも辿りながら、今回展示された鮮烈な印象の新作群に触れていく。



代々木上原駅最寄りのギャラリーSPACE8で開催された『Find Your Own Road』展代々木上原駅最寄りのギャラリーSPACE8で開催された『Find Your Own Road』展 Photo:Yuichiro Hosoda
画家・山田裕司さん。今回で3度目の個展となる画家・山田裕司さん。今回で3度目の個展となる Photo:Yuichiro Hosoda会期中、様々な人がギャラリーに足を運んでいた。以前の個展からのファンと言う方も会期中、様々な人がギャラリーに足を運んでいた。以前の個展からのファンと言う方も Photo:Yuichiro Hosoda

山田さんが世に認知された作品は、ニューヨークヤンキースのユニフォームを着た選手の胸部にクローズアップした絵。イラストレーション誌が毎号主催する誌上コンペ『ザ・チョイス』に入選した作品だ。その後も様々なジャンルのアスリート達の顔から下を描いた作品が続く。当時の意図はあえて顔を描かないことで、匿名性を持たせたかったと言う。スポーツシーンを部分的に切り取ることで、動から静、またその逆を1つの絵画の中に封じた。

彼がロードバイクに乗り始めたのがおよそ6年ほど前。当初は前述の作風を踏襲した匿名性の強いもの。しかしレースの世界にも目を向けていくと同時に、その絵は変化を始める。自転車選手を描いた作品へのシフトとともに選手の顔が入り、どの選手か判別出来る絵を描くことが増えていった。おそらく国内のサイクリストに最も見られた絵は、タイムトライアルを走るクリス・フルームの姿を描いた作品だろう。サイクルスポーツ誌の付録表紙を飾ったものだ。

『無安打』とイラストレーション誌 第163回ザ・チョイス入選作品『猛打賞』『無安打』とイラストレーション誌 第163回ザ・チョイス入選作品『猛打賞』 Photo:Yuichiro Hosodaサイクルスポーツ誌の付録表紙となった『Froome』(写真左)サイクルスポーツ誌の付録表紙となった『Froome』(写真左) Photo:Yuichiro Hosoda

加えてそれまでのややフラットかつシンプルなタッチから、描き込みと陰影のコントラストが増し、より絵が写実味を帯びてくる。2013年頃に以前の作風とオーバーラップしているのが見てとれる。「明確にここと言ったタイミングはないのだけど、自分で乗ることもそうだし、自転車の世界をさらに深く知ることで変わっていったのかな」と言うのが本人の談だ。

そして今回の『Find Your Own Road』に集った作品は、周囲の風景も取り入れた、より引いた構図の絵が主となった。画材の説明だけすればキャンバス地にアクリル絵の具の組み合わせは、2008年当時の絵と何も変わっていない。しかし、個展のテーマピクチャーとなった『New Road』をはじめ、その色彩はさらに鮮烈なものとなった。強い陰影とともに、ターコイズブルーや藍色と言った色を主体に、鮮やかさと爽やかさが与えられた絵は、遠近の効果も加わったことで見た者をサイクリングの世界へと引き込んでいく。

今回の個展のテーマピクチャーにもなっている『New Road』2015 / acrylic on canvas今回の個展のテーマピクチャーにもなっている『New Road』2015 / acrylic on canvas Photo:Yuichiro Hosoda
写実と印象を融合していったアメリカ印象派やルネ・マグリットなどが好きだと言う山田さんは、作品の中にその息吹を取り込んでいる。林の中でサイクリストが一人立ち止まる姿を描いた『Into the forest / 白紙委任状』は、ルネ・マグリットの同名作品へのオマージュとして描き始めたもので、描いているうちにこの形になっていったと言う。マグリットの作品は馬に乗る女性が林の中を行くだまし絵的な構成の作品だ。それが深緑に佇むサイクリストへと変化している。

山田さんの絵はマグリットよりも写実性を帯びているが、その精神性は近しいものがある。見た物全てを精緻に描くのではなく、省略することで我々の想像力をかき立ててくれる。人間は見えているものから見えないものを認知したり想像したりすることが出来る。ツール・ド・フランス2014におけるアルベルト・コンタドールのリタイアシーンを描いた『Silent Crash / 決断』は、後輪の一部が描かれていないが、作品全体の世界観からそれを疑問に感じる人はさほどいないだろう。

『Into the forest / 白紙委任状』2015 / acrylic on canvas『Into the forest / 白紙委任状』2015 / acrylic on canvas Photo:Yuichiro Hosoda林の中に佇むサイクリスト。『Into the forest / 白紙委任状』はルネ・マグリットの同名作品へのオマージュとして描かれた林の中に佇むサイクリスト。『Into the forest / 白紙委任状』はルネ・マグリットの同名作品へのオマージュとして描かれた Photo:Yuichiro Hosoda

『Silent Crash / 決断』2014-15 / acrylic on canvas『Silent Crash / 決断』2014-15 / acrylic on canvas Photo:Yuichiro Hosoda後輪の一部が欠けているが、想像力の補完によりそれを認知できる後輪の一部が欠けているが、想像力の補完によりそれを認知できる Photo:Yuichiro Hosoda

背景もまた同様に、どのような解釈も出来るような描かれ方をしている。『Creeping Shadow / 忍び寄る影』の地面は水の反射か、道路の模様かと言った風だし、『Last Stand / 最後の峠』は、遠景の静と近景の動を描きながら、流れる洞窟の内外の境界が曖昧に表現されており、その対比と融合の混在が不思議な感覚を呼び起こす。BMCの選手が観客のすぐ横を駆け抜ける姿を描いた『Cold Fire / 冷たい情熱』もその象徴的な作品と言える。

また、これまで海外選手やレースシーンを主とした作品が多数を占めてきた中で、最近は「日本人として何が描けるか」にもこだわっていると言う。『Kiridoshi / 切り通し』は山田さんの地元鎌倉の風景を、『Instrumental Road / 聞こえない道』は九州の道を描いたものだ。こういった作品も今後増えていく可能性がある。

『Creeping Shadow / 忍び寄る影』2014 / acrylic on wood panel『Creeping Shadow / 忍び寄る影』2014 / acrylic on wood panel Photo:Yuichiro Hosoda『Last Stand / 最後の峠』2014-15 / acrylic on canvas『Last Stand / 最後の峠』2014-15 / acrylic on canvas Photo:Yuichiro Hosoda

『Cold Fire / 冷たい情熱』2015 / acrylic on canvas『Cold Fire / 冷たい情熱』2015 / acrylic on canvas Photo:Yuichiro Hosoda
『Kiridoshi / 切り通し』2015 / acrylic on canvas『Kiridoshi / 切り通し』2015 / acrylic on canvas Photo:Yuichiro Hosoda『Instrumental Road / 聞こえない道』2015 / acrylic on canvas『Instrumental Road / 聞こえない道』2015 / acrylic on canvas Photo:Yuichiro Hosoda

『Find Your Own Road』展はすでに終了してしまったが、次の機会があれば足を運び、ぜひ山田さんの生の作品に触れてほしい。吸い込まれるような色彩のコントラストと奥行きある世界に、思わず深呼吸したくなる。そして次の瞬間には、新たな風景を求めるライドやコンペティションの一瞬に、想いを馳せてしまうことだろう。

text & photo: Yuichiro Hosoda



山田 裕司 プロフィール

山田裕司(画家)山田裕司(画家) Photo:Yuichiro Hosoda1985年鎌倉市生まれ。デザイン系専門学校でWebデザインを専攻していたが、モニター上だけで全て作品が完結し人間のセンスよりプログラミングが重視される流れに疑問を抱き独学で絵を描き始める。

当初は抽象的なコラージュ作品を制作し、アートイベントでのオークションやニューヨークでのグループ展を経験したが、日本のイラストレーションのコンペティションで野球選手をモチーフにした絵が入選したのをきっかけに、アスリートをテーマに絵を描き始める。自身がロードバイクに乗るようになったことから以後自転車レースシーンを中心に制作。

オーストリアの出版社、LURZER’S ARCHIVEが選出する世界中200名のイラストレーターのうちの一人として掲載される。他にアメリカのイラストレーションコンペ「3×3 Professional Show」「American Illustration」などで入選。他に雑誌挿絵、書籍掲載など多数。現在NHKBS1の自転車番組「チャリダー」のスタジオセットに絵を貸し出している。

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