2014/08/18(月) - 09:54
序盤から波乱が続くツール・ド・フランスの激闘に、日本中のサイクリストの視線が集まる7月。もちろん、私たち編集部が1年で最も多忙を極めるのもこの時期である事は言うまでも無い。そんな殺伐とした空気すら流れる編集部に、久し振りにあの男がやってきた。
概ね深夜の1時辺りにゴールを迎えるツールのお陰で、仮眠すら満足に取れない状況が続いている私たちに対して、空気を読めないメタボ会長から声が掛かる。「次の連休に開催の”走ってみっぺ南会津”は誰か取材に入るのかな?」
さっそく迷惑極まりないマズイ展開のスタートだ。悪い事に頼みの綱である編集長はツールの帯同取材で丸1月不在である。”おいおい!このクソ忙しい時にまた余計な仕事を増やす気かよ!”と思いつつも、ここは年長者である私が懇切丁寧に説得をするしかない。
「会長、いまはツール期間真っ最中ですし、南会津は東京から片道5時間近くは掛かりますからね。おまけにその週末は、シマノバイカーズ、全日本MTB選手権、CSC5時間耐久と3本の取材が重複していますし、無理して編集部を空っぽにすると肝心のツール記事の更新に支障をきたしますから、物理的に人員が足りません。」
おぉ!これは我ながら見事な説明だ!これだけ理路整然とした論理の前では、さすがの彼も諦めてくれるに違いない。此処は更にトドメを刺すべく説得を続ける。
「参加者が400人ほどの小規模な大会ですし、おそらく梅雨開けも間に合わないので天候の不安もありますから、今回は見送られた方がよろしいかと思いますが?」
完璧!とはまさにこの事。これだけの理論武装を突破できる輩はもはやこの世には存在しないはずだったのだが…。すっかり悦に入った私の慢心を打ち砕くかのように、オヤジが言葉を発する。
「そうなのかぁ、でもやっぱり取材は入れようよ。実はエントリーしちゃってんだよね。あの辺りは仕事で何度か行ってるから、ロケーションが抜群なのは保証するよ!それに君たちは判っていないようだが、この大会は素敵な女性ライダーの数が何気に多いんだよね。確かに人員は足りないけど、少なくとも君はヒマだよな?」
むむ、これは痛い所を突かれた。女性ライダーを餌に誘惑してくるとはこのオヤジもなかなかの策士である。おまけに私だけがヒマな事まで見透かされているのでは仕方ない。この言葉を受けて私の同伴は確定である。もっとも最初から私たちには断るという選択肢が残されていない事も判ってはいたのだが…。
こうして迎えたイベント当日の朝。前日の夜には首都圏が1時間に100mm超の豪雨に見舞われ、都心部では冠水が相次いだ。実際、東京から南会津へのクルマ移動も嵐の中を突破してきたのだが、なぜかスタート地点の”たかつえスペーシア”には燦々と太陽が降り注いでいる。ちなみに南会津の当日の天気予報は曇り時々雨で降水確率は60%だが、奇しくもこの日に九州沖縄地区の梅雨明けが宣言された。
”このオッサンはどんだけ晴れ男やねん!”と心の中で呟くも、どピーカンの晴天にはもはや呆れる事しかできない。すっかり雨中のハイエース伴走取材だと決め込んでいた私は慌てて実走取材の準備に取り掛かるも、日焼け止めすら持ってきていない。そんな私の隣では、長野県でのシマノバイカーズ取材から直接合流させた新人安岡が、眠たそうな目をこすりながら慌ただしく準備に取り掛かっている。彼こそは、会長同伴の私の重圧を少しでも減らすべく、無理を承知で私が手配した一番の被害者なのかもしれない。
ゲストライダーの絹代さんや宇都宮ブリッツェンと那須ブラーゼンの選手を先導に続々とコースに踊り出して行く参加者さんの群れ。口々に予想外の晴天を喜びながら漕ぎだす参加者さんを、晴れ渡った空と美しい山々が迎えてくれる。この集団に紛れるように私たち3人も出発だ。
舘岩川に沿って走る国道352号線をしばし西走すると、さっそく”前沢曲屋集落”が姿を現す。この前沢曲屋集落は同じく南会津に位置する”大内宿”とともに、福島県を代表する古民家集落のひとつで、曲屋(まがりや)の文字通りL字に曲がった構造が特徴だ。ここを訪れると時間がゆっくり流れているかのような不思議な感覚に陥る。
前沢曲屋集落で時代を味わった私たちは、そのまま舘岩川沿いに西走を続け、”内川AS”に滑り込む。ここで”ばんでい餅”を味わった後に目指すは今大会の目玉”屏風岩”だ。舘岩川に別れを告げ、次なる”伊南川”の上流目指して進む私たち。ここから屏風岩まで15km区間はずっと2%程の緩斜面が続くが、横を流れる伊南川の渓流の風情に助けられ、ウチの”黄色い弾丸”も楽しげに走り続けている。
ここで私は今更ながら今日のメタボ会長がシナプスではなくイエロードマーネをチョイスしている事に気付く。おまけにホイールは60mmハイトのカーボンクリンチャー、これらは完全に彼の決戦用の機材だ。これほどユルイ大会にここまでの機材で臨む意味が私には判らないし、そもそもサイクリングであれば尚更シナプスの出番では?と考えるのが自然だ。その旨を訪ねてみると、憮然とした表情のオヤジが応える。
「なぬ?君はいったい何を寝ぼけた事を言っているんだい?この大会は素敵な女性ライダーが多いんだよって伝えてあるよね?ってことは即ち決戦用イエロードマーネの出番ってことなるだろ!素敵な女性ライダー達の目に触れる以上は出来得る限りのベストを尽くすのがエチケットってもんだぞ。まったく、しっかりしてくれよ!」
”はぁ?何の決戦やねん!”とツッコミたくなるとても正気の沙汰とは思えない理論構成である。ただ、確かにメタボ会長が主張するように、この規模の大会にしては女性ライダーの数が目立っているのは確かだ。会長自身も初めて参加する大会の筈だが、なかなかどうして、このオヤジレーダーは侮れない。日頃から「経営とは即ち情報収集とその分析だ!」と豪語するだけの事はあり、エロオヤジの情報収集力には一目置かざるを得ないようだ。
こんなくだらない会話を交わしている間に、今大会一番の見どころである”屏風岩AS”に到着してしまった私たち。まずはお目当ての景色を求めて河岸に降りると、なるほど美しい岩肌がそそり立つ迫力ある自然が拡がる。その岩肌を削り取った豊富な水量を誇る清流からは、これでもかとばかりにマイナスイオンの大放出だ。まさに全身リフレッシュ!この爽やかさは何とも形容し難い心地良さだ。この屏風岩パーキング近辺は遊歩道も整備されており、サイクリングに限らずオススメできるポイントだ。
体中に美味しいマイナスイオンを吸込んだ次は、いよいよお腹に美味しいモノを詰め込む番だ。このエイドではマトン焼肉丼が振る舞われる。サイクリングイベントで丼はかなりレアな補給だが、ここで出されるマトン焼肉丼ときたら、その量たるや半端無い!下手な牛丼並盛りに引けを取らないそのボリュームは補給の域を超えて、もはや食事と言えるほどのボリュームだ。
ボリューミーなマトン焼肉丼でガッツリ食事を終えた私たちは、重い身体を引き摺りながら来た道程を戻ってゆく。コースはここ”屏風岩AS”で折り返し、伊南川沿いに下流へと進む。つまりここからはずっと下り緩斜面が続くことになる。この設定は、うっかり増量してしまった身体にはありがたい。
天気予報を嘲笑うかのように燦々と注ぐ太陽の下、渓流の豊かな表情を楽しみながら進む私たち。この国道352号はクルマ通りも殆どなく信号もほぼ皆無、おまけに坂らしい坂も無いため、ビギナーのサイクリングには抜群のロケーションだ。往路で立ち寄った”内川AS”前を通過し、久川城跡を横目に”蛇岩AS”まで30kmほど続く川沿いの平坦路は全く疲労を感じない楽チン区間だ。
”蛇岩AS”の笹団子で糖分を補給し、伊南川の対岸に渡った私たちは沼田街道を南下する。この辺りまで来ると、川面の表情は上流のそれとは違い、幅を拡げ穏やかに流れている。川面や風情の変化を楽しみながら進む私たちは、伊南川に別れを告げ、舘岩川へと戻ってきた。
事前の取材スケージュルでは、この辺りで”古町の大いちょう”の姿をカメラに収める予定になっていたのだが、あまりにノンビリ流れる時間のお陰ですっかり見落としてしまっていた。これは私たちが悪いのではない。取材に来ていることすら失念してしまうほどの長閑な風情が悪いのだ。
コース最後のエイド”舘岩物産館AS”の山菜ソバでリフレッシュを果たした私たちは、いよいよ唯一の難関、距離3.5kmで197mの標高を稼ぐ”たかつえスキー場登坂”に挑む。この登坂は私たち編集部員には問題にはならないものの、オヤジの力量を超える難易度だ。茹でダコのごとく真っ赤な表情で、決戦用イエロードマーネのBB廻りからギシギシと異音を発しながら、いまにも止まりそうな速度で黙々とペダルを廻すメタボ会長。この姿こそが日頃のパワハラに対する私たちのストレス解消には一番の良薬である。
「ぬおぉぉ~、最後にこの坂は無えよな!これじゃ楽しかったサイクリングが台無しだよ!君たちは私がここまで登れない理由が判らないと言うけど、逆にそんなに非力で華奢な君たちがガンガン登れる事の方が理解不能だよ。頼むから”取材中は10秒ルール無し”ってのを見直してくんない?」
こんなボヤキを発しながら汗だくで登坂と闘うこと20分。疲れ果てたメタボ会長がようやくゴールに辿り着く。疲労困憊の"黄色い弾丸"を横目に、ゴール会場のたかつえスペーシアには完走を喜ぶ参加者の笑顔が溢れる。が、その中にもやはり女性ライダーの姿が目立つ。彼女たちの笑顔が大会に華を添えている事も間違いない。さすがオヤジレーダーといった処だが、そもそも初参加のイベントにも関わらず、メタボ会長がどうやってこの貴重な情報を入手できたのかが気になると言うものだ。その旨を訪ねてみると、
「まぁ、君たち編集部は全員が健脚君だから判らんだろうな。この大会は最長でも距離が100kmしか無いし、おまけにゴール前にチョロっと登坂があるだけで残りは緩斜面ばかりだ。おそらく君たちには走り応えの無いつまらんコースだろ?ところが、こんな優しいコースこそが我々ビギナーが最もサイクリングを楽しめるんだよ。そしてこんな優しく楽しめるコースにこそ女性ライダーが集まるって訳さ!なんたって彼女たちは敏感だからね!」得意満面な表情で鼻の穴を膨らませながらオヤジが言葉を続ける。
「ストイックに走りを極めるドMな君たちと違って、我々オヤジ陣や女性陣は自転車を使って山河の息吹を感じ、地産の名物を味わい、仲間との会話を楽しむ。各々のレベルが異なるように、自転車の楽しみ方も様々なんだよ。もちろん人気も難易度も高いメジャーイベントの魅力は大きい。でもな、こんなユル~イ感じのイベントこそが自転車人気の底上げには絶対必要なんだよ。ビギナーでも楽しめるキツ過ぎないサイクリングイベントがね!おっと最後に忘れちゃイカンのが、走り終わったら速攻で入れる風呂がある事!これは特に女性には必須条件だから忘れんなよ!という事で私は風呂に行くから後はヨロシク!」
そう一方的に言い残して隣接する”白樺の湯”のほうへと消えて行くメタボ会長。結局の処、彼が私たちに何を伝えたかったかは定かではないが、何となく大切な事を諭されたような気がしつつ片付けに勤しむ私であった。
今回、編集部チームが実走取材にお伺いした"第3回南会津周遊ロードツアー走ってみっぺ南会津"を支えて下さった大会関係者並びにサポートスタッフの皆様に心より御礼申し上げます。 編集部一同。
メタボ会長連載のバックナンバーは こちら です
概ね深夜の1時辺りにゴールを迎えるツールのお陰で、仮眠すら満足に取れない状況が続いている私たちに対して、空気を読めないメタボ会長から声が掛かる。「次の連休に開催の”走ってみっぺ南会津”は誰か取材に入るのかな?」
さっそく迷惑極まりないマズイ展開のスタートだ。悪い事に頼みの綱である編集長はツールの帯同取材で丸1月不在である。”おいおい!このクソ忙しい時にまた余計な仕事を増やす気かよ!”と思いつつも、ここは年長者である私が懇切丁寧に説得をするしかない。
「会長、いまはツール期間真っ最中ですし、南会津は東京から片道5時間近くは掛かりますからね。おまけにその週末は、シマノバイカーズ、全日本MTB選手権、CSC5時間耐久と3本の取材が重複していますし、無理して編集部を空っぽにすると肝心のツール記事の更新に支障をきたしますから、物理的に人員が足りません。」
おぉ!これは我ながら見事な説明だ!これだけ理路整然とした論理の前では、さすがの彼も諦めてくれるに違いない。此処は更にトドメを刺すべく説得を続ける。
「参加者が400人ほどの小規模な大会ですし、おそらく梅雨開けも間に合わないので天候の不安もありますから、今回は見送られた方がよろしいかと思いますが?」
完璧!とはまさにこの事。これだけの理論武装を突破できる輩はもはやこの世には存在しないはずだったのだが…。すっかり悦に入った私の慢心を打ち砕くかのように、オヤジが言葉を発する。
「そうなのかぁ、でもやっぱり取材は入れようよ。実はエントリーしちゃってんだよね。あの辺りは仕事で何度か行ってるから、ロケーションが抜群なのは保証するよ!それに君たちは判っていないようだが、この大会は素敵な女性ライダーの数が何気に多いんだよね。確かに人員は足りないけど、少なくとも君はヒマだよな?」
むむ、これは痛い所を突かれた。女性ライダーを餌に誘惑してくるとはこのオヤジもなかなかの策士である。おまけに私だけがヒマな事まで見透かされているのでは仕方ない。この言葉を受けて私の同伴は確定である。もっとも最初から私たちには断るという選択肢が残されていない事も判ってはいたのだが…。
こうして迎えたイベント当日の朝。前日の夜には首都圏が1時間に100mm超の豪雨に見舞われ、都心部では冠水が相次いだ。実際、東京から南会津へのクルマ移動も嵐の中を突破してきたのだが、なぜかスタート地点の”たかつえスペーシア”には燦々と太陽が降り注いでいる。ちなみに南会津の当日の天気予報は曇り時々雨で降水確率は60%だが、奇しくもこの日に九州沖縄地区の梅雨明けが宣言された。
”このオッサンはどんだけ晴れ男やねん!”と心の中で呟くも、どピーカンの晴天にはもはや呆れる事しかできない。すっかり雨中のハイエース伴走取材だと決め込んでいた私は慌てて実走取材の準備に取り掛かるも、日焼け止めすら持ってきていない。そんな私の隣では、長野県でのシマノバイカーズ取材から直接合流させた新人安岡が、眠たそうな目をこすりながら慌ただしく準備に取り掛かっている。彼こそは、会長同伴の私の重圧を少しでも減らすべく、無理を承知で私が手配した一番の被害者なのかもしれない。
ゲストライダーの絹代さんや宇都宮ブリッツェンと那須ブラーゼンの選手を先導に続々とコースに踊り出して行く参加者さんの群れ。口々に予想外の晴天を喜びながら漕ぎだす参加者さんを、晴れ渡った空と美しい山々が迎えてくれる。この集団に紛れるように私たち3人も出発だ。
舘岩川に沿って走る国道352号線をしばし西走すると、さっそく”前沢曲屋集落”が姿を現す。この前沢曲屋集落は同じく南会津に位置する”大内宿”とともに、福島県を代表する古民家集落のひとつで、曲屋(まがりや)の文字通りL字に曲がった構造が特徴だ。ここを訪れると時間がゆっくり流れているかのような不思議な感覚に陥る。
前沢曲屋集落で時代を味わった私たちは、そのまま舘岩川沿いに西走を続け、”内川AS”に滑り込む。ここで”ばんでい餅”を味わった後に目指すは今大会の目玉”屏風岩”だ。舘岩川に別れを告げ、次なる”伊南川”の上流目指して進む私たち。ここから屏風岩まで15km区間はずっと2%程の緩斜面が続くが、横を流れる伊南川の渓流の風情に助けられ、ウチの”黄色い弾丸”も楽しげに走り続けている。
ここで私は今更ながら今日のメタボ会長がシナプスではなくイエロードマーネをチョイスしている事に気付く。おまけにホイールは60mmハイトのカーボンクリンチャー、これらは完全に彼の決戦用の機材だ。これほどユルイ大会にここまでの機材で臨む意味が私には判らないし、そもそもサイクリングであれば尚更シナプスの出番では?と考えるのが自然だ。その旨を訪ねてみると、憮然とした表情のオヤジが応える。
「なぬ?君はいったい何を寝ぼけた事を言っているんだい?この大会は素敵な女性ライダーが多いんだよって伝えてあるよね?ってことは即ち決戦用イエロードマーネの出番ってことなるだろ!素敵な女性ライダー達の目に触れる以上は出来得る限りのベストを尽くすのがエチケットってもんだぞ。まったく、しっかりしてくれよ!」
”はぁ?何の決戦やねん!”とツッコミたくなるとても正気の沙汰とは思えない理論構成である。ただ、確かにメタボ会長が主張するように、この規模の大会にしては女性ライダーの数が目立っているのは確かだ。会長自身も初めて参加する大会の筈だが、なかなかどうして、このオヤジレーダーは侮れない。日頃から「経営とは即ち情報収集とその分析だ!」と豪語するだけの事はあり、エロオヤジの情報収集力には一目置かざるを得ないようだ。
こんなくだらない会話を交わしている間に、今大会一番の見どころである”屏風岩AS”に到着してしまった私たち。まずはお目当ての景色を求めて河岸に降りると、なるほど美しい岩肌がそそり立つ迫力ある自然が拡がる。その岩肌を削り取った豊富な水量を誇る清流からは、これでもかとばかりにマイナスイオンの大放出だ。まさに全身リフレッシュ!この爽やかさは何とも形容し難い心地良さだ。この屏風岩パーキング近辺は遊歩道も整備されており、サイクリングに限らずオススメできるポイントだ。
体中に美味しいマイナスイオンを吸込んだ次は、いよいよお腹に美味しいモノを詰め込む番だ。このエイドではマトン焼肉丼が振る舞われる。サイクリングイベントで丼はかなりレアな補給だが、ここで出されるマトン焼肉丼ときたら、その量たるや半端無い!下手な牛丼並盛りに引けを取らないそのボリュームは補給の域を超えて、もはや食事と言えるほどのボリュームだ。
ボリューミーなマトン焼肉丼でガッツリ食事を終えた私たちは、重い身体を引き摺りながら来た道程を戻ってゆく。コースはここ”屏風岩AS”で折り返し、伊南川沿いに下流へと進む。つまりここからはずっと下り緩斜面が続くことになる。この設定は、うっかり増量してしまった身体にはありがたい。
天気予報を嘲笑うかのように燦々と注ぐ太陽の下、渓流の豊かな表情を楽しみながら進む私たち。この国道352号はクルマ通りも殆どなく信号もほぼ皆無、おまけに坂らしい坂も無いため、ビギナーのサイクリングには抜群のロケーションだ。往路で立ち寄った”内川AS”前を通過し、久川城跡を横目に”蛇岩AS”まで30kmほど続く川沿いの平坦路は全く疲労を感じない楽チン区間だ。
”蛇岩AS”の笹団子で糖分を補給し、伊南川の対岸に渡った私たちは沼田街道を南下する。この辺りまで来ると、川面の表情は上流のそれとは違い、幅を拡げ穏やかに流れている。川面や風情の変化を楽しみながら進む私たちは、伊南川に別れを告げ、舘岩川へと戻ってきた。
事前の取材スケージュルでは、この辺りで”古町の大いちょう”の姿をカメラに収める予定になっていたのだが、あまりにノンビリ流れる時間のお陰ですっかり見落としてしまっていた。これは私たちが悪いのではない。取材に来ていることすら失念してしまうほどの長閑な風情が悪いのだ。
コース最後のエイド”舘岩物産館AS”の山菜ソバでリフレッシュを果たした私たちは、いよいよ唯一の難関、距離3.5kmで197mの標高を稼ぐ”たかつえスキー場登坂”に挑む。この登坂は私たち編集部員には問題にはならないものの、オヤジの力量を超える難易度だ。茹でダコのごとく真っ赤な表情で、決戦用イエロードマーネのBB廻りからギシギシと異音を発しながら、いまにも止まりそうな速度で黙々とペダルを廻すメタボ会長。この姿こそが日頃のパワハラに対する私たちのストレス解消には一番の良薬である。
「ぬおぉぉ~、最後にこの坂は無えよな!これじゃ楽しかったサイクリングが台無しだよ!君たちは私がここまで登れない理由が判らないと言うけど、逆にそんなに非力で華奢な君たちがガンガン登れる事の方が理解不能だよ。頼むから”取材中は10秒ルール無し”ってのを見直してくんない?」
こんなボヤキを発しながら汗だくで登坂と闘うこと20分。疲れ果てたメタボ会長がようやくゴールに辿り着く。疲労困憊の"黄色い弾丸"を横目に、ゴール会場のたかつえスペーシアには完走を喜ぶ参加者の笑顔が溢れる。が、その中にもやはり女性ライダーの姿が目立つ。彼女たちの笑顔が大会に華を添えている事も間違いない。さすがオヤジレーダーといった処だが、そもそも初参加のイベントにも関わらず、メタボ会長がどうやってこの貴重な情報を入手できたのかが気になると言うものだ。その旨を訪ねてみると、
「まぁ、君たち編集部は全員が健脚君だから判らんだろうな。この大会は最長でも距離が100kmしか無いし、おまけにゴール前にチョロっと登坂があるだけで残りは緩斜面ばかりだ。おそらく君たちには走り応えの無いつまらんコースだろ?ところが、こんな優しいコースこそが我々ビギナーが最もサイクリングを楽しめるんだよ。そしてこんな優しく楽しめるコースにこそ女性ライダーが集まるって訳さ!なんたって彼女たちは敏感だからね!」得意満面な表情で鼻の穴を膨らませながらオヤジが言葉を続ける。
「ストイックに走りを極めるドMな君たちと違って、我々オヤジ陣や女性陣は自転車を使って山河の息吹を感じ、地産の名物を味わい、仲間との会話を楽しむ。各々のレベルが異なるように、自転車の楽しみ方も様々なんだよ。もちろん人気も難易度も高いメジャーイベントの魅力は大きい。でもな、こんなユル~イ感じのイベントこそが自転車人気の底上げには絶対必要なんだよ。ビギナーでも楽しめるキツ過ぎないサイクリングイベントがね!おっと最後に忘れちゃイカンのが、走り終わったら速攻で入れる風呂がある事!これは特に女性には必須条件だから忘れんなよ!という事で私は風呂に行くから後はヨロシク!」
そう一方的に言い残して隣接する”白樺の湯”のほうへと消えて行くメタボ会長。結局の処、彼が私たちに何を伝えたかったかは定かではないが、何となく大切な事を諭されたような気がしつつ片付けに勤しむ私であった。
今回、編集部チームが実走取材にお伺いした"第3回南会津周遊ロードツアー走ってみっぺ南会津"を支えて下さった大会関係者並びにサポートスタッフの皆様に心より御礼申し上げます。 編集部一同。
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メタボ会長
身長 : 172cm 体重 : 82kg 自転車歴 : 5年
当サイト運営法人の代表取締役。平成元年に現法人を設立、平成17年に社長を辞し会長職に退くも、平成20年に当サイトが属するメディア事業部の責任者兼務となったことをキッカケに自転車に乗り始める。豊富な筋肉量を生かした瞬発力はかなりのモノだが、こと登坂となるとその能力はべらぼうに低い。日本一登れない男だ。
身長 : 172cm 体重 : 82kg 自転車歴 : 5年
当サイト運営法人の代表取締役。平成元年に現法人を設立、平成17年に社長を辞し会長職に退くも、平成20年に当サイトが属するメディア事業部の責任者兼務となったことをキッカケに自転車に乗り始める。豊富な筋肉量を生かした瞬発力はかなりのモノだが、こと登坂となるとその能力はべらぼうに低い。日本一登れない男だ。
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