1年前のレースで激しく転倒、立つこともできない重傷から復活し、全日本タイトルを手にした平林安里(スコット・テラシステム)。名実ともに日本最速のXCOレーサーとなったこの一年間に何を感じ、何をしたのか。その答えを聞いた。



全日本タイトルを手にした平林安里(スコット・テラシステム)全日本タイトルを手にした平林安里(スコット・テラシステム)
【平林安里(ひらばやし あり)プロフィール】MTB・XCO(クロスカントリーオリンピック)選手。1997年5月14日生、長野県白馬村出身。ジュニア時代はアルペンスキー選手として勝利を重ね、トレーニングとしてマウンテンバイク競技に参戦、国内最強のジュニアとして名を馳せる。高校卒業と同時にマウンテンバイクに専念しプロ契約選手に。U23、エリートでの勝利を重ねるも2021年11月に転倒し背骨を骨折。そこから1年でXCO全日本チャンピオンに。
平林安里・公式ブログ http://arihirabayashi.blogspot.com/

背骨骨折から1年で復活、自身初のXCOチャンプ獲得

全日本選手権XCOを制した平林安里(TEAM SCOTT TERRA SYSTEM)全日本選手権XCOを制した平林安里(TEAM SCOTT TERRA SYSTEM) photo:Makoto AYANO
11月下旬に行われた2022年MTB全日本選手権男子XCOで、誰も敵わない圧倒的な走りで勝利した平林安里。これまで何度も勝ち取ってきたジュニアとU23のXCOタイトルに、ついにエリートクラスのタイトルが加わった。

しかし今年はいつものシーズンとは明らかに異なる事情があった。ほぼ1年前に平林はレース中に激しく転倒し、背骨6カ所を骨折したのだ。ほぼ寝たきりだった大怪我からの復活を強いられのだ。どう治し、どう鍛え、何を変えたのか。名実ともに日本最速のマウンテンバイクXCOレーサーとなった平林に、この一年の話を聞いた。

平林安里(スコット・テラシステム)平林安里(スコット・テラシステム)
--全日本チャンプおめでとうございます。大変な一年でしたね。

まずは回復に専念することが非常に重要だったので、身体の状態をまずは戻す作業が多い一年だったと思います。

--本当に0からのスタートでした、どんな心持ちでした?

まずは病院からの診察結果をもとに、ちょっとずつ自分でできる動作をして、体を動かしていて、身体を回復させていったという感じです。

--気持ちの上下はすごかったんじゃないかと思います。

でも落ち込んでる余裕もないぐらい体力も落ちてましたから。もうとにかく日常生活を送れる状態まで戻すことにまず集中していたので、とにかく必死でした。

とにかく冬場は回復を、体幹トレーニングをメインに

レース中に転倒した背骨には7月までボルトが入っていたレース中に転倒した背骨には7月までボルトが入っていた
--事故が起こったのは1年前、2021年11月5日でした。

怪我してからの最初の2週間近くは寝たきりの状態でしたから。立つこともできない状態だったので。その状態でまずは手術を受けて、そこから日常生活が送れるように歩行練習とか、そういう練習に移っていったという感じです。

とにかく冬場は回復ですね。体幹トレーニングなどできることを続けて。以前に足りなかった部分も鍛えつつ、身体も戻して行くっていうやり方でした。

2月になってきたら、少しずつ自分の脚で日常生活を送れるようになってきたので、歩いたり、体幹トレーニングしたりっていうことを多めにして。あとは室内でエアロバイクに乗って、とにかく体力の回復に努めたという感じです。

やるしかない状況だったので、選択の余地はなかったと言いますか。体をとにかく回復させて鍛えるしか、怪我から復帰する方法もないですから。とにかくそこに集中した感じですね。

MTBの下り系種目にも積極的に参加する平林安里MTBの下り系種目にも積極的に参加する平林安里
--自転車に再び乗れるようになったのは?

今年の4月に乗り始めました。ちょうど菖蒲谷のレースの一週間前ぐらいに乗り始めたんですけども。レースは4月の最終週で。そこから乗り始めてという感じだったですね。本当に直前から乗り始めました。

レースは想像より走れていたという感じですね。3位になって。完走できればいいかなと思ってたんですけども、想像以上に走れたかなって思ったんです。

これには理由があって、リハビリの一環として、冬場に進めてきた山岳スキーを2月から始めていたんですが、そのトレーニングが非常に有効だったんだっていう事に気付きました。

リハビリだった山岳スキーで、予想以上にカラダが仕上がった

--山岳スキーとは?

トレーニングに山岳スキーを取り入れたトレーニングに山岳スキーを取り入れた 雄大な白馬の山を滑り降りる雄大な白馬の山を滑り降りる 山を登って滑る山岳スキー山を登って滑る山岳スキー


スキーの裏にシールをつけて登り、滑る、たまにスキーを外して走ることもあるレースです。『スキーモ』っていう名前の競技で、ミラノ・コルティナ2026冬季オリンピックの正式種目になったものです。それを地元・白馬の先輩に『歩くだけだったら負荷もかからないから』って誘われました。最初は本当に滑らず、山の上で歩くだけだったんですけど。それが全身を非常に使う動きで、だからこそ上半身も下半身もすごくバランスよく鍛えられたと思いますね。

特に白馬だと、冬場だと雪が積もって自転車には乗れないんです。その点、山岳スキーだと山の上でトレーニングを行えるので、標高が高いところで追い込めるんですよね。だいたい標高2000mぐらいのところ、北アルプスあたりでのトレーニングがすごく効いたなって感じました。身体の絞れ方もそうですし、基礎体力っていう面で良い形で体が仕上がっていたのが分かりました。

--自転車に関して特別なトレーニングは?

自転車に関しては、特別なことはしていないですね。山岳スキーで得られた基礎体力をどう自転車に活かすかが重要で、菖蒲谷の前の1週間では、そこで得たフィジカルを自転車の動きを落とし込むという作業を多くしました。とりあえず乗り込んで、自転車に乗る感触を身体でどんどん思い出して行くっていう感じで、淡々と進めてきた感じです。

XCレーサーの中でも屈指のテクニックを誇るXCレーサーの中でも屈指のテクニックを誇る
ただ、まだ背中にはボルトも入っていたので、無理ができる状態でなかったんですけれど、それでもすごくリハビリ中のメニューがうまく進んだんだっていう感覚がありました。

自転車に関しては、7月の抜釘手術が終わってから、バイクセッティングが大きく変わりました。それがとにかく後半戦での結果を左右した、結果が出るターニングポイントになったと思います。

「とにかくタイムです、タイムでパーツを選びます」

平林が勝利したチャンピオンマシン。スコット SPARK RCチームイシューだ。前後サスのトラベルは共に120mm。リアサスのユニットをBB周辺に収納してあるのが大きな特徴だ平林が勝利したチャンピオンマシン。スコット SPARK RCチームイシューだ。前後サスのトラベルは共に120mm。リアサスのユニットをBB周辺に収納してあるのが大きな特徴だ
--具体的にはどんな機材セッティングを?

僕もまだ手探りの段階なので、またこの先数か月後とか一年後には、また言うことが変わるとは思うんですが。ただ、現時点で話せる範囲では、やっぱりタイヤです。最近、チャオヤンタイヤのPHANTOMというレース用モデルのタイヤを使い始めました。

バイクも120mmストロークサスになって、下りも上りも剛性とスピードレンジが上がってるので、そこに合わせたタイヤを使う必要が出てきました。ノブが低く、面圧で走れて、転がりのいいタイヤをとにかく必要としていた感じですね。

平林が最もタイムに関わるパーツだとするのがタイヤ。低いノブと転がりの速さを求めて。実際にタイムが出たタイヤ、チャオヤン・ファントムスピード 29x2.2を7月から使う平林が最もタイムに関わるパーツだとするのがタイヤ。低いノブと転がりの速さを求めて。実際にタイムが出たタイヤ、チャオヤン・ファントムスピード 29x2.2を7月から使う photo:Koichiro Nakamura
いろいろなメーカーのタイヤも試してタイムテストしてきた中で、タイムが出たのがこ今使っているこのタイヤなんです。何年もテストしてきた同じコースですごくいいタイムが出た、なんか久々にすごくいいタイヤに当たったな、と思いました。

--パーツをコース実走でタイムを測って選ぶことをやったということですか?

やっています。岩岳の練習コースですが、アップダウンで測っています。

上りだけ、下りだけではなく、周回のアップダウンのコースで走った時にベストタイムが出るか出ないかっていうところをセッティングの基準にしています。大きくはサスペンションのエア圧と減衰(=リバウンド)ですね。やっぱりクロスカントリーレースは上りも下りもあるので、やっぱりそこのトータルのバランスを考えます。

感覚よりもタイムです。乗り味がいいとかではなく、とにかくタイムでセッティングします。やっぱりレースで速い方を選びたいですから。

なんか逆に、怪我したことでちょっと気持ち的にも余裕が出てたんで、タイヤを始めいろいろな車両部品をテストできたのは大きかったですね。クランク長、Qファクター、タイヤ、ステム、ハンドル幅...。全部試して、半年で相当な量のテストができたんですよね。自転車の意識で変わった部分はどこかっていうと、そこが非常に大きかった。

今シーズンもそういったテストをこなしてきて、実戦で走る中で失敗もかなり多く積み重ねてきているので、その中から得たノウハウとデータで、良い選択が出来るようになってきたかなと思います。

それが結果としてうまく出たのが10月のFDAジャパンMTBカップでした。あのレースは機材のセッティングがうまく行ったんだなって感触がありました。

シーズン後半に機材が定まり、カラダも自由に。チャンピオンへ一直線

FDA JAPAN MOUNTAIN BIKE CUP XCOで世界のトップ選手と伍して走るFDA JAPAN MOUNTAIN BIKE CUP XCOで世界のトップ選手と伍して走る photo:Koichiro Nakamura
--トップの招待選手と二人で牽制しながらの走りは見事でした。

海外選手の走りを間近で見れたことは、すごく貴重でした。あの日の最高のコンディションで、一対一でタイム比較ができたのは、多分ヨーロッパに行ってもできないことです。ヨーロッパではやっぱり選手の数も多いので、一対一ではなかなか走れない。

一対一で走りを間近で見て、その走りから得たものを自分のバイクに落とし込む。そういうのは実際に近くで走ってみないとわからないことが多かったので、あれはすごくいい機会でしたね。

FDA JAPAN MOUNTAIN BIKE CUP XCOで日本人最高位の2位に入った平林安里FDA JAPAN MOUNTAIN BIKE CUP XCOで日本人最高位の2位に入った平林安里 photo:Koichiro Nakamura
--方向性の正しさを確認できた?

そうですね。おおよそ当たっていることがわかったので。たぶんまだこれから先もどんどん探って、詰めていかなきゃいけない部分がたくさんあるかなっていうのを感じたレースではありました。

シーズン後半、7月の抜釘手術が終わってから、身体もシーズン前半より動く状態になってきたので。今年は逆に、怪我したシーズンを有効に使えたかなと思います。身体だけにフォーカスするんじゃなく、機材面にもしっかり集中できたのがすごく大きかったと思います。

レース結果も重要、でも自転車に乗れる普通の生活がどれだけ幸せかと

--今年のチーム、メインはご両親とメカニックですが、安里選手の復活という大きな目標があったからでしょうが、とてもうまく機能しているように見えました。

家族を始め、メカの榎本さん(平林のパーソナルメカニック・榎本真弥氏)もそうですけれど、チームで話し合う場を何度も設けられたのはすごく大きかったと思います。メカとライダーの意思疎通、僕と榎本さんがとことんまで話しあうことで、機材とレースの走りの内容の理解度を高められたのがすごく重要でしたね。

ドライコンディションながら、修善寺のXCコースで既にその速さを証明していたドライコンディションながら、修善寺のXCコースで既にその速さを証明していた photo:Koichiro Nakamura
タイヤ特性に関しても、僕も榎本さんも知らないことがたくさんありましたし、機材のセッティングに関しても、この車両のサスペンションバランスが大きく出るというのがわかったので。

MTBはフィジカルを使うスポーツですが、やっぱり機材なんですね。どうしてもないがしろにはできない部分がある。機材の劣っている部分をフィジカルで補い切れるかっていうとそうでもないですし、いい機材を使って初めて身体が仕上がる部分もある。これを実感したレースもあったので、自分として、これからもいろいろ探っていきたいと思っています。

怪我してからは、もうやるしかなかったので、機材に関しても必死でした。そこでやっぱり手伝ってくれた家族とか、榎本メカとか、本当に多くの方の協力があってこその今なので、そこは自分ひとりじゃ絶対無理でしたね。

--2023年に目指すものは?

来シーズン、ワールドカップで世界と戦う平林が見れることに期待したい来シーズン、ワールドカップで世界と戦う平林が見れることに期待したい photo:Koichiro Nakamura
来年はワールドカップに行ってみたいです。本場のレースで、彼らの使っている道具とか走り方をどんどん学びたい、間近で見たいっていう気持ちです。

なんかワクワクしますよね。結果がどうこうよりも、今はこういうことをしているんだ、とかいうのを実感しながら、実際に自分もやってみて、伸びるか伸びないのかを見ていくのが、すごく楽しみだなと思います。

いい結果を出すのも重要かなと思いますが、自転車に乗って普通に生活できることが、どれだけ幸せなことかを、去年の事故から実感できた一年でした。入院中は「もしかしたら麻痺が出て日常生活を送れないかもしれない」などと言われていたんですが、でもその状態からここまで戻ることができて、本当に良かったと思います。

でもこれは自分だけじゃなくて、本当に、お医者さん、家族、スタッフ、応援してくれている方々の支え、それらがあっての復帰だったと思います。



平林安里を勝利に導いた機材については詳しく、別記事にてお届けする。

【平林安里・激動の一年間 2021年11月〜2022年11月】

2021/11/5 全日本選手権XCEにて転倒、背骨(胸椎)骨折6箇所、周辺靭帯損傷
 11/18 手術、折れた骨をボルトで固定、骨盤から切り取った骨を移植
 12/3 退院、歩行練習
2022/1 体幹トレーニング
 2月 山岳スキーを始める
 4/17 自転車に再び乗り始める
 4/24 Coupe du Japon 菖蒲谷大会 XCO 3位
 5/5 Coupe du Japon びわ湖STAGE XCO 3位
 5/22 やわたはま国際MTBレース2022 XCO DNF
 6/5 Coupe du Japon MTB白山一里野大会 XCO 優勝
 7/5 抜釘手術
 7/13 退院
 9/11 Coupe du Japon 京都美山STAGE XCO 27位
 9/25 クロスカントリー in 深坂自然の森 XCO 3位
 10/5 運動制限解除
 10/16 Coupe du Japonくまもと吉無田国際  XCO 3位
 10/30 FDA JAPAN MOUNTAIN BIKE CUP XCO 2位(日本人最上位)
 11/5 全日本選手権XCC 9位
 11/20 全日本選手権 XCO 優勝 自身初のXCOエリート全日本タイトル獲得


intewview&text: Koichiro Nakamura

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