坂道が始まりダンシングをしている時、ローラーで高い負荷をかけている時。トレーニングメニューをこなすことに集中し、もがき苦しむ度にビンタン島で皆に置いて行かれたことを思い出す。今も、私の周りをすり抜けて行くライバル達の残像を感じる。とても悔しい。



1ヶ月前に参加したツール・ド・ビンタン1ヶ月前に参加したツール・ド・ビンタン ...は、人生初の落車を決めてリタイアという悔しい結果に。...は、人生初の落車を決めてリタイアという悔しい結果に。


インドネシアはビンタン島で3日間に渡り開催されたアマチュアレース、Tour de Bintan(以下TDB)2016からもうじき1ヶ月が経とうとしていた。そして私は、夫の太郎と共に次戦への準備を整えている最中だった。

あの時、ビンタンでは、もちろん一人旅になることを覚悟していた。むしろパンクや熱中症にならなくて済んだことに驚いたくらいだ。しかし少しだけ、ほんの少しだけ淡い期待をしていた。12人と少ない女子のカテゴリーのことだ、日々集団に付いていけたならもしかしたら私にだって入賞のチャンスが来るかもしれない…と。無論世の中はそんなに甘くなかった。初日、2日目と下位をマークした順位は最終日にDNF。現実を知ると同時に、既に1ヶ月後の出場を控えていたツアー・オブ・フレンドシップ(以下TOF)でもう一歩自分を成長させたいと願っていた。

タイで開催される5ステージのアマチュアレース、ツアー・オブ・フレンドシップ(写真は2014年に綾野編集長が参加した時のもの)タイで開催される5ステージのアマチュアレース、ツアー・オブ・フレンドシップ(写真は2014年に綾野編集長が参加した時のもの) photo:Makoto.AYANO女性が運営しているフレンドシップ。ビンタンに比べてアットホームな雰囲気が特徴女性が運営しているフレンドシップ。ビンタンに比べてアットホームな雰囲気が特徴 さて、TOFは同じアジアのレースとは言えフランス人がオーガナイズしているTDBに比べ、規模が膨らむ割にTOFは随分とアットホームなのが特徴的だ。

ビンタンの時には一人旅に。道に迷わないようにガーミンに地図を取り込み、捕まる可能性も低いタクシー用のお金も用意したビンタンの時には一人旅に。道に迷わないようにガーミンに地図を取り込み、捕まる可能性も低いタクシー用のお金も用意した パンクリスクをなるべく減らそうと、タイヤはRapha Prestige Suwa(写真)で武器になってくれたグラベルキングを新調することにパンクリスクをなるべく減らそうと、タイヤはRapha Prestige Suwa(写真)で武器になってくれたグラベルキングを新調することに それもそのはず、現在大会の全てを取り仕切るタイ人のカイさんは、もともとTOFを立ち上げた方の奥様である。ロードレースを愛してやまないご主人との間に恵まれた息子の1人の名はシマノ君だというのだから筋金入りだ。

熱い想いで立ち上げたTOFだったが、2013年末にご主人は自転車の練習中に心臓発作をおこし急逝してしまう。そしてその主亡き後、悲しみにくれる間もなくスムースな大会運営をと立ち上がったのがカイさんだ。そんな彼女を応援しない者はいない。毎年集う参加者も、スタッフも皆彼女のことが大好きだ。

ただしスタッフのほとんどがタイ人。おもてなしの心はひしひしと感じるが、ちょっとしたトラブルや計測ミスがしばしば起こる。それも含めて楽しむのがTOFだ。公式と言われているHPからペイパルで料金を支払う方法は、初めてエントリーする誰しもが不安になる。加えて大会開催日が近づくと、カイさん自身のメールアドレスから連日のように全員にToでメールが届く。

こんな事では驚かない。

事前にコースがはっきりしない、これも毎年のこと。大会開催直前に発表されたコースのリンク先名には「2012年」との表記。とてつもなく恐ろしいが、きっとこれは4年前と同じコースを走ると言うことだろうと推測した。Strava(GPSでトレーニングデータを記録するSNSアプリ)で友人の2012年出場データを参考に、リンク先のコースと照らし合わせる。若干発表と違うが、この場合信じていいのは友人のデータだ。そちらを自分のガーミンに取り込む。これで仮に一人旅になっても迷わなくて済む。更に過去の出場選手らがどのくらいのペースでここを走ったかを確認し、自分の力量と比べておく。

一人旅。その可能性は大いにある。残念ながら1ヶ月前のTDBでもそうだったのだから。ただし、気をつけなくてはならないのは道に迷うこと。昨年は集団からちぎれた選手が次々道に迷い、結果的に何十kmも多く走らされてしまった人がいた。中にはサポートバイクの先導について行ったのにバイクと共に道に迷った選手もいたくらいだ。

バンコクから離れた田舎の町はずれ、40℃を超える灼熱の地だ。道に迷わないようにと、ガーミンに地図を取り込む。そしてパンクのリスクを減らすべく、タイヤのグラベルキングを新調する。サイクルウェアブランドRaphaの企画する女性限定冒険ライド『Women's Prestige』で実感して以来、これまで悪路はいつもグラベルキングで乗り越えてきた。そのおかげか、私はまだ1度もパンクを経験したことがない。加えてパンク修理キットを持ち、それから最悪捕まるかもわからないタクシーに乗ることも考えてお金も持つことにする。

タイの空港に到着するとなんと!そこには多くの報道陣が待ち構えていたタイの空港に到着するとなんと!そこには多くの報道陣が待ち構えていた しかしお目当てはタイの国民的バトミントン選手だった…(当たり前である)しかしお目当てはタイの国民的バトミントン選手だった…(当たり前である)

空港には大会スタッフが迎えに来てくれる。自転車を積んでいざ!空港には大会スタッフが迎えに来てくれる。自転車を積んでいざ! ブリーフィングの模様。5日間のレーススケジュール、移動について説明を受けるブリーフィングの模様。5日間のレーススケジュール、移動について説明を受ける


同じ頃、太朗は所属チームのメンバーと日々チャットでの熱い作戦会議に参加していた。圧倒的なタイピングの速さと、スラングの嵐に作戦の半分も理解出来た自信はないが、わかっていることは太朗がチームのエースに指名されているということ。だってタロウはNo known weaknesses、弱点なしでしょ?と。エースの他には、 オポチュニスト(アシストしつつチャンスがあれば逃げやステージを狙う)、ドメスティック(水運びやエースの風除け、逃げのチェックなどのアシスト)…とチームメイトひとりひとりに役割が決められている。

興味深いのは、お手製のマル秘TOF攻略BOOKまで手渡された事だ。コースレイアウト、そこに考えられる展開、ライバルのデータを写真付きで表示し、付録には様々なレースの展開に於いて自転車選手たるものが取るべきとっさの行動がクイズ形式で並んでいる。一応言っておくが、彼らはアマチュア選手だ。しかしチームでの勝利を完全に自分たちの喜びとして楽しんでいる。例えその繋がりは深いとはいえ、レースで数回共に走っただけの太朗にこれだけの機会を与えてくれるとは。

"OK, I win."と太朗は答えた。
さあ、いよいよだ。

カテゴリーはオープン(20代含む)、30代、40代、50代、マスターズ(60代以上)、女性、ジュニア。チームメイト、知人は他のクラスにも多数いるが、今回は太朗の属する30代と、私の女性グループにフォーカスしレポートする。

コースレイアウトは以下の通り。
Stage1:個人タイムトライアル(以下TT)距離7.0km 獲得標高20m 
Stage2:距離118km 獲得標高124m
Stage3:距離132km 獲得標高1600m(女性は距離88km 獲得標高944m)
Stage4:距離103km 獲得標高846m
Stage5:距離92km 獲得標高278m(女性は距離60km 獲得標高108m)

ほぼ同じタイミングで正式発表されたコースレイアウトは、やはり4年前と同じものだった。重箱の、決して隅ではない場所をつついても走行距離やタイムスケジュールには誤記など訝しい点が多いが、これもタイと思っておおらかに構えておこう。

受付会場の様子。年代別に色分けされたゼッケンが配られる受付会場の様子。年代別に色分けされたゼッケンが配られる (c)TOF R1 media team...がしかし、早速トラブル発生。太朗のゼッケンがない、ない!(結果、別の番号に)...がしかし、早速トラブル発生。太朗のゼッケンがない、ない!(結果、別の番号に)

ツアー・オブ・フレンドシップに臨むSwiftCarbon Virgin Activeのメンバーツアー・オブ・フレンドシップに臨むSwiftCarbon Virgin Activeのメンバー (c)TOF R1 media team
チームメイトからさあサチ、いよいよだけど今どんな気持ち?と聞かれる。そうだな…、私は何を考えていただろう?正直なところ少し忘れていた。何より太朗がいい結果を出せるように、補給食やリカバリーに不備がないように、とばかり考えて慌てて日本を飛び出してきたのだから。

ああやだなぁ怖いなぁ、どうせ私なんて負ける…いつもならそんな風にナーバスになっている頃だ。おまけに初日のTTはさておき、男性に混じってのレーススピードで4日間連続で100km前後を走ることは初めての大きな挑戦なのに、よく捉えればとてもリラックスしているのは何故だろう?立ちはだかる壁の全容を掴めていないだけだろうか?



第1ステージ:個人タイムトライアル(以下TT)距離7.0km 獲得標高20m

会場はバンコクから車で30分ほど離れたタイ王室仏教センターの目抜き通り。片側5車線の大通りの両側通行止にして行う。きらびやかな装飾のこの通りを走れるのは嬉しいが、交通量が多く車が封鎖されるのは大会開始わずか30分前だというところもタイらしい。

レース会場はタイ王室仏教センターの目抜き通り。片側5車線もあるこの通りを両側全てを贅沢に使用するレース会場はタイ王室仏教センターの目抜き通り。片側5車線もあるこの通りを両側全てを贅沢に使用する (c)TOF R1 media team
大会本部、のようだがここに聞いてもスタートリストは無かった大会本部、のようだがここに聞いてもスタートリストは無かった (c)TOF R1 media teamレース開始30分前に一般車両を通行止めにし、試走が始まったレース開始30分前に一般車両を通行止めにし、試走が始まった (c)TOF R1 media teamめいめい準備を整えて、レース開始を待つめいめい準備を整えて、レース開始を待つ (c)TOF R1 media teamいよいよ私も出走の時間。行ってきます!いよいよ私も出走の時間。行ってきます! 8時を回ったというのに頭上を怪しくうごめく雲によって空が暗い。ざっと雨が降りだしそうだ。炎天下でないのはいいが、風が渦を巻くように吹いている。巨大な浮き輪を横半分にしたようなスタートゲートは風でなぎ倒されてしまった。しかしそんな事には構っていられない、僅かに用意されている試走時間だ。太朗の後ろに付き、2人縦1列で走り出す。

スタート直後、少し傾斜を下るためスピードが出やすいがその後はしばらく意識して抑える事、
2.5kmでUターン、しばらく平坦ののち5kmの手前くらいで登るからここを頑張る事、下りも全力で踏みながら息を整え、6kmで再びUターン、ここ転ばないように、最後1kmの力は自ずと湧いてくるから6kmまでに使い果たすつもりで…とアドバイスを受けながら1周走る…が、折り返しても向かい風とはどういうことだ!TTはエアロバーとエアロヘルメットの使用を認められていたが、もちろん私にはその装備はない。

試走を終えただけだというのに、足は冷蔵庫から室温に出した卵のように毛穴という毛穴から汗をかいている。ポツポツと雨が降り出す中、いよいよ本日のレースが始まった。一人一人、30秒ずつ出走してゆく。オープンカテゴリーの全てが出走し終わると、次にアナウンスで呼ばれたのはジュニアクラスだ。え?ジュニアはすべてのカテゴリーの1番最後だったはずでは?自分のカテゴリーがいつ呼ばれるのか、確認したくてもスタートリストはもちろん無し、いつ呼ばれるのか気が気じゃないからみんながスタートのすぐそばに待機している。なるほど、むしろこれ、スムーズなレース運びのための策略か?

女子もスタートに並ぶよう促される。私より大柄な欧米人選手は今日のような平坦ステージは間違いなく速いだろう、オーストラリア人のカリーナはトラック競技で表彰台の常連だ。あのディズニー映画のお姫様みたいに可憐な女の子には負けたくないな、じゃああの体格がさほど変わらないアジア人の女の子達はどうだろう?…私は20数名の女性の中でどのくらいの位置付けになるのか想像がつかない。

いや、それよりも7kmという短い距離をいかに上手くペース配分を行い、且ついかに自分の力を出し切るかという事に集中しよう。まだまだ経験の少ない私は、力の配分が苦手だ。残しすぎたり、諦めてしまう。

スタートラインに並ぶ。プロレースよろしくタイヤの後輪は大会スタッフが支えてくれるので、両足のビンディングをはめてスタートを待つ。「チームメイトがコムゥラサーン!サチゴーゴー!」とハッパをかけてくれる。

サチ、スタート。その瞬間コンタクトの乾きに気づくサチ、スタート。その瞬間コンタクトの乾きに気づく (c)TOF R1 media team
スタートだ。踏め踏め、下りはまず踏んで勢いをつけて行こう。平坦になったら、そうそう、意識して抑えるんだ。ただでさえきっとこういう時はパワーを出しすぎてしまうから。大事な事を忘れていた、めちゃくちゃコンタクトが乾く。風が入らないように目を細めようとするが、今度は逆に外れてしまいそうだ。

30分前にぱらついた雨は乾きつつあったものの、慎重にカーブに入る。立ち上がりもクリア。息はまあまあ上がっている。今どのくらい自分を追い込めているだろう、ローラーで踏んでるときと比べてどうだろう、一人だからわからないだけで、一斉に走ってたら実は遅れをとっているんじゃないか?いつもトレーニングで思い浮かべたライバル達の残像がよぎる。いやいやサチ落ち着け、計画通りに走れてるぞ。などなど、今日も頭の中の自分が騒がしい。

ビンタン島でも圧倒的な強さを見せていたリジー。普段は優しい小学校の先生だビンタン島でも圧倒的な強さを見せていたリジー。普段は優しい小学校の先生だ (c)TOF R1 media teamレースを終えた選手は、テントの中でランチを摂りながら談笑が弾むレースを終えた選手は、テントの中でランチを摂りながら談笑が弾む (c)TOF R1 media team女子のTT表彰式。1位のカリーナはトラック選手。ディズニープリンセスのようなナタリーも4位女子のTT表彰式。1位のカリーナはトラック選手。ディズニープリンセスのようなナタリーも4位 その夜、私は各選手とのタイム差をノートに書きだした。明日からの戦いに備えてその夜、私は各選手とのタイム差をノートに書きだした。明日からの戦いに備えて 2つのカーブも無事クリア出来た、ラスト1kmは、自ずと力が湧いてくるって言ってたっけ。サチ、今のペースを下げるなよ、踏め踏め、ずっとこのまま踏め!...結果は21人中の12位。やっぱり私は昔から成績と名のつくものがパッとしない。しかし、太朗の計算によると私は普段のトレーニング以上のパワーで走れていたようだから良しとしよう。

太郎が走った30代の結果は、チームメイトのトーステンが1位となり、リーダージャージを獲得。太朗は9位だった。去年は5人だった9分台が13人に増えていて、去年より18秒縮めたタイムでも順位は下がっており、今年の30代のレベルの高さを伺わせる。

しかしTTを苦手とする太朗にとってトップと28秒しか差がつかなかったのはラッキーだ。翌日からの2ステージ以降は1位には10秒、2位6秒…という具合に5位入賞までボーナスタイムが与えられる。それをコツコツ稼いで総合優勝を狙う作戦だ。つまり残る4日間のステージ全てを勝ちにいき、展開によっては数秒差で総合優勝が決まるスリリングな戦いになる。

夕食後、太朗らのチームはミーティングを行った。これは最終日まで恒例となる。明日は集団ゴールが予想される平坦ステージなので、我々がリーダーチームとしてレースをコントロールして、是非ともリーダージャージを死守したい。ミケーレの部屋で9人が集まり真剣な議論が交わされた。30分ほどの白熱した話し合いは続き、待ち構えていた太朗に向けられた指令は「スプリントでステージ獲ってくれ」以上。非常にシンプルである。明日はトーステンの総合を守る、太朗は勝ちに行く。

「OK, I win」 太朗が答える。

タロウ、スプリントしてもらうけど大丈夫?トーステンはリーダージャージだからリードアウト役は出来ないけどと言われ、いや俺にはその必要ないよ、と答えるとトーステンが分かりやすいほどに悲しい顔をして皆の笑いを誘った。そう、彼は先のTDBで太朗を落車させてしまった事で自分はお払い箱にされたと憂いているのだ。

ただ、と太朗がしゃべろうとすると皆が一斉に彼に耳を傾けてくれる。皆、アジア圏で働いているので英語が不得手な者にも寛大である。加えて去年勝った太朗のレース感も評価してくれている。トーステンや自分にトラブルがあったら誰がどうするの?という質問に、皆が再び熱い議論を始めた。太朗の蚊帳の外で。



第2ステージ:距離118km 獲得標高124m

昨日の結果を元に自分の順位の前後にいる選手の名前をステムに貼りつけた昨日の結果を元に自分の順位の前後にいる選手の名前をステムに貼りつけた 女子はオープン、60代以上のマスターズ、ジュニアと共に混走するこの日、太朗ら30代は50代と共に、その5分後にスタートする。せっかくだからレースを楽しんでみようと、私は昨日の結果を元に自分の順位の前後にいる選手の名前をステムに貼りつけた。5日間もある。彼女らを意識しながら走れたらおもしろい事もあるかもしれない。

交通量の多い一般道は、パトカーや白バイが前後でサイレンを鳴らし一般車に大きくハンドサインを見せながら(半ば強引に)道を確保し集団は進む。周囲はサポートバイクに守られて、後続にはチームのサポートカーが何台にも列を成す、大層な一行だ。

エンデューロを走ったこともあるし日常的に集団走もしているが、これだけ大きな塊で動き続けると言うのは初めてだ、と今更ながら気づいた。前後にはもちろん、ハンドルを握る自分の手のすぐ横に、誰かがいる。集団で走るという状況は巨大なフラフープの中に大勢の人が入り、一緒に動こうとするような感じに似ている。誰かが急にブレーキを掛けたら、その後ろ、そのまた後ろで衝突が起きてしまう。突然右へと割って入ったり、ぐらついたりしただけでも大きく集団の秩序は乱れ、非難を浴びることになる。ここに居続ける為に必要なのは、集中すること、そして前の選手に合わせて進むこと。

とはいえほとんどがアマチュア選手ばかりでその経験値は様々だ。巨大フラフープに寿司詰め状態で、アップダウンやカーブの度に起こる緩急のスピードの変化に対応しながら、路面は妙にウェットで滑りやすくなっていたり、穴が開いていたり、夜間反射のキャットアイが並んでいて次から次へと変化する状況に対応しなくてはならない。サポートバイクが加速する。前方で何らかの動きがあったのだろうか。バイクのエンジン音に合わせてこちらも神経をとがらせる。パトカーのサイレンに、注意をうながす声。緊張を緩めることは出来ない。

選手が持ち運びに使用したバイクバックは、トラックに積まれて次の滞在先へ選手が持ち運びに使用したバイクバックは、トラックに積まれて次の滞在先へ 水を運ぶサポートバイクも準備に余念のない様子。ここにも入念なロジスティックがある水を運ぶサポートバイクも準備に余念のない様子。ここにも入念なロジスティックがある

選手が続々とスタートの場所取りを始める選手が続々とスタートの場所取りを始める チームのメンバーとリラックスしながらスタートを待つ太朗チームのメンバーとリラックスしながらスタートを待つ太朗


集団の中ほどより少し前方で、揃いのユニフォームを着た3人が固まっている。ステムに貼り付けた情報によると自分の良きライバルとしてマークしたい台湾チームの選手達だ。キレイな走りをしているし、後ろにつかせてもらう。1人、すごく見覚えのある後ろ姿だ。自転車の漕ぎ方、髪型、おしりや脚のシルエット、アシストとしてこまめにチームメイトを気遣う素振り…。そうだ、Women's Prestigeでチームを組んだ関西弁の仲間にそっくりなんだ。心のなかでアヤと呼ぶことにした。

程なくすると、サポートバイクに水を求める選手が増えだす。集団は道幅によって4〜8列くらいで走り、ペットボトルを積んだサポートバイクはいつも右端にいる。右端にいる選手から、回し飲みの要領でボトルが流れてくることもあれば、右側に位置取りを変えて直接取りに行く選手もいる。水を求める動きは集団内の集中力を欠く要因にもなる。ボトルが足元に落ちてしまうことも。前から転がってきたボトルが、自転車にあたり左へ、また他であたって右へ…。思いがけぬところからボトルが転がってくる。まさにカオスだ。あちこちで落車が起きていた。

30kmほどの地点で、私の前の前の男性がボトルゲージに戻そうとした自身のボトルを落としたことに動揺し転倒、それに前の女性と私も突っ込む形で落車した。

2日目だというのに早速やってしまった、もうこれで終わりかと脳裏をかすめたが、周りがすぐさま起き上がり復帰しようとしている。私も地面に着いた瞬間立ち上がった。外れたチェーンは直したが、見るとブラケットとサドルが曲がっている。走りだしてもなんだか違和感しか感じないし、こんなんで走り続けていいのか不安だったが、行けるとこまで行こうとバラバラになった集団を追いかける。右の前太ももに何かが這うような感覚を覚える。

気温は40℃近く、湿度が高い気温は40℃近く、湿度が高い (c)TOF R1 media teamバンコク市内の大きな幹線道路を逸れ、集団はカーンチャナブリ方面を目指すバンコク市内の大きな幹線道路を逸れ、集団はカーンチャナブリ方面を目指す (c)TOF R1 media team

30代と50代の大集団にジョイン。ここでちぎれている場合ではない!必死に前走者を追いかける私(左)30代と50代の大集団にジョイン。ここでちぎれている場合ではない!必死に前走者を追いかける私(左) (c)TOF R1 media team
気が付くと前方にチームメイトのシャーリーと730番が2人で走っていたので合流した。小柄で面倒見がいいアジア系のシャーリーが1人牽いていた。彼女は私が落車していた事を知っていたのでしばらく後ろに付かせてもらった。しかし、なぜ730番は牽かないんだ?「元気?(だったら牽いてね)」と聞くと良くわからない笑顔。このままではシャーリーが可哀想なので私も牽いた。女子3人、向かい風の平地で時速32km/hくらい。今日はこのメンバーでサイクリングして終わりかな…。

そう思っていたところに、5分後にスタートした30代と50代の大集団が疾風の如く現れた!チームメイトから次々にサチ乗れ!と言われ、思わず飛び乗った。あたりを見回したが流石に乗れなかったらしくやはり彼女は見当たらない、シャーリー、本当にごめん!他の集団に堂々居座るのって反則なんじゃと思ったのに、意外に女子が何名もいる。アヤ達のグループまで。私は落車してもすぐ自力で走ってきた、しかしこの人たちはどこを走っていたんだ?私達の集団が崩壊した時、後ろから来る30代の存在にすぐさま頭を働かせたというのだろうか。あ、さっき全く牽かなかった730番まで!

またこのスピード走れることが嬉しいが、やっぱり30代と50代、何度もスピードが速まる。隊列が細くなると小さな中切れを起こしてしまうこともしばしば。でもまた集団で走れるチャンスを得たのだから今度は絶対に食らいついていきたい。緊張はするけれど少人数で走っているより圧倒的に楽なのだ。中切れを埋めようと1人で踏み掛けて思いとどまった。周りには体格のいい男性陣ばかりだ、風除けに使わない手はない。それに大きい集団なので私の間を埋めようとしてくれる男性が多い。サチ、頭使っていこうぜ。何度となく乗り換えて、女子の塊のそばに落ち着く。

カーブの度に集団が伸びる。集中を余儀なくされる瞬間カーブの度に集団が伸びる。集中を余儀なくされる瞬間 (c)TOF R1 media team通り雨の後なのか、路面は嫌な光りかたをしている通り雨の後なのか、路面は嫌な光りかたをしている (c)TOF R1 media team30代は絶えずアタックが掛かる高速のレースとなり、5分前にスタートしたオープンカテゴリーと混走しながらゴール30代は絶えずアタックが掛かる高速のレースとなり、5分前にスタートしたオープンカテゴリーと混走しながらゴール (c)TOF R1 media team太朗はステージ優勝。私も落車したものの無事にゴールラインを踏むことが出来た太朗はステージ優勝。私も落車したものの無事にゴールラインを踏むことが出来た 大集団はどんどん勢いを増したようで、気が付くと10人くらいの男女グルペットになっていた。女子は私を含む4人。アヤとその友達、730番、そして私。ゴールまでは後50km。さすがにもうこのメンバーで仲良く回してゴールを目指すことになるだろう。

ラスト20km。流石に足が疲れてきたのでローテーションに加われず後方で走る。ダンシングする度、踏む度に両太ももに大きなナメクジが這うような感覚を覚える。こういう時こそキレイな走り方を目指そう、サチ。

ラスト10km。ジェルを飲みながら考える。ここにいる女子4人はタイムが近いが、今さら誰も飛び出しそうにない。ゴールは絶対誰かがスプリントを仕掛けるだろう。女子だけの並びを見ると、アヤの友達、アヤ、730番、私。スプリントが始まったら、絶対に乗らなくちゃ。間違ってもサチ、1人で仕掛けるなよ、必ずドラフティングを使うんだぞ、今の位置でいいか?もしアヤが仕掛けたらどうする?730番が仕掛けたら?ひとりひとりシュミレーションをする。もう、ローテは無くなっていた。

ラスト500m。3番手の730番が発車した。すぐさまピタリと後を追う。しかし両側の太ももが完全に攣っている。こんな経験は初めてだ。左足のふくらはぎも完全に攣っている。それでももうゴールだ、730番を離すもんか。アヤを追い越すと彼女が叫んだ。多分『あいつら発車した!』と友達に伝えたんだろう。しかしその彼女も脚がいっぱいだったようで反応が鈍い。

ダンシングしようと立ち上がると完全に筋肉の塊がそれを拒否している。力を入れられずストンと座ってしまった。こんな状況でも、みんなはダンシングをしているんだろうか。仕方ないから座ったまま踏む。女子はほぼ横並びで、しかし730番に続いて私は集団内2位でゴール。

みんなはゴールを過ぎてもダウンをするために直進を続けたし、互いの健闘を讃え合う声掛けをしていたけれど、私はとてもそれどころではなかった。完全に両足が攣って痛い。ペダルを漕いでも、止めても痛い、どうやって自転車を降りていいのかわからないくらいだ。ゴール過ぎ100m程の道の片隅で、倒れるように自転車から離れて攣っている脚の痛みに耐えた。見かねてサポートバイクが乗るかい?と助けに来てくれたくらいだ。ゴールからわずか100mの場所だというのに。

そうだ、太朗のゴールが終わっている、結果を聞かなくちゃ。ゴール会場で彼の姿を見つけ、大きく手を振りながらそばへと向かった。脚がめちゃくちゃ痛いけど、私の事は後回しにしよう、なにより彼の結果が最優先だと冷静を装ったつもりだったが、太朗の第一声は「サチ、なんでそんなに薄汚いの?」

ああそういえば私、落車したんだった。

共に戦い、そして寝食を共にしながら5日間のレースが進む。自然と会話が増えてゆくのが楽しい共に戦い、そして寝食を共にしながら5日間のレースが進む。自然と会話が増えてゆくのが楽しい レース2日目にして脚を使いきった私。タイマッサージを受けて明日に備えてはみるが…レース2日目にして脚を使いきった私。タイマッサージを受けて明日に備えてはみるが…


太朗は公言通りの優勝。30代は絶えずアタックが掛かる高速のレースとなり、5分先に出走していたオープンカテゴリに追いついてしまって一緒にゴールした。 レース中はチームメイトがアシストしてくれるものの、スピードが緩まずかなり脚を使ったそうだ。最後は5つのカテゴリー(オープン、30代、50代、60代、女性)が混走する、かなり危険な状態でのスプリントになり、太朗はオープンで参加のウッチーこと内山雅貴選手(実業団やトラックで活躍する期待の若手)に張り付いて1位となった。

チームメイトから、タロウどうだった?と聞かれ、” I win! I win!” と答える。皆で大喜びした。そして以後、時制のない ”I win!” がチーム内で流行ることになる。

第2ステージ結果
サチ 11/21位(総合12→11位)
太朗 1/約70位(総合9→5位)

後編に続く



小村紗智(こむらさち)プロフィール

[img_assist|nid=201138|title=小村紗智(こむらさち)|desc=|link=node|align=right|width=220|height=]アウトドアアクティビティこそ好きだったものの、スポーツに打ち込む経験を持たないまま突入した30代でアマチュアレーサーの主人と出会う。まんまと自転車に乗り始め、まんまとハマり、まんまと向上心をくすぐられ、今では3度のメシよりライド中に食べる4度目のメシが好き。

レースにも参戦するが、自転車に乗ってずびゅーんと移動するその中で草木を愛で、土地の人と交わる事が好きな性分(タチ)。ちゅなどんこと石井美穂ら女性5人で結成した"SKRK Tinkerbell(シャカリキ ティンカーベル)"では、女性を中心としたライドイベントも随時企画中。

text&photo:Sachi.Komura