「逃げるしかない」そう公言していたユキヤが逃げに乗った。誰もが逃げて勝ちたいこのステージで逃げに乗るのは至難の業。しかしそれをやってのけた。しかし余裕のあるチームスカイはカヴで勝利を狙ってきた。

ブラニャックのスタート地点で浅田顕さんが新城幸也を訪問、握手を交わしたブラニャックのスタート地点で浅田顕さんが新城幸也を訪問、握手を交わした (c)Makoto.AYANO浅田顕さんがユキヤを訪問

ツールーズ近郊のブラニャックがスタート地点になった朝、ユーロップカーのバスを浅田顕さんが訪問した。新城幸也、そして浅田さんはこの地域を拠点としてフランスでの遠征活動を行なってきた。

この近辺に「フランスの家」と呼ぶチーム拠点もある。この日浅田さんはエカーズの選手たちの活動があるためレースを追いかけるわけではないが、やはり教え子のユキヤのスタートは見送りたかった。
ユーロップカーはヴォクレールの山岳賞が確定したので、チームとしての作戦はあまりない。今日は少し余裕を持ってバスを出たユキヤ。自由に動ける日がやってきた。そして浅田さんに気づいて、握手を交わす。地元での活動でお世話になった人も一緒になって話が弾む。

レースはパリへ向けてひたすら北上する。スタートを見送ったら浅田さんはフランスの家に帰る。
「がんばっていますよね。今年はメンバーに選ばれるどうか分からなかったのに、選ばれると評価される走りができているのはさすがだと思いますね。今までで一番”役割”があるんじゃないかと思います。いい仕事ができていることがフランス人の間でも話題になっているみたいですね」と浅田さんはユキヤの後ろ姿を見送って目を細める。

今日の走りについては「誰もが逃げたがっているステージ。今日はスプリンターチームが逃げを許さないかもしれない。難しいでしょうが、トライして欲しいですね」と言う。

山岳賞ジャージを着て現れたトマ・ヴォクレール(ユーロップカー)山岳賞ジャージを着て現れたトマ・ヴォクレール(ユーロップカー) (c)Makoto.AYANO緊張気味にスタートを待つマーク・カヴェンディッシュ(チームスカイ)緊張気味にスタートを待つマーク・カヴェンディッシュ(チームスカイ) (c)Makoto.AYANO


水玉を着たヴォクレールが先頭に並び、ユキヤもスタートラインにつく。「今日は逃げしかない。決められるでしょう。それしかない」と闘志をあらわにしている。カヴェンデュッシュも最前列に並び、深呼吸。静かに集中している。カヴが狙ってくるのは明らか。

スタート直後、ひまわり畑のなかアタックが開始されたスタート直後、ひまわり畑のなかアタックが開始された (c)Makoto.AYANO

逃げをチェックするマイヨジョーヌのブラドレー・ウィギンズ(チームスカイ)逃げをチェックするマイヨジョーヌのブラドレー・ウィギンズ(チームスカイ) (c)Makoto.AYANO正真正銘、逃げの最後のチャンス。フラッグが振られるとすぐにアタック開始。ひまわり畑を抜ける道で、次から次へと抜け出しを図る選手たち。それを真っ先に追うのは黄色いジャージのウィギンズだ。総合リーダー自らチェックに入るということは、スカイがカヴェンディッシュで狙って来ることが明らかに。

新城幸也(ユーロップカー)を含む16人の逃げグループがゴールへと急ぐ新城幸也(ユーロップカー)を含む16人の逃げグループがゴールへと急ぐ (c)Makoto.AYANO

新城幸也(ユーロップカー)を含む16人の逃げグループが協力しながら走る新城幸也(ユーロップカー)を含む16人の逃げグループが協力しながら走る (c)Makoto.AYANO誰もが逃げたがっているそのステージで、公言通り逃げに入ったユキヤ。今日も結果的には獲得標高は2000m近かった。ただの平坦とは言えないこのステージで逃げられるのは、16人の顔ぶれを見ても本当に脚のある選手だけだ。ボアッソンハーゲン(チームスカイ)、ロワ(FDJ)、ナイエンス(サクソバンク・ティンコフ、)ポポヴィッチ(レディオシャック・ニッサン)、ルイ・コスタ(モビスター)、ヴィノクロフ(アスタナ)、アルバジーニ(グリーンエッジ)...。ファイター勢揃いのグループで、もし逃げ切ったとしてもスプリントを制するのは簡単なことじゃない。

ディレクターカーでツールを観戦したオランド大統領ディレクターカーでツールを観戦したオランド大統領 (c)Makoto.AYANOこの日、レース後半50kmにはクリスチャン・プリュドム氏のディレクターカーにフランソワ・オランド大統領が乗り込んだ。ゴール42km手前の4級山岳でアタックしたユキヤは、大統領の観ている目の前での最初のアタッカーになった。

ボアッソンハーゲンが逃げに乗り、逃げグループとの差を大きく開かせないようにメイン集団のペースをコントロールするチームスカイ。カヴは丘の上りでも前方に位置し、登れているように見えた。
そしてやはり、ユキヤグループの逃げは許してはもらえなかった。


ゴールまで残り50km。逃げグループを追うメイン集団もペースを上げるゴールまで残り50km。逃げグループを追うメイン集団もペースを上げる (c)Makoto.AYANO

チームスカイとマイヨジョーヌはカヴのために働いた

チームスカイがペースを作りながら丘を登る。カヴェンディッシュも前方に位置するチームスカイがペースを作りながら丘を登る。カヴェンディッシュも前方に位置する (c)Makoto.AYANO集団前方で丘の登りをこなすマーク・カヴェンディッシュ(チームスカイ)集団前方で丘の登りをこなすマーク・カヴェンディッシュ(チームスカイ) (c)Makoto.AYANO


カヴェンディッシュはマイヨジョーヌとノルウェーチャンピオンジャージにリードアウトされ、サガンとゴスが躊躇するのを尻目に早めのスプリントを開始。粘って逃げるLLサンチェス(ラボバンク)、ニコラ・ロッシュ(アージェードゥーゼル)に飛びつくと一気に追い抜き、ケタ違いのスピードでゴールを制した。ツールでの22勝めのステージ優勝。カヴは再びプロトンのナンバーワンスプリンターであることを証明した。

勝利の雄叫びを上げるマーク・カヴェンディッシュ(チームスカイ)勝利の雄叫びを上げるマーク・カヴェンディッシュ(チームスカイ) (c)Makoto.AYANO

ツール通算22勝目を噛み締めるマーク・カヴェンディッシュ(チームスカイ)ツール通算22勝目を噛み締めるマーク・カヴェンディッシュ(チームスカイ) (c)Makoto.AYANO近年のツールで挙げてきた、毎年のステージ5勝と比べ、ようやくの2勝目。マイヨジョーヌをとるというチーム最大の目標の影で、自らのスプリント勝利のチャンスは犠牲にしてきたカヴ。山岳に入る前にロンドン五輪に備えて家に帰るという選択肢もあったが、チームのために働きながら、シャンゼリゼでの勝利に備えた。そして僅かなチャンスがあったこの日は
嬉しいオプションだ。
「いつもならツールで5勝するんだ。このツールでは何もしていなかったからエネルギーに満ち溢れていたんだ。スプリントになれば勝てると分かっていた。でも、この日はスプリントに持ち込めるか分からなかったんだ」。
カヴを勝利に導いたチームスカイのサポート。総合優勝&2位が確実になった今、この日をカヴのために走る余力がチームにはあった。
カヴは言う。「とても誇りに思うのは、チームメイトたちは楽に流して走るだけでパリに辿り着けるのにそうしなかったことだ。今朝イェーツ監督がバスで『みんな、今日は楽な日だ……逃げを容認してもいい!』」と告げた。でも、僕は「頼むから、僕にチャンスを!」とお願いした。すると、ブラッドは『わかった。今日はしっかり走ろう。スプリントに持ちこもう』となった。そして、見ての通りだ。彼は後ろのほうに楽に位置取りできたはずだ」。
ウィギンズは言う「これはカヴへの贈り物。コース最後のフィナーレが危なかった。僕らにとっては前にいることが総合を守るにも良かったし、カヴの役にもたったね」。
自らのマイヨジョーヌを着てのアシストをことさら主張しないコメントが、チームへの気配りを表す。

逃げきれなかったユキヤ 「悔しさは来年のツールで晴らす」

逃げ切れなかった新城幸也(ユーロップカー)は遅れてゴール逃げ切れなかった新城幸也(ユーロップカー)は遅れてゴール (c)Makoto.AYANO少し遅れて、憮然とした表情でゴールに帰ってきたユキヤ。最後のチャンスにかけた走りは実を結ばなかった。
ゴール後にはフランステレビジョンがユキヤのコメントを取りに来た。しかも番組の顔の名物アナウンサーが伝える生中継用として。ユキヤのコメントに入る前に、まず日本人ジャーナリストがユキヤを囲むシーンからTVカメラが向けられた。「日本のヒーローは今、ツールで素晴らしい走りをしています」
この映像は表彰式の間に生でフランスじゅうに配信されたことだろう。このインタビューはいつもならフランス人選手しか出ない。

フランステレビジョンの生中継インタビューに答える新城幸也(ユーロップカー)フランステレビジョンの生中継インタビューに答える新城幸也(ユーロップカー) (c)Makoto.AYANO

TV収録をにこやかに終えると、悔しい表情に戻って話す。
「疲れました。速かったですね。最初に僕がひとりで行って、後ろからふたり追いついてきた。最初の山岳でそのうち何人か加わって、決まりました。
上りでサクソの選手(ナイエンス)と抜け出して二人になって、皆があの山岳でやめるかなと思ったんですが、大きなグループが追いついてきた。距離が長いので人数が大勢いたほうが楽だから、そのグループで行く事にしました。最後までいけると思ったんですけれどね...。
ボアッソンハーゲンもちゃんと先頭交代を回っていましたよ。誰かが回らなくなると皆が回らなくなりますからね。でも最後の方は皆疲れてギクシャクしだした。あのギクシャクがなければ...。でも、皆勝負どころに備えて脚はちゃんと残してあるんですよね。
グループ内ではヴィノクロフやアルバジーニなんかを意識してました。
差が2,3分にしか開かなかったので、逃げながら『これは難しいかな』とは思っていましたけど。
なかなか難しいですね...。今までのツールだったら逃げ切ってたんですけれどね」。
「この悔しさはどこかで晴らさないと。1年待ってもらえたら。また来年、もっとパワーアップしてツールに帰ってきます」。

チームのステージ3勝、ヴォクレールの山岳賞。ユキヤは残念ながらステージ優勝は挙げられなかったが、シャンゼリゼは目の前に見えてきた。大活躍のユーロップカーは、パリに着いたら今日ツールを楽しんだオランド大統領のもとに招待される可能性が出てきたという。ユキヤはフィアンセの飯島美和さんにお願いして、用意していなかったスーツを休息日のポーで購入してもらったという。

チームタイムトライアルのボヌヴァルは400km先。記者会見やTV出演ををこなしたウィギンズやフルーム、各勝ジャージの選手たちはヘリコプターで飛んだが、選手や関係者は車両で向かう。
「今日はホテルに着くのは21時過ぎでしょう。今夜はマッサージも何もないですね」とユキヤは話す。


photo&text:Makoto.AYANO
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