コート=ダルモール県のディナンの街をスタートする第6ステージ。朝からブルターニュらしい曇空で、気温は15度程度と寒ささえ感じるほど。行先の空には雨の雰囲気が漂う。この日の天気予報は断続的に一日じゅう豪雨が降るとのことだったが、まさにそのとおりになった。

聖地から聖地への巡礼の道

ディナンの街をスタートディナンの街をスタート photo:Cor Vos落車が相次いだ昨第5ステージから一日があけ、集団に包帯や絆創膏など治療の跡がある選手が目立つ。
ランス川の流れる丘の上にコミューンを形勢する城塞都市ディナンの街は荘厳そのもの。このイギリス人に人気のあるという街の中心部にあるサンマロ教会の前を出発し、川の上百メートルはあろうかという古い橋を渡る集団。向かうはコース序盤にある、サン・マロ湾上に浮かぶ小島に築かれた修道院モン・サン=ミシェルだ。

「西洋の驚異」と呼ばれるこの有名なユネスコ世界遺産の修道院をツールが訪れるのは久しぶりのこと。80年代にはモンサンミッシェルにゴールが設定されたことがあるが、ツールは長らく近くを通らなかった。記憶では99年ごろにコースから遠くに尖塔の影らしきものが確認できるぐらいに近づいたことがある。そのときは翌ステージとの合間に、にわか観光に立ち寄った。

今回のコースはモンサンミシェル目指して真っ直ぐ伸びる道で向かい、島へは渡らずに右折して海岸沿いの道を行く。選手たちもその荘厳な姿を十分に眺めたはずだ。

226.5 kmという今ツールで最長距離のステージが向かうのはリズー。ゴール前の上りにはサン・テレーズ聖堂が待ち構える。この大聖堂はフランスでは聖水の街ルルドに次いで巡礼者が多い街だという。今日はまさに聖地をつないで走る巡礼のコースだ。

ディナンの街に掛かる橋を渡るディナンの街に掛かる橋を渡る photo:Makoto Ayano

降ったり止んだり。落ち着かない天気

この日選手たちを悩ましたのは距離の長さ以上に天候だっただろう。モンサンミシェルを通過してまもなく、プロトンを土砂降りの雨が襲った。嵐を思わせる勢いの冷たい雨と風。そして雷。黄色いジャージを着たノルウェー神話に出てくる「雷神トール」を守りながら走るプロトンは、まずはバケツをひっくり返したような雨に洗われる。

逃げを見送ったプロトンがモンサンミシェルを通過逃げを見送ったプロトンがモンサンミシェルを通過 photo:Makoto Ayano天気はめまぐるしく変わった。雨が降ったと思ったら止み、晴れ間が訪れ暑くなる。そしてまた豪雨が襲う。天気の変化は何度か繰り返され、結局は一日中降ったり・止んだりが続いた。
プロトンではチームカーと何度もレインケープをやり取りするシーンが見られた。濡れたことで傷を負った選手たちにはつらい一日だったはずだ。
雨の勢いがあまりに強くて、カメラを向けることさえままならない状況もあった。豪雨と強風雨のダブルパンチには殺意さえ感じた。
小さな森「ボカージュ」が続くブルターニュからノルマンディーへと「上陸」。起伏に富んだコースも選手たちを苦しめたようだ。

予想以上に易しかったゴールまでの上り

リズーのゴール地点に向かって標高差88mを駆け上がるリズーのゴール地点に向かって標高差88mを駆け上がる photo:Makoto Ayano「ゴール前は登り基調で、ラスト3kmから登りが始まり、平均勾配は6.3%、最大10%の短い坂。フラムルージュ(ラスト1kmアーチ)に至るまで標高差88mを駆け上がる」という事前情報。ジルベールやフースホフト向きフィニッシュとも言われていたが、早めにゴール地点に入ってコースを逆にたどってみる。

ゴール前2kmまでが上り。しかも勾配は数字ほどには厳しくないように思えた。そしてラスト1kmは勾配が緩くなり、平坦ではないものの差のつきにくい緩斜面だった。

たしかにジルベールがアタックするなら差を広げることができたかもしれないが、上りのこなせるスプリンター向き。昨日に続いて、プロフィールマップでは読み取りにくいゴールだ。
プロトンが到達するその直前でまた降りだした雨。そして気まぐれに晴れ間が訪れたときにゴールを迎えた。

冷たい雨に強さを発揮するノルウェーの「エディ」

レインジャケットを着込んで走るエドヴァルド・ボアッソン(ノルウェー、チームスカイ)レインジャケットを着込んで走るエドヴァルド・ボアッソン(ノルウェー、チームスカイ) photo:Makoto Ayanoチームメイトのベン・スウィフト、ジェレイント・トーマスのアシストを受け、スプリントを制したエドヴァルド・ボアッソン。
昨第5ステージではラスト800mで勢いのあるアタックを決めたものの、ゴールまでが長すぎたために失速。なりゆきでスプリントを始めてしまい、タイミングを間違えた。しかし勝利は逃したものの、脚のあるところは見せつけていた。今日はその失敗を繰り返さない慎重さを見せた。

「昨日は調子が良かったけど勝てなかった。今日はなんとしてもうまくやりたかった。ジェレイントは素晴らしい働きをしてくれた」

ボアッソンは2009年の春のクラシック、ヘント~ウェヴェルヘムの勝利でブレイク。21歳だった当時も今日のような(もっと)冷たい雨が降っていた。石畳のクラシックの難所ケンメルベルグで飛び出し、クチンスキー(リクイガス)とのマッチスプリントを制している。

両手を突き上げてゴールするエドヴァルド・ボアッソン(ノルウェー、チームスカイ)両手を突き上げてゴールするエドヴァルド・ボアッソン(ノルウェー、チームスカイ) photo:Makoto Ayanoスプリントもタイムトライアルも得意とするその才能で、スタイルの似た人喰い鬼エディ・メルクスにかけて「エディ」と呼ばれてきた。しかしツアー・オブ・オマーン2010第3ステージの勝利から18ヶ月の間勝機に恵まれなかった。

この日、ボアッソンの家族がノルウェーから応援に来ていた。「喜びの気持ちを今はうまく説明できない。ツールでの初勝利は本当にハッピー。本当にすごいことだ」

チームスカイにとってはガーミン・サーヴェロに破れて勝利を逃したチームTT以来、目前にしながら手の届かなかった勝利がようやく手に入った。しかも2010年のチーム誕生以来、待望のツール初勝利だ。
スカイのチームワークが光った。キーとなったスカイのアシストは、ホワイトジャージのジェレイント・トーマス。ボアッソンも新人賞対象の24歳だ。上りでも平坦でもアシストできるトーマスの能力の高さ。そしてトーマスはスウィフトのアシストも讃える。スウィフティーはエディと僕をラスト500mに送り届けるために犠牲を払った。エディの勝利はチームの大きな努力の結果だ。僕らはこの日にチャンスがあると知っていて、用意を続けてきたんだ。

オメガファーマの噛み合わないチームプレイ

ラスト3kmから始まるリズーの登りに入ったメイン集団ラスト3kmから始まるリズーの登りに入ったメイン集団 photo:Makoto Ayano一方で勝利に結び付けられなかったのがジルベールとオメガファーマロットだ。ラスト2kmまでの勝負どころの上りでチームメイトのイェーレ・ファネンデルトがトマ・ヴォクレール(ユーロップカー)を追ってアタックしてしまった。集団前方にいたジルベールはそのためにアタックを躊躇してしまった。
「ペースを上げて集団をふるいにかけることを期待したんだ。まあまあ効果があったんだけど、ぼくがスプリントを始めるキッカケを失ってしまったんだ……」

オメガファーマはジルベールとアンドレ・グライペルの間に少しの摩擦を生んでいる様子だ。昨第5ステージではジルベールが2位となったが、チームメイトのグライペルがジルベールに前を塞がれてうまくスプリントができなかったことに機嫌を損ねているという。グライペルは6位でフィニッシュしたが、自分のスプリントをするジルベールのおかげで自分が前に出れず、昨ステージ後に「これはチームじゃない」という言葉を発してしまったという。

集団から遅れた選手たちは和やかな雰囲気集団から遅れた選手たちは和やかな雰囲気 photo:Makoto Ayanoたしかに第5ステージはグライペルにも同等にチャンスがあった。今日はまっったくグライペルには厳しくても、ジルベールが事前情報で予測したほどは上りが厳しくなく、困惑もあったようだ。そこに、ファネンデルトのアシストともアタックともつかない動き。
「ゴール直前の登りは、みんなが言うほどハードじゃなかった。話がオーバーに伝わってしまっていて、実際にはたいしたことなかったんだ」。

最初の休息日までに4勝する可能性があるとも言われたジルベール。またひとつチャンスを逃した?
事前情報では掴みきれないコースの特徴が左右したゴール。第5ステージに続いてこのステージでも「走ってみれば違った」があった。ゴールのコースを完全に把握して用意周到に備えたチームスカイの作戦勝ちが際立つ。

フランス人の勝利の可能性に挑むルーとヴォクレール

逃げグループを形成するジョニー・フーガーランド(オランダ、ヴァカンソレイユ・DCM)ら逃げグループを形成するジョニー・フーガーランド(オランダ、ヴァカンソレイユ・DCM)ら photo:Cor Vos逃げが捕まっても再び果敢にアタックしたアントニー・ルー(フランス)は結局114位に終わった。そしてまた今日もゴール前でアタックしたトマ・ヴォクレール(ユーロップカー)だが、成功はしなかった。

結局はヴァカンソレイユのふたりに翻弄され、逃げ切れなかったルーは言う「ヴァカンソレイユの"ゲーム"があった。彼らのおかげで逃げグループのペースを乱された。もし最後まで5人で行けたら、逃げ切れたかもしれないのに!
フーガーランドの山岳ポイントでのアタック、そしてヴェストラの駆け引きも逃げグループには大きなタイムロスになった。フラストレーションだった。彼らは欲しい物(ジャージと山岳賞)を全部とったけど、僕には何も残らなかった。これからやり返してやるぞ!」

逃げグループの協調体制が崩れ、リエーベ・ヴェストラ(オランダ、ヴァカンソレイユ・DCM)とアドリアーノ・マローリ(イタリア、ランプレ・ISD)がアタック逃げグループの協調体制が崩れ、リエーベ・ヴェストラ(オランダ、ヴァカンソレイユ・DCM)とアドリアーノ・マローリ(イタリア、ランプレ・ISD)がアタック photo:Cor Vos最後の2.5kmで飛び出したヴォクレールは言う「またうまくはいかなかった。でもトライしてみたんだ。ツールの第1週目はスプリンター以外は何も出来ないのが普通。でも今年は違う。ボクらのような選手にも何か挑戦する余地がある。成功しなかったけれど、それでももし何かのチャンスで優勝できたかもしれないと考えるとやる気が湧いてくるんだ」。

期待のフランス人はなかなか結果を残せないが、沸かせる走りを見せてくれているのは確か。次の期待はシャトールーにゴールする明日のステージだ。シャトールーはカヴェンディッシュがツール・ド・フランス初勝利を挙げた街だが、スプリントで上位に絡んでいるロマン・フェイユの出身地でもある。ふたりの舌戦以上に期待できそうだ。

ボロボロのクイックステップ

前日に落車したトム・ボーネン(ベルギー、クイックステップ)は勝負に絡めず前日に落車したトム・ボーネン(ベルギー、クイックステップ)は勝負に絡めず photo:Makoto Ayanoクボーネン、ステーグマンス、シャヴァネルの3人のスターが昨第5ステージで落車して負傷したクイックステップは、ケガに苦しむ試練のステージだったようだ。

シャヴァネルは13分遅れで辛うじて完走したが、打撲のため上半身が動かない状態で、もしコースがテクニカルなら走れない状態だという。それでも走るが、いつリタイアしてもおかしくない状態だという。「棄権するときは近い。ツールじゃなければとうにやめている。フランスチャンピオンジャージとツール・ド・フランスへのリスペクトのために走り続けている」というコメントを残している。

ボーネンは右半身を広くすりむいた状態だ。
「タフな一日だった。落車の後、全く回復にはならないステージだった。雨、風、長い距離を走ることがもっと困難だった..。ずっと傷跡を感じながら走ったけど、落車した選手なら経験するもっとも困難な時を僕はやり過ごそうとしている。エネルギーを取り戻したい。休めたあと、何かしたい」。

ステーグマンスも同じように身体中に傷を負っている。「手首がひどく痛んで自転車の上で立ちこぎができなかった。もう少しで止まりそうになった。道もひどく滑りやすかった。幸いコーナーが多くなかったのが助かった。昨日のようなコースだったらまったくダメだったろう」。

この日のステージではゲラルド・チオレックが8位。クイックステップにとってしばらくスプリントは難しそうだ。ピノーやテルプストラなどの逃げに期待するか。


photo&text:Makoto.AYANO

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