プロトンがラスト1kmのアーチを越えた辺りから、自然と拍手が始まった。レオパード・トレックのメンバーにファラーを加えた9名が、横一列になってゴールに向かっているのが、望遠ズームレンズ越しに見える。溢れる涙をこらえながら、シャッターを切った。

スタート地点が置かれたジェノヴァのケネディー広場スタート地点が置かれたジェノヴァのケネディー広場 photo:Kei Tsuji静かなヴィラッジョ(スタート地点のスポンサーブース)は初めてだった。いつもはスタートサイン台で選手を待つMCが観客を盛り上げ、キャラバンの車列が大音量をまき散らしているのに。港町ジェノヴァのシーフロント、ケネディー広場は静まり返っていた。

選手たちは皆、黒い喪章を付けて出走サインにやってきた。MCがアナウンスする選手の名前と簡潔な紹介だけが場内に響く。

前日のウェイラントの落車を説明する別府史之(日本、レディオシャック)前日のウェイラントの落車を説明する別府史之(日本、レディオシャック) photo:Kei Tsuji用意された喪章はチームによってまちまちで、黒い布を安全ピンで留めるタイプからタオル地の腕章まで様々。ジャーナリストの質問に答える選手も入れば、固く口を閉ざす選手もいる。ウェイラントの死去の受け取り方はそれぞれ違えど、プロトンの一員を失ったという虚無感は皆共通している。

レオパード・トレックのバスのみ特別な駐車場に停められ、メディア関係者の接触はNG。マリアローザのデーヴィット・ミラー(イギリス、ガーミン・サーヴェロ)らが訪れ、チームスタッフらと言葉を交わす。結局スタート時間直前になってバスを降りたレオパード・トレックの選手たちは、そのままスタートラインに向かった。

レオパード・トレックの8名がスタートラインの最前列につくと、ウェイラントに捧げる黙祷が始まった。屈託のないジェノヴァの青空が、軍楽隊の奏でるトランペットの孤独な音色を吸い取っていく。ブリース・フェイユ(フランス、レオパード・トレック)の涙は止まらなかった。

スタートラインの最前列に並んだレオパード・トレックの選手たちスタートラインの最前列に並んだレオパード・トレックの選手たち photo:Kei Tsuji

ヴィアレッジョの街並を駆け抜けるプロトンヴィアレッジョの街並を駆け抜けるプロトン photo:Kei Tsujiこの日は216kmの長丁場。レースブックによると、12時にスタートし、ゴール予定時間は17時〜17時30分。平均スピードは41km/h前後と記されている。もちろんこれは、いつも通りのアタックを伴うハイスピードな展開を想定したものだ。

レオパード・トレックを先頭にジェノヴァを発つと、23チームが約10km毎に入れ替わり立ち替わり先頭交代した。残された206名全員が、ウェイラントへの思いをペダルに込めてプロトンを率いる。

「チャオ、ワウテル。一番厳しいステージでは、俺たちがアシストするよ」「チャオ、ワウテル。一番厳しいステージでは、俺たちがアシストするよ」 photo:Riccardo Scanferla沿道には、いつもと変わらない観客たちが待っていた。前日からウェイラントの死が各局のトップニュースで伝えられ、ガゼッタ・デッロ・スポルト紙の一面を埋めていたこともあり、観客たちはみんな状況を理解している。ウェイラントを悼み、そして励ます横断幕があちこちに掲げられていた。

選手たちより30分ほど早くリヴォルノのゴール地点に着くと、レオパード・トレックのプレス担当ティム・ファンデルユードが、大型スクリーンに見入っていた。下唇を噛んで、ゆっくりと首を振りながら「本当に素晴らしい光景だ」とつぶやく。ちょうどカヴェンディッシュが登りで集団先頭を走っている姿が映し出される。

半旗が掲げられたゴール地点 肩を組むレオパード・トレックの8名の選手とタイラー・ファラー(アメリカ、ガーミン・サーヴェロ)半旗が掲げられたゴール地点 肩を組むレオパード・トレックの8名の選手とタイラー・ファラー(アメリカ、ガーミン・サーヴェロ) photo:Kei Tsuji「他のチームの選手たち全員の行為に感謝している。彼らはワウテルのために走ることを選んでくれた」。ティムは疲れた声でそう言った。おそらく前日から対応に追われて一睡もしてないのだろう、目が落窪んでいる。

ウェイラントの妻ソフィーさんは、レオパード・トレックのレース続行を望んだという。しかしティムはレース撤退を示唆した。「明日はチームとしてレースを続けるかどうか分からない。選手たちの判断に委ねる。明日走るか、もしくは撤退するかは、今晩ミーティングを開いて決める。自分を含めて、チームの全員が大きなショックを受けている。チームメイトにとってこれほど辛い状況はないから」。

表彰台に上がったレオパード・トレックの選手と各賞ジャージ着用者表彰台に上がったレオパード・トレックの選手と各賞ジャージ着用者 photo:Kei Tsujiスケジュールからそれほど大きく遅れずに、プロトンがリヴォルノの街にやってきた。ウェイラントの親友タイラー・ファラー(アメリカ、ガーミン・サーヴェロ)はスタート地点で気丈に振る舞っていたが、最終ストレートで涙を流す。ヨーロッパの文化に溶け込むためにベルギー・ヘントに住むファラーは、ウェイラントと誕生日が近い。悲しみに暮れるファラーを、同じ悲しみを共有するレオパード・トレックの8名が囲み、横一線でゴールラインを越えた。

今まで経験したことのないタイプの暖かな拍手が彼らを迎え入れる。その数時間後、レオパード・トレックからプレスリリースが届き、レース撤退が正式に発表された。レースの主催者が決めるわけでも、チーム首脳陣が決めるわけでも、裏の権力者が決めるわけでもなく、選手たちの意志が尊重された。チームの声明はレースレポート等に任せる。レオパード・トレックはFacebookに寄付ページを立ち上げていて、寄付用の銀行アカウントも開設。後日PayPalでの送金も可能になる。送られた金額は全て残された遺族に渡る。

マリアローザを懸けた闘いは、第5ステージから再始動。昨年泥だらけの闘いが繰り広げられた未舗装区間、いわゆる「ストラーデ・ビアンケ(白い道)」が登場する。前回よりもアップダウンがあり、特に下り区間は要注意。レース当日朝、スタート地点ピオンビーノは前日と変わらない青空が広がっている。

text:Kei Tsuji in Piombino, Italy