男子チャンピオンレースにおいて210kmの第2ステージで優勝し、総合優勝も手にした福島晋一自身によるインサイドレポート。朝食にたべたラー油に苦しみながら、ライバルたちの駆け引きを考えて走った笑いと感動の優勝レポートだ。

福島晋一(クムサン・ジンセン・アジア)福島晋一(クムサン・ジンセン・アジア) (c)Makoto.AYANOツール・ド・おきなわ。このレースは自分にとってとても思い入れがあるレースだ。優勝を意識して走れるようになってから10年ほどたつが、それまでもチームおきなわのメンバーとして走ってきた。

参加できなかったのは鎖骨を折った時ぐらいだが、鎖骨を折りながらもサポートとして沖縄に来た。
チームメイトが優勝した時以外は、ハンガーノックになって逃げ切れなかった悔しい記憶が印象に残る。

第1ステージ 個人タイムトライアル

アップに行ったが、周回を下見しただけで、途中雨が激しくなりペースを上げたアップが出来なかった。
何周かコースを回ったが、2年前の落車が相次いだクリテの時よりも滑らない感じがした。地元の人が丁寧に掃除をしてくれたのかもしれない。

タイムトライアルは脚を回してスタートして、コースのバック区間でギヤをかけていい加速が出来た。
いい感触でゴールしてベストタイムが出たかと思ったが、直後にスタートしたパルマーがベストタイム。自分は4位。短いタイムトライアルで(宮澤)タカシよりタイムが良かったので「おっ!これは俺調子いいな」とその時初めて思い、明日の優勝を意識し始めた。

個人タイムトライアルでは4位のタイムだった福島晋一(クムサン・ジンセン・アジア)個人タイムトライアルでは4位のタイムだった福島晋一(クムサン・ジンセン・アジア) (c)Makoto.AYANO

タイプトライアルでトップタイムのトーマス・パルマー(ドラパック・ポルシェ)タイプトライアルでトップタイムのトーマス・パルマー(ドラパック・ポルシェ) (c)Makoto.AYANOパルマーはヤル気満々

ゴール後、パルマーが結果を聞いてきたので「you are the best time」と教えてあげた。

夕食の時にパルマーに「おめでとう」と言うと、「good luck for you」という。「リーダーを守る気ないのかな?」と思ったが、寝る前にシクロワイアードの記事でパルマーのコメントが載ったのを見ると、リーダージャージを守る気満々で、自分と崇史がマークされている。

ただでさえ夜型で早く寝るのが苦手なのに、なんだか余計なものを見てしまったな...と思う。

第2ステージ210km
朝ごはんに島ラー油をたっぷりかけて

チームでは少人数の逃げは見送って、まとまった逃げにはチームメイトを送り込む作戦を立てた。

ずっと雨の予報で覚悟はできていたが、前日に雨がよく降ったおかげで予報が曇りに変わっていた。会場に向かう間に濡れずに済むだけでもうれしい。

朝4時30分起床。早すぎて食欲がない。今流行りの島ラー油をご飯にたっぷりかけて食べる。ご飯が進んでいい。

スタート地点では幸也のお父さんの貞美さんが自分は走らないというのに石垣島から応援に来てくれていて、背中に喝を入れて送り出してもらう。

名護市街を集団内で走る福島晋一(クムサン・ジンセン・アジア)名護市街を集団内で走る福島晋一(クムサン・ジンセン・アジア) (c)Makoto.AYANO

序盤から逃げた飯野嘉則(シマノレーシング)、長沼隆行(宇都宮ブリッツェン)、ノリス・ラクラン(ドラパック・ポルシェ)の3人序盤から逃げた飯野嘉則(シマノレーシング)、長沼隆行(宇都宮ブリッツェン)、ノリス・ラクラン(ドラパック・ポルシェ)の3人 (c)Makoto.AYANOスタート直後の逃げは3人。今回で引退するシマノの飯野選手、ブリツェンの長沼選手、ドラパックの選手だ。

リーダーチームのドラパックが乗ってしまったから、パルマーたちにとっては集団を牽かなくていい、まずい展開になってしまった。本来そういうことは避けないといけないのだが、行ってしまったのだから仕方がない。

3人しか逃げていないから、追わなくてはいけないチームが多すぎて、逆にどこのチームもひかないうちに12分が開いてしまった。
自分のコンディションは最悪だ。遅い朝食とラー油で胃が重い。なんてミスをしてしまったんだ...。早く消化することを祈る。

逃げる3人とのタイム差を伝えるボード逃げる3人とのタイム差を伝えるボード (c)Makoto.AYANO練習不足のラポムマルセイユの選手が集団をコントロール。彼らにとって、集団にいて安定しないペースで走るよりも、集団をコントロールした方が自分たちは長い間集団に残れるわけで、トレーニングを兼ねてコントロールしてくれている。

崇史が自分のところに来て「今日の俺の予想はにいちゃん総合優勝!」と言うので、「そうなるように頑張るよ」と答える。

集団は後半勝負の雰囲気

2度目の与那の坂、濡れた路面はかなりスリッピーで、ダンシングすると後輪が滑る。集団は団子状態で進む。この集団の大きさは異例だ。

距離が長くなって、どの選手も後半勝負にしたい考えだ。しかも総合上位にいる選手は登りがあまり得意ではないので、ドラパック、愛三、アンカーどのチームも彼らの体力温存を考えて、スローペースでできるだけ後半までチームメイトの温存を狙っている。逆にNIPPOはゴールスプリントでは総合逆転ができないので、そのうち攻撃してくるだろう。

集団内で奈良基に相談「オレ島ラー油のおかげで調子悪いんだ...」集団内で奈良基に相談「オレ島ラー油のおかげで調子悪いんだ...」 (c)Makoto.AYANO

集団が小さくなってサバイバルな展開を狙うNIPPOと違い、クムサンとしては集団が大きいままで進んで、リーダーを含む自分よりも総合で前にいる4人の選手が遅れてくれればいい。

奈良基にアタックを任せる。ついうつむいてしうまうほど調子の悪い福島晋一(後方)奈良基にアタックを任せる。ついうつむいてしうまうほど調子の悪い福島晋一(後方) (c)Makoto.AYANO奈良基(クムサン・ジンセン・アジア)が普久川ダムの上りでアタック開始奈良基(クムサン・ジンセン・アジア)が普久川ダムの上りでアタック開始 (c)Makoto.AYANO


与那の坂の上の方でペースが上がらないので奈良選手にアタックしてもらった。集団は反応しないで奈良選手は消えて行ったが、先頭をひいていた愛三の別府選手のペースが上がった。

奈良選手のアタックは他のチームの攻撃を誘う呼び水になったようで、与那の坂の次の登りで清水都貴選手がアタック。自分は2番手で登る。結構きつい...。ラー油による不調を読み取られたくないので、楽そうに登った。

身体のキレが悪い....。島ラー油なんて朝メシに食べるんじゃなかった...。身体のキレが悪い....。島ラー油なんて朝メシに食べるんじゃなかった...。 (c)Makoto.AYANO奈良選手の吸収後、今度は海藤選手にアタックの指示を出す。海藤は集団を引き離すには至らなかったが、数キロ逃げた。

そのうち、先頭を逃げていた長沼選手とドラパックの選手を吸収。これで、すべてのアタックをドラパックが追わなくてはならない展開になった。

ここでは五十嵐選手に前のアタックへの反応を任せる。パルマー選手がいけなくて、チームメイトが行っていない時だけ自分が反応する。

アンカー、NIPPO、シマノのアタックの応酬に、パルマーが反応するのを20番手につけてみていた。自分にとってはいい展開だ。

集団が小さくなりすぎて、そこにNIPPOやアンカーの選手がごっそり残って交代でアタックされるのが一番困る。
パルマーがメッタ打ちにされるのを後ろで見守っていると、パルマーがきょろきょろして自分を探している。その内にもアタックがかかる。

序盤がスローペースだっただけに残り50kmはかなりハイペースだ。ドラパックのアシストも積極的に動いて、どんどん散って行った。

都貴が下がってきて「晋一さん、(脚を)貯めすぎですよ」と言ってきた。「いや、調子が悪いんや」と答えたが、本当にあまり良くなかったのだ。

新コースでの攻防 やっと調子が出てきた

平良を過ぎて、新しくコース加わった残り30kmに入った。ここで梅丹のカフェイン入りのCCジェルを摂って気合を入れる。そこから集団の前に上がって様子を見る。自分の調子がいいというよりも、どの選手も消耗して苦しそうだ。

羽地ダムの上りでの攻防 伊丹健治と清水都貴が手ごわかった羽地ダムの上りでの攻防 伊丹健治と清水都貴が手ごわかった (c)Makoto.AYANO

新区間の2つ目の上りでアタックがかかり、7人になった。NIPPOの佐野と井上、シマノの村上、愛三の別府、アンカーの都貴と伊丹と、自分。このメンバーなら後ろの集団はドラパックが引くしかない。

最後の上りまでの平たん区間でパルマーが自分で追えば、確実に消耗する。自分が一番総合がいいので、このメンバーで行きたい。NIPPOの2人は崇史が後ろにいるので先頭交代には加わらない。
佐野選手が中途半端にローテーションに入ってきてローテーションが乱れる。

沿道ではオバァたちが応援してくれる沿道ではオバァたちが応援してくれる (c)Makoto.AYANO「よし、俺が引くから後は頼んだぞ、伊丹!」と、都貴が自分からアシストに回って先頭を引く。このメンバーの中で一番怖い都貴がアシストに回って先頭を引いてくれるのはありがたい。都貴と自分しか先頭を引かなくなっている。

ある瞬間、都貴が先頭で後ろを見ると、ローテーションを譲り合って自分の後ろが少し離れている。
「都貴行くぞ!」といって先頭でペースを上げる。

2人になった。やっとラー油に火が着いたようでコンディションはいい。
登りもいいペースで引いていたが、佐野選手を中心に井上と伊丹選手が追いついてきた。 佐野選手は苦しそうだが、こういう展開にはめっぽう強い。

そのまま、佐野選手がアタック!自分も調子よく真っ先に反応。
トンネルを抜けて最後の上りで今度は伊丹選手が全開のアタック! 自分も反応してカウンターでアタックする。

ここから独走してもいい覚悟だったが、伊丹選手は意地でついてくる。
このとき、後ろから崇史が単独で追い付いていたが、伊丹選手のアタックでまた遅れたらしい。

佐野選手と都貴選手が追いついてきてからまた、逃げ切りを狙って引く。伊丹選手が最後尾で足をためて、都貴と自分が中心となって引く。

清水都貴と伊丹健治の2人を残したアンカーに警戒しながら羽地ダムへ清水都貴と伊丹健治の2人を残したアンカーに警戒しながら羽地ダムへ (c)Makoto.AYANO


新コースになってから、最後の平たん区間が短いのは自分にとって好都合だ。
以前は平たん区間が15kmもあったので、登りで抜け出しても逃げきろうと思ったら平たんを全開で行かないとだめだった。

沿道では沖縄の人が応援してくれる。ちょっと黄色い声がきこえる沿道では沖縄の人が応援してくれる。ちょっと黄色い声がきこえる (c)Makoto.AYANOゴールまでの駆け引き 気が変わって優勝を狙う

残り4kmでちょっとした登りがある。ここは、自分にとって鬼門だ。今まで2回、ここで捕まった。ここだけは最後尾に回って、伊丹選手のアタックに備える。

残り2km。コーナーで脚が攣った。
ここからは後ろの集団との距離を測りながら、先頭を引きながら脚を回復させる。

都貴選手と2人でいた時は、
「ステージ優勝は都貴に譲っても、総合優勝は自分がもらえばいいや」と思っていたが、伊丹選手が総合逆転をかけてアタックして、最後もスプリントに足をためているので
「ここは遠慮はいらないかな」と判断した。

道の左端を走りながら振り向いてアタックをけん制する。伊丹選手と総合何秒差かは正確にわからないが、スプリントで離されると去年の阿部選手の様に総合を逆転されかねない。

残り200m。まだ遠い。

残り150m。最後尾につけていた都貴が右端から飛び出した。
待ってましたとばかりに都貴の陰に入り、どんどん加速していく都貴を左からまくって行った。加速していく選手をさらに加速して抜いて行ったから、伊丹選手には辛かっただろう。

清水都貴を一気にまくり、伊丹健治の追従を許さなかった清水都貴を一気にまくり、伊丹健治の追従を許さなかった (c)Makoto.AYANO

表彰式では森兵次実行委員長に「強くなった」と初めて言われた表彰式では森兵次実行委員長に「強くなった」と初めて言われた (c)Makoto.AYANO久々に味わう興奮の中、ガッツポーズをしてゴールを抜ける。ゴールしてから、ジャージのチャックを上げるのを忘れたのに気がついて慌ててあげた。 まだまだ、アマちゃんだ。

ゴールまで勝つことで頭がいっぱいで、勝ってからの準備どころではなかった。

ゴール後、貞美さんを見つけた。貞美さんに抱かれていると、今までツール・ド・おきなわで勝てなかった日々が脳裏をよぎり、思わず涙があふれてきた。
「そうだ、俺はずっとこのレースで勝ちたかったんだ」
幸也の母さんのるみ子さんも電話で泣いて喜んでくれた。

とうちゃんこと中川監督にも、監督として初めての自分の優勝をプレゼントできた。
オーガナイザーの森兵次さんにも初めて「強くなった」と認めてもらえた。
幸也をはじめ康司、ここでは挙げきれないが多くの人に祝福してもらった。

タイムトライアルの優勝もいいが、ロードレースの優勝は格別だ。チームメイトをはじめ応援してくださった皆様、本当にありがとう。


text by 福島晋一(クムサン・ジンセン・アジア)