マルコ・パンターニが1995年に刻んだ36分50秒を31年ぶりに更新し、アルプ・デュエズを制したタデイ・ポガチャル。逃げ切りに傾いていた展開をひっくり返したその強さは、どう形容すればいいのかわからなくなるほど、ただただ圧倒的だった。

会心の勝利を掴んだタデイ・ポガチャル(スロベニア、UAEチームエミレーツXRG) photo:A.S.O.
各国のメディアは、タデイ・ポガチャル(スロベニア、UAEチームエミレーツXRG)がこの日見せた強さを、一体どのように表現しているのだろうか。
マルコ・パンターニが1995年に刻んだ36分50秒を塗り替える、31年ぶりの新記録。「圧巻の勝利」「別次元の強さ」「史上最高の選手(GOAT)」。さすがにここまで来ると、ポガチャルの強さや圧倒的な勝ち方を形容する言葉のストックが、もう底をついているのではないか。プレスセンターで各国の記者に囲まれながら日本語を打っていると、そんな疑問が湧いてくる。
ポガチャルが残り13kmで仕掛け、総合上位勢による精鋭集団から飛び出した時、リチャル・カラパスたち先頭集団とは2分59秒差だった。画面に残り11.8kmと表示されたところで、筆者はプレスセンターを出て、フィニッシュ手前500mにあるラウンドアバウトへと向かった。
観客に触られ、ときには揺すられたのだろう。窓ガラスが手垢でべたべたになったオフィシャルカーが通過していく。その直後、真っ先に現れたのは、マイヨジョーヌを着たポガチャルだった。

大歓声と共に現れたポガチャル photo:Sotaro.Arakawa

数秒遅れでやってきたカラパスとマルティネス photo:Sotaro.Arakawa
そこまでの途中経過は、テキストでレース展開を伝える手元のProCyclingStatsと、隣でフランスTVを見ていたマダムのスマートフォンで把握していた。しかし目の前を駆け抜けたポガチャルは、まだ余裕があり、どこか楽しそうにすら見えた。その姿を見てしまうと、もう、その強さを形容する言葉が見つからない。
プレスセンターへの帰り道、バーのテラスでは、数分遅れで流れるフランスTVの中継を眺める人たちがいた。ちょうどポガチャルがカラパスたちを引き離す場面から、独走のままフィニッシュを通過するまでを見ることができた。
フィニッシュした瞬間、画面の右側に座っていた老紳士と目が合った。自分が「しょうがないよね」と肩をすくめ、両手のひらを上に向けると、老紳士も同じように呆れた表情を浮かべ、肩をすくめてみせた。そう、しょうがないほどの強さなのだ。

数分遅れでやっているTV中継を見るお客さん。肩をすくめあった老紳士は画角に入っていない photo:Sotaro.Arakawa
ここで現地レポートとしてひと呼吸置くために、また、このままでは「ポガチャルの圧巻勝利」だけで終わってしまいそうな原稿を少し引き延ばすためにも、この日のスタート地点から順を追ってレースを振り返りたい。
選手たちが走り出したのは、前日のフィニッシュ地点オルシエール・メルレットから山を下りた先にある街、ガップ。南アルプスの玄関口であり、1815年、ナポレオンが流刑地エルバ島からパリへ戻る途上で立ち寄った街で、現在もその進軍路は「ナポレオン街道」として知られている。
この日のコース距離は127.9kmと短く、序盤の山岳を越えた後には、長い谷間の区間もある。しかし最後に待つのは、レース開始の24時間以上前から観客が集まり、沿道が人で埋め尽くされた超級山岳アルプ・デュエズ(距離13.8km/平均8.1%)。いかに伝説級の登りとはいえ、総合勢が互いを牽制すれば、逃げ切りも十分に考えられるレイアウトだった。
開幕前、このステージで期待されていたのは、タデイ・ポガチャルとヨナス・ヴィンゲゴー(デンマーク、ヴィスマ・リースアバイク)による山岳バトルだった。今大会、事あるごとに「僕向きのレイアウトではない」と語っていたヴィンゲゴーが、ようやく訪れた「僕向き」の長く険しい山岳で、ポガチャルからマイヨジョーヌを引き剥がすのか。あるいはポガチャルがまたしても退け、総合5勝目を盤石なものとするのか。それがファンやメディア、そしてツール主催者も思い描いていたシナリオだったはずだ。
しかし、そのシナリオは第15ステージで崩れることに。ヴィンゲゴーが落車によってレースを去ったのだ。
それだけではない。UAEチームエミレーツXRGは、前日にブランドン・マクナルティ(アメリカ)が体調不良でリタイア。この日は序盤からフロリアン・フェルミールス(ベルギー)が集団からドロップし、前日に喉の痛みを訴えていたティム・ウェレンス(ベルギー)も、最初の1級山岳で遅れてしまった。
しかし、ポガチャルには何の関係もなかった。

インタビューに答えるタデイ・ポガチャル(スロベニア、UAEチームエミレーツXRG) photo:A.S.O.
もちろん本人にとっては無関係ではなく、記者会見では「チームメイトに捧げる勝利」と何度も繰り返していた。また途中には、体調不良から驚異的な回復を見せて逃げに乗り、“前待ち”を実行したアダム・イェーツに牽引される場面もあった。
それでも引いた目で見れば、最後はほぼ独力で、逃げ切りに傾いていたレースをひっくり返した。驚異的な登坂力。別次元のスピード。31年ぶりに歴史を塗り替える圧勝。どの言葉も間違ってはいない。
だが、プレスセンターで形容詞を探した末、自然と残ったのはバーの老紳士と交わした肩すくめ。それが意味する「しょうがない」。
これほどまでに強いポガチャルは、本日も別のルートから再びアルプ・デュエズへ登っていく。
text&photo:Sotaro.Arakawa in Grenoble, France
photo:CorVos

各国のメディアは、タデイ・ポガチャル(スロベニア、UAEチームエミレーツXRG)がこの日見せた強さを、一体どのように表現しているのだろうか。
マルコ・パンターニが1995年に刻んだ36分50秒を塗り替える、31年ぶりの新記録。「圧巻の勝利」「別次元の強さ」「史上最高の選手(GOAT)」。さすがにここまで来ると、ポガチャルの強さや圧倒的な勝ち方を形容する言葉のストックが、もう底をついているのではないか。プレスセンターで各国の記者に囲まれながら日本語を打っていると、そんな疑問が湧いてくる。
ポガチャルが残り13kmで仕掛け、総合上位勢による精鋭集団から飛び出した時、リチャル・カラパスたち先頭集団とは2分59秒差だった。画面に残り11.8kmと表示されたところで、筆者はプレスセンターを出て、フィニッシュ手前500mにあるラウンドアバウトへと向かった。
観客に触られ、ときには揺すられたのだろう。窓ガラスが手垢でべたべたになったオフィシャルカーが通過していく。その直後、真っ先に現れたのは、マイヨジョーヌを着たポガチャルだった。


そこまでの途中経過は、テキストでレース展開を伝える手元のProCyclingStatsと、隣でフランスTVを見ていたマダムのスマートフォンで把握していた。しかし目の前を駆け抜けたポガチャルは、まだ余裕があり、どこか楽しそうにすら見えた。その姿を見てしまうと、もう、その強さを形容する言葉が見つからない。
プレスセンターへの帰り道、バーのテラスでは、数分遅れで流れるフランスTVの中継を眺める人たちがいた。ちょうどポガチャルがカラパスたちを引き離す場面から、独走のままフィニッシュを通過するまでを見ることができた。
フィニッシュした瞬間、画面の右側に座っていた老紳士と目が合った。自分が「しょうがないよね」と肩をすくめ、両手のひらを上に向けると、老紳士も同じように呆れた表情を浮かべ、肩をすくめてみせた。そう、しょうがないほどの強さなのだ。

ここで現地レポートとしてひと呼吸置くために、また、このままでは「ポガチャルの圧巻勝利」だけで終わってしまいそうな原稿を少し引き延ばすためにも、この日のスタート地点から順を追ってレースを振り返りたい。
選手たちが走り出したのは、前日のフィニッシュ地点オルシエール・メルレットから山を下りた先にある街、ガップ。南アルプスの玄関口であり、1815年、ナポレオンが流刑地エルバ島からパリへ戻る途上で立ち寄った街で、現在もその進軍路は「ナポレオン街道」として知られている。
この日のコース距離は127.9kmと短く、序盤の山岳を越えた後には、長い谷間の区間もある。しかし最後に待つのは、レース開始の24時間以上前から観客が集まり、沿道が人で埋め尽くされた超級山岳アルプ・デュエズ(距離13.8km/平均8.1%)。いかに伝説級の登りとはいえ、総合勢が互いを牽制すれば、逃げ切りも十分に考えられるレイアウトだった。
開幕前、このステージで期待されていたのは、タデイ・ポガチャルとヨナス・ヴィンゲゴー(デンマーク、ヴィスマ・リースアバイク)による山岳バトルだった。今大会、事あるごとに「僕向きのレイアウトではない」と語っていたヴィンゲゴーが、ようやく訪れた「僕向き」の長く険しい山岳で、ポガチャルからマイヨジョーヌを引き剥がすのか。あるいはポガチャルがまたしても退け、総合5勝目を盤石なものとするのか。それがファンやメディア、そしてツール主催者も思い描いていたシナリオだったはずだ。
しかし、そのシナリオは第15ステージで崩れることに。ヴィンゲゴーが落車によってレースを去ったのだ。
それだけではない。UAEチームエミレーツXRGは、前日にブランドン・マクナルティ(アメリカ)が体調不良でリタイア。この日は序盤からフロリアン・フェルミールス(ベルギー)が集団からドロップし、前日に喉の痛みを訴えていたティム・ウェレンス(ベルギー)も、最初の1級山岳で遅れてしまった。
しかし、ポガチャルには何の関係もなかった。

もちろん本人にとっては無関係ではなく、記者会見では「チームメイトに捧げる勝利」と何度も繰り返していた。また途中には、体調不良から驚異的な回復を見せて逃げに乗り、“前待ち”を実行したアダム・イェーツに牽引される場面もあった。
それでも引いた目で見れば、最後はほぼ独力で、逃げ切りに傾いていたレースをひっくり返した。驚異的な登坂力。別次元のスピード。31年ぶりに歴史を塗り替える圧勝。どの言葉も間違ってはいない。
だが、プレスセンターで形容詞を探した末、自然と残ったのはバーの老紳士と交わした肩すくめ。それが意味する「しょうがない」。
これほどまでに強いポガチャルは、本日も別のルートから再びアルプ・デュエズへ登っていく。
text&photo:Sotaro.Arakawa in Grenoble, France
photo:CorVos
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