スペシャライズドからリリースされた注目の新型レーシングバイク「S-Works Tarmac SL9」。シクロワイアードではSL9を開発したスタッフにオンラインインタビューを実施した。インプレッションライドを通して感じた疑問やSL9の開発秘話に迫る。



スペシャライズド新宿でイベント「The Future of Road Cycling is Almost Here」が開催された photo:Michinari TAKAGI

7月1日(水)にスペシャライズドがフラッグシップストア「スペシャライズド新宿」でイベントを開催した。イベントは「The Future of Road Cycling is Almost Here」とだけ記されており、当日までイベント詳細は伏せられていた。

18時30分にオープンした会場には、続々と来場者が詰めかける。イベント開始時間の19時には合計300名を超えるサイクリストや関係者、アンバサダーが来場し、会場は大賑わい。

開会の挨拶を行うスペシャライズド・ジャパンのである木戸脇美輝成代表の横には、スペシャライズドのロゴが記された赤いベールに覆われたバイクの姿が。そして、木戸脇氏の合図と共にスペシャライズドの新型レースバイク「S-Works Tarmac SL9」がアンベールされ、会場は大きな拍手で包まれた。そして、マーケティング担当の小田島さんからは「Time To Finish」を導き出す「スピードの方程式」についてプレゼンテーションが行われた。

スペシャライズド・ジャパンの代表である木戸脇美輝成氏が登壇 photo:Michinari TAKAGI
限定のノベルティグッズも配布された photo:Michinari TAKAGI


マーケティング担当の小田島さんによる「Time To Finish」を導き出す「スピードの方程式」についてプレゼンテーションが行われた photo:Michinari TAKAGI
栗村修さんによるトークショーが行われ、S-Works Tarmac SL9とツール・ド・フランス2026をテーマにしたトークが繰り広げられた photo:Michinari TAKAGI

元プロロードレーサーの栗村修さんによるトークショーや、S-Works Tarmac SL9のレース実戦での速さやツール・ド・フランス2026の展望をテーマにしたトークセッションも行われた。さらに、イベント中にはスペシャライズドがサポートするSDワークス・プロタイムのエーススプリンターであるロレーナ・ウィーベス(オランダ)からビデオメッセージが届くサプライズも。「S-Works Tarmac SL9に乗った第一印象は速さと剛性感があるバイク。スプリンターの私にとっては非常に重要なポイントで、次のレースをこのバイクで走れることが凄く楽しみです」と日本のファンに向けてコメントした。

SUPER GTのレーシングドライバーであり、スペシャライズドアンバサダーのJ-P.デ・オリベイラさん(ブラジル、KONDO Racing Team)も来場し「今はS-Works Tarmac SL8に乗っているけど、来月くらいにはS-Works Tarmac SL9に乗り換えるから、今から楽しみにしている」と笑顔でコメント。

SUPER GTのレーシングドライバーであり、スペシャライズドアンバサダーのJ-P.デ・オリベイラさん(ブラジル、KONDO Racing Team)も駆け付けた photo:Michinari TAKAGI

待望の「S-Works Tarmac SL9」とあって興味津々。皆揃って撮影タイム photo:Michinari TAKAGI

SL9を眺めながら軽食を楽しみ、スペシャライズドファンにとって最高のイベントになったに違いない。また、現地に来れない方にはスペシャライズドジャパン公式YouTubeチャンネルでライブ配信も実施されていた。

それでは、スペシャライズド S-Works Tarmac SL9の開発者インタビューに移っていこう。

今回は「S-Works Tarmac SL9」の開発でリードエンジニアを務めたデニス・キュルナー氏とエンジニアリング・ディレクターのセバスチャン・セルヴェ氏とオンラインミーティングを実施した。

自社風洞実験室「ウィントンネル」のスタッフたち。リードエンジニアを務めたデニス・キュルナー氏(左から3番目)とエンジニアリング・ディレクターのセバスチャン・セルヴェ氏(一番左) (c)スペシャライズド・ジャパン

高い評価を得るSL8の性能を更に高めようとするのは、非常に難しいことだったのでは?
どのようにして開発指標を決めましたか?


デニス氏:プロジェクト開始時の目標は非常に明確でした。近年のプロのロードレースを見ると、年々スピードが上がっていますよね。毎年新しい平均速度の記録が塗り替えられているような状況です。

「6.8kg」というUCIの重量制限を維持しながら、空力性能をさらに向上させることが不可欠でした。市販の状態で約6.5kgに抑え、選手たちがペダルやボトルケージ、ゼッケンプレートホルダー、チェーンガイドなどを装着した状態で、ジャスト重量制限に達するように徹底的にフォーカスしました。

プロライダーからはどのようなフィードバックがありましたか?

「S-Works Tarmac SL9」の開発でリードエンジニアを務めたデニス・キュルナー氏 photo:Michinari TAKAGI
デニス氏:圧倒的にポジティブなフィードバックばかりでした。私はマヨルカ島で行われたトレーニングキャンプで、フロリアン・リポヴィッツ(ドイツ)がこのバイクに初めて乗った瞬間に立ち会ったのですが、彼はバイクのフィーリングに非常に満足していました。皆が口を揃えて言うのは、フロントフォークエンドの剛性がわずかに向上し、よりキビキビとした操作感になったこと、そして純粋に「バイクが速くなった」と感じていました。

また、5月末にスペインのジローナ近くで開催されたメディア向け発表会には、ルーク・ランパーティー(アメリカ)も来てくれました。彼がテクニカルな下りを走り終えた後、私のところにやってきて、握手を交わしながら「ありがとう」と言ってくれたんです。プロのライダーからこれ以上の褒め言葉はありませんよね。彼は本当に喜んでいて、本来は休息日だったにもかかわらず、嬉しそうに何度もスプリントを繰り返してバイクを試していました。

全体のフレーム剛性に関しては、SL8のハンドリングに対する評価が極めて高かったため、基本的にはSL8と同等に保っています。ただ、フォークのブレードを少し深くするなどのデザイン刷新によって、フォーク部分の剛性がわずかに向上しています。 これにより、スプリント時やダンシングでの登坂時に、よりダイレクトなフィーリングが得られるようになりました。

具体的に開発を進めていく上で、SL8開発の時と比べて風洞実験で何か進化したものはあるのか?

デニス氏:SL9ではプロジェクトの初期段階から「フィニッシュまでのタイム」や「速度の方程式」に多くの焦点を当て、シミュレーションを行いました。エアロ性能や重量といった各指標が、最終的に「最も早くフィニッシュラインに到達できるバイク」に結びつくよう徹底したのです。

さらに、風洞実験の手順を大幅に改良しました。 最新世代の「ムービングレッグマネキン」を導入し、実験中のマネキンを支えるサポート構造や、上半身の形状もアップデートしました。以前のマネキンは少し上体を起こした姿勢で、アップライトなポジションでしたが、近年のレースは早い段階から逃げ集団が形成されることが多いため、今回は「逃げで良く見る深い前傾姿勢」にアップデートしました。これにより、より実戦に近く、かつ再現性の高いテストが可能になりました。

背中のプレートを吊り下げるような形で固定された第6世代のムービングレッグマネキンを導入 (c)スペシャライズド・ジャパン

実は、タイムトライアル用のマネキンなどは、レムコの体型を3Dスキャンして作ったものです。風洞実験室には「ダミーのレムコ」がいて、テストしたいときはいつでも使えるようになっています。

セバスチャン氏:補足すると、Win Tunnelは約5年前に、すべての計測機器や、力を分離するための機械システムなどが完全に最新のものに交換されました。毎年多額の投資を行っています。デニスが先ほど触れたように、マネキンやバイクの位置をミリ単位で正確にコントロールし配置するための「レーザーシステム」も導入されています。バイクのジオメトリーが変われば、レーザーの指示ポイントも自動で変わり、ライダーを常にまったく同じ正確なポジションに配置できます。さらに、脚が回転するマネキンとこれらすべてのシステムの組み合わせは、私の知る限り唯一無二のものです。

エンジニアリング・ディレクターのセバスチャン・セルヴェ氏 photo:Michinari TAKAGI
競合他社がこれをコピーしようとしても容易ではありません。彼らは風洞を半日だけ予約し、その限られた時間の中で急いでテストを完了させて出て行かなければなりませんが、私たちは自社設備なので、何かがうまくいかなければその場で修正し、翌日にまたテストを再開することができます。これが、私たちのテストプロトコルに対する非常に高い自信へとつながっています。現在、風洞の専任スペシャリストも2名体制に増強しています。

これまで自転車業界ではボトルを2本付けた時が最も空力が良いとされてきましたが、SL9ではボトル1本が空力が良いと説明を受けました。実際に、ボトルなし、ボトル1本、ボトル2本では具体的に具体的に空力にはどのような差が生まれますか?

デニス氏:「1本のほうが2本よりも空力的に有利」というのは、実はほぼすべてのバイクに共通することなので、それ自体がSL9だけの特徴というわけではありません。

私たちがSL9で行った重要な決定は、「Win Fin(ウィンフィン)」の導入です。Tarmac SL8はボトル2本を装着した状態を前提に最適化されていました。しかし現在のレースシーン、特にグランツールで総合優勝やステージ優勝を争う主要なライダーたちの動きを見ると、彼らは昔ほど長く集団の中に留まらず、ゴールまで残り80kmといった早い段階からアタックを仕掛けて抜け出します。そういったクリティカルな局面では、彼らはほとんどの場合、ダウンチューブのボトルだけを残し、シートチューブのボトルは捨てて走っています。

ボトル1本使用時の状況にフォーカスして、リアホイールに沿うような「Win Fin」を採用 (c)スペシャライズド・ジャパン

そこで私たちは、SL9を「そのクリティカルなレースシナリオ(ボトル1本での走行)」に合わせて最適化することを決意しました。シートチューブ側のボトルを廃した状態を前提にチューブ形状を変更したことで、システム全体の空気抵抗(ドラッグ)を大きく下げることに成功しました。これがシートチューブ後部にある「Win Fin」の正体です。

もちろん、ボトルが全く無い状態が最も速く、2本ある状態が最も遅いという基本は変わりませんが、ダウンチューブに1本だけボトルがある状態において、最大のパフォーマンスメリット(SL8比で4ワットの削減目標など)を発揮できるよう設計されています。

レムコ・エヴェネプール(ベルギー、レッドブル・ボーラ・ハンスグローエ)はツール・ド・フランスからS-Works Tarmac SL9を実戦投入している photo:CorVos

他社のようにボトル自体の形状を専用のエアロボトルとしてデザインするというアイデアはなかったのですか?

デニス氏:プロジェクトの初期に当然それも議論されました。しかし、いくつかの理由から採用しませんでした。

第一に、私たちはバイクのエアロ性能の主張を「特定のボトル形状」に依存させたくなかったからです。専用ボトルを使っている時は速いけれど、通常の丸型ボトルに変えた途端にエアロ性能がガタ落ちするようなバイクにはしたくありませんでした。

第二に、プロチームが使用するボトルの形状を私たちはコントロールできません。チームにはそれぞれのボトルサプライヤー(スポンサー)がいるからです。さらに、レースの過酷な終盤戦ではチームカーのサポートを受けられず、ニュートラルサポートから通常の「丸いボトル」を受け取って走るケースが多々あります。

そのため、実際のレース現場で最も多く使われる「丸いボトルを装着した状態」で、バイク単体のフレームやフォークの形状の工夫だけでしっかり4Wを削減することを目指しました。

ティム・メルリール(ベルギー、スーダル・クイックステップ)が「S-Works Tarmac SL9」を使用し、ツール・ド・フランスの第7&8ステージで集団スプリントを制した photo:CorVos

SL9とSL8が同じ剛性感やライドフィーリングで作られていると聞きましたが、編集部のテストライダーが乗ってみるとSL9はSL8と比べると硬く、特にバイクを左右に振った時にフロント周りのライドフィーリングが変わっているように感じました。これは正しいか?

デニス氏:プロ選手たちからも全く同じフィードバックがありました。フレーム単体の数値を測定すると、フロントエンドの剛性はSL8と全く同じなのですが、先ほどお話しした通り、フォークブレードのデザインを変更したことで「フォーク自体の剛性」がごくわずかに向上しています。

試乗でその違いを感知できたということは、そのテスターの方は非常に優れた、繊細な感覚を持ったライダーですね。プロの9割も同様のフィードバックを寄せており、皆さんこの変化をとても好意的に捉えています。

スペシャライズド S-Works Tarmac SL9をテストするCW編集部員の高木三千成 photo:Ryuta Iwasaki

プロライダーからのフィードバックで、他に何かユニークなものや驚いたものはありましたか?

デニス氏:驚くようなユニークなフィードバックは、実はあまりありませんでした。なぜなら私たちの目標は、SL8で実現した最高の「ライドクオリティ(乗り心地や扱いやすさ)」をそのまま維持することだったからです。選手たちが「よりエアロに感じられ、スピードを維持しやすくなった」「フロントの剛性が上がった」と感じたことは、すべて私たちが狙い通りに設計した結果でした。驚きがなかったということは、私たちがエンジニアとしての仕事を完璧にこなした証拠だと思っています。

最後の質問になります。日本では過去の「Venge」というバイクが今でも伝説的に人気で、多くのアマチュアライダーが新しいVengeの登場を期待しています。その可能性はやはり低いのでしょうか?

デニス氏:「絶対に出ない」とは言いきれませんが……(笑)。私たちは常に新しいアイデアを持っていますし、製品をより良くするための開発を続けています。プロ選手が最初にフィニッシュラインを通過できる最高のツールを提供し続けることだけはお約束します。

text&photo:Michinari TAKAGI

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