フィレンツェからパンターニ、そしてコッピゆかりの地を経由して、ツール・ド・フランスのプロトンはフランスをひた走る。沿道で今日もツールを追う、小俣雄風太氏によるフォトエッセイをお送りします。



6月30日(日)、第2ステージ チェゼーナティコ

photo:Yufta Omata

マルコ・パンターニの出身地、チェゼーナティコ。このアドリア海沿いの保養地が、サマーシーズンにツール・ド・フランスを招致したのは理にかなったことだっただろうか。ただでさえ人が多いエリアに、世界最大の自転車レースが来るというのだから。

それでも、1998年にダブルツールを達成し、言うとなれば史上最大のスキャンダルに見舞われたこの年の大会を「救った」パンターニの地をツールが訪れないわけにもいかないのかもしれない。しかし沿道にはビーチから上がってきた水着姿のバカンス客ばかりで、生粋の自転車ファンの姿はほとんど見つけられなかった。ただ一箇所、ひとつのコーナーにだけはパンターニの旗を掲げられ黄色く染まっていた。慌ててカメラを取り出すと、その一角の終わりにたなびいていた海賊の旗が辛うじて写った。



7月1日(月)、第3ステージ トルトーナ

photo:Yufta Omata

この日最初の4級山岳トルトーナの丘には、「ファウスト・コッピ」と名前が併記されていた。チャンピオンの中のチャンピオン、カンピオニッシモと称された選手の名前だ。歴史上エディ・メルクスと比肩するカリスマが活躍したのは1940〜50年代。彼が暮らし、日常的にトレーニングを積んだのがこの坂だということだ。

今年のツールはイタリアの名選手へのオマージュとしてルートを組んでいる。しかしこの1kmちょっとの登坂にも、あまりコッピを思わせるものは何もなかった。コッピ時代のバイクとジャージで決めたおじいちゃんたちのグループが唯一、この地とコッピを結びつけるものだった。そのうちの一人は早々にフェンスの上での観戦を決め込み、気難しい顔をして待っていたが、選手たちが通過する段になっても気難しい顔のままだった。彼が最初に見たロードレースと、今日のロードレースはどれほどまでに変わってしまったのだろう。



7月2日(火)、第4ステージ ガリビエ峠

photo:Yufta Omata

大会4日目にしてガリビエ峠を走る。ようやくフランスに入国したかと思うと、いきなりツールの一番濃い部分に到達してしまったのだからなかなか意識が追いつかない。例年よりも一週間早い開催と、大会4日目での訪問ということもあり、ガリビエ峠にはまだ雪が多く残っていた。ここは来る度に息を呑む絶景の峠だが、雪をいただく姿がまた壮大だ。そこにタデイ・ポガチャルの圧巻の走りがあった。

それにしてもこの日のガリビエ峠はいつになく人が少なかった。麓で登坂規制をしていた影響もあり、また7月第1週目という時期の早さもあったのだろう。観客が少なかったおかげで、昨年のジュー・プラネ峠のようなことが起こらなかったともいえる。ポガチャルのあの加速を目の当たりにすると、アルプスの峠の人混みはまるでこの王者が伸び伸びと走れる場所ではないように思われる。3週目、ツールの終盤で再びアルプスを訪れる頃には、また目の眩むような大観客でごった返すだろう。それはそれで、ツールらしい絵ではあるのだけれど、ポガチャルはまたあのアタックを繰り返すだろうか。



7月3日(水)、第5ステージ サン・ジャン・ド・モーリエンヌ

photo:Yufta Omata

超級山岳ステージを終えて、スプリンターのための平坦ステージがやってきた。このツールには世界屈指のスプリンターたちが勢揃いしているが、マーク・カヴェンディッシュのツール最多35勝目を現実視していた人は昨年より少なかったのではないか。

第1ステージで早々に遅れる姿が映し出されてからは、明らかに調子が悪そうに見えた。第5ステージのスタートも、集団が出発して少し遅れてカヴがやってきた。アシスト役のミカエル・モルコフとケース・ボルは0km地点からカヴに付き添っている。このときは、集団の一番最後にスタートしたカヴが、集団で一番最初にフィニッシュラインを切るなんて、正直なところ思いもしなかった。

同日、サン・ヴュルバ

photo:Yufta Omata

フィニッシュラインの400m手前。集団がものすごいスピードで通り過ぎていき、しばらくしてカヴェンディッシュの勝利が会場にアナウンスされた。すぐ後ろにいたベルギー(?)のTVクルーが、カヴのスプリントリプレイを見守っている。誰もが信じられない、と口にしたが誰もが笑顔だった。みな、新たな歴史の目撃者となった。



7月4日(木)、第6ステージ ソロニー

photo:Yufta Omata

うだるような暑さだったイタリアがもう昔のことに思えるほど、ここ数日は過ごしやすい気温になってきた。ガリビエ峠の頂上で強風に凍え、そしてここ2日間は通り雨がレースコースを濡らしている。第6ステージが始まってすぐに通過するソロニーの街では住人たちがツールを歓迎する準備を整えていたけれど、選手が来るその瞬間になって風と雨に見舞われた。雨には雨の美しさがあるが、フォトグラファーたちはしかめ面だ。



7月5日(金)、第7ステージ モレ・サン・ドニ

photo:Yufta Omata

タイムトライアルのコースは一日を通して何度も映像に映し出されるから、自慢の景観を世界にアピールしたい自治体にとってはよいステージ。今年はブルゴーニュワインの産地、ニュイ・サン・ジョルジュとジュヴレ・シャンベルタンを結ぶルートが設定され、一面のブドウ畑を縫うように選手たちは走った。

クリマと呼ばれるブルゴーニュワイン特有のブドウ畑の区画は世界遺産にも登録されている。「グラン・クリュの道」と名付けられたルートは、世界の美食家たちを唸らせる道のりでもあるわけだ。同時にタイムトライアルのコースは一日を通して何度も選手たちが目の前を通過するから、ピクニックがてらレース観戦をするのにもよいステージ。「グラン・クリュの道」の途上にあるモレ・サン・ドニの住人たちが、今年この行幸にあずかった。

text&photo:Yufta Omata