小さな坂が続く丘陵地帯。最終盤の丘で激しく攻撃に出たユンボ・ヴィスマ。抜け出したワウトは翼を授かったポーズでマイヨジョーヌの勝利を祝福した。40歳の誕生日のフィリップ・ジルベールは祝福されながら北のクラシックの地を走った。



どこでも人気のマチュー・ファンデルプール(アルペシン・ドゥクーニンク)どこでも人気のマチュー・ファンデルプール(アルペシン・ドゥクーニンク) photo:Makoto AYANO
デンマークから900kmの移動を経て、母国フランスに戻ったツール。仏入国初日となる4日目は、フランス本土最北端でベルギー国境に近いダンケルクでスタートを切る。この地方の名物は細かなアップダウンや石畳に強い海風。春のクラシックさながらのプロフィールが待つ。

前ステージ敢闘賞を示す赤ゼッケンをつけて、マイヨアポワのコルトがスタートに向かう前ステージ敢闘賞を示す赤ゼッケンをつけて、マイヨアポワのコルトがスタートに向かう photo:Makoto AYANO
デンマークでの第3ステージを終えてから、選手たちはすぐ特別チャーター機でフランスのリールへと飛んだ。大会スタッフやプレスなど、車両で移動する関係者のほとんどは途中1泊しながら陸路で900kmをつないでのフランス入り。フランスやベルギー周辺に拠点のあるプロチームなら車両やスタッフをリレーすることもできるが、ほとんどは長距離移動を経ての再スタートだ。

それでも移動日という名の、選手にとっては実質の休息日。しかも開幕から3日目で迎える休息日は例外なく早い。休息日は連日走り続けるグランツールではリズムを狂わせるもの。選手たちは昨日は完全な休息はとらず、むしろ念入りなトレーニングライドを行い、チームによっては第5ステージのパヴェの試走にも出かけたようだった。

クイックステップのこの日のエースはフランスチャンピオンジャージを着るフロリアン・セネシャルクイックステップのこの日のエースはフランスチャンピオンジャージを着るフロリアン・セネシャル photo:Makoto AYANO
迎えるフランスの最北都市ダンケルクは自転車競技が盛んな「北のクラシック」の地域だけに、スタート地点には多くのファンが集まった。それでも熱狂度はデンマークでの3ステージに比べれば少し落ち着きを取り戻した様子だった。

ファンへのサイン対応にいそしむマチュー・ファンデルプールは「デンマークでの3日間で疲れた。大観衆と距離が近かったからストレスがいっぱいだったんだ 。でもデンマークのファンには10点中10満点をつけるよ!」とその歓迎ぶりに満足したことを話す。

ニュートラルサービスをつとめるシマノのスタッフが機材チェックに奔走するニュートラルサービスをつとめるシマノのスタッフが機材チェックに奔走する photo:Makoto AYANO
この日誕生日を迎える選手が2人。アレクサンダー・クリストフ(ノルウェー、アンテルマルシェ・ワンティ・ゴベールマテリオ)は35歳に。フィリップ・ジルベール(ベルギー、ロット・スーダル)はツール参加選手のなかの最年長にあたる40歳に。今年がキャリア最後の年と決めているジルベールは、今回で25回のツール出場。朝から誕生日をきっかけに話を訊くメディアの対応に追われていた。

ジルベールにとってここダンケルクが今年の5月に最近の勝利を飾った地であることも人気の理由だ。「4日間レース」という意味の3日間レース「キャトルジュール・ド・ダンケルク」の第3ステージでタイム差をつけて勝利し、総合優勝した。その勝利は2019年から勝利が無かったジルベールにとって待望の勝利だった。そしてこの海岸線で隣り合うデパンの街を拠点に開催される「デパン3日間レース」の2017年勝者でもあるジルベールにとって、この「北」の一帯は幸運の地でもある。

誕生日を迎えたフィリップ・ジルベール(ベルギー、ロット・スーダル)はツール参加選手のなかの最年長にあたる40歳に誕生日を迎えたフィリップ・ジルベール(ベルギー、ロット・スーダル)はツール参加選手のなかの最年長にあたる40歳に photo:Makoto AYANO
「5月末には結婚したし、選手として最高の状態でキャリアを終えたい。この数年は病気もあって高い調子を維持することができなかった。クラシックは難しいけど、レースにはまだいくつか勝ちたい。このツールでのステージ勝利も。チームはここまでのところカレブ(ユアン)の勝利を目指しているけど、結果にはつながっていない。僕は経験を生かして走るけれど、逃げに乗るには肉体的には厳しい。それが現実だけど」とジルベールは言う。誕生日と選手生活の締めを記念したワインセットの販売も始めた。その収益を昨年ベルギーを襲った洪水被害の被災者へのチャリティーにするという。

ノール・パドカレ地方の街を通過するプロトンノール・パドカレ地方の街を通過するプロトン photo:Makoto AYANO
「北」らしく夏でも肌寒い気候のノール・パドカレ地方。日当たりの良い海岸を楽しむ観客たちに見送られ、内陸へと南下を始める選手たち。さっそく逃げを決めたマグナス・コルト(デンマーク、EFエデュケーション・イージーポスト)とアントニー・ペレス(フランス、コフィディス)。一躍デンマークのヒーローとなったコルトと一緒に逃げるペレスは、2年前のツール第3ステージで逃げている最中のダウンヒルで前で急停車した車両を避けきれずに衝突して落車、 鎖骨骨折でリタイヤとなり、マイヨアポワを受け取ることができなかった選手。

逃げるマグナス・コルト(デンマーク、EFエデュケーション・イージーポスト)とアントニー・ペレス(フランス、コフィディス)逃げるマグナス・コルト(デンマーク、EFエデュケーション・イージーポスト)とアントニー・ペレス(フランス、コフィディス) photo:Makoto AYANO
この日設定された6つの4級山岳。しかし果敢なペレスのトライも、コルトの山岳ポイントでのパンチあるダッシュの前には敵わなかった。

この日「JOYEUX ANNIVERSAIRE PHIL(フィル、誕生日おめでとう)」のメッセージが沿道にいくつも見られたが、ジルベールは数度のパンクとメカトラブルで遅れて単独追走を強いられる場面も。

パンクで遅れ、単独追走で集団復帰を目指すフィリップ・ジルベール(ベルギー、ロット・スーダル)パンクで遅れ、単独追走で集団復帰を目指すフィリップ・ジルベール(ベルギー、ロット・スーダル) photo:Makoto AYANO
内陸から再び北上して同じ海岸線へと戻れば、「フランスのフランドル地方」とも呼ばれる丘陵地帯が待つ。最高標高200mに満たないものの、アップダウンが繰り返す地形はレースを厳しくする要素は揃っていた。とくに最後の4級山岳「キャップ・ブラン・ネ」はフィニッシュ地点から10.8kmしか離れていないことが攻略のポイントになった。

自転車の盛んなノール・パドカレ地方を通過するプロトン自転車の盛んなノール・パドカレ地方を通過するプロトン photo:Makoto AYANO
マイヨヴェールを着たファビオ・ヤコブセン(オランダ、クイックステップ・アルファヴィニル)マイヨヴェールを着たファビオ・ヤコブセン(オランダ、クイックステップ・アルファヴィニル) photo:Makoto AYANO
コースは全般に渡って概ね平坦とも言えるが、コース最終盤はハードな展開に持ち込んで足を削り、スプリンターを困難に陥れることができる。登れるスプリンターには問題ないが、ファビオ・ヤコブセン(クイックステップ・アルファヴィニル)には厳しい。アラフィリップが居れば仕掛けられるクイックステップは、この日フランスチャンピオンジャージを着るフロリアン・セネシャルをエースに仕立てていたようだ。

集団を絞りこむことにも相当の努力を強いられるが、それを厭わず勝利を目指すチームがあるかどうか。ワウト・ファンアールト(ベルギー、ユンボ・ヴィスマ)はこの日、当初からチームにはレースを動かすチャンスが有ると踏んでいた。

赤水玉のシャツを着てツールの通過を応援する子どもたち赤水玉のシャツを着てツールの通過を応援する子どもたち photo:Makoto AYANO
「このステージはツール開幕のずっと前からマークしていたんだ。コースプロフィールを見れば分かるとおり、山は低いものの、ずっとアップダウンが続く。フィニッシュラインにはスプリントポイントが50点用意されているし、風が吹く中でヨナス(ヴィンゲゴー)とプリモシュ(ログリッチ)のために何かできるとも思っていた。最後の山岳で仕掛けることは、総合成績、そしてマイヨヴェールのどちらにも利点を見出せるものだったんだ」。

ティシュ・ベノート (ベルギー、ユンボ・ヴィスマ)の背後でファンアールトがアタックを待つティシュ・ベノート (ベルギー、ユンボ・ヴィスマ)の背後でファンアールトがアタックを待つ photo:CorVos
20秒リードで逃げるワウト・ファンアールト(ベルギー、ユンボ・ヴィスマ)20秒リードで逃げるワウト・ファンアールト(ベルギー、ユンボ・ヴィスマ) photo:CorVos
パリ〜ニース第1ステージで見せた一丸となったアタックの再現か、ユンボ・ヴィスマ得意の動きが炸裂した。「同じようなコースレイアウトだったパリ〜ニース初日にそうだったように、ユンボ・ヴィスマが何か仕掛けてくるだろうと思っていた」というアダム・イェーツ(イギリス、イネオス・グレナディアーズ)の警戒したとおり。しかし追従したイェーツも堪らず切れるスピード。「正直ユンボが速すぎて残り100~150mで千切れてしまった」と言うイェーツを置き去りにし、ファンアールトが独走を開始した。

羽ばたくようなポーズでフィニッシュしたワウト・ファンアールト(ベルギー、ユンボ・ヴィスマ)羽ばたくようなポーズでフィニッシュしたワウト・ファンアールト(ベルギー、ユンボ・ヴィスマ) photo:CorVos
圧巻の独走劇を成功させたワウト・ファンアールト(ベルギー、ユンボ・ヴィスマ)圧巻の独走劇を成功させたワウト・ファンアールト(ベルギー、ユンボ・ヴィスマ) photo:Makoto AYANO
羽ばたくジェスチャーを繰り出し、右手を突き上げてファンアールトが独走フィニッシュ。開幕から3日連続のステージ2位というツール史上92年ぶりの不名誉な記録を経て、ついにステージ優勝を掴んだ。

8秒差に迫った集団スプリント勝負はヤスパー・フィリプセン(ベルギー、アルペシン・フェニックス)が先着。勝利と勘違いしてのガッツポーズをしたのは、すぐ前に居るワウトに気づいていなかった。派手すぎるうっかりポーズだったが、登れないスプリンターに分類されるフィリプセンが残れたのは好調の証か。

優勝と勘違いしたポーズで2位のヤスパー・フィリプセン(ベルギー、アルペシン・ドゥクーニンク)優勝と勘違いしたポーズで2位のヤスパー・フィリプセン(ベルギー、アルペシン・ドゥクーニンク) photo:Makoto AYANO
羽ばたくポーズの意味を聞かれたファンアールトは答える「黄色いジャージが僕に翼を与えてくれた。マイヨジョーヌを着ての勝利のフィニッシュは特別なもの。それを示したかったんだ」。

「翼を授ける」は、言うまでもなく個人スポンサーになっているエナジードリンクのレッドブルのキャッチフレーズだ。今年からワウトはレッドブルのマークとカラーをあしらったのヘルメットの着用がチームによって認められている。ロードレースでそれができるのは個人へのスポンサーフィーに加えてチームへの契約金・違約金に当たる支払いがチームスポンサーの条件を上回れる場合のみ。つまりワウトは相当に価値が高い男ということになる。

笑顔のワウト・ファンアールト(ベルギー、ユンボ・ヴィスマ)笑顔のワウト・ファンアールト(ベルギー、ユンボ・ヴィスマ) photo:Makoto AYANO
「デンマークで3日連続2位になったのは悔しいけれど、予想以上の結果だった。コースの難易度が低かったその2日間よりも、フランスに渡ってからのステージの方が僕向きだと考えていた。もちろんマイヨジョーヌで勝つというモチベーションもあったけれど」とワウト。

マイヨジョーヌを着ていても、ワウトの今ツールでの最終的な目標はマイヨヴェールであり、ログリッチとヴィンゲゴーのマイヨジョーヌをアシストすることだ。

「2人で総合優勝を狙うというチームの優先ごとがあるなかで、明日の(得意な)石畳ステージでまたアタックするよう、君に青信号は出るのか? 2人が困難に陥ったらどうする?」との記者の問いに対しては次のように応えた。

「明日はヨナスとプリモシュがトラブルに遭わないようにすることが最も大切だ。ただし今日のステージも含め、ここまで僕たちは自信を高めているし、総合成績に変化をつけるトライを実行することもできるだろう。僕も含めてチームの半分は石畳適性のあるクラシックライダーだ。もちろんレース状況を見極めながらの話になるけれど、2人の総合成績を動かすトライができたら良いと思う」と、攻撃と防御のバランスを話した。

ファンタを飲み干すタデイ・ポガチャル(スロベニア、UAEチームエミレーツ)ファンタを飲み干すタデイ・ポガチャル(スロベニア、UAEチームエミレーツ) photo:Makoto AYANO
ミスを認めたのはタデイ・ポガチャル(スロベニア、UAEチームエミレーツ)。しかしフィニッシュ後はいつものように好物のファンタオレンジを飲み干し、「驚いた?」と訊くワウトにも軽口で返し、焦る気配は感じさせない。

「ユンボのアタックがあったとき、着いていくには後ろに居すぎた。頂上はできるだけ早く通過して前を確認したら、ワウトはチームメイト(ヴィンゲゴーら)をも置き去りにしてたので安心した。ストレスは感じていないよ」。と、イェーツやヴィンゲゴーからタイムを失うことがないことはチェック。ログリッチら総合争いのライバル勢は視界に収めていた。

「登坂に突入する頃はかなり混沌とした状況だったんだ。あの作戦を実行できるチームが一つあるとしたら、それはユンボだ。超絶に強い彼らだけが以前の再現をできると思っていたんだ。ワウトがヨナス・ヴィンゲゴーすら振り落として消えていったのを見て、集団がまとまるだろうと考えて心配することを止めたんだ」。

いつでもアグレッシブに攻撃できるポガチャルだが、マイヨジョーヌを取るとその後のチームの負担が増すことで今を自重している様子もある。「このツールで最初の”ディープ・ディグ(深堀り)”だったけど、肺も良く動いたし、調子がいいことは確かめられたよ」とも話す。

「フランスのフランドル」ステージを終え、明日は本家パリ〜ルーベより短いとはいえ本格的な石畳を走る「ミニ・パリ〜ルーベ」だ。石畳で何かあれば分差は簡単につくことは過去の例を見ても明らか。今年のツールのハイライトでもある。

パヴェステージについて話すマチュー・ファンデルプール(アルペシン・ドゥクーニンク)パヴェステージについて話すマチュー・ファンデルプール(アルペシン・ドゥクーニンク) photo:Makoto AYANO
マチューは言う。「ここから本当のレースが始まる。実際、小さなパリ〜ルーベでは僕とチーム(アルペシン)にはチャンスが有ると思う。あるチャンスは掴みに行くが、1分以内に総合勢もひしめいていて、混乱を極めることになるだろう。ワウトもマイヨジョーヌをみすみす失うことはしないだろう。僕の狙いはステージ優勝。それさえ簡単なことじゃない。ジロ・デ・イタリア以降のコンディショニングもうまく行ったのか分からないし、まだ僕はいい脚の調子を探しているんだ。

誕生日ステージをパンク続きで苦労したジルベールは、スタート前にこう話した。「パリ〜ルーベを走ったことがある選手はパヴェの走り方を知っているけど、知らない選手もツールにはたくさん居る。テクニックが無いし、どう対処していいか分からない選手が。(ツールに石畳が必要か?の)議論は必要だろう。 ポガチャルが転べばASOも少しは堪えるだろうけど、パヴェでは落車やトラブルは何処でだって起こるものだから。

text&photo:Makoto.AYANO in France

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