「クイーン」ではないが「最難関ステージ」とされたこの日。1級山岳ピュイマリーで繰り広げられた総合バトルはポガチャルとログリッチのスロベニア人ふたりの同盟が功を奏し、ライバルたちにタイム差を付けることに成功。総合争いの輪郭が見えてきた。



ピュイマリー頂上を眺めながらラスト1kmを登るピュイマリー頂上を眺めながらラスト1kmを登る photo:Makoto.AYANO
1週間ぶりに再びツールが戻ってきた中央山塊ステージ。名水郷ヴォルヴィックに近いシャテル=ギヨンからヴォルカン・ドヴェルニュ自然公園のピュイマリーへ。休火山や死火山が点在するエリアはノコギリの歯状にアップダウンに富み、191.5kmのステージ距離に今大会最も多い7つものカテゴリー山岳が散りばめられた。今大会最大の4,400mにおよぶ獲得標高差のステージは「クイーン」ではないが最難関ステージとされた。

アプローチ制限のあるピュイマリーにも手のこんだ仮装観客がアプローチ制限のあるピュイマリーにも手のこんだ仮装観客が photo:Makoto.AYANO「アタック・ポガ!」「アタック・ポガ!」 photo:Makoto.AYANO


今までもピュイマリーはステージに登場しているが、車道の最高地点であるパ・デ・ペイロル(頂上への登山口の始点)まで登るのはツール史上初めて。道が細い上に頂上部にスペースがないため大会関係車両も最低限へと規制された極めて細い道であり、この区間の急勾配はさらに手強い。登り始めから勾配がきつく、森林限界を越えて道幅が5mほどと細道になるやいなや急勾配となり、コンスタントに15%以上の激坂となる。7つの峠といくつものアップダウンを越えて挑むその難しさは与えられたカテゴリーを越える難易度だ。

ダニエル・マルティネス(コロンビア、EFプロサイクリング)がケムナとシャフマンを率いてラスト1kmへダニエル・マルティネス(コロンビア、EFプロサイクリング)がケムナとシャフマンを率いてラスト1kmへ photo:Makoto.AYANO
「もう登り始めから、ふぉー、頂上はいったいどこなの?と漏らしてしまった」とは最速で駆け上がったプリモシュ・ログリッチのゴール後のコメントだ。それほどまでの難しさということだ。この日、ピュイマリーにたどり着いた選手たちの走りは地を這うかのような苦しみに満ちていた。

車両の乗り入れ制限など厳しい流入規制処置があるにもかかわらず、観客たちはマイヨジョーヌの行方を決める大きな山場を目撃しようと山頂付近に集まった。自転車で、E-BIKEで、徒歩で。

頂上フィニッシュ1km手前の折返しコーナーにはオレンジのペイントがされ、オレンジのコスチュームを身にまとった若者の集団が陣取った。さながらラルプデュエズのオランダ村の様相だが、カンタル県のフットボールクラブのメンバーが中心のグループだとか。色はオレンジだが熱を入れて応援するのは地元が出身地に近い「クレルモンフェランのTGV」ことレミ・カヴァニャ、ジュリアン・アラフィリップ、そしてロメン・バルデらフランス人たちだ。

ダニエル・マルティネスに続くレナード・ケムナとマキシミリアン・シャフマン(ボーラ・ハンスグローエ)ダニエル・マルティネスに続くレナード・ケムナとマキシミリアン・シャフマン(ボーラ・ハンスグローエ) photo:Makoto.AYANO
ラスト1kmを切っての2対1の勝負。ダニエル・マルティネス(コロンビア、EFプロサイクリング)がレナード・ケムナとマキシミリアン・シャフマン、ボーラ・ハンスグローエの2人のドイツ人を登坂力勝負で下した。

フィニッシュで見せた両手でハートを形作るポーズは、まもなく2歳の誕生日を迎える息子と家族への愛を示したもの。ツール前哨戦クリテリウム・デュ・ドーフィネの覇者マルティネスは、大会2日目の落車で総合争いを諦めざるを得なくなったことへのリベンジを果たした。そして今後はこの日総合を4位に上げたキャプテンのリゴベルト・ウランへのサポートをすることを宣言した。

1級山岳ピュイマリーのフィニッシュを制したダニエル・マルティネス(コロンビア、EFプロサイクリング)1級山岳ピュイマリーのフィニッシュを制したダニエル・マルティネス(コロンビア、EFプロサイクリング) photo:CorVos
距離をおいて同時進行で進んだマイヨジョーヌをめぐる総合争い。この日も最も攻撃的だったのはまたしてもタデイ・ポガチャル(スロベニア、UAEチームエミレーツ)だった。ラスト2kmを切って繰り出した強いアタックに着いて行けたのはマイヨ・ジョーヌのログリッチのみ。並べる肩と肩。そして協力しあって後続を引き離す同国人2人の動きはスロベニア同盟のようだった。

タデイ・ポガチャル(UAEチームエミレーツ)とプリモシュ・ログリッチ(ユンボ・ヴィスマ)のスロベニアコンビが行くタデイ・ポガチャル(UAEチームエミレーツ)とプリモシュ・ログリッチ(ユンボ・ヴィスマ)のスロベニアコンビが行く photo:Makoto.AYANO
ポガチャルは横風の第7ステージで失った1分21秒のタイム差から、またしても今回は44秒取り返すことに成功、総合を2位に上げた。

ポガチャルは言う「調子がいいことが判っていたし、最後の登りも知っていた。だからアタックしたんだ。ログリッチが着いてきたが、その後ろを見ると誰も着いてこれないようだった。だから"さぁ一緒に行こう!"とログラに声をかけた。フルガス(全力)でいった。自分に"すべてを出し切れ"と言い聞かせて。ログリッチと一緒に行くことで、"僕ら"は他のライバルたちに対してタイムを稼げた。いい一日だった。ログリッチは強くて着いてくのが大変だった」。

タデイ・ポガチャル(UAEチームエミレーツ)とプリモシュ・ログリッチ(ユンボ・ヴィスマ)のスロベニアコンビが行くタデイ・ポガチャル(UAEチームエミレーツ)とプリモシュ・ログリッチ(ユンボ・ヴィスマ)のスロベニアコンビが行く photo:Makoto.AYANO
大事な局面で同盟は組んだが、ふたりの間に友情ゆえの手加減はないと否定する。ポガチャルがステージ優勝した第9ステージ後には「じゃぁ今日は君、明日は僕が勝つ、というようなものじゃないよ。真剣勝負だ」と話していたログリッチ。ステージ優勝をさらわれた悔しさは残るも、今日の二人の成功には手放しでご機嫌だ。「僕にとってはスロベニアデーだね。今日のことはスーパーハッピーだ。今やスロベニア人ふたりがワン・ツーで、コロンビア人たちをリードしているんだ」。

ポガチャルも「今日のラスト2kmは友人じゃなかったよ」と言いながら、ログリッチの力もあっての成功であることを隠さない。

横風に襲われた第7ステージの失敗がもし無かったなら……?ログリッチは今、同盟を組んでいる場合ではなく、同国人の後輩は打倒すべき攻撃対象だったのだろう。登りで息切れの気配さえ感じさせ無いログリッチには、まだまだそこまで踏みきらない余裕を感じる。失ったタイム差を取り返すべく22歳のポガチャルのアタックはこの先も続くだろう。それが総合争い最大の見ものとなりそうだ。

ピュイマリーでログリッチとポガチャルらから遅れるエガン・ベルナル(コロンビア、イネオス・グレナディアーズ)ピュイマリーでログリッチとポガチャルらから遅れるエガン・ベルナル(コロンビア、イネオス・グレナディアーズ) photo:Makoto.AYANO
スロベニア同盟は最も敵視していたディフェンディングチャンピオンのエガン・ベルナルをはじめ、総合争いのライバル勢に対してタイム差を付けることに成功。

スタート前は総合トップ10位が1分42秒以内のタイム差内にひしめき合っていたが、このステージで2分54秒差に拡大。マイヨジョーヌ争いの行方はようやく輪郭を現し始めた。

ここまでのログリッチとベルナルの間にあったタイム差の21秒はすべてボーナスタイムによるもので、ベルナルはタイムを失ってはいなかった。しかしこの日ついた38秒で総合タイム差は59秒に。総合を3位に下げた前回覇者ベルナルは、スロベニアコンビに敵わないのか。

ベルナルは言う「実は調子は良かったんだ。ベストを尽くそうと思ったけど、相手の方が強かった。何もできなかったが、一日を通して感触は良かった。明日以降何が起こるか見なければならない。自分の数字ではベストな数字を出しているんだ。他の選手が(それ以上に)強ければ何もできない」。数値上では自己ベストだが、それでも2人の強さは上を行く。フィニッシュ後、ベルナルは自転車の上に長く突っ伏した。

総合3位ベルナル、4位ウラン、5位キンタナ、6位ロペス。2人のスロベニア人を4人のコロンビア人が追うという構図の総合成績だ。

落車で遅れ+8分35秒でピュイマリーを登るロマン・バルデ(フランス、アージェードゥーゼール)落車で遅れ+8分35秒でピュイマリーを登るロマン・バルデ(フランス、アージェードゥーゼール) photo:Makoto.AYANO
観客の声援に手を振って応えるジュリアン・アラフィリップ(フランス、ドゥクーニンク・クイックステップ)観客の声援に手を振って応えるジュリアン・アラフィリップ(フランス、ドゥクーニンク・クイックステップ) photo:Makoto.AYANO観客たちの声援に手を挙げて応えるブノワ・コヌフロワ(フランス、アージェードゥーゼール)観客たちの声援に手を挙げて応えるブノワ・コヌフロワ(フランス、アージェードゥーゼール) photo:Makoto.AYANO


この先の渓谷が出身地というほど地元が近く、期待を背負っていたバルデは力強くピュイマリーを登りきったものの、落車による脳震盪の心配から大事を取って翌日ステージのリタイアを決めたことを夜に発表。逃げ切りを許してもらえなかったアラフィリップは大歓声に応えて手を振りながら登りきった。

マイヨヴェールを着たサム・ベネット(アイルランド、ドゥクーニンク・クイックステップ)がチームメイトに励まされながら登るマイヨヴェールを着たサム・ベネット(アイルランド、ドゥクーニンク・クイックステップ)がチームメイトに励まされながら登る photo:Makoto.AYANO
この日ほぼ最終走者として苦しみ続けたのはマイヨヴェールのサム・ベネット(アイルランド、ドゥクーニンク・クイックステップ)だ。2人のチームメイトに励まされながらピュイマリーを登るライディングは崩れ、その表情は蒼白で、限界そのもの。厳しい山岳の続く後半をタイムアウトの失格無しで乗り切れるかがパリでマイヨヴェールを着る条件になりそうだ。

ピュイマリーのオレンジコーナーを登るグルペットピュイマリーのオレンジコーナーを登るグルペット photo:Makoto.AYANO
そしてツールがパリに到達できるかどうかもまた別の問題で厳しさを増している。フランスの感染者数は約36万人に増加、死者数は約3.1万人と世界7番目の多さを記録した。この日もステージのまさにその一帯がレッドゾーンに指定された。しかしマスクをしていない観客も未だに見受けられた。コース上の観戦は基本的に制限がないが、第14ステージ以降のフィニッシュエリア付近を無観客にするという決定がなされた。この先のステージもレッドゾーン続きであり、レース継続については予断を許さない状況が続く。

ピュイマリーを登るロマン・バルデ(アージェードゥーゼール)らを応援するマスクをずらした観客もピュイマリーを登るロマン・バルデ(アージェードゥーゼール)らを応援するマスクをずらした観客も photo:Makoto.AYANO

text&photo:Makoto AYANO in Riom FRANCE

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