レース当日の6時半、ベルギーからフランス・ルーベのヴェロドロームまでクルマで向かっていた。ゴール地点にあらかじめクルマを駐めておいて、そこでバイクのドライバーと落ち合いスタート地点まで行く予定だったのだ。

黙祷時にヘルメットを外す選手たち。フィリッポ・ポッツァート(イタリア、カチューシャ)のヘルメットがすごい黙祷時にヘルメットを外す選手たち。フィリッポ・ポッツァート(イタリア、カチューシャ)のヘルメットがすごい photo:Sonoko Tanaka澄んだ空気に覆われたベルギーの朝は寒い。最初、クルマのモニターに表示された気温は4月だというのに僅か3℃。「まさかそんな寒いハズはない!」真冬並みの気温に戸惑ったものの、無情にもクルマが進むにつれて、表示される気温は1℃まで下がってしまった。ルーベからスタート地点までバイクで高速道路を使っていくという計画に、寒さが苦手な私は早朝から不安を覚えた。

ベルギー方面から取材に行く場合、スタート地点に行かず、最初のパヴェで一行を待ち構えるという場合も多いのだとか。

スタート前のファビアン・カンチェラーラ(スイス、サクソバンク)スタート前のファビアン・カンチェラーラ(スイス、サクソバンク) photo:Sonoko Tanakaスタートしてから最初のパヴェまでは約100km。前日に「往復200kmするかしないか、どっちにする?」とドライバーに提案され、一瞬悩んだもののスタート地点に行くという選択をしていた。そして案の定、2枚重ねの防風ジャケットの下にダウンを着込んだにも関わらず、寒さに凍えながらスタート地点であるパリ郊外のコンピエーニュに到着した。

春の日差しとともに気温は上昇。気持ちよく真っ青に晴れ渡った会場には、各チームが大きなバスで次々と到着していた。チームバスの前では、メカニックスタッフがタイヤの空気圧の調整など、決戦バイクの最終調整に追われている。どのバイクも厚いバーテープが巻かれるなど、パヴェ対策が施された特別なもの。そして、日本からは自身3度目のパリ〜ルーベとなる別府史之がスタートラインに並んだ。


レース前日の別府史之(レディオシャック)。落車の傷がまだ癒えないが、コンディションは上々と話すレース前日の別府史之(レディオシャック)。落車の傷がまだ癒えないが、コンディションは上々と話す photo:Sonoko Tanaka—先日の落車によるケガは大丈夫ですか?

「ヘント〜ウェベルヘムでのケガは首のむち打ちがひどくて、最初の1、2日は自転車に乗れなかったけど、またそのあと1から身体を作り上げていけたので、今シーズンで1番いいコンディションができています」。

—試走をしてみてどうでしたか?

「今年はコースが変わっていて、アランベルグのあとに平坦区間があるので、もし遅れてしまったとしても復帰できるチャンスがある。パリ〜ルーベ・エスポワールでも多く走っているので、コースはよく知っています。とても楽しみなコースです」。

—日本人初完走の期待がかかっていますが。

「もちろん完走はしたいと思っていますが、それ以前に自分のベストな走りをしたい。そのあとで完走という結果がついてくればいいと思います。いままでは先頭を引くなどのチームのオーダーが多かったけど、今年はそのようなことがないので、自分の力量をすべて使えるように走れると思っています。アランベルグがネックになると思うが、うまくトラブルを回避して走れればいいですね」。


そして、2月7日に急死したイタリアの元チーム監督、フランコ・バッレリーニ氏への黙祷が捧げられ108回目のパリ〜ルーベがスタートした。スタートからしばらくは舗装路が続く。私はスタートしてから迂回路を通って、パヴェに向かっていた。プレスのステッカーを見て、確実にコースまで誘導してもらえると感づいた何台かのバイクが私たちのあとをつけてきた。まぁここはみんな自転車好き。付いてきた彼らとともになんとかコース上のパヴェに出た。

各パヴェセクターにはホイールを持ったチームの補給要員が配置される。コース周辺の道ではチームカーが忙しく走り回る各パヴェセクターにはホイールを持ったチームの補給要員が配置される。コース周辺の道ではチームカーが忙しく走り回る photo:Sonoko Tanakaパヴェをバイクで走り抜けていくと、予想どおりの厳しい砂埃と路面の凹凸からの衝撃を感じた。とくにクルマの後ろに付いてしまうと、砂埃がひどくて裸眼で前を見ることは不可能に近い。「なんでこんな過酷な状況下で自転車レースをするんだろう!」伝統という名前のもとに、毎年繰り返されているパヴェ上でのレースの奥深さを改めて感じる瞬間だ。

乾燥した砂埃が選手を包む。天候は晴れときどき曇り。雨は今年も降らなかった乾燥した砂埃が選手を包む。天候は晴れときどき曇り。雨は今年も降らなかった photo:Sonoko Tanaka何度かパヴェで撮影しては、抜け道を使って一行を追い越すことを繰り返していると、無線からカンチェラーラが飛び出したとの情報を得た。そして、その次のパヴェ区間で彼の姿を見たときには、もはや独走状態。

後続からの追い上げを期待したが、冷静に考えるとタイムトライアルの世界王者に誰もかなうはずがない。毎週末繰り返されてきたボーネンとの勝負も、北のクラシック最終戦では、早々に決着がついてしまっていた。

沿道の観客たち 巨大な人形がいくつも登場沿道の観客たち 巨大な人形がいくつも登場 photo:Sonoko Tanakaパリ〜ルーベの象徴にもなっているルーベのヴェロドロームでのゴールシーン。大きなモニターが設置され、詰めかけたたくさんの観客たちが過酷なパヴェを制する勝者を待ち構えていた。しだいに遠くを飛んでいたヘリコプターが大きく見え、モニターから聞こえる音と会場の音がリンクする。そして、それまで映像の中にいた真っ赤なジャージがベロドロームの入り口に姿を現すと、会場の熱気は最高潮に達した。

あまりにもカンチェラーラが強すぎて、今ひとつ盛り上がりに欠けるレース展開のように私は感じていたが、観客たちは勝者の力走と、ロンド・ファン・フラーンデレンに次ぐモニュメント連覇を讃え、ヴェロドロームの地面が動いているのではないだろかとも思えるほどの大歓声が会場を包み込んだ。

そして、選手が続々と戻ってくるなか、表彰式が始まった。どうしても気になるのは、ゴールをめざしているハズの別府史之。途中のパヴェ区間では、集団内に彼の姿を発見することができないでいた。リタイアしているか、後方で走っているか……。

表彰式を終えて、チームレディオシャックのマッサーに確認すると、チームには何も連絡が入っていないし、少なくともヴォアチュール・バレ(回収車)にも乗っていないとのこと。「たぶんヴェロドロームに走って帰ってくるよ」とのマッサーの言葉を信じて、しばらく待つと本当に帰ってきた! 日本人として初めてパリ〜ルーベでヴェロドロームを走りきったフミの表情は明るい。

ヴェロドロームを走る別府史之(レディオシャック)。先頭から30分が経っても観客の声援は温かいヴェロドロームを走る別府史之(レディオシャック)。先頭から30分が経っても観客の声援は温かい photo:Sonoko Tanaka

「タイムアウトになっているかもしれないけど、今日のレースは本当に楽しかったです。タイヤの空気圧の設定があまりよくなくて、思うように走れなくて、アランベルグで大きく順位を落としてしまいましたが、やっぱりパリ〜ルーベは好きなレースですね」とコメント。

ゴール後の別府史之(レディオシャック)ゴール後の別府史之(レディオシャック) photo:Sonoko Tanaka

トップから30分2秒遅れでタイムアウトとなり、完走扱いにはならなかったため、“日本人初の完走”は来年以降に持ち越されることとなった。“完走”がすべてではない。完走にこだわる必要はないと感じているが、まだ日本人選手にとって、北のクラシックレースの壁は高い。日本人選手に焦点を当てるなら、出場できるだけでも充分素晴らしいことだけど、ベルギー出身の選手たちのように、クラシックレースでガンガンと前をめざす日本人選手に会える日を楽しみに待ちたいと思うレースだった。

text&photo:Sonoko Tanaka

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