激戦区の市民100kmオーバー40で優勝した宿谷英男(竹芝サイクルレーシング)の優勝レポート。前回も、前々回参加時もレース途中の足攣りに負け、地面に足を着いた。しかし今回は攣りを克服し、3回目の挑戦で掴んだ勝利となった。



市民100kmオーバー40で優勝した宿谷英男(竹芝サイクルレーシング)市民100kmオーバー40で優勝した宿谷英男(竹芝サイクルレーシング) photo:Makoto.AYANO自分のようなヒルクライムレースが主戦場のライダーにとっても、ツール・ド・おきなわは特別なレースです。参加するのは3回目で、前回と前々回は100kmアンダー39で出場し、今年は自動的にオーバー40にカテゴリーを移すことになりました。

2015年大会では東村に入る下りから逃げ始めて、足を攣って羽地ダムへの上りに入った地点で集団に吸収され、7位。2017年大会は普久川の上りの序盤から逃げ始めて、ゴールまで30kmほど残した辺りでやはり足を攣って吸収され、大惨敗。私にとってツール・ド・おきなわで優勝を目指すということは「如何に足を攣らずに最大の勝負所となる羽地の上りに到達できるか」です。

そのために必要な練習として、長い距離をなるべく休憩せずに走ること。そしてその中に高い強度のインターバルを盛り込むこと。この2点が重要だと思っているのですが、必要な練習が満たせたかどうかは微妙なところでした。

ただ、質はともかく10月の練習時間は75時間に達したので、脚はほどほど仕上がりましたし、食事制限を行わなかったため、体調は常に良い状態を保てました。9月上旬に3年間苦しんできた副鼻腔炎を内視鏡手術により克服したことでスムーズな呼吸ができるようになったのも好材料、前向きに考え沖縄に入りました。

木曜の夜9時前に名護に着いたので、その日は特に何もせず。金曜にイナーメ信濃山形の香川選手が一緒に試走しましょうと車で迎えにきてくれたので、彼と共に車でコースを試走しつつ勝負所になりそうな要所では自転車で走って軽い刺激を入れました。

「普久川から安波までの下りってこんなに長かったっけ?」1年も経つとコースの記憶が薄れてるのを実感したので事前に確認できたのは助かりました。

レース前日は古宇利大橋まで行く30kmほどのサイクリングで軽く流すレース前日は古宇利大橋まで行く30kmほどのサイクリングで軽く流す 土曜日は朝のうちに沖縄遠征で毎回必ず訪れている古宇利大橋まで行く30kmほどのサイクリングで軽い運動。

午後に受付を済ませた後は、竹芝サイクルレーシングのメンバー5名で予約したコンドミニアムに移動しました。これがなかなか変わった宿で、設備が物凄く充実していたのが面白かったです。調理器具も食器も洗濯機も乾燥機も備わっていて、更にパン、果物、ミネラルウォーター、さんぴん茶、ジュースまで備え付けられているものを自由に飲み食いして良いとのこと。

私のお気に入りのロールパンなどもあったので、コンビニで買ってきたドーナツとお握り、後はロールパンと果物とプリンでレース前夜の夕食を済ませました。同宿した監督の石井さんから補給地点で捨ててもよいボトルを1つ貰い、給水は問題なし。当日朝の国頭村までの移動は文マネージャーが送ってくれるとのことでこれもクリア。これでレーススタートまでの不安要素は無くなりました。

それにしても同宿した竹芝のエース清宮さんの、市民210kmにレースしにいくのか用意した補給食を食べにいくのかわからないほどの綿密かつ大量の補給計画を目の当たりにすると、エナジージェル4つ、粉末マグオン1つ程度しかレース中の食物を用意していない自分は、ろくな準備ができていないのでは?と焦りました(汗)

22時前に就寝しグッスリ眠って4時半頃に起床。10時ちょっと過ぎにスタートするので早朝に食べなくても良いのですが、念のためドーナツとロールパンとミカン。後はスタート地点で食べられるようにバナナ2本とミカンをリュックに入れ文さんの運転で出発。

奥に着いてからは念入りにバイクのチェック。使用するバイクはニールプライドのBURA SLです。機材の大部分は去年と同じですがホイールはアルミクリンチャーからRoval CL50に換えており、これが今回大きな武器になってくれました。

愛車のニールプライドBURA SL 愛車のニールプライドBURA SL
今回空輸でアクシデントがあったようで、荷解きした際に右レバーが45度曲っていたりボトルケージに亀裂が入っていたりしましたが、レースに問題が生じるようなダメージではありませんでした。

アップは殆どせず知り合いと話したりして時間を潰し整列時間に。今回はシードゼッケンなので先頭から3列目ほどに並ばせていただきました。

ロードレースは年に1、2回しか出ないうえにオーバー40の部で出るのは初めてなため、顔見知りが皆無な状況。が、しかしSNS繋がりの柳橋選手の方から私に声をかけていただいたおかげで、周りにいる選手たちに自己紹介する形となり、事前情報も得ることができました。去年の上位選手たちの殆どが再びこのカテゴリーに参加しているため、ゼッケン番号がほぼそのまま去年の着順のようになっていること、特に1~3位の選手が強いことなどです。

ここで私はスタート直後の最初の上りから逃げることを宣言します。そしてその目的が落車回避のためであり、与那に入る前の海岸線の適当なところで捕まるつもりであるということも。去年アンダー39に出た際にスタートから10km(ちょうど最初のトンネルに入る直前)に大集団落車に巻き込まれ、難を逃れた先頭集団に追いつくのに随分脚を使ったので、どうせ脚を使うならリスク回避に使った方が良いという戦略です。

ほぼ予定通りの時刻に市民100オーバー40がスタート。今年はアンダー39より先に我々がスタートします。
私の逃げ宣言に対して乗る気まんまんの興味を示していた2002番の栗山選手が早速飛び出しているのが見えましたが密な集団で蓋がされた状況なのでしばらくは抜け出せず。

1kmほどでようやく前が開いてきたので一気に抜け出して、栗山選手に合流し2人で奥の上りをクリア。2つ目のトンネルを通過したあたりで栗山選手から「このまま2人で勝ち逃げを狙いましょう」という誘いを受けますが、私はこの1年間ツール・ド・おきなわの話になる度に「次こそは逃げずに羽地まで我慢します!」と宣言していたので、逃げの誘惑に負けずレースプランを徹底させていただきました。

登りで苦しむ選手たち登りで苦しむ選手たち photo:Makoto.AYANO
スタートから15kmほどで私も栗山選手も集団に吸収され私は集団最後尾まで位置を下げました。そこから普久川の上りまでにジワジワと位置を上げていき前に100人以上いる状態で上りに突入。速度域が落ちた分密集する集団の中で私は慎重に位置を上げていくことに集中。ここは極力脚を使わずついていくだけでいい。

栗山選手による一本牽きで集団は徐々に数を減らしていき、KOM通過時は10名弱。ここから安波までの長いダウンヒルになるわけですが私は下りが大の苦手です。ですのでこの区間はほぼ最後尾で下ることになるんですが、ここで置いていかれるわけにはいかないので自分の限界ギリギリの速度で下りました。

幸い人数が少ないので自由にライン取りもでき、無事安波の短い平坦区間まで千切れることなく下って一安心。そしていよいよセレクションが始まる安波の、通称”学校坂”の上り。ここも栗山選手がパワフルなペダリングで先頭でペースを上げ他の選手の脚を削りにかかります。

栗山選手は一瞬の加速で抜け出すようなアタックを打つタイプではなく、ハイアベレージを刻むタイプのようなので、流石にここでこぼれる選手はいませんでしたが、学校坂のピークを過ぎた後も、上りでも平坦でもハイペースを刻み続けるので協調を取れる人数なのになかなかローテーションになりません。牽き損なんて言葉は知らない、とばかりの一本牽きに内心「なんなんだあの人は・・・強すぎだろ。今年の世界戦ジュニア圧勝したイヴェネプールかよ」と思ったくらいです。

しかし50kmを過ぎる頃には流石にペースが落ちて11名の集団が綺麗に回り始めました。ローテをサボる選手もおらず気持ちの良い一定ペースになったので、これなら後続に追いつかれる心配はないだろうと思っていたら、東村に入ったあたりでモトから「アンダー39の先頭集団がもうすぐ来る」という情報が入り、オッサン達ざわつきます(笑)。

我々の8分後にスタートしてるのに、もうこの地点で追いついてくるって一体今年のアンダー39はどんなペースで走ってるんだよ! その後すぐにその集団に追い抜かれましたが、その速度差たるやまるで市民210kmの逃げ集団のようでした。

綺麗な海沿いを走れる東村の平坦区間を過ぎれば、もうすぐ最後の補給地点と慶佐次のアップダウン区間が待っています。ここも勝負所の一つ。そして補給地点で空ボトルを捨てたところで遂に恐れていた攣りが左右の脹脛に発生してしまいました。

補給も含めここまでプラン通りに事が運んできたのに、それでも攣るのか、またダメなのか、一瞬滅茶苦茶暗い気持ちになりました。ですが、まだ完全に攣りきってはいないし、何よりいつもロードレースの時に攣っている左内転筋ではなかったので、復活する希望はある、と決意を新たにここからはひたすらリカバリーに努めました。とにかくこれ以上攣る部位を増やさないこと。

チームスタッフから補給を受け取る選手もチームスタッフから補給を受け取る選手も photo:Makoto.AYANOギャラリースポットを行く集団。応援が嬉しいギャラリースポットを行く集団。応援が嬉しい photo:Makoto.AYANO


攣り気味になっている箇所に負担がかからないように使う筋肉を意識したペダリング、上半身の筋力を生かして下半身は脱力するダンシングなどなど駆使しました。幸い集団内はアタックもかからずほぼ一定ペースで進んでいたのですが、それでもダメージは加速度的に蓄積していき、79km地点で左右の足の他の筋肉にも攣りが発生。

ここがこの日の私にとって最大の運命の分かれ目だったと思います。ちょうど下りに入るところだし、無理をすれば千切れないけど、過去の経験からいって集団についていく走りをしたらほんの数kmも持たずに致命的な痙攣を起こして完全に止まる。それこそ全く身動きが取れなくなり、足を地面に着いてしまうほどの攣りになる。そんな確信がありました。

そうして私は一旦レースを、優勝争いを諦めることにしました。速度を大きく落とし、集団が離れていっても気に留めず、完全に攣らずに前に進むことのできるペースを組立てることだけに腐心しました。その間心に浮かんだのは「まだ羽地の上りまで10km以上あるのにライバルじゃなく攣りと戦わなきゃいけないのか」「今年も羽地まで生き残れなかったな。ああ、羽地の上りで戦いたかった」という思い。

やがて攣りを誤魔化しながら走れるペダリングとケイデンスを見い出すことができたので、強度の低い個人TTをやっているつもりでそれをキープすることに集中しました。海岸線は見通しがよいので、集団とのタイム差を測れるほどでしたが、当然ながら巡航速度が違うのでやがて完全に見えなくなります。

羽地ダム登りの苦しいポイント。ここが勝負どころだ羽地ダム登りの苦しいポイント。ここが勝負どころだ photo:Makoto.AYANO
331号線から右折ししばらく進むといよいよ最大の勝負所である羽地の上りが見えてきます。番越トンネルまで続く長い橋の上を上っていく選手たちが見えた時「あれ?意外と近いな」と思いました。まさかまた先頭集団に会えるとは思ってなかったので。

自分が上り口に辿り着くと、ギリギリ視認できるというレベルではありましたが、2名が先行し、他の選手たちはばらけているようであまり登坂ペースは速くなさそう。しかし上り始めた途端また攣ってしまってはここまで立て直したのが台無しになる、そう自分に言い聞かせてそれまでの平坦と同じペースを保ちました。

「ケイデンスは98、ケイデンスは98....」

呪文のように頭の中で唱え続けてサイコンと睨めっこしながらシャカシャカ漕いでいると、面白いように先行する選手達との距離が縮まっていきます。番越トンネル通過までに数名をパス。最初の上りピーク前に先行2名を追っている5名に追いつきます。

羽地ダム登りの急勾配スポットで苦しむ選手たち羽地ダム登りの急勾配スポットで苦しむ選手たち photo:Makoto.AYANO
ですが後ろに入ることなく横に並びジワジワと前に出て先行しました。後ろについて休むことなんて考えたら絶対リズムが崩れてまた攣る、そう考えました。実力があり脚も残してる方々なので先行したといっても殆ど差は開いてないのは気配でわかりましたが、振り向いたら攣る!と思ってひたすらペーシング。そして遂に下り区間に入る前の最後のトンネルとなるタクジトンネルへの上りで先行している木村選手と栗山選手が射程距離に入ります。

ここで追いつければ3人で下って58号線の平地区間に入れると思い、ここだけ一か八かのダンシングで一気に差を詰めました。多少攣りのサインは出たものの、攣ることなく合流に成功!もうこの時点で信じられないような気持になり喜びが湧きあがりました。

ここまでに何人抜いていても、いつまた攣って全てが無に帰すかわからない不安からか、全く楽観できる気分にはなれなかったんですが、ここでようやく優勝争いの最前線に戻ってこれた実感が湧きました。

羽地ダム登りの急勾配スポットで補給を受ける選手たち羽地ダム登りの急勾配スポットで補給を受ける選手たち photo:Makoto.AYANO
羽地の下りを無難にこなして、ラスト7kmの平地区間に入り、あとは3人でローテしてゴールを目指せばよいだけなのですが、このローテの強度が私には耐えられませんでした。

1kmほどでまた攣り始め、これは致命傷になるとすぐにわかりました。まだ6kmあるのにローテから外れてツキイチでついていく? それをしたら最後まで残れてもスプリントに加わる資格がありません。
1度諦めたんだから2度でも一緒。完全に身動きが取れなくなるよりはいい。そうと決めれば行動は早かったです。というかもう無理、攣る攣る!

すぐに2人から千切れて立て直しに集中。この判断が功を奏して、何とか攣らないで済むフォームとペースに戻せたので淡々とイオン坂を上っていたら、上り切った地点でまた2人に追いついてしまいました。ここでこの2人ももう足攣りか何かで限界が近いのだろうとわかりました。こんな走りになっていたので、案の定追走の5名が追いついてきて先頭集団は8名に。

この8人でのスプリント勝負か・・・と気持ちを切り替えたところで、ここまで全く攣る気配の無かった、そしてこれまで攣ったことが殆どない右の内転筋に物凄い攣り反応が発生しました。爆発的と言ってもいいほどの攣り方で、あと残り2kmだというのにまたもや窮地に立たされます。

集団最後尾に下がり、もうシッティングしてるのかダンシングしてるのかも不明なおかしな姿勢でペダルを踏んで何とかかんとか最終カーブを曲がりゴール前のストレートへ。ラスト1kmほどからアタックして先行した方との差が30mほど開いており、誰も捕まえに動く気配がない。

「おいおい、このままじゃ行かれちゃうかもよ?」と思ったのでラスト450m辺りでまず自分がスプリントの口火を切りました。

思惑としてはこれで火がついて誰かが横から飛び出してくれたらそれに乗っかってラスト2~300mから勝負を賭けようという狙いだったのですが、誰も並びかけてこないし飛び出さない。

先行していた選手を追い抜く頃には「もういいや、このままロングスプリントで押し切ろう!」という気分になりフルモガキのスプリントを開始しました。

市民100kmオーバー40 宿谷英男(竹芝サイクルレーシング)市民100kmオーバー40 宿谷英男(竹芝サイクルレーシング) photo:Satoru Kato
私は自分のスプリント力について、レースの過程にある上りで周りが脚を消耗した状況でならある程度勝負できるスプリント力と考えています。MAXパワーは1000Wほどしかありません。シーズン中、私がお世話になっている地元のあさめし練という練習会では私よりスプリント力のある方達と競り合うことがあるので、少しでも先着する可能性を高めるためのオプションとして相手の虚を突いたロングスプリントを仕掛けることがあります。そのイメージでモガキきれたらと開始したものの、同時に右内転筋が盛大に悲鳴を上げ始めます。

「ほんの数秒でいいから最後までもってくれ!」と、祈るような気持ちで攣りを無視してモガキ続けて、最後まで差される気配を感じることなく、真っ先にゴール!

市民100kmオーバー40 ガッツポーズする宿谷英男(竹芝サイクルレーシング)市民100kmオーバー40 ガッツポーズする宿谷英男(竹芝サイクルレーシング) photo:Satoru Kato
後方集団はクラス入り乱れてのフィニッシュ後方集団はクラス入り乱れてのフィニッシュ photo:Satoru Kato
信じられない!あの絶望的な状況からまさか追いついて優勝できるなんて!

一緒に闘った仲間と握手。力を出し切ったあとは気持ちがいい一緒に闘った仲間と握手。力を出し切ったあとは気持ちがいい photo:Makoto.AYANO最後ほんの半車身差まで詰めていた2位の井上選手や3位の木村選手から祝福され、会場に帰還。100kmの長旅が終わりました。

バイクから降りればあとは一緒に走った選手達と健闘を称え合い、レース活動を通じて知り合った沢山の顔見知りの選手達に優勝を報告し、祝福され、夢見心地になりました。おきなわで優勝するってこういうことなのかと、こんな素晴らしい気分が味わえるのかと感動しました。

市民100kmオーバー40優勝の宿谷英男(竹芝サイクルレーシング)市民100kmオーバー40優勝の宿谷英男(竹芝サイクルレーシング) photo:Makoto.AYANO
ゴール後には仲良しのみんなと記念撮影。祝福されてハッピーゴール後には仲良しのみんなと記念撮影。祝福されてハッピー 夜はNIPPOヴィーニファンティーニのアフターパーティーに竹芝メンバーで参加して、国際で優勝したマランゴーニ選手と記念撮影をしたり。抽選会でNIPPOのジャージまでゲット。二次会は居酒屋で竹芝の身内だけで盛り上がって。宿に戻ってからは夜中の3時過ぎまでまったりと自転車談義。

出発時間を考えると寝ないといけないのに、いつまでも話が尽きません。参加カテゴリーは別々になったけどレース前後で色々サポートしてもらって、結果でチームに恩返しできたことがとても誇らしかったです。

あらためてレース展開について振り返ってみると、今回私が優勝できたのは運によるところが大きいと思います。79km地点で千切れた後、先頭集団内に羽地から独走できるような脚力の選手がいたら追いつくことは不可能でした。ですが積極的に千切れる選択をしなければ、後続に追いつかれることはあっても前に追いつく可能性は皆無だったとそこだけは確信しています。

時には諦めることで、新たな道が拓けることもある。それを学んだツールド沖縄でした。

パーティでもらったNIPPOのジャージとチャンピオンジャージが嬉しい収穫となったパーティでもらったNIPPOのジャージとチャンピオンジャージが嬉しい収穫となった
NIPPOヴィーニファンティーニのパーティで優勝者のアラン・マランゴーニと記念写真NIPPOヴィーニファンティーニのパーティで優勝者のアラン・マランゴーニと記念写真 使用機材
フレーム:ニールプライド BURA SL
ホイール:Roval CL50
コンポ:SHIMANO 9070Di2
タイヤ:コンチネンタルAttack&Force
ウェア:SUNVOLT セパレートワンピース





text:宿谷英男(竹芝サイクルレーシング)
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