平坦なコースが続くツール・ド・ランカウイ2010は第3ステージを迎えた。愛三工業は盛が10位に入り初のトップ10入りを果たした。このレベルのレースで勝つために越えなくてはならない欧米勢の壁。愛三の戦いを現地からレポートします。

自転車ロードレースにおいては、逃げること追いかけることスプリントすること、何らかの動き無くして結果はついてこない。いわば「動」こそが選手の生命線だが、何も事が起こらない「静」に魂を注ぐ仕事もある。メカニックだ。選手のバイクに何も無いこと、それこそがメカニックの本懐なのだ。

愛三チームのレースを支える中島康仁メカニック愛三チームのレースを支える中島康仁メカニック photo:Yufta Omata

ランカウイを戦う愛三工業レーシングチームの中島康仁メカニックの仕事も、レースシーンの表には出てこない重要な戦いだ。それは静かな戦い。病に伏した時に初めてわかる健康のありがたみのような、普段は目に見えない「当たり前」の状態でいることの大切さ。選手が「当たり前」に走れるために「当たり前」の仕事を確実にこなす中島メカだ。

-2004年から4年間がTEAM NIPPO、2009年から愛三工業レーシングチームでメカニックをされていますが、外国のレースに臨むにあたっての留意点はありますか。

「メカニックにとっては、どのレースでもいい状態の自転車を用意することが仕事なので、レースの大小関わらず完璧に仕上げることだけですね。ランカウィはおっきいレースなので気合いは入りますけど。」

-今回のランカウイに臨むにあたっての抱負ないし目標をお聞かせください。

「何も問題なく終われること、選手がスタートして何の問題もなく帰ってこられること、それがメカとして重要なことであり、責任でもありますね。特に今回は大きな大会なので、それで選手が活躍してくれれば本望ですね。」

そう、メカニックの仕事が目立つときとは、メカトラのとき。何もないことこそがメカニシャンの仕事がうまく行っている証拠だ。何とも損な役柄の気がするが、さしずめ縁の下の力持ちといったところだ。頼もしい存在の中島メカ。

昨ステージでの落車の傷に絆創膏を張ってもらう綾部勇成(愛三工業)昨ステージでの落車の傷に絆創膏を張ってもらう綾部勇成(愛三工業) photo:Yufta Omata大会は3日目を迎えた。6平坦ステージ+1超級山岳の前評判に違わず、今日も平坦ステージだ。昨日は思いがけず3分差をつけて逃げられてしまったが、愛三としては今日はそれを修正して走る絶好の機会となる。

昨日落車で膝と足首を痛めた綾部勇成(愛三工業)は、幸い大事には至らず、「前半は抑えて走って、後半に元気になったらみんなと一緒に動ければいいかなと思ってます。走りながら回復していくと思うので」と、これからを見据える。

昨日のレースにはひとつ、アジアでのレースを考える上で示唆的なポイントがあった。日中韓の東アジアや、マレーシアやタイなどの東南アジアの選手がヨーロッパではほとんど活躍できない事実について。
アメリカやオーストラリアなどの「新興国」も着実にレースシーンに位置を占める今日にあって、アジア勢に足りないものとは?10代の頃からヨーロッパで走った経験を持つ別府匠(愛三工業)はこう分析する。

日に日に調子が上がっている別府匠(愛三工業)日に日に調子が上がっている別府匠(愛三工業) photo:Yufta Omata「ランカウイには白人選手とアジア人選手が出場していますが、脚質が違いますね。昨日は白人3人の逃げで最後まで行ってしまいましたが、あれがアジア人3人だと逃げ切れなかったと思います。
アジア人はアタックができるけど、続かない。だけど白人はアタックして逃げて、ゴールまで走れる脚がある。3人だからと甘く見てはいけなかったですね。ISD・ネーリが後半に全開で追っても追いつかなかったくらいですから。それだけみんな暑さに参っているということでもあるのですが...」

昨年、久々にツール・ド・フランスに選手が出場した日本にとっても、西洋との壁は依然として大きい。それは人種の違いだと簡単に片付けることのできない、大きな壁でもある。自転車レースを100年も培ってきた文化あるヨーロッパに、アジア人が扉を開くためのカギは何なのか。ツール・ド・ランカウイは総合争いの裏側に、そんな命題を背負っている節がある。

愛三にとっても、ここで結果を出す事はただ区間勝利をあげる以上の意味を持つ。アジアの頂点の先にはいつだってヨーロッパが控えている。超えるべきハードルは決して低くないが、だからこそ挑戦あるのみだ。

145.6kmという短めの距離は、大会オーガナイザー曰く「前2ステージの長距離に疲れた選手の足休めステージ」とのこと。だが、誰もが勝利の欲しいレースにあって、選手はのんびり休んでなんていられない。いつも通りの激しいアタックと吸収の繰り返しでレース序盤は推移していった。

ようこそマレーシアへ!ようこそマレーシアへ! photo:Yufta Omata

今日もメディアカーで選手たちに先行する。つまり写真を撮るチャンスがほとんど無い。プロトンを見るのはゴールするまでお預けだ。ラジオツールでレースを聞くが、どうやら昨日の反省か、どの逃げも決まらず、しきりに「オール・トゥギャザー」とか「グルップ・コンポゼ」と伝えている。英語か仏語かの違いはあるが、どちらも意味は同じ。「集団はまたひとつにまとまった」

このレポートではアジア最高峰のレースということばかり取り上げて、あまりマレーシアのレースということを取り上げていない気がするので、少しこの国のことについても書き留めておきたい。こちらに来て早4日、始めのころに感じた異国情緒がこの暑さで溶け出して、新鮮さを失ってきていることへの焦りもありつつ。

沿道にはしばしば、マレーシア国旗がはためく。ヒジャブを着る若い女の子たちもマレーシア国旗を振りながら、こちらに微笑む。「微笑みの国」タイが隣というお国柄なのか、マレーシアでも素敵な笑顔を目にする機会が多い。その度にこちらはひとり照れて、嬉しいような、くすぐったいような、恥ずかしいような気になるのだから世話はない。

沿道にはためくマレーシアの国旗沿道にはためくマレーシアの国旗 photo:Yufta Omata

マレーシアの国旗に描かれる月と星は、イスラム教のシンボル。とは言っても、半島国家の常で歴史的に様々な民族の流入があったマレーシアは、多民族国家としてさまざまな人種、宗教が混在している。街から街へと走るロードレースの道を走ると、そのことがよくわかる。巨大なモスクがあったかと思えば、漢字があふれる牌楼をくぐればそこは中華街だったりと。

メディアカーで移動している時は、常に昼食を急がなくてはならない。選手たちに先行して充分な距離をとったら、道端の食堂に立ち寄る。
食堂と言っても、屋台のような茶店で吹き抜けなので、蒸したそよ風に当たりながらの昼食となる。選手が迫っているので、5分で食べてまたコースに戻らなければならない。

今日は失敗だった。知っている限りのマレー料理であるナシ・ゴレン(焼き飯)を頼んだら、待てどもやってこない。5分後に周りのプレス陣が料理を胃にかき込んだ時にもまだやってこず、泣く泣く昼食を断念してコース上に戻った。地元のプレス曰く、「なんで君はあんな時間のかかる料理を頼んだんだ?」

果敢に打って出たクライマーのゴン・ヒョソク(韓国、ソウルサイクリング)果敢に打って出たクライマーのゴン・ヒョソク(韓国、ソウルサイクリング) photo:Yufta Omata今日は単独逃げが決まった。ひとり飛び出したのはアジアの若きクライマー、ゴン・ヒョソク(韓国、ソウルサイクリング)。今日はアジア人の逃げだ。

3分のリードを集団に対して得たヒョソクだが、集団は昨日の反省か、差を完全にコントロール。僕の乗るメディアカーはヒョソクと集団の間に入ったので、ヒョソクが一人走り続ける姿を後ろからずっと見て、今朝の別府の話を思い出していた。

残り30kmを切って、ヒョソクを置き去りにしたディミトリ・グルージェフ(カザフスタンチーム)にしても、起伏のある道の前に大集団に敵わず吸収され、勝負は集団スプリントで争われることになった。

望遠レンズの中に集団の姿を捉えた。徐々に近づく集団の中で探すのは、白の日本チャンピオンジャージの西谷泰治。しかし、姿が見えない。レンズの中で悠々と手を上げたのは2日前と同じ顔、マイケル・マシューズ(オーストラリア、チームジェイコ・スキンズ)だ。

盛一大が10位に食い込む盛一大が10位に食い込む photo:Yufta Omata

愛三の中で一番にゴールへ入ってきたのは盛一大だ。10位という結果は、このランカウイでは一番の成績だが、エース西谷が集団に埋もれているのを見ると、必ずしも喜べるものではない。ゴール後のチームにしばらくの間、沈黙が支配する。

失意の選手に話を聞くのは、時として心痛むものがある。しかし勝利も敗北も、全てが等しくレースの中にある。一人の勝者の影には幾人もの敗者がいて、一回の勝利の影には何回もの敗北が積み重なっている。西谷の着る日本チャンピオンジャージも、何人もの選手の失意の上にあるものだ。

今日のレースを振り返ってもらった。

レース後の愛三工業レーシングチーム。沈黙の中に悔しさがにじむレース後の愛三工業レーシングチーム。沈黙の中に悔しさがにじむ photo:Yufta Omata西谷「今日は全体の流れとしては悪くなかったんですが、最後のスプリントの詰めの段階で僕が駄目だったので、明日以降考え直さなきゃいけないところもあります。スプリントの位置取りの読みがまだまだ甘いので、周りを見ないと。常に勉強しながらですが、明日につなげたい」

10位に入った盛にも喜びは全くなく、「全体的にはウチの展開としては悪くはなかったですが、最後のスプリントの段階でもうちょっとチームとして機能しないと。力は残してあったので、並びと位置取りがまだうまくできなかったので、今日の反省点です。同じ失敗をするのは良くないので、無駄にしないように明日を走ります」と振り返る。

田中監督が懸念していた、欧米チームとの集団スプリントの経験の差が結果となって現れている。スプリント力で劣っているというよりは、万全の態勢でスプリントに臨むことがまだできない状況だ。限界に近い速度域での一瞬のライン取りの判断が明暗を分けるスプリント勝負。同じ土俵で勝負できればというもどかしさと、その土俵を整える難しさとが選手を悩ませる。

集団スプリントはチームのもの。大集団がゴールラインを割った1分後、マシューズの優勝をお膳立てしたチームジェイコ・スキンズの選手たちが3人、両手を挙げてゴールした。エースの勝利は同時に彼らの勝利でもある。彼らはエースの勝利と、自分たちの仕事を誇る。

チームジェイコ・スキンズのアシストたちがガッツポーズでゴールしていったチームジェイコ・スキンズのアシストたちがガッツポーズでゴールしていった photo:Yufta Omata

また太陽が昇れば、新しい戦いが始まる。レースの中でしかレースの感覚は磨けない。西谷を前線へ。この至急の課題が解決するときが、結果が出る時だ。レースは明日で半分を消化する。

暑さのため、レース後には散水が行なわれる暑さのため、レース後には散水が行なわれる photo:www.ltdl.com.my


愛三工業レーシングチームのホームページ内にツール・ド・ランカウイ2010特集サイトが特設されています。愛三の選手の戦いぶりはこちらでもご覧ください。

text&photo:Yufta Omata

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